第32話 ガマズミ様①
「まさか、形代を付けずにこの神社でかくれんぼをしたんじゃないだろうね?」
おじさんの言葉は鋭く、僕は小さい頃先生に怒られてしまった時の事を思い出した。
直接会話に参加していなかった一真と神奈も同じなのか、少し身を縮ませている。
「形代を付けずにかくれんぼをしました。もう十年くらい前ですけど」
恵里香だけが構わず口を開く。
普段大人しい人ほど、何かあった時にも動じないというのは本当なのかもしれない。
「なんと……なんと馬鹿な事を」
恵里香の言葉を聞いて驚愕したおじさんはすぐに力なく首を垂れた。
その態度の変化が逆に恐ろしく感じる。
物語なんかだと神社での決まり事を破ってしまった事を怒られるのが鉄板の展開だ。けれどおじさんはそんな気力もないというように頭を抱えてしまった。
まるで、もうどうしようなく変えられない運命を悟ってしまった人のように、その身体からは全てを諦めたような空気を纏っていた。
「君たち、ガマズミ様に連れて行かれるぞ」
淡々と事実だけを告げるようなその言葉を聞いて、背筋に悪寒が走る。
「そんなの嘘だろ? 連れて行かれるって、ただの迷信なんじゃ?」
今まで黙っていた一真がたまらずといった具合で口を開いた。土気色になってしまったその顔からは一切の余裕がなくなっている。
「いいや、私は実際に連れて行かれた子供を知っている」
一真は冗談だと言って欲しかったのだろうけれど、おじさんからはそんな期待を裏切るような言葉が返って来た。
一真の顔色が一層悪くなり、死人のような表情になってしまってしまう。
見ていられなくなった僕は一真を石段に座らせて休ませ、それから再開した。
「連れて行かれるってどういう事なんですか? 本当に神様なんているんですか?」
おじさんは社殿に目をやり少しだけ辺りを伺うと、ようやく話す覚悟を決めたようにゆっくりと口を開いた。
「私は昔からこの辺りに住んでいたと言ったね。もちろん子供の頃は身代わりかくれんぼにも参加したよ。その時にね、一緒に参加した男の子がいたんだ。彼はとても元気のいい子でね、まぁよく言えばやんちゃだった。神様の話もまったく信じていなかった彼は、神様に会ってやると言ってきかなくてね。かくれんぼに付き合わされたよ。私は鬼だった。」
「……その人はどうなったんですか?」
「隠れてそのまま……見つかっていないよ。何も分からないままさ。当時は大きな騒ぎになってね。何人もの大人が探してくれたけれど、結局手がかりすら得られなかった。大人たちは誘拐とか遭難したのではないかと言っていたけれどね、老人たちだけは、ガマズミ様に連れて行かれたと言っていたよ。当時子供だった私はその出来事で本当にガマズミ様がいるんだと理解した」
おじさんの話がいったいどれくらい前の事なのかは分からない。ただおじさんが嘘を言っているようにも見えなかった。
実際に人が消えているという話しを聞いてしまうと、否が応でも神様の存在を身近に意識してしまう。
「連れて行かれるってどうなるんですか?」
「それは分からないよ。ただ、ガマズミ様は遊び相手が欲しくて子供をさらうと言われているからね、神様の世界で一緒に遊んでいるのかもしれないね」
おじさんは消えた子供と仲が良かったのかもしれない。
目を細めて話す姿は、せめてそうであって欲しいと思い込もうとしているように見えた。
ただおじさんには悪いけれど、僕はそうじゃないと思っている。
連れて行かれるというのは、ガマズミ様に『殺される』という事なのかどうか、それを確認しなければならない。
「私たちの友達が一人死んじゃったんです」
神奈も初めて口を開いた。その口から漏れてきたのは振り絞るような声だった。
「……それは、本当かい?」
「はい、もちろん一緒にこの神社で遊んだ友達です」
恵里香が後を引き継いで話すと、おじさんは顔を歪ませてそれからゆっくりとため息をついた。
「けれど、ガマズミ様は遊び相手が欲しいだけのはずなんだ。神隠しのようなもののはずだ。いつかひょっこり戻って来ると、そう私は信じていた」
「私たちもそれぞれ危ない目に合いました。皆運よく大丈夫でしたけど、命に関わるような事です。優君と私は実際に怪我もしました」
恵里香は処置されている腕を前に出した。
痛々しい腕の様子を見て、おじさんは呻いて何も言えなくなり俯く。
なんだかその姿を見ていると少し不憫に思えて来た。けれど、まだ話は終われない。
ここに来た本来の目的、もっとも重要なそれを聞けなければこの話しは終わらないのだから。
「おじさん、何かガマズミ様に連れて行かれない方法はないんですか? 僕たち、今日は神主さんにその話を聞きたくて来たんです」
顔を上げたおじさんは、ゆっくりと首を横に振った。
「聞いたことはあるが、無理だ。君たちも連れて行かれる。連れて行かれないで済むのは、鬼をした者だけだ。私のようにね」
声にならないかすれた悲鳴は誰のものだったのか。
おじさんの言葉は絶望としてその場に重く降り積もった。
「そんな、何でですか? 方法はあるんですよね?」
「あぁ、私も昔いた神主さんに聞いたことがある。消えた友達を見つけたかったんだ。どうすれば神様に連れて行かれないか、どうすれば神様に連れて行かれた人を返してもらえるかと、神主さんに泣きついた。けれど、残念ながら連れて行かれた人を取り返す方法はないと聞いた。ただ、神様から連れて行かれないために行う儀式は教えてもらえたよ」
「ならその儀式の方法を試せばいいじゃないですか! 教えてください! どんなに難しい事でもやりますから!」
方法があるなら活路はある。歓喜して食いつく僕とは裏腹に、おじさんは目を伏せてしまう。
「儀式なんて大層に言っていたが、要は隠れるだけで難しい事はないよ。ただ問題なのは別の事なんだ。神様から姿を隠すためには、神主さんが持っていた大きな御札が必要だと言っていた。私はそれを持ってはいない」
御札。心霊的なオカルト話では古くから活躍している定番の道具だ。
ありきたりすぎて胡散臭いその道具も、実際に役に立つというのなら喉から手が出るほど欲しい。
ただそういうアイテムは、だいたいその道のプロからもらうようなものだ。
もちろん僕たちにそのあてはないし、おじさんも持っていないとなれば、手に入れる方法はない。
「じゃあ、もうこの神社でかくれんぼをした僕たちは……」
「私にはどうする事も出来ないよ」
「いったいどうして? かくれんぼをしてから、もう何年も経つんですよ!」
「それも分からない。ただ、神様って言うのは気まぐれだ。実際に君たちに何か起きているのは事実なんだろう? 何かきっかけがあったのかもしれないね」
おじさんが言い終えた時、少し離れた所からすすり泣く声が聞こえてきた。
声のする方を見れば、石段に座っている一真の背中が震えていた。こちらの会話の内容が聞こえてしまっていたのだろう。
僕ももう話す気力がなくなっていた。
もうどうしようもない。
その事実だけが重くのしかかってくる。
おじさんが昔、この神社の神主から聞いた方法。本当に効果があるかどうかも分からないけれど、一番試してみる価値のあるその方法は、御札がなければ成立しない。
何か対策を立てるために神様の事を調べにこの神社に来たのに、結局は無意味になってしまった。
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