第31話 神社での出会い②


「この神社で人に会うなんて珍しいねぇ」


 おじさんは掃除の手を止めて、わざわざ表まで出てきてくれた。


 この神社に人が来た事がよほど嬉しいようで、好々爺然とした人好きのする朗らかな笑顔を浮かべている。


 身長は僕よりも少し小さく、その朗らかな笑顔も相まって可愛らしい。


 年齢はどれくらいだろうか。六十か七十、もしかしたら八十までいっているかもしれない。その辺りだと思うけれど、正直自信はなかった。


 ちなみに先ほどしていた謎の音は、おじさんが竹ぼうきを使って掃き掃除をしていた音だった。分かってしまえば怖がっていたのが少し恥ずかしくなる。


 いったいこのおじさんが何者なのかも分からないけれど、わざわざ境内の掃除をしていたという事はこの神社に関係のある人なのだろう。


 込み入った事情を話すかどうかは別にして、まずはこの人に話を聞いてみる事にした。


「あの、おじさんはこの神社の、その、神主さんですか?」

「い~や、わしはただのあれだよ。ボランティアってやつだ。昔からこの近くに住んでいてね。たまに来ては掃除してるだけだよ」

「そ、そうなんですか、じゃあここって管理している人はいないんですか?」

「いや本当はいるんだよ。わしも数回しか会ったことはないけどね。ただここ数年は見てないねぇ。それで神社も荒れて来ちゃって……昔ここの神主さんから掃除とか頼まれてた事があってね、その名残で今でも掃除に来てるんだよ」


 不在の本来の主に呆れたような顔をするおじさん。


 数年も神職がいないだなんて、ここは放置されてしまった神社なのだろうか。


 喩えここで待っていても今日たまたま会える確率なんてほぼないだろう。


「そう、だったんですか……ちなみに連絡先とかは知ってますか?」

「私も分からないんだよ。この神社もこれからいったいどうなっちゃうんだろうねぇ」


 名残惜しむようなおじさんの声に僕は少なからず落胆した。


 神社に来た目的、ここに祀られている何かを知るためには、管理している人に聞くのが一番正確だったのだ。


 けれど数年前から姿が見えなく、連絡先すらないというなら話を聞くことなんて出来そうにない。


 僕が知っているような怖い話なんかだと、大抵は近くにある神社の神主さんがお祓いとかをしてくれて、それで何とか助かるっているのが王道のパターンだった。


 怖い話を読んでいる時なんかは、都合のいいお助けキャラのような存在の神主が出てくるたびに嘘臭いと笑っていたけれど、実際にはやっぱりそんな都合のいい存在はいないらしい。


 明らかに意気消沈する僕に気が付いたのか、おじさんも眉を寄せて申し訳なさそうな顔になってしまっていた。


「なんだかすまんのぉ」

「いえ、そんな、おじさんはなにも」

「何か用でもあったのかい?」


 たぶん善意で聞こうとしてくれるおじさんに、僕は今起きていることを話してもいいものか少し悩んだ。


 本音を言えば祀られている神様の話を聞きたい。


 好々爺然としたこのおじさんなら知っている事があれば教えてくれそうだけど、ここの神様に殺されるとか、呪われたなんて言ってしまった時にはどんな反応をされるだろう。


 わざわざ掃除にまでくるようなこのおじさんには、悪い印象を与えてしまうかもしれない。


 どう話せばいいか考えあぐねていると、今まで黙っていた恵里香が代わりに話し始めた。


「私たち、小さい頃にこの神社で身代わりかくれんぼっていう行事をしたんです」


 恵里香の話を聞いていたおじさんは、みるみるうちに顔をほころばせた。


「おぉ! そうかそうか、それはいい事をしたなぁ、きっとガマズミ様も喜んでおられただろうよ」

「ガマズミ様?」


 聞きなれないフレーズに思わず口をはさむと、おじさんは愛おしそうに社殿を見つめた。


「ここに祀られている神様の名前だよ。そこまでは聞かなかったのかな?」

「はい、初めて聞きました」


 それは思わぬ収穫だった。


 ただ祀られている神様の名前が分かっただけだが、僕たちがそれすら知らなかったのも事実だ。


 しかも昔から近くに住んでいたらしいこのおじさんは、『身代わりかくれんぼ』の事も知っていた。


 もしからしたら僕たちが知らない事をもっと知っているかもしれない。今は何でもいいから情報が欲しかった。


「おじさんはガマズミ様について、詳しく知っているんですか?」

「そうだねぇ。ガマズミ様はそれは凄いお力を持った神様なんだよ。私が生まれる前には大きな祈祷も何度かされていたみたいだね。ただ、ガマズミ様はまだ子供の神様でな。こんな山奥で一人寂しい想いをしていたんだよ。その寂しさを紛らわせて上げるためにしていたのが、身代わりかくれんぼだった」

「ということは、身代わりかくれんぼって昔からあったんですか?」

「もちろんだよ。昔はよく子供たちを集めてやっていたさ。君たちも付けただろう? あの大きな形代を作って皆でかくれんぼをした。懐かしいねぇ」


 そう語るおじさんは、空を見つめて目を細めた。深いしわが刻まれているその顔を見ていると、初めに想像した年齢よりももっと年を取っているように見えた。


「それじゃ今もあの行事は?」

「どうだろうねぇ……もう何年も前から管理している人達を見ていないと言ったけれど、それくらいから行われていないのかもしれないね。私ももう歳だから正確には覚えていないんだけど、もしかしたらもう十年くらいにはなるのかな」


 十年と聞いて僕は思うところがあった。


 だいたい僕たちが『身代わりかくれんぼ』をしたのが十年前なのだ。


 もし、僕たちがした回が最後だったとして、それはいったいどういう意味になるのだろうか。


 ガマズミ様と最後に遊んだ子供たち。それが僕たち。


 気が付くと腕の毛が逆立っていた。


「君たちはガマズミ様について知りたくてやって来たのかい?」

「えっと……」


 答えにくい質問に言いよどむ。


 そこでまた代わりに返答をしてくれたのは恵里香だった。


「身代わりかくれんぼをやった時、あの紙人形を付けないと、この神社で遊んじゃいけないって言われたんですけど」

「あぁそうだよ。ガマズミ様はとても寂しがり屋なんだ。神社で遊んでいる子供がいたら、もっと一緒に遊びたいからと連れ去ってしまう。だから神社で遊ぶ時は必ず形代を身体に着けて身代わりにする。ガマズミ様は子供を連れて行ったつもりでも、それは形代で、実際には無事に済むんだ」


 前回この神社に来たときに、一真が思い出した事はだいたいあっていたみたいだった。


 祀られているのが子供の神様という事。


 子供が遊んでいると寂しさを感じている神様に連れて行かれてしまう事。


 それを防ぐ身代わりが形代だという事。


 ただ、僕はおじさんの話に少し違和感を覚えた。


 普通ならこういう話をするとき、らしい。とか、伝えられている。なんて言い方をするものじゃないだろうか。


 知っている人から聞いて代々伝えられていくような事だったら、意識しなくても伝聞形式になるのが自然だと思う。


 それなのにおじさんは、まるで今の話が事実だと知っているような、まるで実際に経験してきたことのように話している。それがなんだか奇妙だった。


「もし、形代を付けずに遊んだら……どうなるんですか?」


 恵里香が聞いた瞬間だった。


 穏やかだったおじさんの顔は一瞬で豹変していた。


 垂れ下がった目元が見開かれて、険しい目つきで僕らを見据える。


「君たち、まさか?」


 その固い声に込められていたのは怒りか、はたまた悲しみか、僕には判断がつかなかった。

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