第33話 ガマズミ様②


 初めからどうしようもない事だったようだ。


 幼い頃の僕たちがかくれんぼをしてしまった時点で、この運命は決まっていたみたいに感じる。もう逃れる事は出来ないらしい。


 無気力になる僕たちの間に漂っているのは最悪の空気だった。おじさんも居たたまれないのか気まずそうに見える。皆は……どうだろう。僕は皆の顔を見る事ができなかった。


 だってそうだろう。鬼をしていた僕だけは連れて行かれないのだから。


 一人だけ安全圏にいる僕を皆がどう思っているのかが怖い。


 幼馴染たちの姿を見れなくて視線をさまよわせる。その時だった、僕は何となく視界に入ってきた社殿から目が離せなくなった。


 もしかしたら、そう思った時には、身体が勝手に動いていた。


「な、なにを――」


おじさんが何か言う前に、僕は社殿の扉に手をかける。


「すみません。今だけは見逃してください。もしかしたらその御札があるかもしれないから、それだけでも確認したいんです!」


 この状況でも諦められるはずもなかった。


 自分にも何か出来る事があると信じて腕に力を込める。例え皆があきらめたとしても、僕は大切な幼馴染たちを諦めたくはない。


 ここで諦めたら僕の大切な人達は誰もいなくなってしまう。皆がいない人生なんて、そんな空虚な人生は考えるだけでも嫌だった。


 なんとか扉をこじ開けようと力を込めて揺さぶってみる。


 鍵はかかっている様子だけど、だいぶ寂れているみたいだった。ガチャガチャと音を立てて、扉も開きかけている。


 一人で扉と格闘していると、隣に恵里香がやってきた。


 恵里香の目にもまだ力が残っている。僕は恵里香と頷きあって、再び扉に向けて力を込めた。


  二人で力を入れると、バキッと何かが歪むような音がして、扉の間に隙間が出来る。その隙間を無理やり広げていき、人が通れるくらいまで扉を無理やり開いた。


 中に見えるのは鎮座する暗闇。


 開いたドアから入って来る光のあたる部分だけしか見えない。


「おじさん、この中って見た事ありますか?」

「いや、私も境内の掃除を頼まれただけだから、建物の中までは見たことがないよ。もしかしたら、置いてあるかもしれないね」


 勝手に社殿に入ろうとする僕たちに、おじさんは怒る事はなかった。


 仮にも本当の管理人に変わって神社を管理してきたおじさんは、僕たちの境遇に過去の自分を重ねたのかもしれない。


 おじさんが止めない事を確認して、僕と恵里香は社殿の中に足を踏み入れた。




 スマホのライトで照らしてみると、中の様子は想像していた光景とはまるで違っていた。


 何も無い厳かな空間の奥にご神体が祀られている荘厳な風景を想像していたというのに、実際には社殿の中は沢山の荷物が雑多に置かれ、まるで物置のような扱いをされているようだった。


 よく分からない書類や、古びた家電製品など神事には関係のないようなものが沢山置いてある。むしろ御神体や神事で使いそうなものはぱっと見た限りでは目にはいっぅてこない。


 その有様はここが廃棄された場所であるということを物語っているようで、社殿は本当にただの物置と化しているらしかった。


 呆気にとられながらもとりあえず近くにあった箱を触ってみると、手が触れた瞬間に大量の埃が空に舞いあがった。その凄まじい量からとても長い間放置されていた事がよく分かる。


 後ろからはおじさんと神奈も社殿に入ってきた。二人も埃の酷さに顔をしかめている。


 この中からあるかも分からない御札を探すのは骨が折れそうだ。


 荷物の量だけ見ても相当あるというのに、それをこの埃舞う環境の中で全てチェックするにはマスクと防護ゴーグルでも必要そうだ。


 考えた末に外に出した方がやりやすいかと思い、手ごろな荷物に手をかけて持ち上げる。


 時間はかかるとしても、雑にチェックして見落としていたなんてことは避けたかった。


 皆にもそう提案しようとしたところで、他の三人が微動だにせず一点を見つめている事に気が付いた。


 僕の後ろをじっと見ている三人。


 一瞬、背筋を冷や汗が流れた。けれど三人の表情から恐怖は感じない。


 ゆっくりと振り返ると、三人の視線の先には二枚の長い御札が壁にかけられているのが見えた。


 御札にかいてある字は読めない。けれど、形代のような人型の模様が描いてあり、何かしら関係のあるものだと感じた。


 荷物の間を縫って壁際まで進み、御札の前まで来たところで一度振り向いて三人を見た。


 神奈は微動だにしない、おじさんは目を細めてこちらを見ている。恵里香は頷いてくれた。その頷きに後押しされて、僕は御札を手に取った。


 固い材質の紙は長い間暗闇の中に合ったからか、新品のように真っ白だ。そのまま三人のところまで持って行き、確認してもらうためにおじさんに手渡す。


 丁寧な手つきで受け取ってくれたおじさんは、じっくりと御札を眺めたあとに頷いた。


「……これだ。あの時見せてもらったものに間違いない。まさか残っていたのか……」

「もう一枚も同じもの?」


 恵里香が奥を見ながら聞いてくる。


 僕が見た限りでは似ていたけれど、どうかは分からない。もう一度奥まで行って残っていた方の御札もおじさんに見てもらう。


 両方を見比べていたおじさんは、どこか満足そうに頷いた。


「おじさん、これがその御札なんですか?」

「あぁそうだ! よく残っていたものだよ。これがあればガマズミ様に連れて行かれなくて済むぞ!」


 薄暗い社殿の中、おじさんの興奮しているような声が響いた。




 外にいる一真にも状況を知らせるため、僕たちは一度全員で外に出た。


 一真は相変わらず石段に座って落ち込んでいたけれど、御札があった事を伝えると勢いよく顔を上げてくれた。驚きに溢れていた表情の中に希望の色が見え隠れする。


 少しだけでも一真が人間らしい顔つきに戻ってくれた事が嬉しかった。


「これがあれば、本当に助かるんですか?」


 神奈の疑うような言葉には、それでも隠しきれない期待がにじみ出ている。


 おじさんも神奈を安心させるように笑みを浮かべて頷いた。


「確かにこの御札だよ。昔のことだが忘れるはずもない。神主さんが見せてくれたものと同じだ。これがあれば、神様から隠れることができるはずだ」


 力強い肯定に、皆の活力が一気に戻って来る。


 助かる方法があると断言してもらった事で、絶望して表情の消えていた三人が自然と笑顔になってくれた。


 皆の明るい表情は本当に久しぶりだった。


 だが、まだ気を緩めるわけにはいなかい。しっかりと神様から隠れる方法を聞かなくては、せっかくの御札も宝の持ち腐れになってしまう。


「それで、儀式っていうのはどうすればいいんですか? さっきは簡単だと言っていましたけど」


 僕の質問におじさんが真剣な表情で口を開く。


「本当に簡単な事だよ。ガマズミ様に目を付けられてしまったら、この御札を家に貼って、丸二日間その中で過ごすんだ。その間決して外に出てはいけないし、窓とか玄関、外に続いている扉は絶対に開けてはいけない。完全に閉じこもって過ごすんだ。けれど、それ以外の制約はない。神主さんの話では、この御札がある場所は、ガマズミ様には見えないらしい。そして、二日間隠れ続けていれば、辛抱強くない子供のガマズミ様は諦めてしまうらしいんだ。そうなれば、もう連れて行かれることもないと言っていたよ。要は、またやればいいんだよ、かくれんぼを」


 この神社でかくれんぼをした子供は、鬼を除いてガマズミ様に連れて行かれてしまう。なら、ガマズミ様に見つからない所に隠れてしまえばいい。


 おじさんから教えてもらったその方法は、まるで意趣返しのようで理にかなっているようにも思えた。


 幼馴染たちと視線を交わす。


 皆の目には力が戻ってきていた。


 ただ怯えて過ごすしかなかった時とは違う。僕たちにはやれることがある。そう思えるからこそ、気力が身体から湧いてくる。


 大切なものを賭けた神様とのかくれんぼが再び始まろうとしていた。

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