第29話 魔女様、出戻る
「チェルシー・ウィンストン。ただ今完全復活のち、出戻りましたッ!!」
憤慨する気持ち満載。
久々実家、もとい魔女の森に名乗りを上げ戻った私。
「出戻り?」
「まだ結婚してないよね?」
「というか、まずくない?」
「うん、まずいと思う」
ツリーハウスの窓から何事?といった感じ。
訝しげに顔を出す魔女達の姿を確認しつつ、私は自宅のデッキに箒を着地させた。
「全く、アンソニー王子め。キスまでしておいて私より抱き枕がいいとか、もう百年の恋も覚めるって感じなんだけど」
私は愚痴をこぼしながら自宅の玄関ドアを開ける。
仲間しかいない魔女の森では鍵などかけないのが常識なのである。
「疲れた、早く寝よう」
私は部屋の中に一歩足を踏み入れ、違和感に気付く。
「あー何か嫌な予感がするニャ」
私の肩に乗ったルドがキョロキョロと辺りを見回し、物騒な声を上げた。
というか、私も嫌な予感しかしない。
「待って、ここにはアンソニー王子の紋章入りの玄関マットがあったはず」
私は玄関の入口。床に視線を落とした。
そこには家主である私が見たこともない、魚に足と手が生えたキャラが描かれた怪しいマットが敷かれている。
「ちょっと待った。玄関脇には私の生きる活力、騎士服姿のアンソニー王子の、しかも等身大ポスターが貼ってあった筈なんだけど。なにこれ?」
私はかつてそこにあったアンソニー王子のポスターに代わり、虚ろな目をした魚がフライパンの上で踊っているという、幾分シュールなポスターに釘付けになった。
「それはギョジンですよ、チェルシー姉様」
部屋の奥から現れたのは見知った魔女。
私が妹のように可愛がっている、最近五つ星に昇格したミシェルだった。
「なるほど。若い子には魚が擬人化された物が流行っているのね?」
「別に流行ってるってほどではないです。個人的な趣味ですから」
「なるほど。で、私の家に何でミシェルがいるの?」
「そりゃ、チェルシー姉様が嫁入りしたから」
「まだしてないけど」
「でもするんですよね?」
「それが……」
「はー?困るんですけど。五つ星になったら個人住宅が持てるって、だから頑張ったのに。それでようやくチェルシー姉様が結婚してくれたから、ラッキーって思ってたのに」
「……な、なるほど」
近年魔女の森では晩婚化が進み、居座る魔女が増えた。
その結果上級魔女の特権の一つ、個人住宅の空きがなく、泣く泣く若い魔女達は五つ星になっても共同生活を強いられているというのが現状だ。
「ミシェルの事情はわかったわ。で、私の推しグッズは?」
「マーラ様に言われてみんなで箱に詰めて、クロネコトマトの宅急便でアンデル国の王城宛に送ってしまいました」
「え?」
「だからチェルシー姉様のあの膨大なグッズの山は、今頃アンデル国に届いているはずです」
「ええええええ!!」
私は宝がここにないと知り声を張り上げる。
しかもよりよってアンデル国に送りつけたなど、万が一アンソニー王子に見られたら生きていけないレベルの致命傷を受ける事間違いなしである。
「あっ、でも受取人が」
私であれば、受取人不在で魔女の森に戻ってくるはずだと、私は
「そこは大丈夫ざます。こんな事もあろうかと、受け取り人はアンソニー王子にしておきましたから」
背後から声がして私は振り返る。
すると猫耳のついたナイトキャップを被ったマーラ様が眠そうな顔で立っていた。
「詳しい話は明日聞くざます。ひとまずチェルシー、あなたは今日は共同住宅でみんなと寝て頂戴。ローブ一式も支給品から下ろしなさい」
「……はい」
マーラ様に指示されてしまえばこれ以上駄々をこねても仕方がない。
それにしてもまさか家がなくなっているとは思わなかったと、私はひどく落ち込んだ。
「あ、そう言えばこれ。キッチンにあったから入れ忘れてました」
ミシェルが私に差し出したのは紫色をしたエプロン。
アンソニー王子の名前が入ったエプロンだ。
「それにしても、Iラブ アンソニーとか、痛痛しいエプロンですね」
「ウロコ模様のパジャマを着てるミシェルに言われたくないわ」
私はミシェルのパジャマ模様を指摘する。
どう見てもギョジンとやらを意識したそれは、青地にウロコ模様を表現しているのか、ピラピラとしたレースが縫われた、大変寝心地が悪そうなパジャマだった。
「えー、ギョジン着ぐるみパジャマですよ?しかもわりとこれ高かったのに。わからないかなーこの可愛さ」
「Iラブ アンソニーだって、やる気に満ち溢れるいいエプロンよ。しかも四時間並んで購入したんだから」
「どっちもどっちニャ」
自分の推している界隈を譲らないミシェルと私にルドが的確な言葉を投げかけた。
「ま、価値観なんて人それぞれだから」
「そうですね。では、私も眠いのでお姉様はどうぞ、共同住宅へ出戻り下さい」
眠そうな顔をしたミシェルに押し出され、私はアンソニー王子のエプロンと共に渋々本日の寝床を求め、共同住宅に向かったのであった。
★★★
久しぶりに戻った魔女の森。
共同住宅とは言え、魔法が使えるようになった安堵感からか私は爆睡してしまった。
そんな私を待ち受けていたのは、朝から私を個人住宅に招待してくれた魔女友だった。
「チェルシーまた花が届いているわよ?」
ピンクの鉢植えを私に手渡す友人。
「ねぇ、宅急便代の無駄だし、いい加減帰りなさいよ」
「そうそう。ごめんなさいって花言葉のディアスキアを二時間起きに送りつけてくるとか相当よ?」
「十分反省してるんじゃないの?」
「そもそもピクシーの魔法に二人ともかけられちゃって混乱していただけなんでしょ?」
決して広いとは言えない部屋。そこに密集するのは友人達。
そして先程からずっと、出戻った私に真っ当すぎる意見を口にしている。
全くもって仰る通り、耳が痛い。
それに一夜明け、冷静になった私は昨日の私は色々とおかしかったと至極反省している。
「しかも結婚式は明後日でしょ?」
「チェルシーが来るまで一人で待ってるとか可哀想過ぎない?」
「うっ、それは……」
花に添えられた手紙によると、アンソニー王子は結婚式当日までに私が戻らなくとも、私が来る事を信じ、ずっと待っていると書いてあった。
「しかもその日を逃したら十年後らしいじゃない」
「さらに非情な事実を告げるとすれば、チェルシーが戻ってきたって個人住宅の空きはないわよ」
「みんなが結婚すればいいじゃない」
私にばかり押し付けてと、捻くれた私はついみんなに八つ当たりをしてしまった。
「相手がいるならそうしてる」
「あー、みんなを敵に回したわね」
「ほんと、さっさと素直になりなさいよ」
「結婚式に出るの楽しみにしてたのに」
「ほんと、それ」
一斉にみんなが深いため息をついた。
どうやらみんなの本命は結婚式に参列すること。
そちらの方らしい。
「そもそもチェルシーは王子が大好きだったじゃない」
「それに魔法の箒が地味なやつに戻っていて、なおかつ飴が出ないってことは、既にキスしたんでしょ?」
「うわ、大人の階段登った的な?」
「チェルシーやるじゃん」
「つまりそれって両思いってことよね?」
「そうそう。私達の祝福の魔法は本当に好きあっている人とのキスじゃないと解けないんだし」
「一体何が問題なのよ?」
みんなが私に詰め寄った。確かに私はアンソニー王子が好きだし、結婚して欲しいとむしろ私から迫ったほどに大好きだ。
だけど。
「今更どんな顔したらいいかわからないし、それにピクシーのせいとは言え、婚約破棄されちゃったし。だからきっと」
私はもう捨てられるんだと、私は深い悲しみと共にダイニングテーブルにひれ伏す。
「ねぇ、どう思う?」
「完全にお惚気だよね」
「悲しむ自分に酔ってるだけでしょ」
「心配して損したって感じ」
私はガバリとテーブルから半身を起こす。
「そんなことない!!」
私は自らの無罪を主張する。
「それに、私のグッズ。既にアンデル国に送っちゃったみたいだし、それをアンソニー王子が見たら絶対ひくわ。もうお嫁になんて行けない」
ざっと六年分。コツコツ貯めたアンソニー王子のオフィシャルグッズ。あれを本人に見られたらと思うと恥ずかしくて死ねる。というかその事実だけで致命的な傷を負ったし、立ち直れそうもない。
「それに関しては、話を聞く限りどっちもどっちじゃない」
「そうそう。というか、お互いを推しあってる者同士が結婚するって、お似合いじゃない」
「というか、それって普通に恋愛結婚だし」
「言えてる」
友人の言葉に私は目が覚める思いがした。
私はアンソニー王子を推している。そしてアンソニー王子は私を推している。
「もはやそれは普通の両思い!!」
私は勢いよく立ち上がる。
「というかさ、そもそもそのエプロンがチェルシーの本音を語りすぎてるし」
「確かに」
「ある意味全世界に己の気持ちをアピールしちゃってるしね」
「そんな恥ずかしいエプロンしてるくせに、アンソニー王子の事でぐちぐち悩める神経がもう私にはさっぱりよ」
「確かに」
みんなの視線が私のエプロンに注がれる。その視線の先を追い、私は隠しきれない自分の想いを嫌でも知った。
紫色のエプロンの真ん中に大きくプリントされている文字。それは。
『Iラブ アンソニー』
そう、私は今アンソニー王子大好きと書いてあるエプロンを恥ずかしがる事なく、むしろウキウキで付けている。それが全ての答えだ。
「私はアンソニー王子が好き」
私はもう二度と迷わないという気持ちを込め、ハッキリと口にする。
「知ってる」
「今さらって感じ」
「だよね」
「お幸せに」
「結婚式には行くから」
「絶対にね」
魔女友達が一斉に大きなため息をついて、それから私に優しい笑みを向けてくれる。
ズバズバ言う人達だけれど、私にとって彼女達は家族だ。同じ境遇で育ったからこそ、心から誰もが幸せになって欲しいと願う仲間なのである。
「みんな、ありがとう」
私はつい感極まり泣きそうになる。とその時――。
「大変!!マーラ様が侵入者を連れてきたわ」
家のドアを大きく開けて入ってきた魔女。
大興奮な様子で私の元へ駆け寄ると、腕をガシリと掴んだ。
「もはやチェルシーのせいで、初めて会った気がしない、親類みたいな王子様があなたを迎えにきたわよ!!」
それって、絶対アンソニー王子じゃん。
私は何故ここに?と思いながらも、ニヤニヤした顔をした仲間達に背中を押され、家の外に無理矢理連れ出された。
そして私はそのまま広場に連行された。すると幼年組の魔女達に囲まれ、所在なさげに小さなく畏まっているアンソニー王子の姿を発見する。
「うわ、あの子達完全に異生物を見る目になってる」
「まぁ、初めて人間の男の人と遭遇したんだろうし」
「私達もそうだったものね」
一斉に懐かしむ顔になる私達。
確かにこの森からまだ出る事を許されない幼い魔女達にとって、魔女以外は異生物でしかない。特に魔女の森に男性はいないので、なおさら不思議な存在に感じるのである。
「ねぇ、あなたは何という生き物なの?」
「何を食べるの?」
「人間の言葉はわかる?」
「お名前はあるの?」
「どうしてマーラ様に連れてこられたの?」
「悪いことをしたの?」
「私が見える?」
容赦なく浴びせられる質問。
アンソニー王子は困り果てた様子で顔を上げた。
すると遠目に観察していた私とバッチリ目を合わせたのち、ホッとした顔を私に向ける。
そして。
「魔女様!!」
アンソニー王子が親しみを込め、いつものように私の名を呼んだ。
「なあに?」
「よんだ?」
「はーい」
「わたしも魔女だけど」
「わたしも!!」
「はい、はい、はい」
「はーい」
幼年組の魔女達が私の代わりに、一斉に元気よく返事をした。その結果アンソニー王子は更に幼年組に足元にまとわりつかれる事となる。
「まぁ、みんな魔女だしニャ」
ルドの指摘はだいたい正しい。
私はこの時、改めて再確認したのであった。
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