第27話 魔女様、仮面パーティに潜入する

 エルロンド王子とアンソニー王子。

 二人が何やら怪しいパーティに参加するという耳寄りな情報をゲットした私。


「仮面をつけてキスしちゃえば恥ずかしくないわ」

「私だとわからなくても、とにかく何を何したもの勝ちよね」

「そうよ。ファイトよ、ルーシ」

「頑張るわ、エミリー」


 謎にスイッチが入り、アンソニー王子の唇襲撃計画に向け張り切る私達。


 そして迎えた仮面パーティ当日。

 エミリーの屋敷に向かうと、衝撃の事実が判明した。


「えっ、エミリーはいけないの?」

「ごめん、何か私の勘違いだったみたいで、エルロンド殿下はそのパーティに行かないそうなの。それどころか私は今日、慈善パーティにエルロンド様と出席する予定になっちゃって」


 まさかのドタキャンである。

 とは言え、エミリーを危険に晒すより私一人がパーティに向かった方がいいに決まっている。例え魔法が使えなくても、それなりに修羅場をくぐってきた経験値は確実にエミリーより私の方が高いからだ。


「でもパーティに行く準備は一緒にやろう?」

「……お願いします」


 エミリーにお願いし、私は屋敷の侍女達にドレスを着せられた。

 私はドレスの事などさっぱりわからないので、今回は全てエミリーにお任せだ。


 勿論ドレスはエミリーのお下がり。

 私が注文をつけたのは、あまり目立たないドレスという一点のみ。


 その結果、エミリーは紺地にシルバーの刺繍糸で草花模様が刺繍された、わりと大人しめのドレスを選んでくれた。


 しかしドレスに袖を通し私は思った。


「何かこの色ってアンソニー王子のイメージカラーっぽいんだけど」


 意図したわけではないとは思う。しかしドレスの色は何となく光を浴びた時に薄く見えるアンソニー王子の髪色に思え私は内心ソワソワと落ち着かない。


「エルロンド殿下とアンソニー殿下は一卵性の双子でしょ?」

「うん」

「だからエルロンド殿下の目の色だったり、髪色に合せたドレスばかり仕立てた結果、私のクローゼットってこんな色のドレスばっかりになっちゃうのよ。だから諦めなさい」

「な、なるほど」


 確かにエミリーのクローゼットの中に保管されたドレスは落ち着いた色ばかり。

 噂では耳にしていたけれど、どうやら婚約者の髪色や瞳の色に合わせたドレスを着るというのは都市伝説ではなかったようだ。


 そしてエミリーの婚約者はアンソニー王子のそっくりさん。エミリー的にはアンソニー王子の方が弟なので、エルロンド王子のそっくりさんがアンソニー王子なのだと譲らないが。


 とにかく、私とエミリーの好きな人は髪も目の色も同じ。

 だからエミリーのドレスを借りた時点で、私はアンソニー王子色の強いドレスを着る事になってしまうというわけである。


 意外な盲点だった。

 しかし、こうなっては仕方がない。


「見つからなければどうと言うこともないしね?」

「そうそう。仮面をつければ誰だかわからないわよ」

「だよね」

「とにかく、潜入捜査頑張って。勿論結果はしっかり教えてね?」


 私と同じような色のドレスを身にまとうエミリーが私に目元を隠すマスクを手渡した。

 

 紫色に染め上げられた鳥の羽のついたマスクだ。


「これは……」

「エルロンド殿下の瞳の色よ」

「うっ、やりすぎじゃないかな」


 どうみても仮面についた羽の色はアンソニー王子の瞳の色だ。


「だってこれしかないもの。大丈夫、誰もルーシーだって気付かないわ」


 エミリーは明るい声でそう口にすると私の肩をポンと叩いた。

 絶対に他人事気味に楽しんいる。

 何となくしてやられた、そんな気分になりつつ私は、仮面パーティとやらに向かうため、用意された馬車に乗り込んだのであった。



 ★★★



 王都内の端にある催事用に良く貸し出されるという屋敷に到着した私。


 ひたすら続く庭園を馬車で抜け、私は無事エントランスに到着した。


「ご武運を」

「ありがとうございます」


 エミリーの家に雇われているという御者さんに健闘を祈られ私は白い階段を登りエントランスへ向かった。すると突然受付らしき場所に立っていた青い仮面の男性が私を見て仰け反ったのち、まるでイノシシのようにこちらに早足で向かってきた。


「ま、ま、魔女様。何故このような場所にッ!!」


 明らかにアンソニー王子ではない声。けれど浮ついたこの声を何処かで聞いた事があると私は顎に手を当て考える。


「とりあえず、こちらへ」

「えっ!?」


 腕をグイッと引っ張られ、私は室内にあっという間に連れ込まれてしまった。

 そして私はわけも分からず謎の男に腕を掴まれたまま、ホールの人混みを抜け、屋敷の廊下らしき場所に連れて行かれた。


「ちょっと、無礼すぎるんだけど」


 黒いスーツに金色の刺繍。首元を飾るのはヒラヒラとした豪華なレース。どうみても貴族っぽい男性は私の背を壁に貼り付けると、その脇に片手をついた。


「なっ、か、壁ドン!!好きな人にもされた事がないのに」


 私は生まれて初めての壁ドンを見知らぬ男性に奪われ軽くショックを受けた。


「すみません魔女様。僕はニルスです。モルド伯爵家のニルスです」


 キョロキョロと警戒するように辺りを見回し、私の耳元でニルスと名乗る青年。

 私はその名を耳にして一気に記憶が蘇る。


「あなた、私を監禁した人なのね?」

「覚えて頂いて光栄です」


 ニルスは壁についた手を離すと、まるでダンスの始まりの時のようにうやうやしく私に礼をしてきた。


「ちょっと、何であなたがここにいるのよ。というか、良く私だってわかったわね」


 私はしっかり仮面をつけているし、いつもの被るだけ楽ちん黒ワンピでもない。


「そりゃ、僕は筋金入りの魔女様マニアですから。どんなお姿でもわかります。しかしそのドレスは頂けない。どうみたってあいつの髪色に合わせて来たんですね?」


 ニルスは私のドレスを上から下まで確認し、うんざりとした声を出した。


「それにその仮面についた鳥の羽。あいつの目の色と同じ。やりすぎですよ、魔女様。そのうち恋愛脳になって魔女業務を疎かにしかねません。あまりよくない傾向ですね」

「違うわよ。仕方なくこうなっちゃっただけ。それより、この怪しい会は何なの?」


 行き交う人は皆目元を隠すように仮面をつけている。

 圧倒的に男性が多いが、女性も全くいないわけではない。

 目元や体型から察する年齢層も見事にバラバラ。老若男女入り乱れている感じだ。


「奇数月に行われる、サバトですよ」

「サバト?」

「魔女集会の真似をして、サバトと私達は呼んでいます」


 確かに魔女集会はサバトと呼ばれる事がある。しかし奇数月に行われると決まっている訳ではないし、何より何故魔女集会の真似をしているのかという理由が気になる。


「何で魔女集会の呼び名を真似してるのよ」

「それはこの会が魔女マニアの集まりだからです」


 耳打ちするようにニルスからこっそり告げられる真実に驚愕する私。


「ですから、魔女様であることがみんなに知られたらまずい。現場は大混乱の末血を見るかも知れない」

「え、そんなに?」

「はい。中にはあいつのように熱狂的なファンもいますから」

「あいつ……まさかアンソニー王子の事?」

「シーーッ。奴はお忍びで来ているので、これはオフレコで」


 ニルスは自分の口元に人差し指を立てた。

 しかし私は絶賛混乱中である。


 確かにアンソニー王子は魔女マニアの集まりに参加しているようだった。

 妙に私の推し事に対し、理解があるのは自らもマニアだからだろう。それに裏側にプリントされた私が口に出来ないという怪しい抱き枕をアンソニー王子は、スペースの問題で購入を諦めたという、ある意味常識的なマニアだ。


「だとすると、特に問題はないか」


 自分も同じようにロイヤルマニアの集まりに参加している。

 アンソニー王子の趣味をとやかく言う必要はないと、私は判断した。


「この会にイゴルは関係してないの?」

「勿論です。これは各地に散らばる魔女マニアが集結する純粋なファンの集まりですから。そもそも魔女様達は公式グッズがない。だからこのような会で販売会のような事をしているんです」


 ニルスが自慢気に言い切った。


「確かにオフィシャルでは出していないものね」

「待ち望んではいますけれど。でもま、規制なく自由に販売できる方が様々なグッズが揃うので、それはそれで楽しいですけれど」

「規制なく……抱き枕か」

「おっと、ひとまず魔女様をご案内しますね?」


 明らかに話題を逸らしたニルスが私の腕を取った。


「だ、大丈夫だから」

「いえいえ、いい機会ですから是非とも我ら魔女マニアの滾る魔女様への愛を感じて下さい」


 やたらやる気を出した様子のニルス。

 私の腕を取りズンズンと歩き出した。


 確かにこの怪しい会が気にならないと言えば嘘になる。けれど、アンソニー王子に出会ってしまった場合、仮面をつけ正体不明だとしても非常に気まずい。


「えっと、私はそろそろ行かないとかも」

「ご覧に入れたいものが山程あるんです。帰るだなんて言わないでください」

「そ、そうなんだ」


 張り切るニコルを振り解く事も出来ず、強引に腕を引かれ連れて行かれたのは大きなホールのような場所。

 

 壁には大小様々な写真が飾られている。

 よくよく見れば全て被写体は私のようである。


「まずはこちら。日々の活躍を捉えた写真ですね。毎回提出された秘蔵写真の中から最優秀魔女っ子賞を一枚投票で決めるのです」

「魔女っ子賞……すごいネーミングセンスね」

「可愛いでしょう?」


 本人に向かって可愛いでしょうと問われてもと、私はひたすら戸惑い、苦笑いをニコルに返す。仮面があって本当に良かったと思った瞬間だ。


「こんなに撮影されていたなんて。全く気付かなかったわ」

「見て下さい。この真剣な眼差し。真摯で美しいと思いませんか?これは雨の中、増水した川で溺れた人を救出する魔女様です」


 私は「あーそんな事もあったな」と思い出す。

 川に落ちた猫を助けようとして、溺れた人を猫ごと何とか救出したのである。


「それにこちら、迷子を助けた魔女様も優しみ溢れるお姿がきっちり納められていて、この慈愛ある琥珀色の瞳がいいですよねぇーー」

「な、なるほど」

「あー、これは迷子の蛇を捕まえた魔女様だ。屋根裏に入ってしまって、ほら、魔女様が全身埃だらけに」

「うん、そうだったね」


 ニコルが私に見せる写真。

 その一つ一つを、私は意外にもしっかりと覚えていた。


 写真を眺めながら私の脳裏にはありがとう、助かった、よくやった。そんな市民の労いの言葉が懐かしく蘇る。


 それに何より、私のやってきた事をこんなにもしっかりと追いかけてくれるている人達がいる事に驚いた。


 その事を知り、私の心にじんわりと温かい気持ちが流れ込む。


 そんな私のポカポカした気持ちを台無しにするのはニコルである。


「むっ、今回はこれが魔女っ子賞のようです。俺は絶対に認めませんけどね」


 ニコルが睨みつけているのは、私がアンソニー王子を乗せて夜空を飛ぶ姿を移した写真だ。

 

 丸い月の前、黒いシルエットになって小さく映る、私とアンソニー王子。


 時計台で休んでいる所を新聞にスクープされたりと、嫌な思い出になりかけていた。けれどこうして見ると悪くない。それどころか、とてもいい写真だ。


「いいじゃない。これが今月の魔女っ子賞なのは納得だわ」

「……まぁ、確かに魔女様のオフって感じでいいですけど、でもあいつが後ろに乗ってるのは許せません」

「機会があったら、ニコル、あなたも乗せてあげるわよ」


 私は悔しがるニコルに軽く告げる。


「それは駄目だ。僕が絶対許さない」


 聞き慣れた声と共に、私はガシリと腕を掴まれた。


「あ、アンソ――ぐぬぬ」


 私は名前を全て口にする前に、アンソニー王子らしき人物に口元を覆われた。


 残念ながら唇ではなく手で。


「ニコル、何故お前がまじ……彼女をエスコートしている。まさかまた無理矢理」

「違う、まじ……彼女が勝手に会場に現れたんだ」

「勝手にだと?」

「そう、勝手に」


 ニコルが自らは悪くないと必死に主張した。

 その結果私は目元を覆う、仮面をつけたアンソニー王子らしき人物にギロリと睨まれる。


「すこし君と話をした方がいいようだ」


 何となく不機嫌な様子のアンソニー王子は私の腕をしっかりと掴んだ。


 これはピンチ?


 私は背中に嫌な汗が流れるのを感じたのであった。

 けれど内心私は、怒った推しはレアだし、だいぶ格好いいと思った。

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