第21話 魔女様、眠れる地下室の姫を演じる

 突然私が監禁される部屋に入ってきたイゴル。


「何だこのふざけた箒は、次から次へとキャンディを放出して止まらない。お陰で私の部屋がメルヘンチックなキャンディで埋まりかけたんだぞ」


 だいぶお怒りのようである。


「まぁ、それは呪われているし」

「呪われてるだと?」

「しかもアンソニー王子にしか呪いは解けないし」

「くっそ、またあいつか。オークションでも邪魔しやがって。あの時魔女、お前もいただろう!!俺をはめやがって」

「え、オークション?なんのことやら」


 私は全力で素知らぬフリを決め込む。


「とぼけるな。昨日の新聞が良い証拠だ。俺が雇ったお前につけていたパパラッチ、あいつが証言したんだよ。時計台でイチャついてた二人、あれは変装したアンソニー王子とお前だってな」

「イゴル、魔女様にお前は駄目だろう。謝れ!!」


 ニルスがイゴルに良い指摘をする。

 そう、私は魔女だ。しかも怖い魔女のはずだ。

 人に言えない、見つからないようにする努力をしなければ購入出来ない、そんな抱き枕にされていい存在ではないはずだ。


「うるせーな、オタクは黙ってろ」


 イゴルの背後にいた男がニルスの胸をドンと押した。

 流石に転びはしなかったが、ニルスはその場でよろける。


「つーか、イゴル、こんなオタクの撮る写真なんてたかが知れてる。さっさと脱がして写真撮って、薬漬けにして、俺たちの手下にするんだろ」


 なるほど、どうやら私は薬漬けにされるらしい。

 というか、私が魔女だという事をわかっていて本当にそんな馬鹿な計画を立てているのだとしたら、もう救いようがない。


「ロムズ川にポイするようかしら」


 わりと本気でそう思った私は一人小さく呟く。


「ま、ま、魔女様になんて無礼な!!お前、家畜以下だな。そんな事はさせない。魔女様には指一本触れさせないぞ!!」


 ニルスが激怒した。そしてベッドの上にいる私の前に立ちはだかってくれた。

 気持ち悪い所もあるけれど、ちょっとはいいやつだな、と私は見直した。

 だけどこれがアンソニー王子だったら最高なのになと、ニルスの広い背中を見上げ、わりと酷い事を考えてしまった。


「ニルス、ファイト」


 私はさり気なくニルスの背中に声援をかける。


「何がファイトニャ。もうすぐ助けが来るニャ。どうする?自分で逃げるニャ?」


 ベッドの上にポイと投げ出されたのは私の杖。

 私は素早くそれを掴みいつでも反撃出来るよう、ローブの下に隠して握る。

 ついでにルドも私のローブの中に隠しておいた。


「遅い。もっと早く来て。でもありがとう、ルド」

「マーラ様が自分で何とかするだろうからって、取り合ってくれなかったんニャ」

「だろうと思った」


 先程密かに想像していた通り。


 マーラ様は私の実力をしっかり把握している。

 だから助けになんてこない。

 自力で何とかしろ、出来るざますよね?ということだ。


 マーラ様らしいやと私は思わず口元を緩ます。


「因みに青筋を立て、めっちゃ怒り狂ったアンソニー王子が救出予定ニャ」

「なにそれ、全力でか弱いフリをする」

「……好きにすれば」

「あ、そうだ箒の呪い。出来れば知らない内に何が何したいから、ルドお願い。私はここで薬を飲まされて仮死状態になったフリをするから、アンソニー王子に私の唇に例のアレするよう、誘導して」

「は?何それ不吉な予感しかしニャいんだけど。それに何で僕が?やだよ」

「やだじゃない。命令よ。私だって自分で言えるわけなじゃない。恥ずかしい」


 その時廊下から、罵声と共にバタバタとした足音。

 そして剣をが風を切り、ドタンバタンと人が倒れるような、豪快な音が聞こえてきた。


「来たみたい。じゃよろしく」

「ニャ!?」


 私はパタリと倒れ、薄目を開けて入り口を捉える。


「ま、魔女様!?一体なにが!?」


 ニルスが私の異変に気付いた。

 しかし邪魔だ。私の視界を遮るように覗き込まないでもらえると嬉しい。


「イゴル、魔女様を返せ!!」


 ドタドタとした音と共に、推しの声が私の耳に届く。

 しかしニルスが邪魔で私は推しの勇姿を拝めない。

 なんたる失態、今いいシーンなのにッ!!


「遅かったな。魔女は呪われて死んだ」


 イゴルがしれっと嘘をつく。

 え、生きてるしと私は心で主張する。


「な、なんだと。そんなはずは」


 アンソニー王子の声が上擦る。


「魔女様ーー!!なんて事だ。信じられない。魔女様、起きて下さいーー!!」


 イゴルの言葉を信じたのか、ニルスが私の体に縋りついた。邪魔でしかなかったニルスがここにきていい仕事をし始める。ちょっとキモいけど信憑性を増す為に我慢だ。


「ニルス、まさかお前が……」

「トニー、君が結婚するだなんて暴挙に出るから!!魔女様は、魔女様は……」


 何となく雲行きが怪しくなる。

 私は別に結婚が嫌で死んだフリをしているわけではない。呪いの箒のせいで、推しとキスをしなければならないからだ。


 ちょっとニルス、余計な事を言わないでくれる?


「ははは、愚かだな。一国の王子如きが魔女と結婚など大それた野望を抱くからだ。魔女は自ら死を選んだ。ははは愉快だ。苦しめ」


 ニルスに加え、イゴルまで調子に乗って私が死んだとアンソニー王子にしつこくアピールする。自爆への道に突き進んでいる事に気付かないイゴルは間抜けでしかない。


「くっ、嘘だ。魔女様は死んでなどいない!!」 


 アンソニー王子が力強く言い切った。

 そしてニルスのせいで何も見えないけれど、剣が宙を斬るビュンという音が響く。

 それからカンカンと鉄がぶつかり合う音がして、ドサリと床に何かが倒れる音がした。


「ニルス、僕に斬られたくなければどいてくれ。僕が自ら魔女様の容体を確認する」

「嫌だ。魔女様はお前だけのものじゃない!!」


 ニルスが私に抱きついてきた。

 おいおい、やめてくれたまえ。

 私はアンソニー王子推しなのよ?


 しかも推しの前で他の男に抱きつかれているとか、私が浮気性だとアンソニー王子に勘違いされかねないから、本当にやめて欲しい。


「そもそも魔女様はものなんかじゃない。魔女様は魔女様である前に、普通の女性だろう?」


 アンソニー王子の小さな呟き。

 それをしっかりと耳にした私は泣きそうになる。

 何故なら、誰も言ってくれないけれど、私がずっと欲しかった言葉だったからだ。


「僕は確かに魔女様が好きだ。けれど、僕が心から欲しているのはチェルシー・ウィンストンという一人の女性だ。彼女がたまたま魔女だっただけ。だから僕は彼女と添い遂げたいと思う。僕は君とは違うんだ。だからそこをどいてくれ」


 どうしてそこまで私を好きになってくれたかは、わからない。

 けれど、アンソニー王子はちゃんと私の中身を好きになってくれたのだと、私はこの時気付いた。


 そして私も十年前、私を抱きかかえてくれたアンソニー王子の透き通る紫色の瞳と目が合った瞬間の事を思い出す。すっぽりとアンソニー王子の腕にはまる私。抱きかかえられた時の安心感。ホッとしたような王子の笑顔。


 あれはまだ私が推しという概念を知らなかった時のこと。だけどドキドキして、胸が苦しくなった事は覚えている。つまりあの時から私はアンソニー王子が好きだった。推しと言う気持ちこそ、後付けだったのである。


 それは揺るぎない事実だと私ははっきりと自覚する。


「僕の負けだ。けれど、魔女である彼女はお前だけのものじゃないからな」

「わかってる」


 ニルスが私の身体から離れる。

 そして代わりに、ふわりと馴染みある香りが私の鼻に安心感と共にまとわりついた。


「チェルシー嬢、遅くなってごめん」


 アンソニー王子の指先が私の顔にかかる髪を優しく払う。


「僕は君がいないと生きていけそうもない。だから目を覚ましてくれ」


 アンソニー王子の懇願するような声。

 出来たら私も目を開けたい。けれど恋心をしっかりと自覚した現在、それはとても困難な作業となった。何故なら騙してしまっていることも申し訳ないし、何より恥ずかしい。


「キスするニャー」


 モゾモゾと私のローブから這い出したルドが懸命にアンソニー王子に訴えかける。


「君は無事だったのか。良かった」


 アンソニー王子が少しだけホッとした声をだした。


「僕の事はいいから、早くマスターにキスをするニャ」

「そうか。君も悲しいのか」

「違うって……駄目だこいつ話が通じない」


 ルドがため息を吐き出す音が聞こえる。

 でもアンソニー王子は悪くない。魔法を使えない王子にはルドの声はニャーニャーと鳴いているようにしか聞こえないのだから。


「いいか、良く聞くニャ、ここ、ここにブチュっとニャ!!」


 逆ギレ気味に私の唇をバシバシと叩くルド。

 わりと痛い。


「そうか。水を飲ませればいいのか!!ありがとう猫殿!!」

「猫じゃニャい!!水も違う!!いいからキスしろってば!!」


 荒ぶる声を上げながら私の唇を叩き、水分を奪っていくルド。

 しかしその鳴き声は虚しく部屋に響くのみ。

 そして私の唇もカサカサに。

 キスするには最悪なコンディションである。


 おかしい、こんなはずじゃなかった。


 そもそも昔読んだ絵本によると、眠るお姫様にキスをして呪いから救うお話なんて沢山あるはずだ。けれどどうやら現実はそうそう上手くいかないらしい。ルドという協力者を得てして失敗しそうな私が言うのだから間違いない。


 それとも私が絵本ではいつもお姫様に呪いをかける側の魔女だから?

 だからキスされないのだろうか……。


「僕の水筒で申し訳ないけど」


 アンソニー王子がベッドの上に座り、私の背中に手を入れる。

 そして私は半身を起こされ、口元に水筒の飲み口を当てられた。


「頼む、飲んでくれ、チェルシー嬢」


 完全に誤解だ。

 けれど好きな人に懇願されて断れる人はいない。

 私は意識がある事がばれないよう、ゆっくりと水を口に含む。

 そしてゴクリと水を喉に通過させる。


 それからゆっくりと。

 全神経をまぶたに集中させ今目覚めた風を装い目を開ける。


 すると心配そうな顔をしたアンソニー王子の顔が私の瞳いっぱいに映り込んだ。


「良かった。お目覚めですね」

「あら、私は一体……」

「白々しいニャ」


 半目になり、全力で不服を訴えるルド。

 それを華麗に無視し私はたった今好きだと自覚した人の顔を見つめる。


 少し恥ずかしいけれど、でも忘れる前にと私は告げる。


「アンソニー王子、私はあなたが好きよ」

「チェルシー嬢、僕もあなたが大好きです」


 アンソニー王子は私が見た中で一番照れた顔をして、そして最高に優しく私に微笑んでくれたのであった。

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