第20話 魔女様、うっかり誘拐される

 祝福の飴を撒き散らし、ようやく辿り着いたアンデス国。


 王城にそのまま直行しようとしかけ私はルドに再確認する。


「キャンディの呪いって私の記憶が正しければキ、キ……何をするまで続くという認識なんだけど」

「そう、キスをするまでニャ。まぁ奥手な魔女の背中を押す魔法だろうニャ」

「なんて破廉恥な!!」


 私の怒りの魔力が箒に伝わり、より一層キャンディの雨を地上に降らす。


「そもそも通常であれば結婚する日にかけられる魔法なわけで、別に破廉恥じゃニャいニャ」

「くっ、そうだった。誓いのアレか」


 色々と順番がずれ込む私の恋愛事情が悪いのである。


「ひとます王城に向かったらマーラ様がいるんだよね?」

「みんニャの言う事が正しければそうニャ」

「となると、先に新聞の訂正を頼んだ方がいいよね?」

「今更ニャ気もするけどニャ。でもまぁ、王城に行ったら最後、マスターはあいつに監禁されるかも知れない」

「監禁……わりとされたい的な?」


 私は最愛の推し、アンソニー王子に監禁される自分を想像し、激しく萌えた。

 悪くないむしろバッチコイなシチュエーションである。


「魔女様ーー」


 地上で停滞する私を呼ぶ声が耳に入る。

 私は顔を下に向ける。するとそこには庶民らしき簡素な服装に身を包む青年がニコニコと私に手を振っている。しかし私は彼に見覚えがない。


「何だろ?困ってるのかな?」

「さぁ?」


 とりあえず王城に行く事を先延ばしに出来る理由になるかもと閃いた私は地上へ降りた。


「魔女様、ご結婚おめでとうございます」


 地面に降り立った途端、私は人の良さそうな青年から頭を下げられた。

 一般市民にまで誤解が広がっていると私はげんなりする。


 自分で蒔いた種ではあるが、新聞恐るべしである。


「まだしてないけど」

「あぁ、そうでしたね。間に合って良かった」


 訂正を口にした私に青年が意味不明な言葉を呟いた。


「間に合った?」


 私は訝しげに思い言葉を復唱した。

 すると次の瞬間、背後から伸びてきた何者かの手により、私は無理矢理鼻にハンカチを当てられる。


「ニャ!!」


 ルドが短い悲鳴を上げ私の肩から飛び降りたのを感じる。


「ルド……」


 私は咄嗟に腰にさげたフォルダーから杖を抜こうと手を伸ばす。

 しかし急にクラリとしためまいに襲われ、私は呆気なく意識を失ったのであった。



 ★★★



 パシャ、パシャというシャッター音が微かに脳に響く。


「やっぱ、やばくないっすか?」

「けど、結婚なんて許せないだろ」

「そうなんですかねぇ」

「みんなの魔女様なのに」

「でも、何もこんな風に無理矢理拐わなくても良かったんじゃ?」

「大丈夫だ、イゴルが痕跡は確実に消して下さるって話だから」

「信じて大丈夫なんすか?」

「あぁ、しかも魔女様の写真を高値で買ってくれるそうだ。お前は金が欲しいんだろ?」

「そりゃ、まぁ」

「じゃ、仕事しろ」


 目の裏に眩しい明かりが届き、シャッター音が加速した。

 私は何事?とゆっくりと目を開ける。


「あ、魔女様が目を覚まされたっす」

「やばい、尊いな……」


 私の視界に映るのは、何処か冴えない青年二人。

 一人は貴族風な黒いスーツ姿で、首から下げたカメラを私に向けている。

 そしてもう一人は生成りのシャツに茶色いズボンとベストという如何にも庶民風な格好で、明かりを私に当たるよう向けている。


「魔女様がその尊い瞳に私如きを映していらっしゃる!!」


 貴族風の青年が目を見開き、片手で口元を覆った。

 まるで普段の自分を見ているようだと私は感じた。


「写り込んでいるけど。それより一体ここはどこ?」

「魔女様が喋った!!」

「ルドは?」

「猫の事を私に尋ねられた」

「あのさ……」

「魔女様が絶句されている!!レアだ。くそう、可愛い」


 パシャパシャと突然首から下げたカメラで私を連写し始める貴族の青年。

 やはり何だろう、無理矢理拐われ、文句の一つも言いたい所だけれど、何となく憎めない気がしてしまうのは、同族な雰囲気を貴族らしき青年が存分に醸し出しているからだろうか。


 とは言え、ルドがいない事が心配だ。


「ねぇ、ルドは何処にいるの?」


 私は寝かされていたベッドから起き上がろうとして、手首に大層な手枷がつけられている事に気付いた。そしてご丁寧にも手枷から繋がる太い鉄の鎖は壁にしっかりと打ち付けられている。


 そもそも窓もなければ、可愛らしい壁紙も貼られていない部屋。

 照明がなければ暗闇に包まれそうだ。


 漂う香りも若干かび臭く、流れる風も感じない。

 むしろジメジメとした湿度の高さを肌に感じた。

 以上の事からここは地下だと私は現状を把握する。


「ルドって魔女様と一緒にいた黒猫の事っすか?」


 私に明かりを向ける庶民らしき青年が私に問いかけた。

 彼の態度はどうみても冷静で、推しを前にした様子ではない。

 つまり彼はそこの私を気に入っているらしい貴族に雇われている可能性がある。


「そう猫のこと」

「おい、何勝手に魔女様と会話をしている。ライトがズレているぞ」

「はいはい」


 私の視界を独り占めといった所だろうか。

 私はそこまでガツガツした推し事をしていないと信じたい。

 けれどもしかしたらアンソニー王子を前に、ルーシーの時はわりとこの青年のようだったかも知れないと不安になった。


「魔女様、大変申し訳ございません。魔女様の猫は魔女様を置き去りにし逃げました。現在行方不明ですが、猫は適応能力が高いので、今頃野良猫となり路地裏を駆け回っているかと」

「猫はわりとデリケートだけどね。で、野良猫ってことは、私を誘拐してかなり時間が経ったってこと?」

「いいえ、まだ一時間程度です」

「……そう」


 なるほど、意外に時間は経っていないようだ。

 となると何事もなければルドが王城にいるマーラ様に私の事を伝え、「あら、自分で何とかするざますよ」などと言われている所かも知れない。


 まぁ確かに杖の代わりになるものさえ手に入れば、私にとってこの程度の連れ去りくらいどうということはない。


 問題はその杖の代わりになるものだけれど……。


 ぐるりと部屋を見回しざっと確認し、杖代わりになりそうなものが見当たらなかった私は少しだけ肩を落とす。


「箒は?」


 次なる不安要素について私は尋ねる。

 あの箒はアンソニー王子と私がキスをしない限り消える事もない。

 それどころかキャンディーをポロポロと召喚し続ける呪いの箒だ。


「あの可愛らしい箒ですね?いつもと趣向を変えていたので驚きました。けれど魔女様にはパステルカラーも似合うと常々思っていたので、出来たらそのうちピンクのフリルやリボンのついたローブをプレゼントさせて頂ければと思っております」

「拒否します」


 私は即答する。

 すると貴族の青年はこの世の終わりといった感じで、ショックを受けた表情になった。

 だけど人々に畏敬の念を抱かせる為に魔女のローブは黒であるべき。ピンクのローブなんて可愛い感じのローブを羽織れだなんて、到底無理なお願いだ。

 更に言えば、フリルやリボンなんて任務の邪魔でしかない。


「箒はどこ?」


 私は箒が迷惑をかけていないか、その意味を込め尋ねる。

 なんせ今だってキャンディを放出し続けているはずなのだ。

 早いところアンソニー王子とキスをしないと……。


「ちょっとハードル高いかも」


 私はうっかり自分がアンソニー王子とキスをするシーンを想像し、ひたすら赤面した。そして思わず乙女心全開で両手を顔に当て、「ムリムリ」と左右に体を揺らした。


「くっ、シャッターチャンス!!天使が、天使が降臨なさったぞ!!」


 ハイテンションな声で私はハッと我に返る。


「そうよ、悶えている場合ではないわ。箒は無事なんだよね?」

「我に返る魔女様キターーッ!!」

「それはイゴル様が回収されていますのでご安心下さい」


 滾る萌えへのスイッチが入ったらしくシャッター音を響かせる貴族。

 その横に立ち、ひたすら私に明るい光を浴びせる庶民の青年がようやく箒の在り処を答えてくれた。


「という事は私をここに監禁しているのはイゴルってこと?」

「まぁ、そういう事になりますね」

「最低、どうせ監禁されるならアンソニー王子が良かった」


 ボソリと正直な思いが溢れる私。


「今なんと?」


 我に返ったのか、カメラのファインダーを覗くのを辞めた男が私に真顔を向けた。


「まさか魔女様はたまたま陛下の子に産まれただけの、あのような男に惚れている訳ではないでしょうね?」

「あのような男?」


 私はカチンとくる。

 推しが侮辱されたように感じたからだ。


「えぇ、あのような男ですよ。私は彼、トニーと共通の趣味を持つ友人とし、王立学院時代から懇意にしていた仲だった。しかし奴は犯してはならない罪を犯したのです」

「罪?」

「それは抜け駆けですよ。その地位をチラつかせ、魔女様を脅し、騙し、そして拐かした」

「拐かしているのはあなたの方だけど」

「くっ、しかもデートした上に手までつなぎやがって。みんなの魔女様だというのに!!」


 ダンとその場で床に足を叩きつける青年。

 正直ちょっと気持ちが重いし、好きじゃないから気持ち悪いし迷惑だ。


 だけど、悲しいかな。

 私は彼が口にした尊いだとか、みんなの物。

 その気持ちを身に染みてわかってしまう。


 だからそんなの自分の気持ちを押し付けているだけであって、推しの気持ちを無視しているという、ごくごく当たり前に浮かんだ感情を口にする事が出来なかった。

 それは全て自分にブーメランとなり返ってくるからだ。


「あなた、名前は?」

「ニルスです。モルド伯爵家のニルスです」

「そう。覚えておくわ、ニルス」


 私はニルスを説得する事を諦め、取り敢えず名前だけでも覚えておこうと思った。

 そしてふと、全然今の状況に相応しくない。しかし私がずっと知りたかった情報をニルスならば知っているのではと、思いついた。


「ニルス、私は五つ星の魔女よ。だから誰のものでもない。あなたの主張はあってる。でもね、私も魔女だけど一人の人間なの」

「でも魔女様は魔女です。だからみんなで愛でるべきお方なのです」


 ニコルは鼻息荒く主張した。

 どうやら彼は私とアンソニー王子の結婚に関する新聞記事を見て、血迷ったマニアなのかもしれないと、私はようやく気付いた。


「女将さんの言う通りになっちゃった……まぁいいや。それよりちょっとお聞きしたいのだけれど、ニルスは魔女マニアの集会とかに参加した事がある?」

「そ、それはっ」


 一瞬の隙きも見逃すまいという勢いで私に向けていた琥珀色の瞳を明らかに逸らすニルス。


 なるほどこれは行った事があると。


「魔女マニアの集会、それ自体は大目に見てもいいと思わなくもない。だって共通の趣味で繋がる友達との会話は楽しいもの。そうでしょ?」

「えぇ、仰る通りです」

「そこで趣味友同士が個人的に楽しむグッズを販売し合っているって、それもまぁ物によっては許容しなくもないと思ってる」

「そ、そうですよね」


 嬉しそうな顔になるニコル。

 でもごめん、地獄に落とすわ。


「でもね、抱き枕。あれはどうなのかしら?」


 ビクリと肩を上げるニルス。


「あなたはまさか持ってないわよね?」

「ももももも、ってないです」


 動揺を隠せていないニルス。

 つまり彼は問題のグッズを持っているらしい。


「それは一体どういうものなの?」

「表は普通にいつものローブ姿の可愛らしい魔女様のイラストです。箒を持っている立ち絵なんですよ。裏は……守秘義務を主張します」


 とうとう青ざめた顔で虚ろな目をし回答を拒否した。

 それはつまり、抱き枕とやらは表に出せない可能性があるわけで。

 これ以上追求すると私へのダメージが大きそうだ。


「では、参考程度にお聞きします。その抱き枕をアンソニー王子は購入したのかしら?」

「勿論です」

「やっぱり!!」


 私の疑惑は確信へと変わる。

 しかしすぐにニルスが不穏な笑みを顔に浮かべた。


「と言いたい所ですが、彼の場合警備の関係からグッズ等を隠せるスペースに限界があるそうで。残念ながら泣く泣く購入を見送っておりました。まぁ、あの時くらいですかね。王子である彼を哀れに思ったのは。ふはははは」


 まるで勝利宣言とばかり高らかな笑い声をあげるニルス。

 どうやらニルスはアンソニー王子を哀れだと思っているようだが、私は彼が王子でいてくれて本当に良かったと心底そう思った。


 とその時。


「おい、これをどうにかしろ!!」


 突然部屋の扉が空き、箒を持って現れたのはパリッとしたスーツに身を包む青年、イゴル。怒りで顔を歪ませる彼の手に握られた私の箒の穂先からは、とてもファンシーなキャンディがぽろり、ぽろりと絶え間なくこぼれ落ちていたのであった。

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