第19話 魔女様、我に返る
新聞社で世界で一つだけという触れ込みであった、木彫りの王子の彫像を手に入れ魔女の森に帰宅した私はご機嫌だった。
「どこに飾ろっかな」
魔女友には「そのうち床が抜ける」と揶揄される私のツリーハウス。
それもそのはず。
所狭しと並ぶ数々のアンソニー王子グッズ。
右を向いても左を向いても目が合うのは魅惑的な紫色の瞳のみ。
私の生きる目的全てが詰められた部屋なのである。
「明日は見回りを休んで、部屋の整理をするわ。なんせ国宝級であるグッズを手に入れちゃったしね。セキュリティーは万全にしておかないと」
「明日起きたら、我に返って青ざめてると思うニャ」
「まさか。言っちゃいけない事は喋ってなかった気がするし」
「そうかニャ。誘導尋問に呆気なく引っかかっていたニャ」
「気のせい、気のせい。全くルドは心配性なんだから」
私はウキウキと幸せいっぱいでベッドに入る。
そして横にいたルドを胸に抱きかかえた。
「いい日だったなぁ」
パン屋の女将さんとトレカを交換し、新聞社では世界に一つという超レアな木彫りのアンソニー王子をタダで入手出来た。
「今日も充実した推し事だったわ」
心底幸せな気持ち一杯。そしてルドが発する体温による安らぎを得た結果、私は数秒で寝入ってしまったのであった。
そして翌日……。
「魅了されていたかも知れない」
私は推しグッズが陳列されたサンクチュアリの棚の中。
一際異彩を放つ木彫りのアンソニー王子の彫像を前に項垂れていた。
「ようやく正気に戻ったニャ」
「えぇそうみたい。私はとんでもない事をしてしまったかも」
「まぁ困るのは自分だけどニャ」
「そうだけど。あんなにペラペラ喋って、それが新聞記事にでもなったらみんなに誤解されちゃう。それが一番まずいかも」
昨日私は推しグッズ欲しさに自分とアンソニー王子の事を新聞記者に話してしまった。
普通なら推しに対する愛を語る魔女と記者の対談。そんな記事で済む。いやそれもかなり問題ではあるが、なんせ現在私はもっと大きな問題を抱えているのである。
「アンソニー王子と結婚するかどうか。その選択の瀬戸際にいる私があんなにペラペラ喋ったら、きっと結婚する方向で既成事実的に世間に認められちゃうよね?」
「しかも推しがアンソニー王子だからニャ。ややこしいニャ」
「そう。世間様は推しへの気持ちを普通の愛だと勘違いし……ってまずい。新聞を買い占めないと」
「もう無理ニャ」
「じゃ、せめて訂正記事を書いてもらうわ」
私の脳裏に悪魔の顔が浮かぶ。
『お陰様で大スクープになりそうです。早速記事にしなければ』
私が木彫りの王子を手にし惚けている時、確かに奴はそう口にしていた。
となると昨日私がペラペラ喋った事は既に記事になっている可能性大。
「こうしちゃいられないわ!!」
私は問題の発端、木彫りの王子像を鞄に詰め込む。
そしてパジャマから被るだけ楽ちんワンピースに素早く着替え、玄関脇のコート掛けに引っ掛けておいた黒いローブを羽織りながら慌てて玄関のドアを開けた。
「おめでとう!!」
「聞いたわよ。結婚するんだって?」
「ストーカーした甲斐があったね!!」
「初恋の人と結婚するってどんな感じ?」
私と同じ格好、黒ずくめの魔女友がいきなり私に抱きついてきた。
背後ではパパーンと小さな花火が打ち上がっている。更には魔法で「おめでとう、チェルシー」とご丁寧に空中に文字が浮かび上がっていた。
更にはお祝いとばかり、上空を箒で飛ぶ後輩魔女達が盛大にピンクの花びらまで私を中心に振りまいてくれている。
「何ニャ!!くっ、花びらを食べちまったぜ」
早速ルドが犠牲になった。
まさに私が危惧していた事が既に起きているようである。
「あ、ありがとう。けど何でみんな知ってるの?」
私は魔女の森全体が既に祝賀モードでお祭り騒ぎといった状況を目の当たりにし、「違うの、誤解なの」などと口に出来るほど図太い神経は持ち合わせていなかった。
「何でって、マーラ様が今朝早くアンデル国に向かったし」
「しかも大慌てで祝福の杖を倉庫から取り出して占っていたし」
「あれを持ってるって事は、マーラ様がチェルシーの結婚を認めるって事だもの。おめでとう!!」
私はあまりの衝撃に言葉を失う。
祝福の杖とは魔女の森に住む魔女の吉日を占う事が出来る杖のこと。
ここで問題となるのは魔女にとっての吉日。
「すなわちそれは結婚する日のこと……まずい」
「何がまずいの?」
「だって明日だなんて占いで出てたらまずいわ」
私は自分を取り囲む友人に本音を漏らす。
流石に明日はないと思いたい。
けれどマーラ様がアンデル国に今日向かったという事実が、「もしやわりと早い日取りが占いで示されちゃったんじゃ?」と私を不安にさせる。
「結婚するって決めたならいつでも同じじゃない」
「それに、十年後と言われるよりよくない?」
「そうよね。燃え上がる気持ちがあるうちに突き進んだ方がいいに決まってる」
「それで、プロポーズはいつされたの?」
「なんて言われたの?」
「嬉しかった?」
私のツリーハウスの前に集まる、黒い集団が夢見がちな顔を一斉に私に向ける。
「ぷ、プロポーズの言葉はひ、秘密。だ、だって私にとってだ、大事な言葉だから」
私は何とかその場を取り繕う。
「などとチェルシーは申しておりますが、実際はこうであります。コホン「魔女様、好きです!!」うわ、ストレート」
「なんか、私が告白されたみたいで照れる」
「わかる。魔女様ってフレーズがね」
「魔女様、好きだ……か」
「やだ、何度も言わないで」
「あなたの事じゃないから」
ここにいるのはみんな魔女。
よってまるで自分の事のように感じ、頬を染め上げる魔女達。
まぁ、気持ちはわかる。いいよね、そのシンプルさ。
ではなくて!!
「ちょっと何?その新聞」
私は「魔女様、好きです」などと口にし、うっかり魔女の森全体をピンクに染め上げた張本人である魔女友の持つ新聞を奪いとる。
どうやらアンデル王国の新聞のようだ。しかも新聞に入ったロゴは私が昨日突撃した新聞社が発行する新聞である事を示している。
つまり嫌な予感しかしないわけで。私は慌てて記事に視線を向ける。
『アンソニー殿下と魔女様。お二人に独占インタビュー~私達の馴れ初めから結婚を誓い合うその日まで~』
見出しを見て私は違和感を覚える。
「アンソニー王子と魔女様って、私達って一体どういうこと?」
私は素早く記事に目を落とす。
『昨日お二人が我が新聞社を二人揃って、真実を告げたいと訪ねてくれました。
以下その時の様子をそのまま掲載致します。
記者
「初めてお二人がお知り合いになられたのはいつ頃の事ですか?」
アンソニー殿下
「それが今思えば運命のいたずらなのか、私が婚約破棄をした日でした」
記者
「それはなんというか、凄い偶然ですね。もしかして傷心する殿下のお心を魔女様が癒やして下さったのが恋のはじまりだったり?」
アンソニー殿下
「確かに私は初めて魔女様にお会いした瞬間恋に落ちました。しかし我が国の治安を守って下さる魔女様に想いを伝えるなど、そんな失礼な事が出来る訳がない。よって私は魔女様に生涯忠誠を誓う事にしたのです」
記者
「なるほど忠誠を誓うフリをして、密かに恋心を温めていたと。では、お次は魔女様にご質問させて頂きます、魔女様はいつ殿下の想いに気付かれたのですか?」
魔女様
「実は殿下には婚約者がいると最近まで勘違いしていたのです。というのも私は魔女ですから、この国の治安を守る義務がある。例え王族の方と言えど、特別な想いを抱いてはならないと、自分をずっと戒めていました」
記者
「なるほど。ではそれがどうして今回のような密会に?」
魔女様
「私はアンソニー王子のグッスを収集する事で自分の気持ちをずっと、誤魔化していたのです。けれどひょんな事からその事がご本人に判明し、それで何というか」
恥じらう表情で口籠もる魔女様。
そんな魔女様を愛おしそうに見つめるアンソニー殿下。
その様子を目の当たりにした記者は、しばらく糖分はとらなくてもいいやという気持ちに包まれる……』
文字を目で追う私。
流石にこれ以上は無理だと、居た堪れない気持ちになった。
「しかもこれどういうこと?」
「語尾は丁寧な感じだし、随分脚色してあるけど、昨日マスターは確実に同じような事を記者相手に口にしてたニャ」
「嘘……」
「残念ながら本当ニャ」
同席していたルドの指摘。
それを受け、今となっては悪夢でしかない、記者とのやりとりが私の脳裏にしっかりと思い出された。
「うん、確かに言ったかも。だけどアンソニー王子なんていなかった」
「けど、エルロンド王子曰く、昨日アンソニー王子は新聞社に行くって言ってたニャ。僕が想像するにマスターと同じような状況でついうっかり記者に喋ったんじゃニャいか?」
ルドの冷静な考察に私はふと思い出す。
確かエルロンド王子はアンソニー王子が魔女マニアの会合に参加していると私に暴露していた。
「つまりアンソニー王子も何らかの魔女グッズを記者にチラつかされたと」
「だろうニャ」
「あのインチキ記者め!!」
まるでその場に二人がいるようかのように記事を起こしやがってと、私の中にワナワナとした怒りが込み上げてきた。
「記者が一枚上手だったって事ニャ。怒るならグッズに呆気なくつられた自らの未熟さに怒るべきニャ」
「くっ、仰る通りです」
確かにその通り。
私はグウうのねも出ないと項垂れる。
「もしかして嘘なんですか?」
「でも結婚するんですよね?」
「それに実際の所、そろそろ結婚適齢期を迎えた先輩達が結婚してくれないと困るんですけど」
「あー。個人用ツリーハウスの空きがないもんね」
「私達はいつになっても共同住宅住まいのままなんですけど」
「そうです。魔女の森の住宅事情改善の為にも、結婚できるなら今すぐ結婚して下さい」
ついに私は後輩魔女達から出ていけと宣言された。
けれどさり気なく後輩たちから視線を逸らす同年代の魔女友を確認し、連帯責任だもんねと私は胸を撫で下ろす。
「私の家は荷物が多いし」
「うちは日当たりが悪いし」
「私達五つ星の魔女の中で今の所浮いた話があるのはチェルシーだけだし」
「悪いけどチェルシー、後輩達の為にも何があっても結婚しよ?」
ガーンである。
とうとう私は仲良し魔女友グループからも見放されてしまったようだ。
「と、とにかく、アンデル国に行って状況を確かめてくる」
私は箒を召喚し素早く跨る。
色々と情報が錯綜しているが、マーラ様が持ち出したという祝福の杖が不安でしかない。
「じゃ、みんなまたね」
私は箒に魔力を送り上空へ浮かび上がる。
「おめでとう、あたしの占いの結果によると、今日は帰宅出来ないってさ」
私のツリーハウスのお隣に住む魔女が恐ろしい言葉を口にする。
「私は必ずや帰還します!!」
「でもあの人の占いは当たるから」
「くっ」
何故か箒に乗った魔女友が空を飛ぶ私と並走しはじめた。
「ご主人によろしくね」
「ご、ご主人じゃないし」
「引っ越す時は言ってくれれば、魔法であのガラクタを新居に送りつけるから」
「ちょっと、ガラクタじゃないし」
「結婚式には呼んでね」
「帰ってくるし!!」
「王族の結婚式ともなると他国からも王子が来るんだろうな。私も婚活チャンスかも」
「お願い、もう勘弁して……」
私は涙目になりながら友人達に懇願する。
「ほら、彼に会いに行くんだから笑顔笑顔」
「おめでとう、チェルシー!!」
「お幸せにね!!」
「子供が出来たら、絶対会わせてね」
気づけば箒の穂先には伸びた紐にくくりつけられた無数のキャンディー。
「最悪なんだけど」
「まぁ、みんニャ、善意でやってるニャ」
「そうだけど……」
私は自分が跨る箒の穂先に恨めしそうな視線を送る。
色とりどり、パステルカラーの包み紙に包まれたキャンディーが私の穂先から生まれ落ちては地上に向かってパラリ、パラリと落ちて行く。
幸せのおすそ分けと呼ばれるキャンディーを振りまく風習は、魔女が長らく住んだ森を結婚により出て行く時だけのもの。キャンディーの雨を降らし、幸せのおすそ分けをしながら結婚相手の元まで飛ぶのである。
しかも最悪な事にこの魔法は自分じゃ解けない。
結婚相手にキスをされるまで続くという恐ろしい魔法。
「一体誰がこんな悪趣味な風習を。最悪なんだけど」
「自業自得ニャ。恨むなら昨日のマスターを恨むといいニャ」
ルドの指摘に仰る通りですと、私は昨日の自分を激しく呪ったのであった。
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