第18話 魔女様、木彫りの推しに魂を売り払う

 王城にてエルロンド王子からしっかりと情報収集をしたのち、色々と知ってはならぬアンソニー王子関連におけるパンドラの箱に触れてしまった私。


 アンソニー王子抱き枕問題は最重要案件ではあるけれど、デリケート過ぎる案件なので慎重に事を運ぶべきだとルドと私はそう判断をした。


 よって、ひとまず新聞社へ向かうことに決めた。


 目的地に向かう為、箒で飛びつつキョロキョロと地上を確認する。例の私を追うというパパラッチがいないかどうか警戒しているのだ。


 それにしても、推しに推されているかも知れないという複雑な事情。


「幸せ。でも抱き枕はないわ」


 抱き枕というパワーワードを私はしっかり引きずっていた。


「まぁ確かにあいつは変態ニャけど、それを言ったら毎日カレンダーやらポスターにデレデレした顔で話しかけるマスターもかなりの変態ニャ。つまり同程度。そこまで落ち込む事はないニャ」


 私が被ったローブフードから黒い顔を出し、私を励ましつつ、日頃の行いをさりげなく咎めるルド。


「確かにそうなんだけど。だけどせめて抱き枕はやめて欲しい。むしろグッズとか勝手に作る前に一言相談して欲しかった」


 抱き枕は論外だ。しかし木彫りの魔女くらいならまぁ、許可しない事もない。

 何故ならファン心理、推している対象物に囲まれて暮らしたいという気持ちを私は身をもって、理解しているからだ。


「それはマーラ様がそういうマニア事情に疎いから仕方ニャいのでは?」

「やっぱり安全安心、そして健全な公式グッズを出すべきよね」

「確かにニャ。マニア達の妄想の波から自らを守るには、公式グッズの販売が一番ニャ」

「そうよね。定期的に発売される季節商品とかトレカみたいな新商品とか。ファンの購買意欲をそそる健全な物を公式で発売すれば、推しグッズを集めたいというコレクション魂は満たされるし。となれば二次創作なんてしている暇も時間もないものね」


 どうやら問題は封鎖的な森で暮らす魔女側にもあるようだ。


「とは言え、魔女は少しばかりの恐怖を市民に植え付ける存在。公式グッズとか販売して市民と馴れ合ってる場合じゃない。となるとやっぱ魔女グッズの公式販売とか無理な話しよね」


 馴れ合った結果、私達魔女の力を悪いことに利用しようと言葉巧みに寄り付く者が出てくる可能性がある。

 それに魔女の森で暮らす魔女は、隔離された環境で育ったせいである意味世間知らずな所がある。よって、市民にころっと騙される可能性もなきにしもあらず。


 現在魔女がそれなりに社会に受け入れられているのは、その不思議な力を正義側に行使しているからだ。だから誰か一人でも悪に染まれば、魔女全体が社会から連帯責任とばかり憎悪の目を向けられる可能性がある。


 そして一度そうなってしまえば、市民の信用を回復するために多大なる労力と時間を要するかも知れない。


「最悪市民と馴れ合ったせいで魔女に物理的に歯向かう者が出てくれば、こっちだって全力で戦う事になるだろうし、となると大陸バーサス魔女で戦争になっちゃうかも。それはやだしな。平和がいい。だって推し事したいし」


 私の思いはそこに尽きる。

 

 つまり推しが存在し、それを応援する行為が許されているお陰で私はひたすら世界平和を願っているのである。


「やっぱり推しの存在って、全人類の為にも必要なんだわ。尊いでしかないってほんとにそうよね。今うっかり実感しちゃった」

「お、おう。良かったニャ」

「だからやっぱり現状維持がいいのかも。だからこの先もずっと今みたいに人々から畏敬の念を抱かれる魔女でいなくちゃだめね」


 私は気分新たに、最近だらけ気味だった魔女としての在り方を思い出し、初心に帰り気合を入れ直す。


「んーでも時代と共に魔女の在り方も恐怖から、親しみやすさで身を守る方向にシフト変更する時期が訪れつつあるのかも知れニャい、僕はそう感じるけどニャ」

「善良な市民ばかりだったら、迷わずそっちの未来に進むんだけどね」


 ビギンズ商会のように推し事の邪魔をする人間がこの世に存在する限り、親しみやすい魔女になるなんて無理だ。多少強引でも、ああいう輩には痛い目にあってもらう必要がある。


「全ては円滑な推し事のために」


 私はギュツと箒の柄を握り直す。

 うっかり抱き枕問題から魔女の在り方という真面目な問題に発展してしまった。

 けれど私の使命は唯一つ。全ては推しのために、そして自分の為にである。


「とは言え、抱き枕は見過ごせないよね。だからひとまずパパラッチ問題を解決したらマーラ様に告げ口する」

「それが良いかもニャ」

「あ、新聞社が見えて来たよ。さ、事情を聞きにいきますか」


 私は箒の先を地上に向け急降下したのであった。



 ★★★



「私は五つ星の魔女よ、責任者を今すぐ出しなさい」


 新聞社に到着した私は堂々と正面玄関から突入した。

 何故なら箒で侵入できるような窓が一つも開いていなかったからである。


「ま、魔女様。少々お待ち下さい」


 受付のやたら美人な女性に待たされること数分。

 いっそ焼き尽くしてやろうかと闇落ちしかけたタイミングでダダダダダと階段を飛び降りるように走ってくる男性が私の前に現れた。


「お待たせしました魔女様。さささ、どうぞこちらへ」


 茶色い千鳥格子模様のハンチング帽にベスト、更には耳の上に鉛筆を挟んでいるという、いかにも記者っぽい人に私は背中を押される。


「ちょっと、馴れ馴れしく触らないで」

「コレは失礼。ささ、どうぞこちらへ」

「全く何なのよ。私は五つ星の魔女なのよ?」


 プンプンしながらも、私は男性によって別室に案内された。そして私は室内に足を踏み入れるなりピタリと固まる。


「あ、気付かれました?実は王都土産の定番、木彫りの熊を五十年以上作り続けていたという職人が趣味で作っていた物を私が買取りましてね。画家に彩色させたんですよ。よく出来ているでしょう?」


 案内された部屋に入室するや否や、私が釘付けになったのは木彫りのアンソニー王子。しかも向かいあうソファーの中央に燦然さんぜんたる存在感を放ち置かれていた木彫りの王子は、こちらに顔をしっかりと向けていた。


 そりゃ目につくよ!!


 しかも何アレ、見たことないんだけど。

 めちゃくちゃ精巧じゃない?


 私は魔女から一転、一介のロイヤルマニアに成り下がる。


「こちらの質問にお答えして頂ければ、その貢献度によってはお譲りしない事もありませんよ?」


 ハンチング帽を頭に乗せた男性は、意地悪くニヤリと口元を歪ます。


「まるでマスターが来る事を事前にわかっていたみたいニャ。気をつけた方がいいニャ」

「そ、そうだよね」


 ルドの助言もあり、我にかえる私。

 

 だから最初は木彫りの王子なんか、完全に無視するつもりだった。

 それにロイヤルマニア歴六年。そんな私が見たことの無い木彫りの王子。つまりそれは抱き枕同様、二次創作物である事を意味していたからだ。


「どうぞお手に取ってご覧下さい。我が国の匠達による逸品ですので」


 くたびれた茶色い革張りのソファーに案内された私にかけられる悪魔の囁き。


「まぁ、良く出来るのねぇ。全然興味はないけど、匠に悪いから、それに折角だしちょっとだけ拝見させて頂くわ」

「マスター、既に負けてるニャ」


 ルドの呆れ声を無視し、私は木彫りのアンソニー王子をおそるおそる手に取った。そしてその出来に驚く。


「騎士服の皺が凄いリアルなんだけど。しかも騎士服姿自体超レアだし。やだ、愛剣パラルケスを握っているわ。この柄の文様とかこまかっ。けどとっても忠実に仕上げられてる。それにそれに、アンソニー王子のこの顔の凛々しさ。やだ何と戦ってるんだろうって夢が膨らんじゃう、大ピンチだわ」

「確かに大ピンチ。マスター、興奮のあまり早口になってるニャ」


 ルドの指摘で我に返る私。


「べ、べつにいらないし」


 私はコトンと静かにテーブルの上に木彫りのアンソニー王子を置いた。


「世界に唯一の作品。大変貴重な物です。良いんですか?」

「だってそれオフィシャルじゃないし。二次創作品物だもの」

「しかしこの出来栄えは、美術品級だとは思いませんか?」

「確かに王立博物館に埋蔵されるべきだとは思うわ。だけど二次だし」


 ロイヤルファンとして二次創作物に手を出す事はしない。何故ならできるだけ長くその界隈で楽しみたいから。よって私は公式に貢ぐのである。


「しかし、個人制作だからこそ達成出来たクォリティー。これを見本とし量産型を作成したとしても、目の着色がズレていたり、そもそも造形のバランスがおかしかったり。とてもここまで完成度の高い作品は作れませんよ」

「そ、そ、そうだけど……」

「しかも王室広報は個人的に楽しむならばと、二次創作を認めております。ですからこれは違法ではない」

「うっ」

「しかも、私は情報次第ではあなたにこれをタダで譲り渡すつもりでいます」

「タダ……」

「営利目的でこの木彫りの王子を制作した訳ではないですからね。個人的な観賞用として作成したものですから」

「営利目的じゃない……」

「マスター負けるニャ」


 ルドが私を励ましてくれる。

 なんて立派な使い魔に育ったんだろう。

 やっぱり主のおかげ。


「で、話すって、何をあなたは聞きたいの?」

「マスター!?」

「確認するだけよ。大丈夫だから」


 私は明らかに浮ついた声でルドに告げる。


「そりゃ勿論、魔女様がここにいらした件に関することです。国民の関心も高いですし」

「つまり今朝の新聞に掲載された内容ってこと?」

「おっしゃる通りです。それに魔女様が沈黙を貫けばこの先、嘘か誠かわからない憶測が記事となる」

「そんなの困るわ」

「だったら、ご自身の言葉で説明された方がよろしいのではないでしょうか?」

「そりゃそうだけど」


 確かに記者らしき男の言い分は間違っていない。

 さらに言えば木彫りのアンソニー王子までくれるという気前のいい人。


「実に難しい問題ね。悩ましい状況だわ」

「悩むニャ、マスター!!」

「ぐぬぬ」


 そしてそこから数分が経ち……。


「ふむふむ、つまり魔女様はアンソニー殿下の事を嫌いではないと」

「嫌いではないわ。だってスマートで優しいし」

「それはもう恋なのでは?」

「そ、そうなのかな」

「ご結婚のお話は具体的に出ているのですか?」

「それはプライバシーに関わる事だからノーコメントで」

「ではこちらの木彫りの王子殿下は没収させて頂き」

「結婚の話も出てるわ、保留中だけど。答えたんだから、それはそのままそこに置いたままで。あっ、王子の顔はコチラから見て、右斜四十五度固定でお願い」


 私は目の前のローテーブルに乗せられた推し。

 アンソニ王子が剣を構える木彫りの彫像をピシリと指差す。


 剣を構え一点を見つめるアンソニー王子。

 いつもよりずっと涼し気な目元が凛々しくて最高だ。

 あれが質問に答えるだけで手に入るなんて。


「ふふふ、チョロいわね」

「マスターがニャ」


 私は完全に悪魔に魂を売り払っていたのであった。

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