第17話 魔女様、衝撃の事実を知り固まる
お城に急行した私。
以前アンソニー王子が大きな手を振ってくれた窓に向かった。
そしてそこから声をかけると、丁度部屋を整えていたらしいメイドと目があった。
「ま、ま、魔女様!!」
突然現れた私に腰を抜かすメイドを見て私は思った。
まだまだいけるじゃんと。
私は自分の醸し出す畏怖っぷりに自信を持つ。
「ふむ、怖がられているようね」
「違うニャ。あれは恐怖というより驚きだろうニャ。普通窓から人が現れたら誰だって驚くもんニャ」
「そうかな?恐怖っぽいよ」
私は箒にまたがり窓の外に浮かびつつ、部屋の中を確認する。
「あのう、アンソニー王子はいる?」
「そ、その。今日は外出なさっていると伺っております」
「不在ってことか」
折角ここまできたのに、コレは一旦出直すようかと顔を曇らせていると。
「魔女様ーー!!」
アンソニー王子の声……に限りなく似ているけれど少し落ち着いたトーンの声が地上から聞こえた。
「あ、エルロンド王子発見」
地上に顔を向けるとそこにはアンソニー王子の片割れ、黒いスーツに身を包むエルロンド王子の姿があった。
「ラッキー」
こんな広い王城で顔見知りに会えるなんて運がいい。
私は箒に流れる魔力を調整し、地上に足をつける。
そして箒から私が降りるとボンっという音と共に箒は姿を消した。
「こんにちは、魔女様」
「こんにちは、それで例の新聞の件でアンソニー王子に会いたいんだけど」
「あー、ですよね?」
目を泳がせる怪しいエルロンド王子。
「どこにいるの?」
「城にはいません」
「えっいない?」
「そう。今日は重要な会合があるとかなんだとかで。でもその前に新聞社に寄るとかで」
「会合か……」
ならば仕方ないかと思い、私は肩を落とす。
「ただ、その会合は個人的なもので。まぁその、今回の新聞記事に関わっている可能性はなきにしもあらず?」
何故か疑問形のエルロンド王子。
既に今回の新聞にリークされた件について、確信に迫るものを知っていて私に隠しているのがバレバレである。
「もしかして新聞社にリークしたのはエルロンド王子?」
「違います」
「じゃアンソニー王子?」
「それも違う。トニーも今朝怒っていたし」
エルロンド王子は「トニー」とアンソニー王子の愛称を口にする。
ずるい私も一度くらい「ヘイ、トニー!」なんて呼んでみたい。
しかし現在抱える問題はそこではない。
「怒っていた?」
「そりゃ、トニーはこれからゆっくり魔女様と距離を縮めるつもりだったから」
「な、なるほど」
私はサラリとエルロンド王子が口にした言葉に顔を赤く染める。これは完全に墓穴を掘ってしまった感じだ。何だか心がモゾモゾする。
「でも私は安心しています。あんなに仲良くなっていたなんて驚きですけど、それでも魔女様だって嫌いな人とは手もつなぎませんよね?」
「まぁ……」
「トニーは私から見て、自分なんかよりずっと要領のいい男です。けれど魔女様の事になると途端にへんた……変わり者になる。けれど、あいつが魔女様を想う気持ちは一途で誠実なものですから」
「今、変態って言いかけたよね?」
「いいえ、誠実と」
エルロンド王子はニコリと微笑んで誤魔化した。
アンソニー王子の系統を受け継いだ顔で微笑みを向けられると、つい許してしまう。さすが双子である。醸し出す雰囲気は全然違うが、時折そっくりに見えるのだ。
「それで、知ってる事を教えて。これは魔女からの命令よ」
案に断るなんて言語道断だとエルロンド王子に告げる。
すると畏れ多い私の脅かしは効果てきめん。
渋々と言った感じではあったが、エルロンド王子は私に知り得ている情報を漏らし始めた。
「魔女様と、そして私達が仕掛けた事により、ヒックス伯爵家が多額の出資をしているビギンズ商会の経営は傾いている」
「そうね。今やトレカはいつでもメモリアルショップで買えるもの」
私はビギンズ商会の名が出てきた事に驚きつつ、現状を整理する意味も込め、エルロンド王子の言葉を補足する。
「それに加えヒックス伯爵家自体がオークションで多額の無駄な出費を余儀なくされたせいで、取引先への支払いが滞っていると報告がありました」
「取引先?」
「例えば食料品店、それから洋品店も。それに貴族の責務として割り振られた孤児院への寄付。それについても滞っていると」
「つまり、既に貴族としての体裁を保てないほどお金がない状況ってこと?」
私は脳裏にイゴルの姿を思い浮かべる。
私の中のイゴルは見た目に気を使うタイプ。むしろお洒落なイメージのある貴族だ。着ている服も既製品ではなく仕立てた感じだったし、頭に乗ったトップハットも光沢がありヨレっていなかった。
つまりどうみても金回りは良さそうな青年だったということだ。
しかし今頃それら自慢の御洒落グッズは食費に消えているのかも知れない。
そう思うと、少しだけ可哀相な気もした。ま、自業自得なんだけれど。
「流石にすぐには廃爵するほどではないとは思います。それにあいつは諦らめが悪い男です。きっと今頃儲ける手立てを死にもの狂いで考えていると思いますよ」
「なるほど」
思ったよりイゴルの実家はまずい状況のようだということはわかった。
「それが私がリークされた事件と関係あるの?」
私は繋がりが見出せず、エルロンド王子に質問する。
「ヒックス伯爵家がビギンズ商会へ出資した額を調べた所、ビギンズ商会は既にヒックス伯爵の傘下にある商会だと言っても過言ではない事がわかりました。となるとヒックス伯爵家はビギンズ商会経由でもう一儲けし、オークションで失った金を補填しようと企んでいる可能性がある。そして彼らの得意とすることは」
エルロンド王子が私に答えを言わせたいのか、ジッとうかがうよう私を見つめた。
だから私はビギンズ商会と言えば、と思い浮かべる。
すると直ぐに答えが浮かんだ。
「買い占めや転売。となると、ロイヤル関係を買い漁る事からは手を引いたけど、現在もなお他のマニア界隈で被害を受けている人達がいるってこと?」
「そうです。それがまぁ、その……」
言い淀むエルロンド王子。
「何よ?」
「怒りませんか?」
「場合によるけど」
「ではこの話は聞かなかったことに」
「は?」
ここまで勿体ぶられて、はいそうですかと納得なんて出来ない。
「言いなさい。魔女の命令よ」
「くっ。ず、ずるい」
「ずるくないわ。私はこの地域の治安を守る魔女ですもの。知る権利がある。現在の敵、ビギンズ商会に狙われている界隈の情報を隠すあなたの方がずっと、ずるいわ」
「魔女マニアの方々です」
「…………なるほど」
思いの外反応に困る回答だ。
それに今日はさっきからよくその名を耳にする。
呪われた日なのだろうか?
「魔女様達はご自分のグッズを作っていない。けれど各国の治安を守る魔女様達は人気者です」
「異議あり!!人気だからじゃないわ。恐怖でみんなは従っているのよ?」
「……まぁそういう事にしておきましょう」
渋々と言った感じでエルロンド王子が私の意見を採用した。何だか調子が狂うし、納得がいかない。
私はモヤモヤとした気持ちを抱えつつエルロンド王子の話に耳を傾ける。
「畏れ多い魔女様マニアは、魔女様達に見つからないよう密やかに活動しているそうです。そんな地下に潜るモグラのように活動する彼らは個人的にグッズを作りマニア同士で販売しあっているそうです」
「それって二次創作ってこと?」
ロイヤル界隈では二次創作物を商品とし利益を得る事は禁止されている。けれど、噂にはそういう事を秘密裏にしている人がいると聞いた事がある。
それに先ほどパン屋の女将さんも魔女グッズの事は漏らしていた。だからこの世にそういうものが存在するのは間違いないのだろう。
何だか微妙だけど。
「段々と話が怪しい方向に向かってるニャ」
確かにそうだと私は肩に乗るルドの言葉に不安を覚える。
「でもマーラ様はそういうのを許可してるとは思えないんだけど」
「どうでしょう?売れること必須のグッズを作る事にも興味がおありでない。となると二次創作などにも勝手にやればというスタンスなのかも知れません」
「それはありそうニャ」
ルドの言葉に私は頷く。
マーラ様をよく知る身として、無関心を貫き通すこと。
それはかなりあり得る事だと納得したからである。
「それで、これは大変言いづらいのですか」
「言って」
私は間髪をいれず先を促す。
「売れ筋は何と言っても写真だそうで。あ、でも最近では可愛らしくイラスト化された魔女様が印刷された抱き枕なるものも発売されて、大きな話題を呼んでいたとか聞かされたような」
「だ、抱き枕って言葉に不穏なものしか感じないんだけど」
「ご本人は決して深入りなさらない方がよろしいかと」
「本人って、そのグッスの中にまさか私も入ってるの?」
「そりゃ勿論。魔女様は我らアンデル国を守る五つ星である自慢の魔女様ですから」
「……私の抱き枕」
想像してみた。
「最悪だニャ」
ルドの言う通りだと思った。
「それからバッチ、それに杖や箒のチャーム。それから各国の魔女様を題材にした冒険物語。それに木彫りの魔女様に着色した物も人気が高いとか。あ、それにぬいぐるみも」
「やたら、充実したラインナップね……」
ロイヤル関係のグッズもかなり充実している。
しかし何というか目指す方向性が違うというか。
「ディープな感じがするニャ」
まさにそれだ。
「まぁそれだけ魔女様が愛されてるってことで」
「……くっ。恐怖はどこへ」
私はこの悲観すべき状況を一刻も早くマーラ様に知らせなければと思った。
けれど、現在最重要問題は抱き枕でも木彫りの魔女人形でもない。
「もしかしてだけど、ビギンズ商会が次に目をつけた界隈って」
「はい、魔女マニア界隈ですね」
「やっぱり……あっ、もしかしてさっき写真を売ってるって」
「ご想像通り。もともと魔女様に商品価値ありと判断していたビギンズ商会が雇ったパパラッチに魔女様は狙わていたのでしょう。それであの写真を撮られてしまったのではないかと、トニーもそう口にしていました」
「ということは、新聞社に写真と情報を売ったのは」
「ビギンズ商会……正しくはヒックス伯爵家の者でしょうね」
「それ絶対イゴル関係じゃない」
「トニーもそう口にしていました」
ようやく話の全体像が見えてきた。
知りたくない事も知ってしまったが。
「もう、最初にそれを言ってよね」
「で、アンソニー王子はどこ?」
「新聞社のち会合へ」
「どこでやってるの、その会合?」
「……さぁ?」
明らかに目を泳がせるエルロンド王子。
「知ってると白状してるニャ」
ルドの言う通り。
だとすれば、私が取るべき行動は一つ。
「エミリーに、あることないこと、エルロンド殿下の悪口を言うわよ」
「くっ」
「もしくはエミリーにもっといい男の子を紹介するかも」
「なんて恐ろしい魔女なんだ」
私は欲しかった言葉を受け、つい満面の笑みになった。
「実際の所、私も会合の場所まではわかりません」
「使えないわね、双子でしょ?」
「双子だから、何でも共有しているわけではありません」
「神秘の力で何処にいるとか閃かないわけ?」
「そんな力はありません」
全くお話にならないと私は腕を組む。
「トニーは魔女マニアの会合に参加している。だから魔女様は行かれない方がいいと思います」
「なるほど捜査しに行ったのね。流石アンソニー王子。仕事が早くて助かるわ」
「いいえ、自ら率先して、何ならファンとして」
「は?」
私の思考回路が一気に爆発し全て吹き飛んだ。
そして更に私を追い詰める無慈悲な声がかけられる。
「既にあいつマスターの抱き枕と寝てるかも。やっぱあいつ変態ニャ。ま、最初からそんな感じだったけどニャ」
ルドが自慢げな顔で胸を張った。
その横で私はピシリと固まり、ただ呼吸を繰り返すだけの思考を完全に放棄した人形になっていたのであった。
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