第16話 魔女様、パパラッチに撮影される

 ピクシー達の力を借り、トレカの在庫を市場で、それこそ供給過多になるほど刷った私。ついでに双子王子の策略によりオークションにて、ビギンズ商会の資金源とされるイゴルに多大な金額を支払わせた。


 その結果、しばらくするとビギンズ商会の経営が危ないという噂が巷で囁かれ始めるようになった。そしてそれに付随して、ロイヤル界隈からようやく手を引いたとも噂されるようになった。


「最初はビギンズ商会も変わらずカードを買い占めていたんだよ。でも毎日安定して入荷するだろう?だからみんなわざわざビギンズ商会の所で買わなくなったのさ」

「確かに正規の値段で購入したほうがいいし、そもそもメモリアルショップで買わないと孤児院に寄付した気になりませんもんね」


 私は現在パン屋の女将さんの元を訪れている。

 勿論ルーシーに変装してである。


 並ばずともトレカが購入出来るようになった現在。私達ロイヤルマニアが夢中になる事と言えば唯一つ、トレカ交換だ。


「で、あんたはアンソニー殿下の、どのスーパーレアと交換したいんだい?」

「私は「馬小屋でこんにちは」が欲しいです。女将さんは?」

「あたしは、王妃殿下の「慈善パーティ」があればそれで」

「あ、あります」

「じゃ、アンソニー殿下のこれね」

「うわ、ありがとうございます!!」


 私は女将さんとトレカのダブりを交換する。


「これでようやく第二弾までのアンソニー王子のカードが揃いました。やったー!!」

「えっ、まさかウルトラレアも?」


 驚きの声をあげる女将さん。

 私は思わず薄目になる。


「喉から手がでるほど欲しいですけど、でもあれは最初から無理だと諦めてます」


 なんせ千八百枚に一枚なのだ。ウルトラレアを引き当てようと気構えると、食費を削る事になるので、確実に心も身体も病みそう。それに予算的にも既にいっぱいいっぱい。もっとトレカを購入するとなると、魔女業務の他にアルバイトでもしないといけなくなる事は必須。となると肝心な魔女業務が疎かになる。それでは本末転倒だ。


 私は魔女業務を頑張る養分にすべく、推し事に精を出しているのだから。


「まぁ、引き際の見極めも大事ってことで」


 私は新たに手にした馬小屋で寝そべるアンソニー王子のトレカを眺める。


 窓から差し込む光を受け、アンソニー王子が馬房で寝転んでいる。明らかに馬小屋にいるのに馬がカードに写り込んでいないという謎のカードではあるが、アンソニー王子が馬だと思えば二度美味しい。


「まぁ、オークションでもエラーカードに凄い値段がついていたからね」

「ですよねーー」


 私はその現場にいたけれど。

 勿論それは秘密だ。


「エラーカードの落札価格は二百五十プラチナだってさ。全く私達の生涯年収でも行くかどうか。恐ろしいよ、トレカは」

「ですよね。って今日はいい匂いがしないけれど、旦那さんはいないんですか?」


 いつもはこの時間、焼きあがるパンの匂いで店内は至福の空間に早変わりする。けれど今日はパンのいい匂いがしない事を私は不思議に思った。


「あーそれがね。私達ロイヤルマニアは市場に安定してトレカが供給されるようになったから、色々と平和になったんだけどさ」


 女将さんはカウンター越しに私を手招いた。

 どうやら内緒話しらしい。


「実はさ、うちの旦那、魔女マニアでね」

「ま、魔女マニア!?」

「シーツ、声が大きい」

「ご、ごめんなさい」


 女将さんに怒られた。

 でも私からすれば初耳で、何それ詳しく聞かせてという状態だ。


「魔女様はオフィシャルグッズを出さないから有志達でお金を出し合ってグッズを作ったりしてるんだよ。そんな事が魔女様に知られたら、怒りを買うだろう?」

「ま、まぁ。おそろしいですもんね。魔女って」

「世代交代して若い魔女様が増えてきたせいか、最近の魔女様はどこの国もわりとフレンドリーらしいけどね。うちの魔女様だって怖くはないだろう?あれはむしろ可愛いって、うちの旦那は孫を応援するみたいにメロメロだよ」

「な、なるほど」


 私は軽くショックを受ける。

 勿論自分が可愛いと言われた事もだけれど、他の国の魔女もフレンドリーという部分だ。


 みんな、何してるの?

 ちゃんと市民を怖がらせてるよね?


 ひたすら脅威を抱かれるべく日夜努力する私は正直そう思った。

 けれど振り返ってみれば私もわりと怖い雰囲気を醸し出す努力はしているが、市民にはいまいち恐怖が伝わっていないのをヒシヒシと肌で感じている。


 つまり私達魔女がフレンドリーなのではなく、長い歴史を辿る中、市民が魔女慣れした結果、怖い者知らずが増えたということだろう。


 私は全力で魔女、ひいては自分を庇った。


「そ、それで今日旦那さんがいないのは、そのマニアのソレと何か関係があるんですか?」

「あー、今日はオフ会があるんだよ」

「なんのですか?」

「そりゃあんた、魔女マニアのだよ」

「ええええええ!!」


 私はアンソニー王子のトレカ片手に綺麗に仰け反った。


「しかも緊急の。何でもうちらの地域を担当してくれている魔女様。チェルシー様がアンソニー殿下と密会してる現場をパパラッチされたらしくてね。ほら今朝の新聞に載ってただろう?」


 当たり前のように問われ、私は青ざめる。

 ついうっかりトレカ交換に浮かれていた私。

 魔女の森からここに直行した結果、まだ今朝の新聞に目を通していないのである。


「あー、まだ読んでないのかい。ほらコレだよ、コレ」


 女将さんはご丁寧にもカウンターの下から問題の新聞を取り出し、私の前にバサリと勢いよく広げてくれた。


「これは……」


 私の目の前に晒されたのは、確かに私とアンソニー王子の写真だ。

 見出しはこう。


『アンソニー殿下と魔女様、深夜の密会。時計台で育む恋』


 確かにパパラッチされていた。


「手なんか繋いでるし、これはもう結婚だろうね」


 女将さんは大きく一面に掲載された写真を指差す。

 確かに私とアンソニー王子はしっかりと手を繋いでいる。

 よりよって、あの至福のひと時を誰かに撮影されていたようだ。


「女将さん、流石にけ、結婚はどうだろう?そ、それにこれは本当に魔女様とアンソニー殿下かな。だってほら髪色が何か違うし、魔女様は私みたいな黒いローブを着てないし」

「そんなの二人共有名人なんだ。二人でゆっくり逢引する為に変装してるに決まってるだろう。それにそもそもこの写真の信憑性が高いのは」


 女将さんは含みを持たせ、ニヤリとした笑みを私に向ける。

 やだ何?怖いんだけど。


「た、高いのは?」

「時計台の天辺なんて普通の人じゃ登れないってことさ」


 女将さんの言葉に私はぎょっとする。


「な、なんたる失態」

「失態?」

「いえ、確かにそうですねと口にしました」


 私は動揺しつつも何とか誤魔化す。

 確かに時計盤までは登れるが、その上となると辿り着けるのは魔女くらいしかいない。だからあれは魔女である私で間違いないという結論は間違っていない。


「でも何で魔女様の隣にいるのがアンソニー殿下ってわかるんですか?」


 状況からそこにいるのが私だとみんなが考えうる理由はわかった。

 しかしアンソニー王子は変装し髪色も目の色も変わっているのである。


 それなのに何故断定できるのか。

 私はそれを不思議に思った。


「そう言われてみれば確かにそうだね。でも記事にはでかでかと名前が載ってるじゃないか。どこからかリークされたのかもね?」

「リークですか」


 リークした人間として私の脳裏に真っ先に浮かぶのは悪いけれどアンソニー王子だ。何故なら私は大変有り難い事にアンソニー王子から好意を寄せられている。だからこうやって公表する事でアンソニー王子が私とのアレコレを既成事実に持ち込もうとしていると考えればしっくりくる。


 だけど、私の間違いではなければアンソニー王子が私に向けてくれる気持ちは本物だ。それに何より彼は私に忠誠を誓ってくれている。だからアンソニー王子がリークしたとは思えない。というか思いたくはなかった。


「とにかくこんなもんが出ちまったから、だから魔女マニア達は会合を開いているのさ。全くおめでたい事だってのに。反対する人もいるだとか」

「反対する人……」

「まぁ、可愛さ余って憎さ百倍って言うくらいだからね。魔女様に、アンソニー殿下。何もなきゃいいんだけどさ」


 女将さんの言葉に私は私はイマイチピンとこなかった。

 それに私は魔女だし、アンソニー王子には沢山の近衛がついている。

 だから何かあるなんて事はない。


 そう思うのに、私の中に垂らされた黒い染みはジワジワと私の不安な心を染め上げていく。


「女将さんありがとうございます。私行かなくちゃ」

「あぁ、こっちこそありがとね、ルーシー」


 私は女将さんに頭を下げ、落ち着かない気持でパン屋を後にした。

 そして路地裏で変身を解き、私は魔女に戻る。


「ねぇさっきの聞いてたでしょ?どう思った」


 私は路地裏に積まれた木箱の上、顔をもふもふとした手で擦るルドに問いかける。


「そうだニャ、アンソニー王子がリークするとは思えない。けど確実にあの写真を撮影して新聞社に売った人間がいる。だけどそいつが何の為にリークしたのか。困らせる為ニャのか、それとも金の為ニャのか、それがわからないと何とも言えない」

「だよね。感情を抜きにして、例えばアンソニー王子と私が結婚する事になっても、特に何の問題もないわけだし……」

「感情を抜きにねぇ」


 ルドが意味ありげな雰囲気で私に目をすぼめた。


「と、とにかくアンソニー王子に相談してみないとだよね?」

「そうだニャ。あいつの事だからもう動いているかも知れないし」

「そうと決まれば、お城に行こう」


 私は召喚した箒に跨る。そして肩に乗ったルドごと包み込むようにフードを目深に被る。


「しばらくは女将さんの言う通り。何があるかわからない以上警戒しよう」

「そうだニャ」


 私は地面を蹴り上げる。

 そして一気に上昇気流に乗り、お城に箒の先端を向けたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る