第14話 魔女様、カクテル片手に推し談義する
オークション会場となった屋敷。
普段その屋敷は、次回出品される商品を閲覧できるギャラリーとしての役割を担っているそうだ。
そしてアンソニー王子の言う通り。思っていたよりずっとちゃんとしたバーが屋敷内に併設されていた。
黒い蝶ネクタイにベストを身に着けたバーテンダーがカウンターの中にいて、フロアに現れた私達にウインクする。
焦げ茶色で統一されたシックな装いの店内。
黒いフロックコートを身にまとい、シルクハットにステッキを持つ紳士。それから着飾ったドレスに羽や花飾りのついた淑女達。
まさにレディースアンドジェントルマン。
大人の世界だなと私は緊張する。
「チェルシー、飲みたいカクテルはある?」
「私は詳しくないの。でもあんまり甘すぎない方がいいわ」
「君はアルコールに強い方?」
「普通だと思う」
私は正直に伝える。
知らない場所で意地を張り恥をかくより、場慣れした雰囲気であるアンソニー王子に全てを任せた方が上手く事が運ぶと判断したからだ。
「了解。君とお酒が飲めるだなんて夢みたいだ。だけど、僕以外の人には絶対にお酒の種類を任せたらいけないよ?」
「えっ、どうして?」
「君がカクテルに詳しくない事を利用して、わざと強いお酒を注文して酔わせようとするかも知れないだろう?」
「あー確かに。名前だけじゃわからないもんね。気をつける」
「でも僕はそんなことしないから安心して」
ニコリと微笑むアンソニー王子。
既に一杯飲んだようにご機嫌だ。
でもまぁ、そんな王子は悪くない。
むしろ私にとってはご褒美でしかない。
ニヒニヒしそうな口元をキュッと結んだ私。
アンソニー王子のエスコートでカウンター前に到着した。
「僕はフィーターのストレート。妻には同じ蒸留所のジンで、ジントニックを作ってあげてくれないか」
アンソニー王子がお金をカウンターに置き、魔法の呪文のような言葉を口にしスマートに注文する。するとバーテンダーはニコリと笑みを返しつつすぐにグラスを用意し始めた。
「えっと」
私はバックの中に手を入れてお金を払おうとする。
するとアンソニー王子が私の手にそっと触れる。
「僕たちは夫婦だろう?」
そう告げたあと、アンソニー王子は急に私の耳元に顔を近づけた。
「だから奢らせて」
私はありえない距離で耳元に囁かれ、クラリとする。
もうこれは推しが本気で私を殺しにきていると確信した。
やだすき、尊いし格好いい。でも近い。
もはや思考回路はしっちゃかめっちゃか。
私はここで命尽きる事を覚悟した。
とその時。
「こちらの方達のドリンク代はこれで」
突然現れた身なりの整った老夫婦が私達の横に並んだ。そして私の目の前でカウンターにお札をぺろりと置いたのである。
「先程はとても楽しませてもらったからね。その礼だ」
「ありがとうございます」
老紳士の申し出をあっさり受け入れるアンソニー王子。
私も慌てて礼を告げた。
「では僕のこれは彼へのチップで」
アンソニー王子は最初に自分で出したお金をさりげなくバーテンダーのものと告げた。さすが貴族の、いや王族であると私はひたすら感心した。
私なら「じゃお言葉に甘えて」としっかり自分のお金は回収する所である。
こりゃ全国民を魅了すし沼に落とすわけだと私は至極納得した。
「お待たせしました。こちらはありがたく」
私達はカウンターにいるバーテンダーからそれぞれ注文したものを受け取る。バーテンダーは軽く頭を下げアンソニー王子の出したチップを受け取った。
そして私達はカクテル片手に振り向く。
「おめでとう!!」
「白熱した戦いだったわね」
「いいものを見せてもらったわ」
私とアンソニー王子の周りをすぐに人が取り囲んでしまった。
周囲の人はアンソニー王子の肩を叩き、私もご婦人にむんずと片手を掴まれ、健闘を讃えられた。
どうやら今日最高額を叩き出した私達をみんなで祝ってくれているようだ。
「皆様労いの言葉をありがとうございます。落札出来て良かったです」
アンソニー王子が私達を取り囲む人に礼を口にする。
「博物館でも経営しているの?」
「それともマニアなのかい?」
「お二人はローマニアから来たのかい?」
一気に降りそそぐ好奇心による質問の嵐。
「妻がアンデル国の王族マニアでして。ローマニアからこちらへ新婚旅行で訪れているんです。それでいい記念になるかと思い落札しました。けれど少し頑張り過ぎちゃいましたね。これから頑張って働かないと」
アンソニー王子は人の良さそうな優しい雰囲気を醸し出し、照れたような顔をした。
ま、口にした事は嘘だけど。
「まぁ、なんて優しいご主人なの。それで奥様はどっち派なのかしら?」
「勿論アンソニー殿下派ですわ」
バーカウンターでお酒を奢ってくれた老夫婦の奥様。
グレーのドレスに身を包んだ品の良いご婦人に私は反射的に答える。
「まぁ、私もなの。あの優しげな所が母性本能をくすぐるって言うのかしら?孫を応援している気持ちになるのよね」
「わかりますわ。私に孫はまだおりませんけれど、優しげな所と人懐っこい所は放っておけないというか、母性本能全開になりますよね」
「そうそう。それにやっぱりいくつになっても王子様ってゆりかごから墓場まで、女性にとってみれば憧れの対象だもの」
「となると奥様は王子属性萌えなのでは?」
「あら、そうかも知れないわ」
「「オホホホホ」」
私とご婦人は会話して数秒、馴染みの友人のように打ち解ける。
「ふーん、やっぱり君はアンソニー派なんだ」
やや高い位置から推しの声が私に降り注ぐ。
慌てて顔を上げる私。するとアンソニー王子はニヤリと得意げな笑みを私に向けた。
「何のことだろう?」
「あくまで誤魔化すつもりだと」
私に疑いの眼差し、薄目を向けるアンソニー王子。
この疑いの眼差しを集め、第四弾「訝しむ王子」なんてトレカを作っても売れそうだと私は咄嗟に閃いた。スーパーレアカードは罵倒している所なんかどうだろう。
「あらあらご主人は嫉妬されているのね?でも大丈夫。あなた達はご結婚なさっているんだもの。奥様だって推しは推し。それをきちんとわかってらっしゃるわ。だから安心なさい」
「そうだな。妻の言う通りだ。子供でも生まれれば、奥様の熱は一気にそっちに向くかも知れん。となると今以上、夫なんて放置しておかれる存在になるからな。まだ手の届かない人物を応援している方がマシだったと、君もいずれそう思う事になるかも知れんぞ?」
「まぁあなた。新婚さんなのよ?もっと明るい話題になさい」
「確かにそうだったな。これは失礼」
老紳士はシルクハットに手を当て、おどけた顔で私達にお辞儀をした。
「そうですね。妻に愛想をつかされない為にも趣味には理解ある夫でいないといけませんね」
そう言ってアンソニー王子が柔らかい笑みと共に私の腕に優しく触れる。
生きた心地がしないとはまさに今の私の状況だ。
「あらご主人、どことなくアンソニー殿下に似ているわね」
私はご婦人の言葉にドキリとする。
さすがロイヤルマニア、アンソニー推しであると感心する。と同時に魔法で姿を誤魔化していても漏れ出す王子オーラが隠しきれないとは恐るべしアンソニー王子。
やはり私の推しは王子界隈でも超一流の最高級の王子なのである。
「さて私達は会場へもどります。今日は楽しい余興をありがとう」
「いえ、こちらこそご馳走様でした」
老紳士とアンソニー王子が握手をした。
「いい出会いだったわ。また何処かでお会いするかも知れないわね」
「えぇ、推し事関係で」
私が口にすると奥様は目元をふわりと下げた。
そして別れを惜しむように私は奥様と軽く抱き合う。
それからやはり落札した額が大きかったからか、周囲の人に話しかけられ一通り相手をしたのち、ようやく私達は木製のバーテーブルを囲み一息ついた。
「それにしてもみんな興味深々だったわ」
「そりゃ額が額だからね」
「確かに」
私は返事をしながらお酒を口に含む。
「ライムが爽やかで美味しい。お喋りして乾いた喉に染み入る感じ」
「良かった、お気に召していただけたようで」
アンソニー王子は表情を緩め、自分もお酒を口に運んだ。
何だか店内の落ち着いた雰囲気もあって、大人の時間っぽい。
「君の住んでいる森ってどんな感じ?」
「魔女が沢山いる森よ」
アンソニー王子の問いかけは、私が魔女でいる時に良く訪ねられるのですぐに答えられた。
「それは知ってる。お店とかはあるの?」
「お店はないわ。住まいだけ。何か買い物をする時はみんな箒で近くの町までひとっ飛びって感じだから」
私はアンソニー王子に苦笑いを返されつつ、質問に答える。
「なるほど、いいよね。空を飛べるって」
「そうかな。冬は寒いし夏は暑い。それに口を開けてると虫が飛び込んでくるし」
「虫がそんな上空を飛んでいるの?」
「そう。地上近くに行くほど天敵が多いし、虫ってわりと上空で後尾したりするから。特に蜂とか多いのよ。それで私はいつも黒い服でしょ」
「敵認定されて追いかけられると」
「そう。何度も大群に襲われた事があるから、ブーンって羽音は結構トラウマ」
「君の意外な天敵なんだ」
「あ、魔女はイメージが大事だから今のは秘密にしてね」
「了解」
酔っていたのか、私はペラペラといつもより饒舌にアンソニー王子と話を交わす。
「でも羨ましい。空を飛べるって」
アンソニー王子は夢見がちな乙女のようなうっとりとした顔になる。
物心ついてから、気付けば箒で空を飛んでいた私はアンソニー殿下がどうしてそこまで空に憧れるのかがわからない。
けれど推しが願う事を叶えたい。
ふと、夢見がち、うっとりというレアな表情を前に私はそう思ってしまう。
しかしその為には箒の後ろに推しを乗せるわけで。
無理ですね。
私は最速で却下。
推しの願いは聞かなかった事にする。
「まぁ、最悪アンソニー王子が火事に巻き込まれた時は乗せてあげる」
「えっ、そうなんですか?」
私の答えを予想だにしていなかったのか、突如いつも通り敬語に戻るアンソニー王子。
「そもそも別に減るもんじゃないし。火事の時とか人を乗せた事あるし」
「まさか既に魔女様の箒に乗った人がいるんですか?」
「まぁ、わりと」
「くっ、なんて不届き者なんだ。断じて許さん」
「え、そこまで?」
「そりゃそうですよ。僕はずっと、魔女様の箒に乗ってみたいという自らの願望を抑えていた。それなのに既にその夢を叶えた者がいるなんて。悔しいです」
そう言ってグビッとお酒を口に運ぶアンソニー王子。
随分と強そうなお酒だけれど大丈夫なのだろうか。
「で。でも緊急を要していたし」
「わかりました。今度城を燃やします」
「だ、だめよ。わかった、乗せてあげるから城は燃やさないで欲しい」
「え?いいんですか?今日ですか?」
「お城までの帰りでいいなら」
「是非お願いします!!」
前のめり気味にお願いされる私。
「わ、わかったわ。お城までね?」
雰囲気に飲み込まれた私はうっかり了承してしまったのであった。
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