第13話 魔女様、オークションに参加する
着飾った人達が続々と入っていくオークションハウス。白く塗られた屋敷の玄関には大きな旗が掲げられている。
「あの青い旗が玄関入り口に掲げられている日はオークションがあるってこと」
「なるほど。勉強になります」
「緊張してる?」
「はい。スカートの裾を踏まないようにとかなり神経をすり減らせています」
「大丈夫。僕らはローマニアから新婚旅行中にオークションに参加した貴族だからね。幸せ絶頂。浮かれて裾を踏むくらいが丁度いい」
形成逆転とばかり、不安げな私に明るい顔を向けるアンソニー王子。
というのも、素性を隠すため私の魔法で見た目をすっかり変えたからだ。
二人共黄金色の髪色に、青い瞳。どこから見てもローマニア人にしか見えない。
私は馬車の中で交わされた会話を思い出す。
『普段は物理的に変装するんです。カツラとか眼鏡とか。ですから魔法って一瞬でこんなに別人になれるのでとても便利だと思いました』
アンソニー王子は私の魔法による変身をすっかりお気に召したようである。
しかし焦げ茶色の髪色の中で黄金色の髪は目立つし、青い瞳だって珍しい。
だから私は魔法を見破られたりしないか、内心ドキドキしている。
それに問題はそれだけではない。
『魔女様の黒いワンピース、あれを都合が悪いと私が口にした事を覚えておりますか?』
『はい』
『実は今回魔女様と私は新婚夫婦を演じます』
『新婚……』
『夫婦です。いいですね?』
『……了解です』
アンソニー王子に押し切られたような形になった。
しかし確かに新婚だなのに喪中はまずい。
前の夫が亡くなってすぐに結婚したと思われても嫌だし、喪に服していながら新しい男性と共にいるだなんて、常識を疑われる状況だ。
それに加え。
『魔女様と私は新婚夫婦を演じるわけです。ですから私は魔女様をチェルシーと呼ばせて頂きます。そして魔女様は私をアンソニーとお呼び下さい』
『え、そのままだよね?』
『はい。王子に因んで名前を付ける人も多いですし。魔女様の名前はその……まぁそういうことです』
アンソニー王子が言いよどんだ部分が気になった。
『好きな子の名前を呼びたいだけニャ、こいつあからさますぎるニャ』
ニャーニャーが快調なルドによるとそういう事らしい。
嬉しいような、恥ずかしいような。けれど私がはっきりしないせいで中途半端なような。
「さ、お手をどうぞ、奥様」
悩める私にアンソニー王子が腕を差し出す。
悶々とした気持ちを感じつつ、やはり推しの腕がご自由にどうぞとあれば添えたい気持ちが勝るというのが、マニアというもの。
「ありがとう」
アンソニー王子の腕にちゃっかり手を添えた私は、新婚夫婦になりきりオークションに参加することになったのであった。
★★★
絵画が良く見えるよう若干照明が落とされた部屋。
正面に出品された商品を見て、購入希望の人が自分の番号の札を上げ、淡々と入札していく。
「三十プラチナ」
「四十プラチナ」
「四十プラチナ……五十プラチナ……他にはいらっしゃいませんか?」
正面に立ち、テンポ良い掛け声で場を盛り上げるオークショニアと呼ばれる司会進行係。
ダンッと木槌を叩く音がする。
「二十三番、五十プラチナで落札されました」
パチパチパチと会場から拍手が起こる。
そしてすぐに次の商品の入札に移る。
「三プラチナ……七プラチナ……他にはいらっしゃいませんか?……八プラチナ」
ダンッ!
「二十四番、八プラチナで落札されました」
私が想像していたよりもずっと、静かな雰囲気で次々と美術品が競り落とされて行く。
「他にいらっしゃいませんか……残念ながらこの絵は買い戻されました」
オークショニアが聞き慣れない声を発した。
「買い戻されたってどういうこと?」
「リザーブに達しなかったんだよ」
「リザーブ?」
「出品者が事前に設定する最低価格の事をリザーブって言うんだ」
「つまりこの値段なら売ってもいいよって価格に達しなかったってこと?」
「そうだね」
私にとっては人生初の参加するオークション。
隣に座るアンソニー王子に説明を受けながら、競り合いの雰囲気を楽しんでいた。
「次だね」
アンソニー王子の声に私は緊張する。
「二十五番。第二弾トレカ「ファミリーで休日を」のウルトラレア、エルロイド殿下とアンソニー殿下がピクニックをしているという撮り下ろし写真、「双子殿下の森林浴」こちらのエラーカードになります」
タキシードを着たオークショニアの男性の横、助手らしき黒いドレスを着た女性が透明なガラスに挟まれたカードを上に掲げる。
思わず私は身を乗り出す。
だってエラーカードじゃなくても欲しい。何故ならあれは千八百枚に一枚程度のウルトラレアカードなのだ。しかもエラーとなれば一体どのくらいの価値があるのか、もはや私には想像のつかない逸品だ。
「落ち着こうか?」
「え?あ、はい」
私はどうやら立ち上がる勢いで掲げられたカードに見入っていたらしい。
アンソニー王子に静かに肩を押され、私はストンとお尻を席につけた。
「では入札を開始します。三十プラチナからどうぞ」
「五十プラチナ」
最初に参加番号の札を掲げた人が手で五という形を作る。
「七十プラチナ」
アンソニー王子が八十五と書かれている札を上に掲げる。そして金額を
「九十プラチナ」
一気に値を上げたのは入札者が集まる席に座るイゴルだ。
チラリとこちらを窺うようになイゴルの視線と私の視線が絡む。
「百二十プラチナ」
アンソニー王子が勝負に出たのか一気に値段を吊り上げた。
「百二十プラチナ……百二十プラチナ……他にはいらっしゃいませんか?」
早口で現在の金額を口にしながらオークショニアの男性が会場を見渡す。
ザワザワとする会場内。何故なら既に本日最高価格を弾き出しているからだ。
「百三十プラチナ」
更にイゴルが値を吊り上げる。
「百五十プラチナ」
しれっとした顔でアンソニー王子が金額を告げる。
参加者の視線が私達に集中し、もはや私は逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
「百七十」
「百八十」
「百八十……百八十プラチナ……他にはいらっしゃいませんか?」
オークショニアがイゴルに顔を向けて確かめる。
「いらっしゃいませんね?では二十五番は百八十――」
オークショニアが木槌を打ち付けようと腕を上げたその時。
「待て、二百プラチナだ」
なんとイゴルが一気に二百という、とんでもない金額を口にした。
二百プラチナと言ったら、城下町の一角に並ぶお店の商品を「この店からこの店に売っている商品全部」などと買い占めようとしても余裕でお釣りがきそうである。
「エラーカード恐るべしだわ」
「あんな紙っぺらに馬鹿みたいだニャ」
「マニアにとっては紙じゃなくてお宝よ」
「僕にはさっぱりわかんニャい世界だニャ」
襟巻きと化したルドとこそこそ会話し、私は固唾をのんで状況を見守る。
「二百十プラチナ」
アンソニー王子がオークショニアに確認される前、間髪をいれず値を吊り上げる。
「くっ、二百三十プラチナ」
「二百五十プラチナ」
もはやアンソニー王子とイゴルの一騎打ち。
しかしアンソニー王子が動じない様子なのに対し、イゴルは顔を赤くしこちらを確実に睨みつけている。
「二百五十プラチナ……二百五十プラチナ……他にはいらっしゃいませんか?」
オークショニアがイゴルに顔を向けて確かめる。
流石にこれ以上は無理だと判断したのか、イゴルが悔しそうな顔で顔を左右に振った。
ダンッと木槌を一際大きく叩くオークショニア。
「二十五番、本日最高落札価格、二百五十プラチナで落札されました!!」
オークショニアの高らかな声。
アンソニー王子が競り勝った瞬間だ。
大きな拍手に包まれる中、余韻にひたる間もなく私とアンソニー王子は早速支払いの手続きに向かう。とは言え、これはすべて茶番。つまりやらせなので、別室で契約するフリをするだけだ。
「お疲れさまです」
赤い布張りのソファーに並んで腰を掛ける私にアンソニー王子が労いの声をかけてくれた。
「私は何もしてません。お疲れさまなのはアンソニーおう、お疲れさまです」
ついうっかり王子と言いかけ、咄嗟に回避する。
「この部屋の人間は大丈夫。とは言え、敬称はつけないに越した事はない。どこで漏れるかわからないからね」
「了解です。一つ質問していいですか?」
「勿論」
「当初の目的だと、イゴルの財産を減らす為にこのオークションに参加したんですよね?」
「そうだね」
「だとすると、競り落としたのはアンソニー……だとまずくないですか?」
落札者はアンソニー王子だ。
となると、商品の代金を払うのもアンソニー王子となるわけで。
「あぁそれなら心配いらない。我が国のオークションは入札する時に、しっかり購入の意志がある事を証明するため、入札したら必ず宣言した額を納めなければならないという特殊な法律があるから」
「それって、落札できなくてもお金を支払わなければいけないって事ですか?」
そんな馬鹿な事があるわけないと、私は疑心暗鬼といった様子。
アンソニー王子に薄目を向けた。
「疑ってるところ悪いけど、事実なんだ。商品を落札したわけでもないのに提示した金額を支払うのがルールだ。というのも、不正に値を吊り上げる事を防止する事にもなるし、予算を越えた買い物はしないで済む事になるだろう?」
「でもそれだと、そもそも入札を渋る人が出そうですけど」
「そうだね。後はさっきみたいに競り合う相手が金に糸目をつけないといった感じで、いくらでも払う覚悟がある人間だと落札出来なくなる事が多い。ま、そこはデメリットだけど、ある意味オークション開催側も商売だから。参加する方も割り切ってるし」
涼しい顔で私に説明をしてくれるアンソニー王子。
「つまりイゴルはエラーカードを手にした訳でもないのに、二百三十プラチナも払うってことか……損しかしてないですよね?」
「そういうこと」
アンソニー王子は爽やかに微笑んだ。
しかしその微笑みの裏に、闇落ち寸前何やら腹黒い物を感じる。
しかし推しのそういう部分は私にとってさらなる沼にハマるキッカケでしかない。
くっ、最高です、アントニー王子!!
「今日の仕事は終わり。折角だしバーに酔って行こう」
「バー?」
「そう、祝杯をあげる場所。大抵オークション会場には用意されてるから。簡単な軽食もあるし」
「軽食……」
「あ、確かちょっとしたスイーツもあったような」
「…………」
明らかにアンソニー王子は食べ物で私をつろうとする気満々だ。
けれど、まぁ喉が乾いた事は確かだし、軽食もスイーツも味見してみるのも悪くない。というか何事も経験だし。
「そうですね。バーへ行きましょう」
「良かった、断られなくて」
飼い主に褒められた犬っぽい笑みを浮かべるアンソニー王子。
無防備に懐いて来る感じに私はキュンとする。
「お手をどうぞ」
差し伸べられた手を諦めた感じで渋々掴み私はソファーから立ち上がる。
そしてさり気なく私は一番大事な事を尋ねる。
「で、あのカードはどうなるんですか?」
「今回特別に表に出した物だしね。メモリアルショップに飾っておくか、あーでも警備が大変になるから、そうだな焼却処分かな?」
「!?」
焼くくらいなら私に頂戴と思った。
けれど、高価な物はトラブルの原因になりそうだ。
それに、私はこれから推しと二人で密やかに祝賀会を開くのである。
それはまさにプライスレス。エラーカードよりずっと贅沢なものであることは間違いない。
そう自分に言い聞かせる事で私は、つい「捨てるなら私に頂戴」と図々しく言いかけるマニア心を落ち着かせたのであった。
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