第12話 魔女様、王子に求婚される

 箒で飛べば早いのにと思いつつ、この格好じゃ無理かとドレスに身を包む私は潔く箒で移動を諦めた。その結果、用意された馬車に乗り会場へ向かう事になった。


「え、これ?」


 私は王城の玄関口。大きな円を描く馬車寄せに止められた真っ黒な馬車を前にがっかりした声をあげる。


「いつもアンソニー王子が乗ってるフクロウ印のやつじゃないの?」


 私は自分の家にあるアンソニー王子のサンクチュアリコーナーに飾られた、アンソニー王子専用馬車の模型と、似ても似つかない普通の黒い馬車にあからさまにがっかりする。


「僕の馬車だと目立ちます。今日は隠密行動用の馬車でお許し下さい。とは言え、中は快適に二人で過ごせるようになっておりますので」

「二人で?」

「えぇ、さぁどうぞ」


 質問は終了とばかり控えている御者に視線を送るアンソニー王子。すると私の前にサッと御者によって手際良く木の箱が置かれた。そしてアンソニー王子が私に手を差し出たのである。握手会でもないのに、物販購入もしていないのに、推しの手が私に差し出されたのである。


 大事件だ!!


「お、お気持ちだけで結構です」


 私の脳裏には握手会の時に感じたアンソニー王子の手のひらに触れた甘い記憶が蘇る。出来れば握手したい。しかし今はグッズを何も買っていないし、何より仕事中。


「オンとオフはしっかりと分けるタイプなので」


 偉そうに口にし、私は木の箱に乗り足を馬車にかけた。しかしドレスというものに慣れないせいで、持ち上げた足が裾を踏み、そのせいで見事に体のバランスを崩してしまう。


「魔女様!!」


 アンソニー王子の腕が伸び、バランスを崩した私を抱きかかえてくれる。そしてくるりと体が動かされ、視界が青い空を映し出す。そして次の瞬間、この世で一番好みであり、尊いと自覚するアンソニー王子の顔がヌッと私の視界に映り込む。


「何だか出会った日の事を思い出しますね」


 アンソニー王子の穏やかな笑みと静かな声。

 私は火が出たように顔に熱が籠もる。

 

「お姫様抱っこ……」

「なるほどそういう名前なのですね」

「というか、あ、あなた随分と大きくなったわね」


 私は前回よりずっと安定感のある抱かれ心地に正直な感想を漏らす。


「まぁ、あれから六年は経ってますし」

「そ、そう」

「お気をつけ下さい。ドレスの裾にも、僕にも」


 意味深な言葉を口にしつつ、アンソニー王子は私をその場に立たせた。

 私の頭の中は「僕にも」というアンソニー王子の囁きがリフレインしている。


 僕にも、僕にも、僕にも……。


「この破壊力たるもの、魔女をも殺しかねない勢いだわ」

「早く乗るニャ」


 呆れたルドの声で私は必殺必中「僕にも」の衝撃波から立ち直り我に返る。


「ではお手を」

「……ありがとう」


 私はもう抱きかかえられるのは勘弁だとばかり意地を張るのはやめ、アンソニ王子の手を取り、今度こそしっかりと馬車の中に入る事に成功したのであった。


 勿論タダで推しの手を握るなど言語道断だし、推しにも申し訳ないとは思った。けれど今まで集めたグッズの分を考えれば、この握手は当然の権利であると自分に言い聞かせ納得させた。


「なかなか色々と疲れるわね」

「普通に握れば良いニャ。マスターが大袈裟すぎるだけニャ」


 確かにルドの指摘はもっともである。

 今日は仕事。よって推しとうっかり触れ合ってしまっても、それは任務上仕方の無いことなのである。


 そして馬車の中で向かい合う私とアンソニー王子。

 残念ながらというか、当たり前だけれど二人きりではない。

 何故ならルドがお目付け役とばかり私の膝の上に乗っているからだ。


 ルドはある意味私の心の防御壁である。


「魔女様、今日の目的はオークションでヒックス伯爵家のイゴルを懲らしめる事です」

「それはやっぱりトレカ絡みですか?」

「大きな意味ではイエスです。しかし正確にはビギンズ商会絡みといった方が正しいかと」

「なるほど」

「魔女様は金さえ払えば何でも手に入ると噂されている闇ルートをご存知ですか?」

「えぇ、私の知り合いにも騙された方がいるわ」


 私は脳裏にロイヤルファン仲間。

 パン屋の女将さんを思い浮かべる。


 パン屋の女将さんはトレカ第一弾「出会いはすぐそこに」バージョンのバッタモンをつかまされたのである。私はアンソニー王子の尊い目元に横線が入った酷い粗悪品を思い出し、目の前に座る本物を見て心の浄化をはかった。


「そもそも私達の調べによると、偽名こそ使っていますがビギンズ商会の出資者はヒックス伯爵家のイゴル。彼は学生時代から素行不良で有名。金に物を言わせ街のゴロツキ達を手下として悪どい事をしているようです」

「まぁ、悪どそうな顔をしていたし。屁理屈ばかりの男だったわ。だからあいつが悪玉でも驚かない。で、闇ルートにも彼は関係しているのね?」

「はい。彼は善良な貴族や市民をターゲットに、詐欺まがいな事をして巻き上げた金品を闇ルートで売り捌いています。それに加えトレカ偽装に、娼館に対する女性の斡旋。とにかく上げたらきりがないほど、多くの悪事に手を染めているようです」

「どうして逮捕出来ないの?」


 こんな風にドレスまで着せられて潜入捜査をするのだ。

 何か正面から不正を正す事が出来ない理由があるのだろう。


「それは彼の親、ヒックス伯爵がその財力を駆使し、貴族院に所属する議員を買収しているのです」

「なるほど、訴状を議会に提出した所でまともな判決は下らないってことね」

「はい。ですから今回その資金源である息子経由で財産没収のち爵位剥奪までをエルロンドと私で計画しています」

「国王はそのことをご存知なの?」

「勿論。ご存知です」

「じゃ、頑張るしかないわね」


 私は思いの外大きな計画を聞かされ、ドッと疲れた。

 馬車の背もたれに背をつけ、安らぎを求めルドの耳を撫でる。


「魔女様、僕はあなたに忠誠を誓ってからずっと婚約者がおりません」


 アンソニー王子が脈絡なく私に告げた。


「アンソニー王子は本当にあの時、蛇と蛙事件の時に婚約破棄しちゃったの?」

「はい。方向性の違いで」

「でもあれはピクシーの仕業よ?」

「そうですね。でもピクシーに婚約破棄をしてくれと願ったのは僕とキャサリン嬢ですから」

「え?」


 六年越しに明かされる事実に私は驚く。

 というか、私にとってみれば記念すべきソロ任務であり、初の解決事件であり、そして恋に落ちた瞬間だ。


 それが自作自演とはいったい。


 私は理由によっては訴えてやるという勢いでアンソニー王子の話に耳を傾ける。


「僕とキャサリンは親同士が決めた婚約です。とは言え子どもながらにも好ましいと思える人間像はある。それがお互い噛み合わす、だったら早いうちにと考えて。何故なら成長すると共に婚約破棄は難しくなりますから」


 言わんとする事はわからなくもないと私は頷く。


「丁度あの頃他国でピクシーによって婚約破棄が相次いでいるという事を知りました」

「確かにそうね、婚約破棄は流行ってたわ」


 私は一刻も早く自分の担当地域で婚約破棄が起こらないかと密かに願っていた。


 まさか私の願いが届いてしまったのだろうか。

 だとすると、アンソニー王子とキャサリン嬢が婚約破棄を望んだのは私の思念が通じた結果である可能性があって、え、それってまずくない?と私は青ざめた。


 けれどすぐ、それはないと気付く。

 何故なら私はその時まだアンソニー王子の事も知らなかったしキャサリン嬢の事も知らなかった。ぼんやり誰かが婚約破棄すればいいなと願っていた程度。


 だから私のせいではないはずだ……たぶん。


「そ、それでどうやってピクシーを呼んだの?」


 私は自分の無罪を確認しようと焦って尋ねる。


「私が魔物図鑑からピクシーはおしゃれに敏感な妖精だという事を知りました。そしてキャサリンの人形の服を作ると嘘をつき、仕立て屋に頼みドレスとタキシードを作りました」

「なんだか既視感たっぷりね」

「そうですね。今回も同じような感じです。まんまと現れたピクシーにドレスとタキシードをチラつかせ、婚約破棄がしたいとピクシーに頼み込んだのです」


 十歳程度にしては凄い行動力である。

 だけど疑問が一つ。


「でもピクシーはあなた達には見えないはずよ?」

「でも、僕たちの言葉は通じますよね?」

「あー、確かにそうね」


 なるほど。どうやらあの時私が追い払ったピクシーは仕事として婚約破棄業務に精を出していたらしい。


「何だか悪い事しちゃったかも、ピクシーに」

「そうですね。でもそのお陰でキャサリンは他国で最愛と呼ぶ毛並みの良い動物の研究が出来ているし、僕はこうして魔女様に出会えた」


 アンソニー王子はニコリと私に微笑んだ。

 それはもう私の心を蕩けさす媚薬のようで。

 溺れてもいいかなーーなんてつい流されてしまいそうにな――ちょっとまって。


「毛並みの良い動物の研究ってなに?」

「あー、キャサリンは毛深いモノをこよなく愛する個性的な女性で。今は熱帯雨林地方にいるナマケモノという動物の研究を。風の頼りによると、とても幸せな日々をナマケモノと送っているようです」

「な、なるほど」


 世の中には色々なマニアがいるのだと私は感慨深い気持ちになった。


「僕のような者が尊き魔女様にこんな事を告げるのは烏滸がましいのですが」


 アンソニー王子はミニチュアシュナウザーのような円な瞳で私をジッと見つめた。


 正直とても、可愛い。


「魔女様と共に生涯を過ごす権利を僕に与えて頂けないでしょうか?」

「それって」

「端的に言えば、魔女様の夫になりたいという事です」


 膝の上で寝たふりをするルドの体からピクリと動く。


「突然の事で驚かれたと思います。けれど僕にとって魔女様は生涯忠誠を誓った相手であり、初恋の人なのです。ですから、許されるならばチェルシーと呼び捨てにする権利を僕に与えて欲しい」


 突然男らしいく言い切られ、ギャップ萌えに弱い乙女な魔女である私は萌え死にかけた。というか軽く心肺停止した。だけど正直嬉しくて私は不死鳥の如く自力で死の淵から蘇る。


 とは言え。


「マ、マーラ様に相談しないと、お、お答えかねます」


 なんとも格好悪い言い訳を口にした。


「あ、それニャんだけど、マーラ様から緊急魔法通信があったんニャ。いくよ」

「えっ、今ここで?」


 ガバリと起き上がるルド。


 そしてルドの赤い目が光り、両目から青白いビームが発射された。

 すると馬車の中に半透明に透けた小さなマーラ様が突如映写される。


「もう録画してるざますか?え?してるざます?普通はカウントするでしょ。え?ちょっと聞こえないわ。もっと大きな声で滑舌良く。あぁそう。了解。コホン、チェルシー。あなたがアンソニー王子のマニアだという事がどうやら本人にバレちゃったようなの。それで是非あなたと結婚したいとアンデル国より直々にお願いされました。あなたも五つ星になった事だし、将来を考える時がきたのよ。住宅事情問題もあるし、出来たら結婚して欲しいざます。あら、これは余計だったわね。とにかく好きになさい。私は、魔女の森のみんなはあなたの選択を受け入れるざますよ……どう?いい感じざます?住宅問題云々はカットできるざますか?」


 なんともしまらない感じで、だけどマーラ様のお気持ちだけは良く伝わった。

 それにしても、既に魔女の森に連絡済みとは仕事の早い国である。


「もう録画してるざますか?え――」

「ちょっとルド、もうわかったから」


 うっかりリピート再生し始めたマーラ様を止めるべく、私はルドの前足の付け根をはさんで持ち上げた。


「すぐに返事をくれとは言わない。でも、僕は君が好き。だから出来たら、前向きに考えて欲しい」


 可愛いミニチュアシュナウザーでもなく、ちょっと危険なドーベルマンでもなく。どちらかというと、シェパードみたいな凛々しいバージョンのアンソニー王子を前に私は困惑しつつ思った。


 一人で三度美味しいとか、あざとすぎやしませんか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る