第11話 魔女様、まんまと餌につられる
ピクシーと交わした約束、「流行りのドレスを作成する」はエミリーと、それから王宮の衣装室に話を通してくれた双子王子と衣装係のお陰で、無事達成する事が出来た。
「あなた達のお陰で本当に助かったわ。ありがとう。約束の物はこれなんだけど」
完成した衣装を気にいるかどうか、内心ドキドキしながら私はピクシー達に感謝の気持ちと共に衣装を渡した。
「魔女の割にセンスいいじゃん」
「疲労困憊だけど、早く舞踏会ごっこしなきゃ」
「いい仕事するじゃない」
「またドレスを作ってくれるなら手伝ってあげてもいいよ」
「きれい」
「美しい」
「輝いてる」
若干目の下に色濃く作られたピクシー達の隈が気になったけれど、喜んで貰えて良かったと安堵する。それからピクシー達の手を借り大量に印刷したトレカをメモリアルショップで順次販売してもらえるようにアンソニー王子にお願いした。
そして王宮内にある倉庫の中、大量に運び込まれるトレカの詰まった木箱の前。
私はアンソニー王子と運び込まれた木箱をチエックしながら今後の流れについて打ち合わせをしていた。
「最初は品薄が続くかも知れません。けれどいずれ市場に安定して商品が供給される事に消費者が気づけば、買い占めなどがなくなると思います」
「そうですね。供給過多の状態を作れば自ずと、買い占めはなくなり価格が安定する。しばらく様子見ではありますが、流石魔女様です。今回は本当にありがとうございました」
私に軽く頭を下げるアンソニー王子。
なんとなく、エミリーから私の二面性がアンソニー王子に見破られている可能性があると聞かされ、イマイチ調子の出ない私。
「この地域の治安維持に務めるのは私に課せられた義務ですから」
それでも魔女である方の私を優先し、倉庫で二人きりという滅多にないシチュエーションに萌えないよう、最大限注意を怠らないようにする。
「それでお礼と言ってはなんですが、今度ご一緒にお食事でもいかがですか?」
「えっ、みんなで?」
私はお誘いの言葉にうっかり横に並ぶアンソニー王子の顔を見上げる。
今日も今日とて、推しの美しさは健在だ。
「みんな、ではなく私と」
口元をほころばせ優しい顔を私に惜しみなく晒すアンソニー王子。
この笑みは今私だけに向けられているのかと気付いた途端、私は猛烈に自分の顔に熱がこもるのを感じる。
「お、お誘いは嬉しいです。けれどこれは仕事ですから、お礼もいりません」
今の笑顔で十分です。そう思って数秒、お礼ならアレが欲しいと明確に私の中に一つのヴィジョンが浮かび上がる。
「そうだ。実は友人のそのまた友人のいとこが、アンソニー王子が監修した紅茶缶?何でもそういうのが品薄で手に入らなくて困っているんですって」
「友人のそのまた友人のいとこさんがですか?」
確実に怪しむ視線を向けてくるアンソニー王子。
しかし私の二面性に気付いていたとしても、認めなければどうという事はない。それにこの状況が、大変危険ないちかばちかなものだとしても私は諦めない。何故なら危険なつり橋がかかった対岸に推しの紅茶缶があるのならば、私は迷わずそのつり橋を渡るタイプだからだ。
つまり私は至極前向きなアンソニー王子推しなのである。
そしてアンソニー王子監修の紅茶缶が喉から手がでるほど欲しいのだ。
「実はエミリーに友人のそのまた友人のいとこの事を相談したの、そうしたらもしかしたらアンソニー王子が在庫をわけてくれるかもって。だからそれがお礼でいいわ」
私は言い切った。
むしろそれがいい。
それしかないという気持はひた隠しにさりげなく。
「ふむ。確かに私の手元に魔女様のご友人が切望されている商品の在庫はあります。がしかし、残念な事にそんなにいくつもある訳ではないのです」
「なるほど本人にとってもレアなのね?」
「更に言えば困った事に欲しいという人が他にもいるんですよねぇ」
「だめ、その人には断って。私に頂戴」
「私に、ですか?」
アンソニー王子が含みを持たせた言い方をしたのち、私に溢れる笑顔をプレゼントした。
「……友人のそのまた友人のいとこに」
私はプイっとアンソニー王子から顔を逸し、自らの失態を誤魔化した。
「実は魔女様がこの件で動いて下さる前に、エルロンドと私でイゴルに仕組んだ罠がありまして」
「罠?」
「はい。その件で魔女様のお力を借りれたと、常々思っていたのです。もしご協力して下さるのであれば、紅茶缶にティーソーサーセットもつけましょう」
「え?フクロウの紋章の入ったやつ?」
「えぇ、数ヶ月前に発売され、現在も品薄になってしまっているティーセットです」
アンソニー王子の言葉に私の心は大きく揺れ動く。
なんせティーセットは入手困難な上にお高いのである。
だけどマニア的には欲しくないわけはなく。
「仕方ないわね、手伝うわ」
「魔女様のお優しさに感謝します」
私は内心狂喜乱舞しそうだった。
けれど魔女っぽくいつも通り偉そうに腕組みし、やれやれだわという雰囲気を全力で醸し出した。
そんな私に対し、アンソニー王子は私の心を掴んで離さない、極上の笑みをプレゼントしてくれた。勿論私は自分の心の記憶領域にその尊すぎる笑顔を、一ミリも逃してやるものかという勢いでしっかり閉じ込めておいたのであった。
★★★
「担当区域の治安維持は五つ星魔女の務め。では見回りに行ってきます!!」
与えられたツリーハウスから箒にまたがり飛び出す私。
「チェルシー、あんたそろそろいい人と結ばれそうだね」
隣の木の上に住む魔女から声がかかる。
「え、なにそれ不吉なんですけど」
私は箒に急ブレーキをかける。
何故なら隣人の魔女の占いは良く当たると魔女友の間で、というかここ魔女の森では有名な事実だからだ。
「どこの言葉かわかんないけど、年貢の納め時ってやつなんじゃない?」
「最近のチェルシー、生きがいいもんね」
「あーあー、魔女の森からとうとう友人が嫁入りかぁ」
「王子と幸せにね!!」
箒に跨る私に、あちこちのツリーハウスから声がかかる。
「だーかーらー何その不吉な雰囲気!!もう、任務だから。行ってきます!!」
私はいつもと違う、少し生暖かい雰囲気で見送られ、逃げるように魔女の森を飛び出した。
そしていつも通り魔力を駆使し超高速で箒を飛ばした結果、到着予定時刻より五分程早く、担当地域、アンデル王国の王城上空に到着した。
「魔女様ーー!!」
私は窓から身を乗り出し、自らの存在をアピールする推しを発見する。
「あんなふうに落ちそうになるほど手を振ってくれなくても、窓から顔を出してくれれば私の推しセンサーは即座に反応するのに」
「まぁ、嬉しいんだろうニャ、減るもんじゃないんだし振らせてやれよ手くらい」
「嬉しいのは私の方なのに」
全く調子が狂うのである。
とは言え、今日を乗り切れば私は推しの紋章入り、紅茶缶とティーセットを手に入れる事が出来るのである。
「優雅な午後のひとときを推しグッズで過ごすため、今日は頑張る。ファイトー!!」
「……ニャー」
ルドのとてもやる気のない掛け声と共に私はアンソニー王子の待つ部屋に窓から飛び込んだのであった。
そして目に映る推し……の隣にあるトルソーに着せられたドレス。
「今日は潜入捜査なんです。ですから魔女様、こちらを」
アンソニー王子が手で示すのは、見たことないくらい美しく染め上げられたモスグリーンのドレスである。
「えっ、このままじゃ駄目?」
確かに年相応。ドレスに憧れる気持ちもなくはない。
けれど突然何の心の準備もなしにドレスなんて無理だ。
長い裾を踏みつけて転んでしまうかも知れないし、噂によるとドレスを綺麗に着る為のコルセットとやらは、より美しくなりたいという願望を持つ女性を数百人は殺してきたらしい。つまりヤツはかなり危険な殺し屋だということ。
「私は死にたくない」
「私が傍にいる間は、魔女様を死なせたりなんてしません」
「で、でも……」
「見慣れたその黒いローブに黒いワンピースも私の中では魔女様らしくお気に入りです。けれど残念な事に今日出向く場所では喪服だと思われてしまう可能性がある」
「それで良くない?」
「任務に支障をきたすので許可できません」
アンソニー王子が眉根を下げる。
超レアな困り顔を前に私も推しが尊くて困る。
「そう言えば、今日の任務って何?」
今更ではあるが、ひとまず尋ねてみる。
「オークションに参加します」
「オークション?」
「えぇ。第二弾トレカ「ファミリーで休日を」のエラーカードの出品があるので」
「えっ、それって!!」
噂では耳にした事がある。
エラーカードとは印刷ミスのあるカードのこと。その希少性からコレクターの間で高値で取り引きされるらしい。
「通常は工場で回収されます。ですから市場に出回る事はない。けれど今回奇跡的にウルトラレアのエラーカードが出品されるんです」
「それって」
双子王子が仕組んだやつですよね?という意味の視線をアンソニー王子に向ける。
何故なら部屋には、壁際に沿ってズラリと並ぶ近衛騎士の姿があったからだ。
話していい内容かどうか判断つかなかった私は濁したのである。
「とにかく今日は高額商品ばかりを集めたオークション。ですからドレスコードがあるんです。それに私と魔女様は夫婦として参加しますので」
「え、夫婦!?」
隣に住む魔女の占い「そろそろいい人と結ばれる」というのはこの事だったのかと私は理解してスッキリした。
「やっぱり良く当たる」
「みたいだニャ」
「商売したほうがいいよね」
「そうだニャ。魔女の森にとどめておくにはもったいニャい逸材ニャ」
「私もそう思う」
ルドと改めて隣に住む魔女を褒めちぎる。
すると私とルドの会話に割り込むようにアンソニー王子が私に声をかけてきた。
「では、覚悟を決めて頂いてもよろしいでしょうか、魔女様」
「え、覚悟!?」
「魔女様を頼む。では用意が出来るまで私は別室で待っております。楽しみだな、魔女様のドレス姿」
「えっ、ちょ、アンソニー王子!!」
私はくるりと私に背を向けたアンソニー王子に手を伸ばす。
けれど有無を言わさぬ勢いで私はどこから現れたのか、メイド服を着た侍女達に取り囲まれてしまったのであった。
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