第8話 魔女様、ドーベルマン的な一面を晒す王子と対面
エミリーを囲む着飾った令嬢に、私は気づくと杖の先を向けていた。
「イヴァーンナダーマレ」
私は迷わず呪文を口にする。
すると私の杖の先から小さな竜巻が飛び出した。そして竜巻は令嬢達のスカートを
「キャ!」
「やだ、足が見えちゃうわ」
「恥ずかしい」
「助けて!!」
真っ赤になって、必死にスカートを押さえる令嬢達。
私の起こした竜巻はエミリーを取り囲む令嬢達の足元をぐるりと一周。令嬢達に存分に辱めを与え満足した風は小さくなってその場から消えた。
「あら、ごめんなさい。手元が狂ったわ」
私は杖をくるりと回しながらエミリーに意地悪をしていた令嬢達に声をかける。
「ま、魔女様!!」
「何故こちらに?」
「まさかエミリーナ様。あなたが呼んだの?」
「違いますわ」
エミリーは私の姿を確認し驚いたのち、明らかにホッとした表情になった気がする。それだけで介入した甲斐があったというもの。けれど私の怒りはスカート捲りくらいの嫌がらせ程度では治らない。
「でも確かエミリーナ様のお父様は魔女様との連絡係も任されているって、私のお父様は言ってたわ」
「それは間違いない事実ですわ。けれど今回私は魔女様を呼んだりしていません」
エミリーが令嬢に言い返した。
その姿を見て私は少し安堵する。
シクシク泣いていたらどう慰めようか、そして大事な友達エミリーを泣かせた令嬢をどんな恐ろしい目に合わせてやろうかと、僅かばかり私は悩んでいたからだ。
「悪いけど、私はそこの御令嬢に呼ばれた訳じゃない。野暮用があってたまたま王城の上空を飛んでいたら、多勢に無勢の現場が見えたから立ち寄っただけ」
私は杖を片手の平にペチペチと打ち付けながら澄ました顔で令嬢達に告げる。
「多勢に無勢と仰いますけど、私達は何もしていませんわ」
「そうよ。エミリーナ様の行動があまりに貴族として相応しくないから注意していただけですわ」
「人の気持ちも考えず、自分の気持ち悪い感情を押しつけているから注意したのです」
あくまで自分達が正しいと主張する令嬢達。
もしかしたら、口にした何割かは客観的に見たら正しい主張のかも知れない。けれど、はっきり言って不愉快だ。
正直マニアに対し気持ち悪いと思うのは自由だと私も思う。何故なら時折「あれ、私ってキモい?」と自覚しない事もないからだ。けれどそれをわざわざ本人にご丁寧に伝える事はない。密かに気持ち悪いと思っていて欲しい。
よってわざわざエミリーに気持ち悪いと伝える令嬢達は私の中でギルティだ。
「ふうん。気持ち悪いねぇ。本当に推される方はそう思っているのかしらね?」
「それ。その推しという表現も気持ち悪い。生理的に無理だわ」
「あらそう?じゃ、自然と沸き起こる尊い気持ちをどう表現すればいいのかしら?」
「尊いって、それもなんだかおかしいわ」
「はー、可哀想な子達」
私は全くお話にならないと大袈裟に肩をすくめる。
「可哀想?」
「ええ、とっても可哀想」
「私達は可哀想なんかじゃないわ」
「あらそうかしら?心動かされ、その対象に対して尊いもの。そう思えないなんて、あなたの心は渇ききっているんじゃないの?」
「それは……」
令嬢に対する私の口撃が効いていると内心ほくそ笑む私。
しかし私は怒っている。この程度で済むと思うなよと口撃を更に浴びせる。
「それに、一人の子を大勢で取り囲む。自分がされて嫌な事を平気でしちゃう冷たい人間より、推しに対し悪口一つ言わないで、いいところをとことん褒めるエミリーのほうが、私からみたらあなた達よりずっと豊かな人生を送っているように見えるけど」
「エミリー?」
指摘され私は初めて気付く。
「誰それ、エミリーナでしょう?」
私は冷静さを装い必死に誤魔化した。
「えっ、今魔女様がエミリーって」
「口にされてたわ」
「そうよね?」
「えぇ、エミリーって。それってイゴル様によると、気持ち悪い活動をする時のエミリーナ様の仮名だとか仰っていたわ」
蟻の巣を突くように、ちょっと私が油断して間違えた部分をツンツン突く令嬢達。
いい性格をしていると私は呆れる。ま、間違えたのは私だけど。
「意味がさっぱりまったくわからないわ。そもそもエミリーナの愛称はエミリーよ。そんな事も知らないの?」
私は強引に軌道修正した。
「そうなの?」
「初めて聞いたけど」
「リーナじゃないの?」
「宰相様はリーナって呼んでらしたような」
些細な事をネチネチとしつこく掘り返す令嬢達。
劣勢が続き、またもや墓穴を掘ってしまったようだと私は自分に少しだけ幻滅した。
「ごちゃごちゃうるさいわね。私にとってエミリーナの愛称はエミリーよ」
「なんて強引な」
「いくら魔女様でも今の言い分は無理矢理すぎるわ」
「きちんと論理的にエミリーナがエミリーと変化する理由を説明して下さい」
「口からでまかせだから言えないのよ」
さっきまで水槽から飛び出し息苦しそうになる魚だったくせに、水を得た魚のごとく生き生きと蘇る令嬢達。
「論理的ねぇ。というか私の発言は全て正しいに決まってる。だって私は五つ星の魔女、チェルシー・ウィンストンだもの」
私は腕を組み、顎を上げふんぞり返る。
恐れを抱かせる魔女のポーズだ。
「ついに魔女様が横暴な態度で無理矢理話を終わらせようとしているわ」
「話し合いすら出来ないなんて野蛮丸出しじゃない」
「魔女の森に引きこもっているから、世間知らずなのよ」
「それに魔法が使えるだなんて気持ち悪い。私達人間とは違う魔物なんじゃない?」
令嬢達の悪意の籠もった言葉に私は血の気が引き、そしてある意味冷静になった。
そもそも私は魔女だ。何故魔法も使えない愚かな愚民共と同じ土俵に立つ必要があるのだろうか?
「マスター殺っちゃえば?」
「いいと思う?」
「舐められてるみたいだし、いいんじゃニャい?」
「そうよね、私は畏敬を抱かれるべき恐ろしい魔女だもの。令嬢の一人や二人この世から抹殺したって誰にも咎められないわ」
私はスッと令嬢達に杖の先を向ける。
人を殺すのは初めてだけれど、魔女は治外法権。
その身を守るためなら、貴族の令嬢の一人や二人殺したってきっと構わない。そりゃ後でマーラ様に怒られるかも知れないけれど、親友を救うため正当防衛だったと言えばきっと許されるはずだ。
だって私は目の前の令嬢とは違う、魔女だから。
「さて、私は慈悲深い魔女だから選ばせてあげる。丸焼きがいい?それとも串刺し?私のオススメは氷漬け。だってしばらく恐怖に怯えた顔で固まる令嬢達を街中に展示出来るもの。死んでなお晒されるなんて、最高でしょ?」
私は杖の先に魔力を込める。
「さぁ、お好きな死に方を選びなさい」
令嬢達から回答を得たら即刻発動してやると、私の杖の先が青白く光る。
炎、雷、氷。ありとあらゆる魔法を自由自在に操る事の出来る私は最強だ。
「わ、わ、わ」
「だ、誰か魔女様を止めて!!」
「ごめんなさい」
「許して」
令嬢達が芝生の上で一斉に腰を抜かした。
「ねぇ、許すと思う?」
私は不敵に微笑んだ。
「だめですよ、魔女様」
私の杖の先を大きな手が包む。命知らずなその手は、一度だけ握手した事がある尊い推しの手だ。ついでに言えば、アンソニー王子の爽やかな香りが私の鼻に到達し、瞬時に戦意喪失。思い切り推しを愛でたい感情に囚われた。
がしかし、私は現在五つ星の魔女、チェルシー・ウィンストンとしてここにいる。推しは尊いでしかないが、今更降伏する訳にはいかない。
私は断腸の思いで推しを睨みつける。
「邪魔しないで、アンソニー王子。これは私の、強いては魔女の沽券に関わる問題です」
「けれど僕はあなたを人殺しにはさせたくはない」
「アンソニー王子、お下がりなさい。私は五つ星の魔女、チェルシー・ウィンストンよ。何人たりとも私に命令する事は出来ないわ。例え王子であるあなたでも」
私はやだ超近いと内心歓喜乱舞しながらも、一度振りかざした杖を下ろす事は出来ない。何故なら魔女を馬鹿にするだなんて事を許したら、魔女の森にいる仲間たちの生命を危険に晒してしまう事になるからだ。
確かに魔女は人間だけれど得意体質。だからいつの時代も人間の仲間には入れてもらえない存在だ。けれど私達は魔法が使えるだけ。エラ呼吸をしている魚でも、魔石を生み出す魔物でもない。口からちゃんと息を吸うし、人間と同じものを食べて美味しいと感じる。
それに恋だってするし、酷いことを言われれば傷つく。そして仲間の死には涙する、魔法が使えるだけで普通の人間と同じ感情を私達はちゃんと持っている。
「魔女様。確かに私はあなたに命令出来ない。けれど私はこの国の王子だ。残念ながら、あなたを傷つけるような事を口にする虫けら同様の愚民であっても、私にはそれらの命を守る義務がある。もし魔女様が魔法を発動されるというのであれば、私を殺してから愚民……いえ彼女達を始末なさって下さい」
アンソニー王子が杖の先を握ったまま、私と令嬢の視界を塞ぐ。
え、眼福なんですけど。誰得?私得?でもちょっと邪魔かな?
それに。
「アンソニー王子をこ、ころ……ピーするなど、私には出来ません」
「ピー?」
「お気になさらず」
私はプイと横を向く。
そして肩に乗るルドが私に向ける、幾分軽蔑した視線がわりと痛い。
「殺すって言葉を口にできニャいと……っていうかマスター。よくよく考えたら、アンソニー王子、わりと腹黒いんだニャ」
「腹黒い?」
「全力で令嬢達を愚民とディスってたニャ」
「そうだっけ?」
私はアンソニー王子の顔を見て、先程私にかけてくれた言葉を思い出そうとする。
杖の長さ分の距離に立つ、アンソニー王子。紫の瞳がキラキラとしているし、黒髪は光を受けつややかに輝いている。もはや魔女の私なんかよりよっぽど人外。この世の者とは思えない美しさである。
「これを尊いと言わずして、どう表現すべきか」
「魔女様、好きです」
「へー。確かに腹黒い……えっ、すすすすすす?」
私は緊急退避とばかり後ずさる。
その拍子にスポンと杖の先がアンソニー王子の手から抜けた。
というか、好きって、好ましいってことであってる?
「ふむ、長年密やかに蓄積していた気持ちを告白し、心が軽くなりました」
「全然密やかじゃニャかったような……」
「え、これは夢?もしや五月のカレンダーのストーリー的な夢?」
「いいですね、ダンス。けれどいつか魔女様の箒の後ろに跨る幸運を私に頂ければと願います」
「こいつこんな性格してたんだ……マスターに感じる危険な物をこいつからも感じニャくもニャいような」
アンソニー王子は私にひたすら怪しい笑みを送ってくる。
そしてルドはもはやニャーニャーしている。
私は……五つ星の魔女だ。
「アンソニー王子、命が惜しければ魔女をからかうのはおやめなさい。それに令嬢達を助けたいというのであれば、あなたの方から彼女達に沙汰を。魔女である私を侮辱したのをあなたも耳にしたはずよ」
まったくもー。アンソニー王子ったら。
博愛主義者だからこそ、私を正気に戻すためにお芝居をしたのね?しかも婚約者がいるくせに堂々と私に迫るだなんて。
最高でしかないんだけど。
ミニチュアシュナウザーみたいな仔犬系王子かと思いきや、ドーベルマンな一面も兼ね備えているなんて、ギャップ萌えもいいところ。
すき。私は危ない恋に溺れたい!!
私はうっとり夢心地になりかけた。
「マスター、だらしニャい顔をしてるけどいいのか?」
「はっ、夢魔に襲われたようだわ。うっかり飲み込まれるところだった」
「夢魔ねぇ……ニャ」
呆れたようなルドの声を耳にし、私はうっかり浸りかけた聖なる推しとの甘美な世界から自らを現実に連れ戻す事に成功した。ふぅ、危機一髪。推し事は危険がいっぱいだわ。注意しないといけないようね。
「おい、もういいか?」
背後から声がかかる。
この声は私の推しの片割れ、エルロンド王子である。
「嫌だ。折角魔女様の気持ちが僕に傾きかけてる。あと五分待て」
アンソニー王子が意味不明な言葉を吐き出した。
悪いけどアンソニー王子対し私は六年前から傾きっぱなしですけど?
「そういうのは二人きりになった時にしろよ。というか、エミリーナ嬢。気付くのが遅れてごめん」
「エルロンド殿下、お気になさらずに。魔女様が私を庇ってくれましたし、今日の彼女たちはなんというか、キレが足りないようでしたので余裕でしたわ」
沈黙を貫いていたように思えるエミリーが、パッと明るい顔でエルロンド王子の元へ優雅に歩いて近づいた。
「え?何、どういうこと?」
「魔女様、エルが来たし、二人きりで話をしませんか?」
「は?」
「何なら近衛達も締め出しますし」
アンソニー王子はもはやドーベルマンであることを隠そうともせず、私に怪しい、アダルトで熱っぽい視線を向けてきた。
「私の愛するミニチュアシュナウザーはどこへ?」
「おい、待て。まさか僕を解雇する気ニャのか?確かに僕は猫っぽいけど、マスターがミニチュアシュナウザーになれと言うのであれば、吝かではない……ワンニャン」
ルドがワンだかニャーだかはっきりしない鳴き声を私にかけた。
けれど私は一気に変化した状況により、混乱の極みに陥り、既に脳の処理が追いつかない状況だ。その結果表情筋が全力で休めの号令に従ったような、そんな間抜けな顔になっていたのであった。
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