第7話 魔女様、エミリーを探しに王城へ
感情を吐き出した私は頭がクリアになり、気力も回復した。
そして密やかにピクシー達と取り引きを交わしたのである。
「わかった。協力する」
「けど、私達の新しい服作って」
「しかも魔女様みたいなやつじゃないのがいい」
「時代遅れでダサいもんね」
ピクシー達に指摘され私は落ち込みかけた。
けれど泣いてスッキリ。めげない私はいつもの調子を取り戻す。
「は?かぶるだけ楽ちんワンピの何処がダサいのよ」
「個性ないし」
「魔女はみんなアレだし」
「確かにニャ」
「ちょっとルド、あなたはどっちの味方なのよ」
「ケースバイケースニャ」
覚えたてらしき言葉を得意げに口にするルド。
私はルドの教育を一体何処で間違えたのかと、記憶を遡りそうになったが即座に中止した。何故なら両手に収まりきれないほど、思い当たるフシがありすぎたからだ。
「で、どんなのがいいのよ?」
私はピクシーにとりあえず要望を聞いた。
「そりゃ王子みたいなやつ」
「私達はお姫様様みたいなドレス」
「手抜きはダメだよ」
「約束ね」
「頑張って」
「気に入らなければやり直しさせるよ」
「そうだね」
ピクシー達の驚くべき要望。
私は叶えられるだろうかと不安になる。
けれどやるしかない。
平穏なる推し事環境を取り戻す為には、ビギンズ商会をギャフンと言わせるしかないのである。
「わかった。魔女に二言はないわ。必ずやお望み通りのお洋服を作ってあげる」
それから私はピクシー達に詳しく指示し、すぐに仕事に取り掛かってもらった。
期間は五日間。その間ピクシー達はシフトを組み、私の要望に応えるため休まず働いてくれるらしい。
「大丈夫ニャのか?」
「大丈夫じゃなくてもやるしかないわ。それにいざとなったら、裁縫に心得ある人物に、協力要請を出すつもりだから」
「最初から頼むべきニャ」
「……やっぱそうだよね」
ルドのアドバイスもあり、私はいざとなった時、自らの正体を伝える事になるだろうと覚悟する。勿論それは最終手段だけど。
「最悪エミリーならきっと、私が魔女だって知っても友達でいてくれると思う」
口では強がってみた。けれど内心は不安でいっぱい。
折角仲良くなれた魔女以外のお友達。それを失うのは悲しい。
よって魔女である私がアンソニー王子推しのルーシーである事。その事実はできるだけ秘密にした方がいい。正体を明かすのは最終手段。
私は改めて自分に言い聞かせた。
「けどニャ、魔女である事を隠してる方がおかしいニャ。カミングアウトしたってきっと大丈夫ニャと思うけど」
珍しくルドが私を励ましてくれた。
どうやら育て方は間違っていないようだ。
むしろ順調に育っていると、私はそれだけはとても嬉しく思ったのであった。
★★★
ピクシー達との約束を果たそうとエミリーの捜索を開始した私は王城へ向かった。
何故なら魔女である私とアンデル国をつなぐ、窓口を担当する宰相さん。物知りな彼ならばエミリーの事も知っているはずだと、私はそう考えた。
だから宰相さんの勤務地、つまり王城へ箒を飛ばしたのである。
「たのもーー!!」
私は箒に乗り、宰相さんがいる執務室の窓を叩き来訪を告げる。
「魔女様、普通にドアからお入り下さい」
「次からはそうするわ」
「いつもお願いしているではありませんか」
「そうだったかしら?」
宰相さんが渋々窓を開けてくれたので、私は迷わず部屋に侵入する。
「早速だけど、これを見て欲しいの」
私は時間短縮の為、説明を省く。
そしてひとまず、魔法で自分の記憶から取り出したエミリーの姿を紙に転写したものを宰相さんに見せた。
「この御令嬢は……私の末娘ですね」
「えっ!?」
思わず宰相さんのつるりとした頭に視線を送った私は悪くないはずだ。
だってエミリーは可愛い子だし、髪の毛もフサフサだ。
「私だって若い頃は髪があるべきところにきちんとありましたし、それなりにモテたのですよ。この切れ長の目がゾクリとするなんて言われてね」
「ゾクリと……」
「コホン、で、魔女様はエミリーナにどんな御用が?」
なるほど、私がチェルシーをもじってルーシーと名乗るように、エミリーも自分の名前をもじった仮名にしていたらしい。お互いわりと安直な性格のようだ。
とりあえず早く作業にかかりたかった私は、宰相さんにズバリ要件を伝える。
「お裁縫関係で手伝ってもらいたい事があるのよ。彼女はそういうの得意だって言ってたから」
「おや、娘と面識が?」
ギクリとする私。何故ならエミリーは親に内緒で推し事をしている可能性もある。だからロイヤルマニア絡みの推し事で知り合いになった事は、絶対に宰相さんに知られてはいけない。
それにエミリーの推し事内容が親に知られたら、その流れで私がアンソニー王子推しである事も知られてしまう可能性がないとは言えない。
何故なら私は自分の正体がバレてもいいという覚悟を持ち、エミリーに仕事を頼みたいと思っているから。となると、ルーシーが魔女だと判明した場合、魔女がアンソニー王子推しだという秘密も同時に知られる事となり、最悪エミリーから宰相さんに、私がアンソニー推しであるという事が伝わってしまう可能性があるわけで……。
それはまずい、絶対にまずいのである。
私は人々から少しの畏敬の念を抱かれるべき、恐ろしい魔女なのだ。
だから魔女である私はアンソニー王子の「ア」の字も口にしないし、冷酷で非道。部屋に侵入し、蟻が群がる床に落ちたキャンディーをヒョイと掴んで窓の外にポイ出来るほど、人の心を持たない恐ろしい魔女なのである。
「で、魔女様。何故うちの娘と面識があるんですか?」
うっかり思考を飛ばしていた私に宰相さんが訝しげな顔で問いかける。
「それはアレよ、ま、前に偶然、孤児院の慰問に訪れていたエミリーさんと話をした事があるだけ。特に深い関係ではないから安心して」
エミリーが時々孤児院の子の話を口にするのを覚えていた私。その話題から予測し、それっぽい出会いを咄嗟に創作した。
「なるほど。確かに私の娘は良く孤児院に慰問へ行きます。その時にお知り合いになったと」
「そうよ、その時」
どうやら私の作り話は、エミリーの行動に沿っていたようだと、私は内心ホッとする。
「では、娘の元へ早速案内しましょう」
「えっ、ここ王城よ?」
「ええ。本日は偶然にも娘は、同年代の御子息や御令嬢を集めた殿下主催の勉強会に参加するために王城にいるのです。まぁ、勉強会といっても八割はお茶会のようですが、とにかく中庭におりますのでご案内いたします」
「そ、そう、王子主催のお茶会……」
私はラッキーと思う一方で、僅かに心に不安が立ち込める。
何故なら王子主催という事は、紛れもなくアンソニー王子もそこに存在するわけで、万が一推しを前に私の挙動が乱れた場合、エミリーにルーシーだと見破られる可能性を秘めているからだ。
「平常心、平常心。私は偉大なる五つ星の魔女であって、アンソニー王子推しのルーシーではない」
「口にでてるニャ」
「くっ」
「まだまだマスターは精神的な鍛錬が必要みたいだニャ」
「ルドだって、ニャーニャー、前世の猫っぽさが抜けてないじゃん」
「まぁ、僕の場合それが魅力の一部だし。わりと野良猫にモテるんだよね、ニャーニャーしてると」
「わざとか!!」
肩に乗るルドから衝撃の真実を明かされ驚きつつ、私は宰相さんと共に中庭に急いだのであった。
★★★
晴れ渡る空の下、王城の中庭。周囲に咲き誇る花を愛でながら、勉強会というには着飾り過ぎな若い男女が楽しそうにお喋りに花を咲かせていた。
そんな中、私は素早く会場を見回し、ある人の位置をチエックする。
「モテモテですニャ」
ルドの指摘通り。私がその姿を確認した人物、アンソニー王子は色とりどりのドレスに身を包む女の子に周囲をしっかり固められていた。
その様子はまるで花に集まる蜜蜂に囲まれた感じ。
言わずもがな、働き蜂にチューチュー蜜を吸い上げられている美しい花がアンソニー王子である。
「まぁ、そうなるよね」
アンソニー王子は放つオーラがその辺の人とは桁違い。ついでに人を寄せ付ける芳香を常に放っている。
「許されるならば私も全てを投げ出し蜂になりたい、切実に」
「勘弁ニャ」
ルドに却下されたので、私は目の保養を終了する。
「娘は……あぁ、あそこに。御令嬢達と歓談しているようですね。あの紺色のドレスに身を包む子が我が娘、エミリーナです。どうですか魔女様。お探しの人物でしたか?」
宰相さんが遠目に教えてくれた先にいるのは、いつもよりゴージャスな装いをした少し大人っぽく見えるエミリーだった。
だけど私はすぐに笑顔になる。何故ならパステルカラーのドレスに身を包む令嬢達が多い中、エミリーは推しの髪色。エルロンド王子の黒に近い濃紺のドレスをちゃっかり身にまとっていたからだ。
「ふふ、ブレないわね。宰相さん、間違いないわ。あの令嬢は私が探し求めていた人物です」
「よかったです。では私はこれで」
「えっ、会っていかないの?」
「屋敷に帰れば会えますし、何より子ども達の会に父親が乱入すれば、娘は良い気分にはならないでしょうから」
「なるほど、ってありがとうございました」
私は宰相さんに礼を口にする。
「どういたしまして。では失礼します」
宰相さんはエミリーに挨拶する事なく、すぐに城内に消えて行ってしまった。
「なんか宰相さんて、いいお父さんみたい」
「みたいじゃなくて、実際いい父親なんじゃニャいのか?」
「だから、わざとニャーニャー言わなくてもいいから」
「可愛いと思ってるくせに」
「私はネコ科じゃないから思いません。って行くよ。エミリーを拉致しに!!」
私は物騒な言葉を吐きつつ、話に花を咲かせる令嬢達の間をするりと抜け、庭の隅で令嬢達と歓談するエミリーのいる方へ近づく。
「ご馳走さま」
突然私の目の前に令嬢からカクテルグラスが差し出された。
「あ、どうも?」
「美味しかったけれど、もう少し甘さ控えめのものもあると嬉しいわ。ご苦労さま」
「まいどありがとうございます?」
何となく会話をし、思わず受け取ってしまったが、カクテルグラスの中身は空っぽである。
「え、今の何?もしかして新手の魔女いびり?」
「全体的に黒い服だから給仕と間違われたんじゃニャいか?」
「あーなるほど。なら仕方ないか」
親切な私は正真正銘、本物の給仕が持ったトレイにグラスを返しておいた。
「全く世話がやけるわよね」
愚痴を吐きつつ私はようやくドレスの波から脱出する。
そして飛び込んでくる高い声。
「イゴル様に聞いて知ってるんだから。あなたの気持ち悪い秘密」
「何が推し事よ。尊いだとか、萌え死ぬだとか、ほんと下品よね」
「それに、貴族の中で誰にも相手にされないからって、一般庶民と仲良くするしかないなんて、哀れな子」
宰相さんは令嬢達と歓談していると口にしていた。
だけどこれは。
「歓談なんかじゃない。これはいじめよ」
「だろうニャ。しかも質の悪い……ってマスター魔力が漏れ出してるニャ」
ルドに指摘された。けれど私は込み上げる怒りをどうにも抑えられそうもなかったのであった。
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