第4話 魔女様、推しと握手する

 列から一時的に離脱する事を穏便に了承してもらった私。

 慌てて人気のない路地裏に駆け込むと杖を取り出し一気に変身を解除する。


 そして髪の毛をつまみ、銀色に戻った事を確認。

 それから素早く手を翳し箒を召喚後、急いで跨った。


「あーもう、忙しい」

「お、仕事ニャ?」


 緊急出動の気配を察知したルドが私の元に屋根から飛び降りてくる。


「そう。最悪なタイミングなのよ。取り敢えず早く乗って」

「買えたの?」

「まだ、だからこそ早く解決しないと」

「了解ニャン」


 ルドが私の肩に乗り、ローブのフードに入ったのを確認。

 私は箒に魔力を込め一気に上昇する。


 ふわりと銀色の髪を揺らし、上昇して十秒。

 私は呆気なく先程自分が並んでいた列の元へ戻る。


「魔女様!!」

「いつもより早くない?」

「どうしてトラブってるってわかったの?」

「人が多いから?」


 不審がる声が聞こえなくもないが、私は完全に無視し地面に降り立つ。

 そして箒から手を離し、魔女の掟に従い自ら名乗りを上げる。


「私はこの国を守る魔女、チェルシー・ウィンストン。あなたが悪いわ」


 ピシリと私は横入り疑惑のある、目つきの鋭い男を指差した。


「え、魔女様。何故こいつが悪いってわかるのですか?」


 列の中から冷静な指摘が飛び出し私はドキリとする。


「それは……一連の騒ぎを上空から見てたからよ」

「なるほど、それでこの速さで助けに来て下さったと」

「流石魔女様!!」


 人々の都合のいい解釈に全力で乗っかる私。


「そう。私は人々が恐れる魔女ですもの。何でもお見通しなのよ」


 私は内心ヒヤヒヤしながらも、魔女らしい威厳に満ちた態度と声で群衆に告げた。

 咄嗟に出来るのは、魔女の森で訓練に励んでいたお陰である、たぶん。


「じゃ、衛兵の所にこの人を連れていくわ」


 問題解決に要する時間において、自己最短記録を更新した私。

 問答無用で杖の先を目つきの鋭い男に向ける。


「魔女様、お待ち下さい」


 ぬっと私の前に出てきたのは伯爵家のイゴルである。


「何よ?」


 早くしてと言いたい気持ちを堪え、私はイゴルをにらみつける。


「魔女様に置かれましては、本日も大変可憐であり――」

「いいから、要件を」

「では、失礼して。ご覧頂けていたのであればお分かりかとは思いますが、彼は友人の代わりに列に並んだ。そして友人の代わりに品物を購入する。その点に問題はないと思いますが」


 イゴルは私に正論らしきものを口にした。


「確かにあなたの言う通り、同一商品は一人一点のみとしか表記されていないわ。だから同一商品は一人一点のみと捉える事も出来る。それに途中で列に並ぶ人を交代してはいけないとも、どこにも表記されてはいない」

「ですよね?では何故彼を連行しようとされるのですか?」


 そんなの列から一人撤退すれば、それだけ私がアンソニー王子の紋章と名前入りの素敵なエプロンが購入できる確率が上がるからに決まっているじゃない――などと魔女となってここに立つ今、正直に言えるはずもなく。


 さてどうしたもんかと、勢いで来てしまった私はしばし頭を悩ませる。


「こいつムカつくニャ」


 ルドがニャーの後、シャーとイゴルを威嚇する。

 私は肩に乗る正直者であるルドの背中を撫で、ふとアンソニー王子の爽やかな笑顔を脳裏に浮かべ閃いた。


「ここにいる人は、ほとんどが純粋に王族を応援している人ばかり」

「だから何だと言うのです?私も貴族の一員として、王家の皆様を推していますよ」

「そう、いい心がけね。だとしたら、月刊ロイヤル情報局、十月号の三十二ページ。新商品発売情報の右下。そこに記載されていた事を思い出しなさい」


 私の言葉にキョトンと拍子抜けしたような表情になるイゴル。

 まったく察する能力が低い男である。


「月刊……ロイヤル……ですか?」

「あら、推していると口にするくせに。ページ数を言われてそのページに何が書かれていたか咄嗟に出て来ないなんて、勉強不足も甚だしいわ。いい?そこにはこう記載されていたはずよ。「在庫に限りがあるため、販売初日は状況に合わせ購入商品の数を制限させて頂く事がございます。何卒ご了承下さい」と」


 私は自信ありげに腰に手を当て言い放つ。


「……何故魔女様は月刊ロイヤル情報局を?」

「たぶん任務熱心なのよ。だからアンデルの雑誌には全て目を通してらっしゃるんじゃない?」

「あーなるほど、流石だな」


 周囲からそんな声があがった。

 重ね重ね皆様に感謝である。


「正直、コイツら人が良すぎて心配になるニャ」


 私はルドに対し小さく頷く。

 けれどそのおかげで私は今助かっている。


「それでその文言が何なのですか?何も問題ないように思えるのですが」


 イゴルが私にふんと鼻を鳴らす。

 魔女に対し、失礼際まりない態度である。


「つまり今日は初日。グッズ解禁日だわ。だから今この瞬間から当日に限り、同一商品の購入は一人一点のみという決まりをつくる事も可能ってことよ」

「そんな事をしたら後ろの列に並ぶ人が文句を」

「言わないわ。だってこの男以外、二回も列に並んだ人はいないもの。だからという言葉を気にするのもあなただけでしょ?」

「くっ」


 男は悔しそうに顔を顰める。


「あとはもう一点の問題だけど、列を外す事に関して、私は問題ないと判断します。ただし、ちゃんと周囲の人に了解を取るべきではあるわ。ま、三時間以上共に並んだ仲間のお花を駄目とは言わないでしょうけど」

「お花を摘みに、ですよ、魔女様」


 エミリーの顔は見えないが声だけが飛んできた。


「コホン、お花を摘みに行くことは生理現象。しかも野外で三時間以上ですもの。だれだって平等にお花の危険性を秘めているわ……と、とにかく、そういう事で四つ星の魔女、チェルシー・ウィンストンの名に置いてこの男はギルティとします」


 私は有無を言わさぬ勢いで、杖の先からシュシュルと木の根っこを召喚する。そしてあっという間に男を縛り上げた。


「異議ある人はいる?」


 私は周囲を見回す。するとイゴルと縄で縛った男以外、首を左右にフリ異議なしとみんなが態度で示した。


「魔女様の仰るとおりだ」

「そうだ、そうだ」

「今日に限り同一商品は一人一点のみ購入可能に賛成!!」

「異議なし!!」


 私は列に並ぶ人の声に満足する。

 何故なら任務完了だからだ。


「ではショップ店員さん。悪いけどこれは衛兵にでも突き出しておいて」

「おい待て、一体なんの罪なんだよ!!」

「ズルしようとした罰。では失礼」


 ぐるぐる巻になる男に冷酷に言い放つ私。

 それから私は急いで帰ろうと箒を召喚する。

 そして箒に無事跨った瞬間事件が起きた。


「魔女様!!」


 明るく、弾けるミントのように爽やかな風貌をした青年がメモリアルショップ方面から私の元へ走ってくる。


「あー、殿下駄目ですってば」


 青年の背後からは黒い騎士服に身を包む、近衛の集団。


「お待ちください、魔女様!!」


 まるでボールを追いかける犬の如く嬉しそうな顔で私に近づいてくるアンソニー王子。やだ、相変わらず物凄い格好いいんだけど。


「魔女様、お久しぶりです」


 私の前に到着するや否や、それが当たり前であるかのように、頭を下げその場にかしずくアンソニー王子。


「本物だ!!」

「アンソニー殿下だ」

「みんな最上級なお迎えを!!」


 列に並ぶ群衆が一斉にアンソニー王子に膝をつき頭を下げる。つまり私以外、何故かみんなが地面に傅くと言う、もはやカオスな状況だ。


「えっ、なに?」

「お姿を拝見してもよろしいでしょうか?」


 アンソニー王子が私に問いかける。

 そりゃ私も見たいしいいよ、全然いいよ?


「許可しますわ」

「ありがとうございます」


 そう言って顔を上げたのは、やっぱり私が推してやまない人、アンソニー王子だった。


 初めて出会った頃よりずっと背も伸び、動作もスマート。

 可愛かった少年はいつしか凛々しい青年へ。


 十歳の頃より雨の日も、晴れの日も、オールデイズ私を写真やポスター越しに支えてくれる最愛の推し。アンソニー王子が目と鼻の先にいる奇跡!!


 やばい、リアルな推しを前に失神しそうなんですけど。


「踏ん張るニャ、マスター」


 踏ん張ればいいのか、それともこのまま倒れていいのか、ルドのニャによって私は混乱する。しかし私は人々に多大なる畏敬をもたらす恐ろしい魔女である。


「うむ」


 緊張のあまり声が掠れる事を不安視した私は短く答える。

 やばい、杖を握る手に汗が凄い滲むんですけど?


「王立学院を卒業したので、これからは魔女様ともっとお会いできるかと」

「お会い?」

「いえ、お仕え出来るかと」

「期待せず、心得ておくわ」


 私の言葉に微笑むアンソニー王子。

 握手会があるからか、きちっと黒髪を上げているせいで、魅惑的な紫に輝く瞳とバッチリ目が合う私。


 複眼、いやそれトンボ、眼福です!!


 会話までしちゃって私は最高だ。このまま死んでも……いやだめだ。エプロンをゲットするという大事な任務を未だ達成していないのである。


「では、失礼」

「お気をつけて」


 私は冷静を装い、箒で空に飛び上がる。


「どうだったニャ」

「一言で言うと、やばかったし、いい匂いがしたし、めちゃくちゃ格好良かったし。生きてて良かったし、生きててくれてありがとうって感じ」

「全然一言じゃニャい」


 ルドのツッコミを聞き流し私は遠くに帰るフリをして王都上空を一周のち、密かにメモリアルショップの路地裏に降り立ったのであった。




 ★★★




 入場規制によって入店するまでの時間はかかった。

 しかし私は所望していたエプロンをゲットする事に成功。残念ながら紅茶缶は早々に売り切れてしまったらしいが、再販があるとの事で良しとする。


 ま、入荷予定はあるものの、時期は未定らしいけどね。


「とは言え、再販の頃には新しいグッズが出てそっちが欲しくなっちゃうんだよね」

「そうよね。私もエルロンド殿下の紅茶缶が欲しかったわ」


 エミリーと話しながら私達は前に進む。


「緊張しますわ」

「わかる。あっ手汗が」

「私もですわ」

「早く拭かなきゃ」


 私達は各々手汗をぬぐいながら列の進み具合にあわせ前に進む。


「本日防犯の面もございますので、殿下へのプレゼントは一律お断りしております。なお、対面時間は誠に勝手ながら殿下にも政務が控えておりますので、お一人様十秒とさせて頂きます。ご了承下さい」


 青い騎士服を着たスタッフさんが、整列する私達に声をかける。


「まずいですわ。もう既にエルロンド殿下の気配を感じますわ。失神しそう」

「わかる、私も何かあっちから光が差して見える。私はここで死ぬのかも」

「生きてルーシー」

「あなたもよ、エミリー」


 私達は謎に両手をガシリと掴み合う。

 そしてお互い手汗を感じ、そそくさと私は服で、エミリーはハンカチで各々手を拭った。


 そしてついにその時は訪れた。


「はい、次の方どうぞー」

「は、はいっ」


 私は右手と右足を出すという、もはや挙動不審でしかない歩き方になりつつも、用意されたテーブルの前に座るアンソニー王子の前にぎこちなく進む。


「あのさ、もしかしてだけど、魔女様のバックに僕のグッズ、フクロウのチャームのついたキーホルダーが下がってなかった?」

「そうなればいいなという殿下の願望ですよ。さ、早く笑顔を貼り付けて。仕事ですよ、仕事」

「そうかな、見間違いかなぁ」

「魔女様ですからね。ありえません、見間違いです。ほら、次の方ですよ。笑顔、笑顔」


 何やら魔女様と聞こえたような気もするが、私は今緊張で死にそうだ。

 だってそこに、私の余暇を全て注ぎ込む推しがいるのである。


「こんにちは」


 先程顔を合わせた時よりずっと王子様ぶったアンソニー王子。

 私がいつもおはようと、おやすみをするポスターそのままがここにいる。

 しかも私に「こんにちは」と挨拶してくれた。


 やだ、もう泣きそう。


「こ、こんにちは」


 推しを前に、ただの恋する十六歳の乙女に成り果てた私。

 正面から見る勇気もなく、うつむきがちに挨拶を返す。


「今日は欲しい物が購入出来たかな?」

「はい」

「良かった。長いこと並んでくれてありがとう」


 私の視界にアンソニー王子の大きな手が映り込む。


「お、応援しています。頑張って下さい」


 私はおずおずと手を差し出す。

 するとアンソニー王子は両手で私の手を包み込むように優しく握ってくれた。

 私は軽く昇天しかけながらも、アンソニー王子の手は思いの他大きくて、剣だこのあるがんばり屋さんな手だと知った。


「はい、お時間でーす」


 永遠に続くかと思われた至福の時。

 しかし無情にも終わりを告げるスタッフの声で私の手はアンソニー王子から離れてしまう。


 それから私はアンソニー王子に握られた自分の手を見つめ、「二度と洗わない。嗅ぎたいけどここでは嗅げない、乙女的に」などと夢心地のまま、夢遊病者のようにフラフラとしながら出口に向かって歩き出す。


「あ、ちょっと待って」


 アンソニー王子の声がして思わず私は振り返る。

 するとアンソニー王子は確実に私を見ていた。


 やだまさか、私に一目惚れ!?


「トニー、何してるんだよ」


 横に座っていたらしいアンソニー王子の双子の兄、エルロンド王子がアンソニー王子の耳元で何か囁いていた。


「あ、すまない。勘違いだ」


 一卵性双生児の二人はそっくりだ。けれど私にはやっぱりアンソニー王子だけが光って見えた。まさにこれが推し補正というやつだろうか。


「お出口はこちらでーす」


 私は係員に背中を押され、自分の手を見つめながらひたすら夢心地でショップの外へ出たのであった。


 私は十秒間も推しと触れ合ってしまった我が手に夢中だった。

 だから全く気付かなかったのである。


「今の子のバックにぶら下がってたバッチ。それからフクロウのチャーム付きのキーホルダーって組み合わせ。あれって魔女様が持ってたものと同じだったような」


 アンソニー王子の小さな呟き。それから確かに私が魔女になった時、そしてロイヤルマニアの町娘に変身している現在、同じバックを肩から下げていたことに私はこの時全く気付いていなかった。


「あぁ、ルーシー、どうでした?」

「もう夢見たいだった」

「わかる、四時間並んだ甲斐がありましたわね」

「うん、ほんとその通り」


 私とエミリーは笑顔でお互いの顔を見合わせた。

 それから自分の鼻に先程推しに握られた手を当て、思う存分変態行為に勤しんだのであった。

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