第5話 魔女様、トレカなる存在を知る
私はとうとう最上級魔女の証。
五つ星の魔女になった。
『五つ星になった以上、より真面目に職務に励む事。あなたの行動一つで、魔女全体の評価に良くも悪くも繋がる事をしっかりと心得るざますよ』
『はい、マーサ様』
私は魔女の森の代表。筆頭魔女であるマーサ様にしっかりと言いつけられ、今日はその職務を全うすべくアンデル国の王城に招かれている。
何でも月に一回ほど開かれる定例会議とやらに五つ星の魔女は参加する義務があるそうで。
「大丈夫ニャのかよ、あいつもいるんニャろ?」
「余裕でしょ、だって今日は仕事だもの。推しだの何だの言ってる暇ないわ」
私は使い魔として成長し、幾分重くなったルドを肩に乗せ、前を歩く近衛騎士の後を静かについていく。
「魔女様!!」
背後からかかる声。間違いない、推しの声である。
私は深呼吸を数回し、心を落ち着け推しの襲来に備える。私は五つ星の魔女なので、今までのように推しにときめいた結果、モダモダする訳にはいかない。
「魔女様、お会い出来て良かった。五つ星の昇格、おめでとうございます」
歩みを止めない私の横に並ぶアンソニー王子。
隣に並んだ瞬間ふわりといい香りがして卒倒しそうである。
「ありがとうございます」
「本日の会議に参加されるのですね?」
「えぇまぁ」
「魔女様、今度王城で舞踏会があるんです」
「…………」
「その、良かったら。ご迷惑でなければ、招待状をお渡ししてもよろしいでしょうか?」
眉根を下げたアンソニー王子がまるでおやつをねだる犬のような顔になる。
めちゃくちゃ可愛いし、何ならよしよしと頭を撫でたい。
それに私も舞踏会というものに憧れはある。
がしかし。
「私は魔女。人々に恐れられる魔女です。ですから皆様と馴れ合うつもりはありません」
内心折角のお誘いなのにと後ろ髪をひかれまくり、しかし私は魔女としての揺るぎない矜持をしっかりと持ちキッパリと泣く泣く断る。
こんな時は魔女であることを残念に思う。
だけどアンソニー王子は魔女だから私を誘っているわけで。
とても複雑な心境だ。
「そうですか。残念です」
ええ私もすっごく残念。
だってきっと舞踏会のきらびやかな空間で観察するアンソニー王子はきっと最高に素敵だろうし、何なら私も着飾ったドレスでダンスを踊ってみたい。勿論アンソニー王子と手を取り合って。
「ダンスか……」
私は未練たっぷり小さく呟く。
「けどさ、あいつと踊ったらマスターはきっと失神するだろうニャー」
「くっ、それは認めざるを得ないわ。だって今年のカレンダーの五月。白い騎士服姿で今まさに誰かを誘うように伸ばしている手。あの先には私がいるって思ったら、もう死にそうで、というか既に三十四回くらいは悶え死んだし。それから三十四回くらい不死鳥のように蘇ったし。だから早々に六月にめくったものね。あれは推しに殺されかけた瞬間だわ、幸せ」
「六月って何でしたっけ?」
「六月はエルロンド殿下とのコラボ月。二人で剣を交えているシーンよ。私もその戦闘に参加したいって毎日切望してたでしょ?忘れちゃったの?」
私はもう物忘れが始まったのかと、ルドが心配になった。
「ルドったら、記憶力向上のサプリでも飲んだら?」
「マスター、言っとくけど六月を聞いたのは僕じゃないニャ」
「え?」
私はまさかと、横を歩くアンソニー王子に顔を向ける。
するとアンソニー王子はこの世のものとは思えない美しい顔でニヤニヤとした笑みを私に返してきた。尊いし、含みをもたせてニヤニヤしていても格好いいなんてズルい。
でもピンチ。私はピンチ。
「マスター、因みにさっきの。
「ほんとに?」
「なるほど、カレンダーか」
アンソニー王子の口から漏れた言葉に私は、これ以上ないくらい目を見開いた。
何なら今、心臓が口から飛び出しているかも知れない、体感的に。しかしそれはまずい、スプラッタだと私は慌てて口元を物理的に手で覆った。
そして隣にいるアンソニー王子をさり気なくうかがう。
「ご安心下さい。魔女様の心の声など、僕は何も聞こえていませんよ」
ニコリと笑みを返された。
というか、絶対カレンダーについて会話しちゃってましたよね、私達。
「では、仕事がありますので」
私は歩く速度を早める。羞恥心で穴があったら入りたいくらいだし、そもそも推しは密かに愛でたい派だし、それに私は何と言っても畏敬を抱かれるべき魔女なのである。
「失態だわ」
「ご愁傷様ニャ」
「そもそもルドが話しかけてくるのが悪いんじゃない」
「えー、僕のせいニャのか」
完全に八つ当たりである。
「魔女様、待って下さい」
背後からアンソニー王子の声が聞こえる。
しかし羞恥心にかられた現在の私には待つという選択などない。
私は前を歩く案内役の近衛騎士を追い越す。そして本能のまま、白い大理石の柱が立ち並ぶ区画に向かって足を進める。
「あっ魔女様、そちらではありません。この部屋です」
近衛騎士の声で私はピタリと足をとめる。
「どうぞ魔女様。今日はこちらで会議です」
涼しい顔で扉に手をかけるアンソニー王子。
まったくもって侮れないし、だけどやっぱり私をエスコートする気満々のアンソニー王子はこの世の宝でしかないと私はうっとりする。
「運動不足だったから丁度良かったわ。ありがとう」
私は推しに扉を開けてもらい、胸を張り堂々と会議室に入場したのであった。
★★★
シックな緑色の壁紙が貼られた部屋には金の額に入った絵画が飾られている。
描かれているのはアンデル国を治めていた、歴代の王様達の肖像画だ。
なるほど。アンソニー王子はお祖母様似なのね。などと呑気に肖像画を眺めつつ。
私は畏敬を感じさせるべく腕組みし、顎を上げ偉そうにして椅子に座っている。
室内に用意された円卓には、私とアンソニー王子が運命的な出会いをした日に同席していた宰相さん。そしてアンソニー王子に瓜二つ。双子の兄であるエルロンド王子。それに見知らぬ貴族が数名ほど着席しているといった感じだ。
部屋の隅には会議を記録する係なのだろうか、文官らしき男性が小さな机に向かい、その上に広げられた紙に羽ペンを絶えず動かしている。
どうみても、少数精鋭的な雰囲気満載なメンバー構成である。
「――つまり、トレーディングカードなるものは、低コストで収益が望めるものであるかと」
「確かに収益は望めそうだとは思う。しかし大体ワンカートン。つまり三百六十パックに一枚程度の割合で特殊カードが当たるという計算だろう?先程一パック五枚と言っていた。となると、千八百枚に一枚程度で当たりのカードが手に入るという事になる。それは流石に渋りすぎではないだろうか」
アンソニー王子の声が耳に入り私は顔を上げる。
現在アンソニー殿下はエルロンド王子と並んで上座に座り、私と同じように腕を組み王子たる威厳に満ちた難しい顔をしている。
その姿を観察し、私は思う。
魔女で良かったと。
はっきり言ってアンソニー王子の真面目で業務的な顔は超レアである。
許されるなら推し友のエミリーをこの場に呼び、二人でワイワイ拝みたい。
「勿論千八百枚に一枚は最高特殊カード。つまりウルトラレアカードです。実際はもう少し低い割合。百五十枚程度に一枚の確率で封入される特殊カード、スーパーレアカードを集める事が目的となるかと」
「しかしダブリもあるのだろう?」
エルロンド王子がプレゼンをする二人に問いかける。
私はうっかり話を聞き逃したせいで意味がわからない。だからひとます偉そうな態度を継続し、話に耳を傾ける。
「実際の狙いはそこです。ダブったカードを欲しいキャラ……っと失礼。自分の推し、つまり欲しい人物と交換する。交換するためには実際に会わなければならない。すると自然とカード交換の為に形成されるコミュニティが形成されます」
「定期的にトレーディングカード、通称トレカを発売すれば、カード交換の為に生まれたコミュニティに所属する者達は、頻繁に顔を会わせる事となります。そして顔馴染みになれば自然と会話が生まれる。そして行き着く先はマニア同士の婚姻かと」
「マニア同士の結婚!?」
思わず私は驚きの声を上げてしまう。
今まで静かにしていた私が声をあげた事により、一斉にみんなが私を見た。
「魔女様。確かに安易な考えだとは思います。しかし最近、特に庶民の間で女性が労働力として社会に認められる傾向にあります。その結果我が国の婚姻率が下がり、少子化待ったなし。今は良くとも将来の財政を考えると少子化は喜ばしい事ではありません」
「ですから同じ趣味を持つ若者に出会いの場を提供しようかと」
「その作戦の一つがロイヤルファミリーのトレカなのです」
「ふむ」
私は貴族の説明に対し短く答えた。
どうやら私の担当地域、アンデル国を少子化の波が襲いかけている。そしてそれを回避すべく、王宮側はトレカなるものを普及しようとしているらしい。それは理解した。
けれど、肝心のトレカの意味がわからない。
なによ、トレカっておいしいの?
「トレカは、私達の写真を印刷したカードらしいです」
アンソニー王子が私に優しく、端的に説明してくれた。
「しかもカードの絵柄が様々で、ウルトラレアカードなるものは、千八百枚に一枚の割合だそうだ」
エルロンド様が補足する。
「しかもそのウルトラレアカードはトレカの為だけに、撮り下ろした物にしようかと」
その言葉に私の心は勝手に歓喜乱舞した。
なにそれ最高じゃない!!
「とてもいい案よ。是非とも早急に実行に移すべきだわ。だって少子化は困りますものね、財政的に。所でそのトレカは何枚セットでいくらで売るのかしら?発売予定日はいつごろを予定しているの?別に興味はないけど、一応参考程度に教えて頂戴」
私は気づけば偉そうに。しかししっかりとその案を推しつつ、既に頭の中では購入の方向に全力で意識を傾むけていたのであった。
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