第3話 魔女様、突然の呼び出しに焦る
新商品発売に合わせ、突如開催される事となったシークレットなファンミこと、握手会。
混乱を防ぐ為に事前通達はされていなかった。
しかし逆にそれが仇となり本日発売の最新グッズ。推しの名前と紋章がプリントされたエプロンにティーセット、それに加え、王族がそれぞれ監修したという缶に入った紅茶の茶葉セットなどなど。
それらを求め並ぶ物販の列周辺はわりとギスギスしていた。
「えっ、今から並んでも買えないの?」
「申し訳ございません」
「うそ、早めにきたのに」
「申し訳ございません」
「楽しみにしてたのに」
「再入荷の予定もございます」
「今日欲しかった」
「申し訳ございません」
「再入荷はいつなの?」
「再入荷の予定はありますが、日程は未定となっております。申し訳ございません」
「意味わかんないし!!」
ニ時間前は握手の権利を求めた人で揉めていた。しかし現在は延々と伸びた列により、本日の入荷予定分は捌き終わる事が確定したようだ。
その結果騎士服に身を纏うスタッフはげっそりとした顔で、もはや謝罪する人形と化していた。
「大変そうね」
「うん」
「ちょっと疲れてきちゃったわ」
「わかる。立ってるだけって辛いよね」
私とエミリーも三時間に渡る立ちっぱなしという修行を強いられ、若干疲労感を増していた。因みに使い魔のルドも「付き合いきれないニャ」と言い残し、フラリと路地裏に消えて行ってしまった。
「でも私達は買えるんだしね。あとちょっとの我慢だよ、エミリー」
「それにエルロンド殿下と握手出来るわけだし。ってやだ、私の手、綺麗かしら?」
「そうだよね、握手か……」
私は黒いワンピースの生地で、エミリーは同じような黒いワンピースのポケットから取り出した真っ白なハンカチで。お互い緊張によって滲む手のひらの汗を拭った。
そうこうしているうちに開店時間になり、ようやく列が進み始める。
「どうしましょう。緊張してきたわ。エルロンド殿下の新商品、フルセット買えるかしら?」
「流石エミリー。今回も贅沢にも全部買うんだ。私は最悪エプロンと紅茶缶だけでも欲しいなぁ」
「エプロンはお部屋に飾っておくのにいいものね」
こういう所がエミリーをお貴族様と私が疑う点だ。
だけどエミリーのそういう、つい素が漏れてしまう所を私は微笑ましく思っていたりもする。
「違うよ。私はほら、薬屋の娘だから。実家で薬を煎じたりする時に丁度いいかと思って」
薬を煎じるのは真実。薬屋の娘は嘘だ。
相手を騙すには嘘の中に若干の真実を混ぜておくといいらしいと、魔女の森で習った事を私は実践したのである。
「そうでしたわね。推しのエプロンをつけてお仕事。何だか仕事が
「推しのお仕事ってゴロもいいしね。だからエプロンは欲しいところ。あぁ神様。そうか私の分が残っていますように」
まだまだ遙か先、メモリアルショップの入口に向かい、私は大げさに祈りのポーズを捧げる。
「おい、お前さっきショップから出て来たのに、何でまたシレッと並んでんだよ」
「私も見た。物凄い量のショップ袋を抱えていたわ」
「路地裏に入って行ってた」
「まさかお前、ビギンズ商会の手先じゃないだろうな」
私達の十人くらい前。
列に並ぶ人の間で何やら不穏な声がする。
「ビギンズ商会って、今問題になってる人よね?」
「そうそう。自分は欲しくないのに限定品を先回りして買い占めて、本当に欲しい人に高く売り捌いている悪どい商会だって話」
私とエミリーは「何事!?」と騒ぎ始めた人垣を訝しげな顔で見つめる。
ビギンズ商会とはアンデル王国でここ数年台頭してきた商会だ。
しかしその手口は人道的とは言うにはギリギリ。人々の欲しがる物を市場から買い占め、高く市民に売りつけている組織だ。法律的には何ら問題はない。けれどマニア心理としてはあまり褒められた手口ではないと感じる人が多く、良い評判を耳にしない商会だ。
「とうとう王族グッズにも目をつけたってことかしら」
「そうみたいだね。最悪」
ビギンズ商会に目をつけられたら最後、今後ますます限定グッズが入手困難になる事は間違いない。だからこそ、私も密かに動向をマークしている商会だった。
しかし今までは流石に王族に目をつけられないようにと考えていたのか、ロイヤルグッズ界隈には介入してこなかった。しかしどうやらついにビギンズ商会は私達の、いや、私の聖なる界隈に手出しし始めたようだ。
これは大問題である。
「純粋にグッズが欲しい人の邪魔をするな」
「あなた達みたいな人がいるから、入手困難になるんじゃない」
「そうだ、そうだ!!」
列に並ぶ大半の人は純粋にグッズが欲しいと願う、ロイヤルマニア。
その証拠に以前発売された推しのバッチやら、推しの紋章の入ったバックやらを持っている。因みに私も肩から斜めに下げたバッグにさりげなくアンソニー王子の紋章、知恵を表すフクロウのキーホルダーをバッチと共にぶら下げている。勿論オフィシャルグッズである。しかも数年前に行われた生誕祭で限定発売されたレアものだ。
「うっせーな。俺は雇われただけだ。金を払うから代わりに並べと言われただけ。それの何処か悪いんだよ。立派な仕事じゃねーかよ」
目つきの鋭い、如何にもガラの悪そうな見た目の男が恥じることなく「これは仕事」だと主張する。
「だけど、あんたが買ったものはどうせショップが提示する価格より値を吊り上げて売り出すつもりなんだろう?」
「そりゃそうだ。俺が並んだ分くらいは上乗せしないといけねーからな。いいか?これは慈善事業じゃねーんだ。商売なんだよ。そもそもお前らの中にもファンを装い転売してるやつもいるんじゃねーの?」
列に並ぶ集団の中、明らかにビクリと肩を上げる人がチラホラいる。
「たとえそれが商売だとしても、二度も列に並ぶのはおかしいわ」
「そうだ、そうだ!!今日は解禁日だから同一商品の購入は一人一点のみ。二度並んだって購入出来ないはずだろう」
「うっせーな。自分で並ばなきゃ買えないような貧乏人は黙ってろ!!」
とうとう逆ギレし始めた男。
しかしあまりに酷い言い分だ。
「このような場所で大声をあげるだなんてみっともない。それに今までの様子を拝見していましたが、僕にはわからない。一体彼の行為に対し何が問題なのですか?」
列に近づくのは、パリッとした黒いスーツに身を包む青年。
頭には貴族紳士のマストアイテム、トップハットを被っている。
「うわ、最悪だわ。何でイゴルが?」
堂々と列から顔を出し様子をうかがっていたエミリーが素早く顔を引っ込めた。
「イゴル?」
「あのすかした男。ヒックス伯爵家の跡取りイゴル様。あの通り見た目はわりといいけど性格が最悪。常に上から目線だし、女性にだらしがないし、とにかく私は嫌い」
「なるほど」
「だけど何でイゴルがこんな所に……」
エミリーは列からはみ出す人の影に隠れながら、腑に落ちないといった感じだ。
「どうされましたか?」
騒ぎを聞きつけたのか、騎士服の店員さんも騒ぎの中心に現れた。
「私はヒックス伯爵家のイゴルだ。何だか揉めているようなんだ」
「一体どうされたんですか?」
貴族を前に黙り込んでいた列に並ぶロイヤルマニア達。
しかし正義の味方とばかり現れたショップ店員を前に一気に口を開く。
「こいつが横入りしてきたんです」
「さっきまで違う人が並んでいたのに」
「しかも、一度会計したくせにまた並んでるんです」
「それって違反ですよね?」
「これを許したら本当に欲しい人が買えなくなる」
「そうよ。プレミアム価格とか言って煽ってるけど、所詮ボッタクリじゃない!!」
「うっせーな、貧乏人は黙ってろ」
憤慨した様子の善良なファンに対し、横入り疑惑の男が声を荒らげる。
「私も様子を見ていたのだが、この者の友人が路上で四時間ほど待っていたらしい。そのせいか具合が悪くなり、しかし商品をどうしても購入したいからこの男に場所を譲った。そうだったよね?」
「そ、そうです。その通りです」
イゴルが男に同意を求める。
しかし雰囲気からして、明らかに口から出まかせっぽい。
「確かに同一商品の購入は一人一点のみとなっている。しかしそれは一会計での話だろう?もし違うのではあればきちんと表記すべきだと私は思うが、どうだね、君は?」
「そ、それは……」
イゴルが鋭い視線を店員に向ける。
騎士服を身につけている事から軍人ではあるのだろう。けれど貴族階級の騎士は王城勤務がほとんどだ。つまりイゴルに困った様子の軍人さんは、庶民上がりの軍人さんに違いない。となるとなかなか貴族に対し物申すことは難しい。
「一会計とか、そんなの完全なる言いがかりじゃない。それに貴族にあんなふうに偉そうに言われたら、言い返せるわけがないじゃないの」
エミリーが小声で怒った声をあげる。
確かにそれは間違っていない。この国は階級社会で成り立つ国だからだ。
「じ、上司に確かめて……」
「そもそも日頃から努力もせず漫然と生活している愚民共が欲する物。それを頭脳をフル回転させ予測し先回りして仕入れたのち、高く売りつけるビジネス。それは法によって禁止されているだろうか?」
「そ、それは……」
「だったら、この男がここに並ぶ事は問題ないのでは?」
いい方はムカつくし、屁理屈を並びたてただけのイゴル。
しかし間違ってはいない。そう思わせる威厳に満ちた空気が周囲に漂い始める。
とその時。
私のワンピースのポケットに入った魔道具。マジカルベルがブルブルと振動し始めた。
これは非常にまずい状況である。
何故なら魔女の森を経由した緊急出動要請の合図だからだ。
よりによって何でこんな時にと思った。
しかし私は魔女である。
自由である事を許された代わりに、担当地域の治安維持を守る義務があるのだ。
「見て、ポータブル魔電話で魔女様に助けを求めたの。ほんと便利よね」
エミリーが手に持つ黒い魔道具を私に見せた。
って、私を呼んだ人はエミリー、あなたなのね!!
「あっ、まずいわ。ちょっとお花畑に行ってくる」
「お花畑?あ、お花摘みのこと?」
「まぁ、とにかくお花ってことで。じゃごめん。すぐ戻るから」
私は青ざめた顔で列から飛び出そうとして、足をとめる。
「すいませーん、店員さん。お花で列を抜けたい場合って、大丈夫ですか?」
どんなに慌てていても、私の心は推し事を忘れない。
しっかり店員さんにその場を離れる事を了承してもらい、列に並んだ前後の、もはや三時間以上並ぶ事により同士となった人々にペコペコ頭を下げながら、私は慌ててその場を離れたのであった。
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