第2話 魔女様、物販の列に並ぶ

 私は十歳でアンソニー王子に見事恋に落ちた。

 自己分析の結果同い年――と言っても、正確にはアンソニー王子の方が私より一つだけお兄さんだけれど、とにかく初めて間近で見る同年代の男の子に、騎士ポーズで忠誠を誓われたのち、お姫様抱っこをされたのが決定的だったと思われる。


 とは言え私は人々が少しばかり畏怖を抱く魔女である。

 よって、残念ながら恋にうつつを抜かしている暇などない。


 そもそも魔女は大陸を治める各国から治外法権を認めてもらう代わりに、厄介ごとや未来を占うお仕事をしなければならないし、自己鍛錬とお茶会。それから担当地域から発せられるSOSに対応したりお茶会をしたりと、わりと忙しいのである。


 十六歳になった私は四ツ星の魔女に順調に昇格し、最上級魔女である五ツ星まで残すところあと星一つと言った感じ。自己鍛錬に担当地域の見回りにと、魔女業務を勤しむ日々を送っていた。


「担当地域の治安維持は魔女の務め。では見回りに行ってきます!!」


 私の住処、魔女の森にあるツリーハウスから箒にまたがり飛び出す私。


「何?また王子のアレかい?」


 隣の大木の上、ツリーハウスに住むお隣さんの魔女から声がかかる。


「新作グッズの販売日なんじゃない?」

「チェルシーの家、床が抜ける日も近い?」

「くれぐれも本人にバレないようにねーー」

「いってらっしゃーい」


 各々ツリーハウスから顔を出した魔女友達が、箒にまたがる私に手を振りながら苦笑いを向ける。

 

 これもまた、いつもの光景。

 通常業務である。


「アンデル焼き、お土産に買ってくるねーー!!」


 逃げるように魔女の森を飛び出した私。

 魔力を駆使し超高速で箒を飛ばした結果、到着予定時刻ぴったり。

 担当地域、アンデル国の王都に無事降り立つ事ができた。


 人気のない路地裏。

 私は周囲をしっかりと確認する。


「今日は日が暮れる前には森に帰らなきゃ。つまり私達に許された時間は移動も入れて九時間ってとこ。かなり緊迫した状況ね。無駄なく行動するわよ」


 私は今後の予定をおさらいしながら自らに杖を向けた。


「私達ねぇ……つーか飽きニャいよな、マスターも」


 私の襟元に巻かれた黒いマフラーが愚痴っぽい声をあげた。

 そしてするりと私の首から離れると地面に降り立ち黒猫に変身する。モフモフとした見た目の黒猫は星三以上の魔女にだけ許された使い魔である。


「まぁね。こう見えて、もうそろそろ卒業かなって思う時もたまにはあるのよ?」

「ほんとかニャ」

「ほんと、ほんと。だけどさ今の推しを超える存在にも出会わないし、何より絶妙なタイミングで新作グッズが発売されるから、辞め時がわからないの。全く運営は商売上手なことね」

「けどさ、毎回毎回現地に赴く事はないニャ。付き合うこっちの身にもなって欲しいニャ」

「普通の使い魔はご主人様である魔女に文句なんて言わないもんよ?」


 私はニャー、ニャーと不服そうな鳴き声をあげるルドルフこと通称ルドに常識を教え込む。魔動物である彼を立派な使い魔に育て上げる事、それもまた魔女としての責務なのである。


「通販で頼めばいいじゃん」

「は?」

「は?」


 口を開けたまま、使い魔のルドと見つめ合う事数秒。


「私は人々に畏敬を抱かれる魔女なのよ?」

「結果はどうであれ、努力だけは認めるニャ。で?」

「つまりそんな恐ろしい魔女が担当地区のロイヤルグッズ、しかも特定の王子のグッズばかり集めているだなんて、そんな事が人々に知られたら沽券にかかわるし不味いわけ。よって魔女の森に配達してもらうなんてあり得ないってこと」


 私はもっともらしい顔でルドに諭すよう伝える。


「まぁ、確かにニャー。オタクな魔女とか親しみやすいイメージがついちゃうもんニャー」

「そう。私はみんなから恐れられるべき存在。つまりこの活動は最重要機密ってこと。ってまずい時間、時間」


 私は慌てて自分に変身魔法をかける。


「イサーダノヘーンシン」


 私の周囲をキラキラとした魔力が包み込む。そして白い煙がボンと立ち上がり、私は見事町娘に変身を遂げる。


 普段は魔女を示す銀色の髪が、この国で最も一般的なこげ茶色に。

 翡翠色の瞳もその他大勢的な琥珀色に変化した。


 流石に着ている服の形や色は変えられないけれど、それは問題はない。

 何故なら私の推し、アンソニー王子は黒髪の青年だからだ。

 つまり、推し色の服を身にまとっていると説明すれば、大抵「なるほど」と納得してもらえるのである。


 しかも都合の良いことに私の推しの父親も、双子の兄も髪色は漆黒色。

 つまりアンデル国のロイヤルマニアの間で黒い服、それはむしろ推し事における制服のような認識なのである。


「全く推しが黒髪で助かったわ。ねぇルド。どう?魔女感出てない?」


 私はその場でくるりと一回転し、ルドに確認を頼む。

 絶対に魔女だと見破られたくはないからだ。


「あー、いい感じ。魔女らしさ皆無。むしろ人間的に見てもダサ……というかイモ……まぁ、普通の子って感じニャ」


 私の教育の賜物。

 何となく失礼な事を言いかけ、その都度睨みつけたところルドは私の今まさに欲しい言葉、普通をくれた。その言葉に満足し私は杖をホルダーにしまう。


「いざ、戦場と言う名の物販の列へ!!」

「ふぅ、了解ニャー」


 元気な掛け声と共に私は明るい大通りに飛び出したのであった。




 ★★★




 長く平和を市民にもたらす、アンデル国の王室は国民の憧れ。

 自らを国民に寄り添う王室と称し、数々の王室グッズを販売しその収益を孤児院などに全額寄付しているという所も国民人気が高い理由の一つである。


 そんな王室グッズを支えるのは、ロイヤルマニアと呼ばれる、いわゆる趣味に情熱を特化する者達の存在だ。熱狂的なロイヤルマニアがいるからこそ、王室グッズは売れるのであり、売れるからこそ孤児院に温かい毛布とスープが届けられるのである。


「全く私ったら表でも裏でも人助けしちゃってる。良い魔女過ぎるわね」

「よく言うニャ」


 ルドに呆れた視線を向けられながら私は聖地へ向かう。

 因みにロイヤルマニアの聖地と言えば大抵王城の事を指すが、より身近な聖地としてあげられるのは、王都の一等地に居を構える王室メモリアルショップである。


 現在私が向かっているのもまさにそちらの聖地のほうだ。


「ルーシ。こっちですわ」


 メモリアルショップの前に到着すると、私の偽名を呼ぶ愛らしい声がした。私はキョロキョロと辺りを見回す。すると人混みの中からロイヤルマニア仲間、エミリーを発見する。

 十歳の時に開花した私のロイヤルマニア歴もとうとう六年目。古参とは言えないけれど、気の合う同年代のお友達が私にも出来たのである。


 こげ茶の髪色に、珍しいグレーの瞳。

 下ろした長い髪は私と違い、綺麗に毛先が巻かれている。

 本人曰く「私は王城でメイドとして働いているのよ」などと口にしているが、私は彼女が時折うっかり漏らす優雅な立ち振る舞い、それに隠しきれない品のある身なりから、「エミリーは貴族なのでは?」と密かに疑いを抱いている。


 とは言え、私も魔女である事を隠して推し事中という後ろ暗さを抱えている。

 だから私生活について詮索するような事もないエミリーは、私にとって大変都合の良い、居心地抜群の推し事仲間なのである。


「どう?行列は」


 私はメモリアルショップから続く人混みを眺める。


「思ってたより多いわ。しかも今回ジョンさんが先頭を取れなかったんですって」

「えっ、だってジョンさんはいつも早朝から並んでいるじゃない。それで先頭を逃す事ってあるの?」


 この六年間で知り得た情報を私は驚きと共に口にする。


 先代の国王が突然崩御され、若くして現国王が即位した事。それから国王の結婚に双子の王子が誕生するまで。この国の大きな歴史と共に年齢を重ねた古参マニアのジョンさんというお爺さん。

 メモリアルショップ近くの屋敷に住むジョンさんは、以前城の庭師として勤めていたらしく王族関係の事情通。そして加齢による早起き習慣を遺憾なく発揮し、新商品発売日には必ず先頭に並ぶという、ファンの間ではかなり名の知れた気のいいお爺さんなのである。


「実は今日は殿下達の握手会もあるんですって。昨日の真夜中にリーク情報がマニアの間で広まって。だから夜は早寝派のジョンさんは、出遅れて十番目になってしまったそうなの」

「十番目!?というか握手会!?」


 私は衝撃的な事実に目を丸くする。


「バレたらやばいかも」

「大丈夫ニャ、絶対バレない」

「でも私の畏敬なオーラが漏れ出して」

「全然漏れてないから大丈夫ニャ」


 足元からルドの声が飛んでくる。

 因みにルドの声を理解出来るのは私が魔女だからであって、魔女以外にはニャーという、その辺にいる猫の鳴き声と同じようにしか聞こえないらしい。


「事前情報だと限定ニ百人とのことよ。今ならギリギリ間に合うわ。早く並びましょ」

「り、了解」


 私はエミリーに手を引かれ、「こちらが最後尾」と書いてある四角い看板を持つ騎士服姿のショップスタッフの元に急いだのであった。


 そして並ぶ事三時間。


「本日、エルロンド殿下及び、アンソニー殿下の握手会は予定人数に到達しました。今からお並びになられても、握手は出来ません。大変申し訳ございませんが、ご了承願いますーー」


 現在最後尾を示す看板を持った騎士服を着た男性が、大きな声をあげアナウンスをしているという状況。


「嘘、もう?だってまだ開店には一時間もあるのに?」

「申し訳ございません」

「この人達は何時から並んでいるの?」

「朝の七時からです」

「でも開店は十一時でしょ?」

「大変申し訳ございません」

「次からは抽選にしてよ」

「上の者にしかとお客様の声を届けておきます」


 続々とメモリアルショップ前に現れるお客さんを前に、頭をひたすら下げる騎士服姿の店員さん。なかなか大変そうである。


「ギリギリ二百人の中に入れて良かったわ」


 エミリーが私に小声で伝えると、安堵した顔を列の後方に向ける。

 確かに私達の後ろには心もとない人数しか並んでいない。


「ほんと。早めに来て良かったよね」


 確かに私達は危なかったのである。あと五分遅ければ目の前で騎士に文句をつける人。あれが私達であったかも知れないのだ。とは言え、実際そんな状況になったら、深い事情を抱え推し事をこなすエミリーと私はスタッフに文句など言えず、お茶をして二人で愚痴を言い合って、お互いの悲しみを昇華させるだけのような気がする。


「あの人達には申し訳ないけど、良かった」

「そうだよね」

「これはもう魔女様の御加護かも」

「……そうかもね?」


 私は内心冷や汗を掻きながら、相槌を返す。


 最近、魔法が使えない人は魔女をどこぞの聖女かのように語る事がある。

 けれど魔女は聖女ではない。ここは訂正しなければならないだろう。


「でも魔女って何を考えてるかわからなくて怖いし。アンデル国を担当しているチェルシー様の目つきなんて、アレ多分容赦なく虫とか殺してそうじゃない?」

「あら、アンデル国を守るチェルシー様はとっても愛らしいじゃない。怖いってイメージは全然ないわ。むしろ蟻の行列に道を譲りそうな雰囲気すら感じるわ」


 エミリーの包み隠さぬ市民の意見。


「いや、流石に蟻の行列を待つほど暇じゃないかと」

「いいえ、魔女様はいつだって自分より他人という感じですもの。きっとこの列に並んでいたとしても、私はいいからと、喜んで他人に列の場所を譲ってしまうくらい、慈愛に満ちた方だと思うわ」

「実際は列を譲る所か我先にと、三時間前に集合とかしちゃってるけどニャ」

 

 ルドの追い打ちの言葉もあり、見事私は撃沈。

 でも仕方ない。魔女だって推しのグッズは欲しいのだから。

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