第2話 後半
「私の兄貴は馬鹿野郎だ。」
「あれ?さっきと言ってる事違くない?」
妻は立ち上がると二つめの緑のたぬきの包装を破り始める。一体いくつ食べるつもりなんだ?
「小4の時、あろう事か私を後乗せ派へと引き込もうとした。」
「それぐらい許してあげなよ。昔から緑のたぬきをよく食べてたんだね?」
僕は自分の食べた緑のたぬきの容器を片付けながら妻に尋ねた。
「うむ。」
妻は容器の蓋を開き、薬味を取り出しながら言う。無論、かき揚げは蕎麦に乗せたままお湯を注ぐ。
きっと5分後にはかき揚げがフニャッとしているだろう。
「昔は家族四人でよくカップ麺を啜ったものだ。私の家族は父だけが赤いきつね派でな。さんざんバカにしてやったのは今ではいい思い出だ。」
「うん、赤いきつねに何か恨みでもあるのかな?」
妻はお湯を注いだカップ麺が出来上がるのが待ちきれないのか、まだ1分も経っていないというのに蓋をチラチラと開け、中の麺を箸でほぐしている。
「赤いきつね派は馬鹿野郎だ。」
「何もそこまで言わなくても。」
「あと、かき揚げ後乗せ派も馬鹿野郎だ。」
「僕もなんだね。」
「うむ。」
妻は箸を置いて緑のたぬきが出来上がるのを大人しく待つ。なんだか僕も2杯目が食べたくなってきた。
「しかし、私の兄貴以上の馬鹿野郎はこの世にはいないだろう。」
「どうしたんだい、急に。珍しい。」
妻は生粋のブラコンでお兄ちゃんの事が大好きだった。ここだけの話だが、時々僕は義兄の事を嫉ましく思うことさえあった。
「兄貴は最近姿を見せなくなった。私が結婚してから。仕事が忙しいからとか言って。」
僕は妻の拗ねたような顔にフッと笑った。妻は拗ねたままカップ麺の蓋をピラピラとやっていた。
「兄貴に勧誘されて一度あと乗せを試した事がある。」
「うん、そしたら?」
「やはり私はフニフニ派だなと思った。二度とあと乗せはしない。」
妻は緑のたぬきの蓋を開けて箸で麺の硬さを確認する。それから少し首を傾げて再び蓋を閉める。硬かったのだろう。
「僕ももう一杯食べようかな。」
「ああ、そうするといい。」
僕は立ち上がって戸棚から緑のたぬきを取り出す。
そして、薄い包装を破いて蓋を開け、中から薬味とかき揚げを取り出した。僕はかき揚げをじっと見つめる。
「僕もフニフニにしてみようかな?」
「ヒロシがかき揚げをフニフニにしたとしても、私はあと乗せはせんぞ。」
妻はフンとそっぽを向いて言った。
「いや、あと乗せして欲しいなんて言ってないよ。」
「ところでヒロシ。うちは緑のたぬきが多すぎやしないから?好きだからいいんだけど。」
妻は緑のたぬきの蓋を開けて、立ち上る湯気の匂いを楽しみながら僕に尋ねた。
「この前親切な人にもらったんだよ。」
「む、誰だそれは?知らない人から物を貰ってはいけないって習わなかったのか。」
「いや、ミズキもよく知ってる人だよ?」
僕は2杯目の緑のたぬきにお湯を注ぎながら言った。まだ固いそばの上に、カチカチのかき揚げ、そこに熱いお湯が注がれていく。
「む?誰だそれは?」
妻は箸を止めて僕に尋ねる。
「義兄さんだよ。」
「兄貴が来たのか!いつ!?」
妻が急にでかい声を出す。
「この前の土曜、ミズキが仕事行ってる時だよ。」
妻の兄は役所で公務員をしていた。カチカチに頭が固い人ではなかったが、サクサクと仕事をこなした。
「やはり馬鹿野郎だ。なぜ私がいない時に限って来るのだ。」
妻はショックを受けたような顔をしていた。早く食べないとせっかく作った緑のたぬきが冷めてしまう。
「ああ、あとお義兄さんが、ミズキの事、宜しく頼むなって。」
僕がそう言うと妻は照れたような恥ずかしそうな顔をした。それから妻は緑のたぬきを一口すすり、汁を飲んだ。
「うん、美味しい。」
妻は一言そう言うと幸せそうな顔をした。
フニフニの妻とサクサクな僕 上海公司 @kosi-syanghai
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