フニフニの妻とサクサクな僕
上海公司
第1話 前半
「ヒロシ。」
妻が箸を止めて僕の名前を呼ぶ。
「何?」
僕は向かいの席に座る妻の顔を見て聞き返す。
「そういえば結婚してから緑のたぬきを食べるのははじめてだったな。」
妻はいつも通り男のような口調で話す。
「そうだったかもね。」
僕は出来上がって湯気が立っている緑のたぬきにかき揚げを乗せる。
「ヒロシは後乗せ派なのだな。」
妻がそれを見て言う。
「まぁ、後のせサクサクが命ってよく聞くしね。」
「しかし、私はこのフニっとした感じが好きだ。」
妻は断固として言いはった。
「お、いつになく強気だね。」
僕は蕎麦を啜ろうとするが、湯気で掛けていた眼鏡が曇ってしまった。
「ああ、兄貴ともこの話で喧嘩をした事がある。」
妻はそう言って麺をズルズルと啜った。日本人がズルズルと音を立てて蕎麦を啜るのは、麺と染み入る汁を同時に口の中に入れる際、空気を含んでしまうため、風味を楽しむにはどうしてもズルズルと言う音が出てしまうのだと言う。妻はカップ麺であろうとお手本のような食べ方で蕎麦を啜る。
「喧嘩までしたのかい。」
「ああ、あれは熾烈な闘いだった。」
僕は眼鏡の曇りを拭き取ると、改めて麺を啜った。
甘みの効いた醤油の味が僕の心をほっとさせる。
「お兄さんは後乗せ派なんだ?」
「そうだ、兄貴はすぐに人の話を信じるものだから、後乗せサクサクが命だと思い込んでいる。」
妻はそう言うと緑のたぬきの汁を飲み、ホッとしたような顔をした。
「僕もサクサク派だけど。」
「そうか、ならば我々は一生相容れぬな。」
「結婚してるけどね。」
「うむ。」
妻は汁に浸ってふにゃふにゃになったかき揚げを麺に絡まして食べている。対する僕はかき揚げをサクリと言う音を立てて味わう。程よい歯応え。口の中に広がるエビの香り。それから僕は汁を飲み、口の中で合わさる風味を楽しんだ。
「私は何も後乗せ派が馬鹿野郎であるとまでは言ってない。」
「うん、たしかにそこまでは言ってないね。」
「私はあの固い食感があまり好きではないのだ。市役所に勤める公務員のようにカチカチではないか。」
「仕事もサクサクこなすしね。」
「うむ。私は緑のたぬきを食べる時ぐらいふにゃっと、ふにふにーっとしてたいのだ。」
妻は真面目な人間だった。市の図書館で司書をしていて、いつも仕事をきっちりとこなしている。しかし家ではよくグダグダしているのを見る。ソファを占領し、ひたすらテレビを観ているか、ゲームをしている時がある。まさかその性格が食の好みにまで反映されているとは思わなかった。
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