第22話
屋敷の全ての窓には鉄格子があり、豪華な監獄のようにも見えてしまった。
――あの窓の部屋だけ明るい。……まだ『勇者たかひろ』は起きてるんだ。
話をしたいと考えているのだから有難いことだが、
ドアに近付くと大きなカギ穴を見つけた。音を立てないようにレティシアから預かったカギを入れる。
フレデリック様は腰から下げている剣の柄に手をかけている。本当に守ってくれているらしいが、『勇者たかひろ』には敵わないことは間違いない。
――ゲームをクリアした後で『勇者たかひろ』の人格が破綻してたら、すごく危険な事をしてるのかも……。
緊張で指先が振るえたが、ゆっくりと回し始めると『ギギギ』と軋んだ音を出していた。どんなに注意深く動こうとしても、夜の森の静寂に包まれてしまえば全てが無駄になる。
それでも時間をかけて慎重に作業を進めた。カギを解除して、ドアを開けるとエントランスは明るかった。
「……珍しいな、俺に客なんて。」
ドアが開くまで待っていたのだろう、屋敷の中には椅子に座った一人の男がいた。突然話しかけられたことで二人は倒れてしまいそうなくらい驚かされる。
なんとか踏み止まったフレデリック様が剣を構えて私の前に立った。
「わ、私は……、こ、こ、この国の王子、フレデリック・ベ、ベルトリオ。……あ、貴方は誰ですか?」
完全に声が震えていた。こんな場面なら『お前は誰だ?』とでも言えばいいのに、丁寧な自己紹介をするのは流石だ。
「ん?……ベルトリオ?王子ってことは、アイツらの孫か。……血は争えないな。気弱な感じがそっくりだ。」
「そ、祖父たちをご存じと言うことは、貴方が『勇者たかひろ』様ですか?」
「分かった上で来たんだろ?……この屋敷には他に誰もいないさ。何もしやしないから、まず剣を仕舞ってくれないか。」
「あっ、失礼いたしました。」
少し粗雑な応対ではあったが、危害を加えるつもりもなさそうだった。ここまで来てジタバタしていても意味がない。
「夜分にゴメンなさい。私はミレーユ・ロシュフォールと言います。貴方とお話をしたくて来ました。」
「ロシュフォール?……貴族の娘か?」
「ええ、今は。」
年齢は、私の計算が間違えていなければ50歳を過ぎている。屋敷にずっと閉じ込められているはずだが、髪は整っており身なりも綺麗だった。
そして、私の目の前にいるのはゲームの主人公だったのだ。
私も暇潰しではあるが遊んだことのあるゲームで、少し感慨深くもある。思わず『勇者たかひろ』をジッと見ていた。
「えっ?……大丈夫ですか?ミレーユ様。どうかされたのですか?」
フレデリック様が慌てた様子で私に声をかけた。自分でも気付かない内に涙が流れていたらしい。
「何だ……?憧れの勇者様に会えて感動でもしたのか?」
澤村孝弘の面影を感じてしまったのかもしれない。
澤村美憂として年を取った父親の姿を見ることは出来なかったが、記憶に残っている顔と重なってしまった。
――同じ名前だからかな?……お父さんが遊んだ時のクリアデータだから少し似ているのかもしれない。
そうだとしたら、この対面は残酷な気がしてしまう。
異世界転生したことを前向きに捉えて生きていこうとしている時に、過去を振り返ることになってしまった。
――違う!雰囲気が似ていても別人なんだから、ちゃんと目的を果たさないと!!
私は『勇者たかひろ』に聞いておきたいことがあるのだから、感傷に浸ってチャンスを逃すわけにはいかなかった。
「罪を犯して、こんな屋敷に閉じ込められている人に憧れなんてありません。貴方と話をするために色々と苦労させられたので、その想いが込み上げてきただけです。」
強がりになっているかもしれないけれど、涙を拭い去った。
私の異世界生活はココから始まることになるのだから、戻ることの出来ない時間に縛られたくない。
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