第4話
「……ミレーユ様、お洋服が汚れてしまいます。」
「その草は、茎には棘があって危険ですので、私どもにお任せください。」
場所を教えてもらうためだけだったはずが、使用人たちが私の周りでオロオロしていた。
雑草は多くて土の状態も悪いが、開墾までとは言わない程度だ。
土を耕すために鍬を振り下ろすと、『ガツンッ』と大きな音がして鍬を握っている手に傷みが走った。
「痛っ!」
土の中にあった大きな石に鍬が当たってしまった衝撃だけなので、血は出ていなかったし、それほど大袈裟なものでもなかった。
それでも、青ざめた顔の使用人たちが私の周囲を取り囲んで、、これでもかと言わんばかりに治癒魔法が発動する。過保護すぎるのだが、使用人たちは仕事を全うするために必死だった。
使用人たちは手伝いの範囲を超えてしまい、私が作業する隙間を作ってくれない。スローライフを送るためには、貴族で生まれてきたことが邪魔になってしまう。
「もうっ!私がやるから手を出さないで!!」
周囲で心配している顔が並んでいたが、これくらのことが出来なければ意味がない。土を耕して、荒れていた場所がきれいになっていくのは充実した気分を味合わせてくれた。
「……続きは、また明日来てやるから、みんなは触っちゃダメよ。野菜をたくさん収穫して、みんなで食べましょうね。」
「そ、それは、素晴らしいお考えですね。……皆で楽しみにしております。」
「はい。ミレーユ様の作ったお野菜でしたら、さぞかし美味しいと思われます。」
そう言って使用人たちは私の気持ちを盛り上げてくれた。
――何、こんな生活も『あり』なんじゃないの?……健康的に汗も流せるし、案外楽しめるのかも。
一人で盛り上がってしまっていた私は、その時の使用人たちの表情が引きつっていたことにも、漏れ聞こえる笑い声が乾いたことにも気付いていない。
そして、次の日も菜園での作業を継続した。
こんなことを言ってしまっては怒られてしまうかもしれないが、
「…………飽きた。」
となってしまう。
そもそもがスローライフを満喫できるのは、時間に追われきた日々を過ごしていた人たちであり、癒しを求めて辿り着く生活なのだ。
澤村美憂としての人生は、これから楽しいことが増えていくだろう15歳で終わってしまっており、まだスローライフを理解できる地点には達していなかった。
それでも始めてしまったことへの意地があり、黙々と作業を進めていた。
――あれ?……昨日よりも作業しやすくなってる?
土を耕していても石が出現することもなければ、棘のある植物が存在していない。付き添いの使用人もいたが、昨日ほどの緊張感もない。
――まさか……。
早々に飽きてしまってはいたが、とりあえず種が蒔ける状態までは頑張ろうと目標を定めた。
当初、私の作業量では十日ほどかかると思っていた整地は数日で目処が立ってしまう。予定よりも明らかに早く進んでいるが、それと同時に使用人たちが明らかに疲弊している。
――私だって、バカじゃないんだからね。
その日の夜、就寝時間を過ぎたころに、真っ暗な庭に何本かの松明の灯りが動き始めた。
私は気付かれないように松明の灯りを追いかけてみると、案の定、菜園に到着してしまう。
「ミレーユ様は、そろそろ種を蒔くとおしゃっていたが、まだ土の状態が良くないな。」
「肥料も準備してあるから、土に混ぜておくか。」
「あまり混ぜすぎて、土の色が変わってしまうとミレーユ様に気付かれてしまうかもしれない。気を付けろよ。」
「そうだな。……でも、これだけ暗いと色の違いが分からないな。」
やっぱり、こんな苦労をかけてしまっていた。
私が怪我をしたり、疲れすぎたりしないように、準備を整えてくれていたらしい。しかも、適度にカモフラージュをして気付かれないようにしなければならず、難易度は高め。
――これは、はたしてスローライフなんだろうか?……私がスローライフになっても、他の人は全然スローじゃない生活になるんだ。
スローライフを楽しむにも、ちょっとした事件やトラブルは必要になるが、こんな事件は望んでいない。使用人たちを昼も夜も働かせてしまうことになってしまっていた。
でも、これで中止してしまえば、ここまでの苦労が無駄になってしまう。
その結果、翌日からの私は、
「ほらっ、そこに栄養が足りてないから、肥料をしっかりね!」
「はい。ミレーユ様、ここですね。」
「そっちは、もっと種の間隔を広くしないとダメでしょ!」
「はい。ミレーユ様、これでいいでしょうか?」
現場監督として指示を与えれば、夜間作業は必要なくなるだろう。使用人たちは、爽やかな汗を流して、気持ち良い笑顔で作業をしていた。
――もうっ!何なのコレ!!
思うようにはいかないものだ。
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スローライフは断念することにして、更なる可能性を探ることになった。それは、チート能力と特別スキルだ。何か秘められた力があって、その力を活かすことが転生した意味を持たせてくれるのかもしれないと期待してみた。
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