第22話 空飛ぶ剣神

 まぁ、とりあえずやることだけはやるか。


 俺は右手に魔力を凝縮し、それを空に向かって打ち上げる。


 それを近くで見ていたマーヴェル嬢がギョッとした表情を見せるが気にしない。謎のプロデューサーはクールに決めるのである。


「【豪雨招来スコール】」


 俺が複雑かつ緻密な魔法式を展開し、魔法名を唱えた瞬間に、町の上空を分厚い暗雲が覆い出す。その直後、地上に居ながらにして溺れかねない程の豪雨が地表に降り注ぐ。


 激しい豪雨は一瞬で町中の火災を鎮火し、俺はそれを見届けると今度は自分に向けて【魔法吸収マジックアブソーブ】を掛ける。


 さて、これで準備完了だな。


「き、君は一体……?」


 俺が使った一連の魔力の流れが見えていたのだろう。


 震える声でマーヴェル嬢が話しかけてくるが、今は相手にしている暇がない。


 俺は自分勝手だとは思いながらも、彼女に尋ねる。


「すまないが、これぐらいの背丈のダークエルフの女の子を見なかったか? 探しているんだ」


「その子かどうかは分からないが、似たようなダークエルフの子なら、北に走っていくのを見たが……」


「そうか、ありがとう」


 俺はそれだけを言い残すと、地面を蹴って瓦礫の山の上に乗り、瓦礫の山を蹴って更に上空へと身を踊らせる。それと同時にスキルである【軽身功】を発動し、自分の肉体の重さを気体よりも軽くすると、を足場にして一気に天空へと駆け上がっていく。


「何だアレは……? 私は夢でも見ているのか……?」


 地上でマーヴェル嬢が驚いている声がするが、残念ながらこれは魔法ではない。


 そもそも、今の俺は【魔法吸収】を自分に掛けているから魔法が使えないし。


 一気に中空を駆け上がり、黒雲に突入すると待っていたかのように魔力で出来た稲妻が俺に向かって飛来する。まぁ、それは前に経験していたので計算通りといったところだ。


 魔法で出来た稲妻は俺の【魔法吸収】に吸い込まれるようにして当たり、荒れ狂う電気エネルギーが俺の体を包み込んでバチバチと火花を散らす。


 【魔法吸収】は受けた魔法を受け止め、徐々に魔力を体内に吸収する防御魔法である。吸収している間は炎を纏ったり、水を纏ったり、魔法が使えなかったりと色々問題点も多いが、魔法防御でこれほど信頼出来る魔法もない。


 そして、今回は雷を全身に纏う事になるから、格好良いことになるかと思ったのだが……普通にオゾン臭が酷い。


 これなら、さっさと黒雲を斬り裂いて飛び出せば良かったか。


 俺は酷い臭いに顔を顰めながらも、更に上空へと昇っていく。


 縋り付くように纏わりつく黒雲を振り切って雲の上に出てみれば――……そこには一面の青空が広がっていた。


 あぁ、太陽の光があんなにも眩しい。


 ……いや、あれ多分太陽じゃないけども。


 便宜上ね? 便宜上、異世界の太陽ってことで。


 さて、のんびりと日光浴を楽しんでいる暇もないので即座に行動に移ろう。


 俺は体に纏わりついていた雷を【魔力吸収】の魔力ごと右手へと移動させて圧縮していく。すると、【魔力吸収】の魔法式が崩れて魔力の塊へと戻り、そこに超圧力が掛けられた為か、俺の手の中で激しい光が明滅する。魔力のプラズマ化? 良く分からないけど、大岩を消し飛ばすくらいの威力はありそうだ。


 これがドラゴンに効くかどうかは未知数。


 いや、効かないかな。効かないだろうなー。


 俺が日光浴をしながら呑気に構えていると、突如として背後で巨大な質量が大気を引き裂いてやってくる気配――。


 振り返ったら……あらまぁ……視界一杯に広がるドラゴンさんのお口が。


「コヤツめ。ははは」


 俺は笑いながら足元にプラズマ弾を仕込むと、直ぐ様にそれを爆発させる。爆発の推進力と、俺の脚力と、気体のような軽さが合わさり、俺の姿は一瞬で陽炎のようにかき消えたように見えたことだろう。


 まぁ、超高速で移動しているだけですけども。


 ヒャッホーイ♪ 気持ちイイ〜♪


 手を伸ばせばドラゴンの鱗に届くであろう超至近距離をギリギリで掠め飛びながら、俺は魔法鞄から愛用の木刀を取り出す。……我ながらなかなか器用な事をやっていると思うが、まぁ、だてに特訓君を手造りしていないということで。


「よいしょおっ!」


 木刀の切っ先をドラゴンの鱗の隙間に突き刺して捻り込みながら、まるで永遠にも思えた加速の世界を停止させる。


 木刀の刀身はドラゴンの体に半ばまで食い込み、俺は木刀を持った右手を支点にドラゴンの体に足をついて、その場に天地逆さの状態で立つ。


 うん、ここはドラゴンの腹だね。


 木刀から手を離したら地上に真っ逆さまだね。さっさと背中まで行きたいね。


「【複製クローン】」


 物理魔法の【複製】を使い、俺は木刀を二本に増やす事に成功。


 では、背中まで行きましょうかね。


 二本の木刀を交互にドラゴンの体に突き立てながら、一気に背中まで歩いていく。というか、剣山のような鱗が邪魔なのでちょいちょい切り拓きながら進んでいくので、そこまで速度は出ない。気分はまるで山中を切り拓いてクロスカントリースキーをやっている状態。リズム良く進んでいく。


 えっほ、えっほ。よいせ、よいせ。せっせっせ――……のヨイヨイヨイっと。


『ぐおっ!? ぐぎゃ!? おがっ!? まっ!? きさ!? おぐぇ!? いでっ!?』


 ザクザク刺し進んでいたら、ドラゴンから悲鳴が。


 何だ? 喋れるタイプの高位ドラゴンなのか?


 まぁ、俺には関係ないけど。


 とかやっている内に、ようやく背中に到達。


 おや、こんなところに魔力を変換して浮力を生み出すドラゴンさんの翼があるじゃないですか〜。


 ……どうする? 殺してでも奪い取る?


『貴様ァ! この儂の激痛のツボを刺し貫いて移動とは良い度胸だなぁ!?』


 あら怖い。ドラゴンさんが怒ってらっしゃる。


 というか、激痛のツボ? そんなもの押していたかな? 良くわからん。


「知らん。お前の体が脆いだけだろ」


『せ、世界最強の生物を相手に脆いだと!?』


 ドラゴンの長い首が伸びてきて、ようやく俺の姿を捉える。


 こう見ると目の前に針葉樹を生やした山が鎮座しているかのようだ。それだけドラゴンの顔はデカいし、鱗はおろし金のように鋭い。


 うーん、迫力満点である。


『その矮小な人間の姿で良くも言えたもんだなぁ!?』


「いや、だって、木刀でザクザク刺せるなんて……脆いだろ?」


『木刀で儂の体が貫けるか! 大方、木刀に見せかけた聖剣なのだろう! きっとそうだ! そうに違いない!』


 めっちゃ言い掛かりをつけてくるドラゴン。


 何だコイツ。ドラゴン四天王の中でも奴は最弱とか言われてそうなほどに小者のドラゴンなのだろうか?


 まぁ、この木刀は世界樹を削って作った奴だから普通の木刀とは違うか。


 けど、聖剣では無いよなぁ。


「じゃあ、特殊な木刀でいいよ。それでザクザク刺した。それでいいか?」


『何だ、その投げやりな態度は!? それにそれは木刀じゃなくて聖剣だと言っているだろう! ――はっ!? 聖剣を持っているということは、貴様まさか勇者か! ……ハハハ! そうか、勇者か! 儂を倒すのに人類最大の切り札を切ってくるとは人間もやるじゃないか!』


「すまん。勇者じゃなくて、新米プロデューサーなんだが」


 俺はドラゴンの勘違いを正す。


『新米ぷろでゅーさー? それは一体何なのだ?』


「下っ端」


『下っ端?』


「魔族で言うと、ゴブリン?」


『そんな馬鹿なぁぁぁぁぁぁ!』


 いちいち大袈裟なドラゴンだ。


 目の前で大声で叫ぶから、そろそろ耳がキーンとしてきたぞ。


「とにかく、お前、町を襲うな。あと、歯磨きくらいしろ。息が臭い」


『やかましいわぁぁ! 何で儂がゴブリン程度のゴミに指図されねばならんのだ! この世界は儂のオモチャ! 町を壊そうが、人を食おうが儂の勝手じゃあ!』


 うん。駄目だな。若いドラゴンにありがちな世界最強病に罹っている。


 ドラゴン種族は生まれながらにして他の生物と比べると明らかに強いからな。ドラゴンこそが最強! 他はゴミ! みたいな尖った思想に走る馬鹿がたまにいるのだ。こういうのを放っておくと、悪竜みたいになるんだよなぁ。過去にも何度か見たことがあるし、討伐してきたこともある。


 放っておくと害悪でしかないから処するか……。


 もう少し話が通じるドラゴンであったのなら矯正するって手もあったのだが、聞く耳持たないわけだし。


 いや、そもそもコイツ、ノアちゃんの村の仇っぽいし、ボッコボコのベッコベコでも構わないだろう。


 態度もデカいし、ムカつくし、否はないな。うん。


『ふん! 町の前にまずはキサマだ! 儂のブレスで消し飛ばしてくれる!』


 いや、ちょっと待って欲しい。


 先程息が臭いと指摘してやったのに、何でいきなり息を吹き掛けてこようとしてくるんだ? メンタル鋼か?


『喰らえ! 究極竜炎奔流波アルティメットドラグニスストリーム!』


 何だ、その遊○王のドラゴンが使ってきそうな仰々しい技の名前は……と思っている内にドラゴンの口腔内が黄金色に染まっていく。俺を害する光ではあるが、金色の火の子が口の端から舞い飛ぶ様子は美しくもある。


 なんだろうね? 焚き火とかを延々と見てられる感覚に近いかな?


 とはいえ、あれの直撃を食らう気はない。


 俺は木刀をドラゴンの背から一本引き抜くと、逆風で振るう。


「海○雄斬」


 何か向こうが技名言ってきたんで、こっちも対抗して何か言わないといけない気がしたので言っておく。技名は至高な感じの雰囲気で付けてみた。


 俺の一撃は、当然のように高レベル、高ステータスに馬鹿みたいな自動発動パッシブスキルの集団がガンガンに乗った結果――次元を切断した。


 ポッカリと開いた次元の隙間にドラゴンの吐いた炎が飲み込まれていく。生まれ出ては消えていくドラゴンの炎……何となく世の無常を感じてしまうな。南無。


『ご、ご、ゴブリン如きが……! わ、儂の……! 儂の自慢のブレスを……!』


「違うんじゃないか?」


『違う……? な、何が違うと言うのだ!』


「頑張ってもゴブリンすら倒せないんだから、お前本当はドラゴンじゃないんじゃないか?」


『ぐあああああっ! そんなわけがあるかぁぁぁ!』


「そうは言われてもな」


 ――振るう姿さえ気取られる事なく、俺は即座に二刀を薙ぐ。


 目の前でそれを見ていたはずのドラゴンでさえも、俺が剣を振るった事に気が付かない。剣を振るう前と振るった後で寸分違わぬ形で佇む俺だが……振るった木刀だけは俺の剣速に耐え切れなかったのか、粉々に砕け散っていた。


 その音でドラゴンは初めて俺の手の中から木刀が消えた事に気が付いたのか、驚きに目を見開く。だが、今気が付いたとしても、もう遅い。


「翼の無いドラゴンなんて、ドラゴンじゃない。……デカいトカゲだろ?」


 俺の言葉と共にドラゴンの両翼が根本から切断される。おっと、素材として勿体ない。俺は急降下を始めるドラゴンの背を蹴ってドラゴンの翼を魔法鞄に素早く収納していく。


『きさ……きさ、キサマぁぁぁぁ!』


 浮力を生む器官を失ったドラゴンは最後の足掻きとばかりに、落下しつつある中で首を伸ばして俺に食らいつこうとしてくるが、俺は手早く魔法鞄から木刀を一本取り出すと、そのドラゴンの鼻っ面に加減した一撃を叩き付ける。


『グハァッ!?』


「悪いが、一足早く地上で待っていてくれないか? すぐにお前を倒す奴が来るだろうからさ」


 俺はそう言いながら、その一撃を素早く振り切る。それだけで、ドラゴンは流星の如く空気の尾を引いて、北の森の入口付近へと着弾する。


 今のに巻き込まれて、魔物の群れもそれなりに減ったか?


 俺は【軽身功】を使いながら、ゆっくりと降りていく。


 さて、当面の問題は暫く片が付いたかな?


 後はノアちゃんを探すだけなのだが、ノアちゃんは果たして何処まで行ったのやら……。

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