第23話 接ぎ木

 やはり、ヒーローのお約束としては、カッコイイ登場の仕方だよな? 後は登場するタイミングを計る力も必要だと思う。


「…………」


「…………」


「…………」


 まぁ、何でヒーローでもない俺がこんな事を語っているのかというと、お約束として三点着地でドスンッと格好良く地上に舞い戻ってきたところ、通りすがりの和装姿の女子二人に目撃されて、非常に気まずい思いをしているからに他ならない。


「なんやぁ、吃驚したわぁ……」


 背に巨大な鉄扇を背負った、やけに艶っぽい着物姿の女性がおっとりとした声でそう言えば――、


「アマネ、大丈夫!? 空から降ってきて……コイツ魔物か!?」


 額に鉢金を巻き、やたらと裾丈の短い着物を着たセミロングの少女が二刀を抜刀する。


 雰囲気からして南方諸島の生まれかな? ノース大陸の南方に位置する一つ一つが小さな島で出来た南方諸島は国というのも烏滸がましい未開の地だ。


 そこでは独自の文化が育まれ、日本に良く似た文化が息づいているのだと勇者君が言っていたような気がする。


 刀や和装なんか、その最たるものだろう。


 そんな南方諸島の出身に見える二人が何でティムロードなんかにいるんだろう?


 そんな事を思っていたら、アマネと呼ばれたおっとりとした女性が二刀の少女の着物の端を引っ張る。


「ユイちゃん、こんな所でゆっくりしている場合じゃないんよ? A級アイドルとして、町を守ろう言うてたやないの……」


「でも、コイツ魔物かもしれないし!」


「良く見てぇ。この御人おひとの格好、ぷろでゅーさーさんの衣装よぉ?」


 二刀の少女に厳しい目で睨まれる。


 どうも俺はビシッとスーツを着ていても、他人から見ると随分と胡散臭いらしい。睨まれてから随分と間があった。


「いや、でもっ! コイツ空から降ってきたし! 行動が怪し過ぎるし!」


「そうれす。ワタスが変なプロデューサーれす」


「やっぱり不審者じゃない!」


 ユイという少女があまりにも素直な反応を見せるものだから、面白がってついやってしまった。なんて奴だ。魔性の女か。


「反応が随分と可愛いんだが?」


「うふふ、分かりますぅ? ユイちゃんは可愛いんですよぉ〜」


「こらソコ! 意気投合しない! そして、私をダシにするな!」


 プンスカと怒りながらもユイは二刀を鞘にしまう。鋭い視線は相変わらずだが、意思疎通が出来る相手だということは伝わったらしく、ふんっと鼻息荒くそっぽを向いて意思表示をする。


 ……随分と分かりやすい感情表現だこと。


「この非常時にプロデューサーが怪しい行動とってんじゃないわよ! 全く!」


「ごめんなぁ。ユイちゃんは思い込みが激しい娘なんよぉ〜」


「思い込み激しくないし! コイツが不審な行動とってるのが悪いんだし!」


 そこまでするかという勢いで何度も指をさされる俺。


 そんなに俺の行動って不審だったか?


 町を歩いていたら、空から人が降ってきたぐらいだろ?


 ……十分、不審だったわ。


「とにかく! どこのプロデューサーだか知らないけど! 戦闘能力が無いなら闘技場の方に行きなさいよね! この町はまもなく戦場になるんだから!」


「それよりも、これぐらいの背丈のダークエルフの女の子を見なかったか?」


「話聞いてた!?」


 俺が話をぶった切ると、ユイ嬢が目を剥いて怒る。あっはっは。面白いなぁ。


「見たよぉ〜。その子やったらあっちの方に走っていったわぁ〜」


「アマネ!?」


 のんびりおっとりのアマネに、思い込んだら一直線のユイねぇ……。


 なかなか良いコンビじゃないか。


 そんな彼女たちは町に迫る魔物たちを相手にするため、死地へと乗り込もうとしているらしい。


 袖振り合うも多生の縁とも言うし、少し手助けしてやるか。


「情報ありがとう、助かる。それと――」


 俺は軽い補助魔法バフを二人に掛けてやる。まぁ、礼代わりのようなものだ。


「これは……!」


「何だか力が湧き出ますなぁ〜」


「少しだけ身体能力を強化した。魔物を相手にするなら気を付けるんだぞ?」


「へ、へぇ! 変なプロデューサーの割にはやるじゃない! まぁ、こんななんて無くても魔物なんてボッコボコのボコだけど!」


「助かりますぇ。ありがとうございますぅ」


 胸を反らして踏ん反り返るユイとは違って、アマネは深々と頭を下げる。本当、面白いコンビだな。おっと、油を売っている場合じゃないな。


「じゃあ、俺は行くわ。またな」


 多分、すぐに再会する事になるんだろうけど……。


 ユイの「私の話やっぱり聞いてないじゃない!」という怒声に見送られながら、俺はノアちゃんが向かったであろう方向に向かって駆け出す。


「避難のためか人も少なくなってるし、少し本気で走るか」


 俺は首元のネクタイを緩めながら、そう独り言ちるのであった。


 ★


 高い魔力の気配を頼りに町の北方面を探っていく――。


 腕に自信のある冒険者はまだ避難していないのか、紛らわしい魔力が複数ある。そんな高い魔力の持ち主を何度か間違えながらも、俺はようやく目的の人物を探し出していた。


「こんな所で何をしているんだ。……ノアちゃん」


 ドラゴンの被害から逃れたであろう細い路地裏。そこに背を向けた小さな人影があることを俺は見逃さなかった。


 ノアちゃんは俺が探しているとは思ってもみなかったのか、ビクリと肩を震わせると、努めて明るい笑顔でこちらを振り向く。


「あれ? おにーさん、どうかしたですか?」


「……いや、どうかしたじゃないだろ? いきなり闘技場を飛び出したって聞いて探していたんだぞ」


 振り向いたノアちゃんはまるで何事も無かったかのようにいつも通りの笑顔だ。いきなり闘技場を飛び出したというからてっきり――……。


 ――いや、良く見ろよ、俺。


 路地裏の暗さに紛れて見逃すんじゃない。


「……俺のことは師匠と呼べって言ったよな?」


「ノア、負けちゃいましたから」


 努めて明るく振る舞うノアちゃんは、かつてない程に眩しい笑顔だ。その笑顔にはどこか清々しさを覚えると共に、どこか痛々しささえも感じる。


 無理をしている――と、俺は直感的に思った。


「おにーさんとの約束でありましたですよね? 弟子の条件として『負けちゃいけない』って――。でも、ノア負けちゃいましたから! もうおにーさんの弟子じゃないですよ!」


「いや、負けてないだろ」


「……え?」


「決着がつく前に緊急事態が発生して、試合は無効試合になった。だから、ノアちゃんは負けてないだろ」


 俺の言葉の意味を考えるようにノアちゃんの顔から表情が消える。


 俺は更に確かめるようにして言葉を重ねていた。


「それとも……思ってしまったのか? 彼女には勝てないと? ノアちゃんの中では心が負けない限り――……負けないんじゃなかったのか? なぁ、ノアちゃん?」


 俺の言葉を受けてノアちゃんの表情が一瞬だけクシャリと歪むが、そんなものは幻だったと言わんばかりに彼女は歪んだ笑みを生み出す。


 その表情に何故か俺の心がささくれ立つのを感じる。


 違うだろ。


 ノアちゃんはそういう子じゃないだろ? 


 何でそんな表情を見せるんだよ……。


「……そうですね。まぁ、ノアも頑張ったと思うですけど? やっぱり幼い頃からアイドルを目指している奴が相手だと役者が違うというか? 所詮はこんなものかなー……って感じですよ」


「やめろ」


 俺は見ていられなくて、思わず押し殺した声を出してしまっていた。


 ノアちゃんの姿があまりに痛々し過ぎて、途中で遮らざるを得なかったのだが、ノアちゃんはもう止まらないとばかりに言葉を続けていく。


「ノアなんて、全然才能の欠片もない路傍の石ころだったってことですよ! しょうもない奴! なんの価値もない奴ってだけだったんですから! 仕方のないことなんです!」


 明るい声音でありながら、その言葉は自暴自棄にしか聞こえない。それは、心からの言葉なのか? それとも――そう、自分に言い聞かせているのか?


 …………。


 馬鹿か、俺は。


 この一ヶ月、ノアちゃんと向き合っていれば、何が答えかなんてすぐに分かるだろう?  何が嘘で、何が本当かなんてすぐに分かるだろう?


 ……自分を信じろ。


 そして、ノアちゃんを信じるんだ。


「下手な三文芝居はやめるんだ」


「芝居ですか? 何言ってるです? これがノアの普通ですよ? いつもニコニコ、元気花丸! 無能なノアです!」


「無理しなくてもいいんだ。溜め込むな。心が苦しい時は吐き出してもいいんだ。……泣いていたんだろ?」


「何を言ってるです? ノアは泣いてなんていませんよ?」


「……頬の赤さ。目元の赤さ。袖口も濡れてるし、鼻の下だって赤くなっている。そもそも、さっきから声が少し嗄れてるし。さっきから拳を固く握り過ぎて我慢しているのが見え見えなんだよ。……俺はシャノン嬢の機微すら見逃さない男だぞ。隠し通そうなんて無理なんだよ」


「――やめて下さいですよ」


 俺がピシャリと言ってやると、ノアちゃんの笑顔がみるみる内に崩れていく。まるで転んだ痛みに耐える子供のように、今にも泣き出しそうな顔だ。


 だが、泣くことはない。


 その最後の一線は超えないというのが、ノアちゃんの意地なのだろう。踏ん張って、噛み締めて、堪えて、何とか踏み留まろうとする気持ちを感じる。


「せっかく……、心を抑えて……、心を殺して……、そういう事もあるって……。ノア自身を納得させて……。やっと……」


「…………」


「ノアの人生の中で……、こんなに頑張ったことなんて無かったんですよ……? 毎日一生懸命で……、毎日ししょーに怒られて……、それでも楽しくて……、強くなる実感は湧かなかったですけど……、ししょーを信じてたら勝てるって……、頑張って……、頑張ってきたんです……」


「ノアちゃん……」


「でも……! 届かなかったんです……、負けてしまったんです……! 頑張っても、頑張っても、全然駄目で……! 相手はドンドンドンドン強くなって……! ノアは……、ノアは……、どうしようも無くなって! そしたら、ししょーの顔が思い浮かんで……! ししょーに迷惑は掛けられないって思って……!」


 多分、気付いたら闘技場から逃げ出すようにして走り出していたんだろう。


 ノアちゃんは強くなった――。


 それは確実に言えることだ。


 だが、強くなったからこそ、相手の強さにも気付いてしまったのだろう。


 グングンと伸びていく相手の強さに、追い付けない、敵わない、負ける、と心が折れてしまったのかもしれない。


 それは今までの自分の努力を嘲笑われるようであり、その力を得るに至るまでに関わった人間すらも虚仮にされているのではないかと疑心暗鬼に陥ったのかもしれない。


 ノアちゃんの眦に大粒の涙が浮かぶ。


「ノアは……! ノアは! ししょーのこと大好きですっ! だから! だからっ! 絶対に迷惑掛けたくなくて! それなのに! ししょーの弟子として負けちゃいけないのに! 負けちゃって! だから! だから……! こんなヘッポコな弟子なんて最初からいない方が良かったんです! ノアなんて……、ノアなんて……最初から要らない子だったんです……! う――、うぁぁぁぁあああぁぁぁ……!」


 とうとう心のダムが決壊したのか、ノアちゃんの頬を熱い涙が濡らす。


 人の心というのは植物に似ていると俺は思う。


 目の前に壁があったら曲がりくねって歪みながら進む植物もあれば、その壁を突き抜けて真っ直ぐに成長する植物だってある。強風に煽られても涼し気に枝葉を揺らす葦のようなものだってあれば、耐え切れずに折れて倒れる大木だってある。


 ノアちゃんは強風の中で耐え忍ぶ一本の若木だろう。


 翻弄する強い風に耐えて、耐えて……、けれども耐え切れずに幹が折れてしまった若木――。


 このまま放っておけば、幹は腐り、程なくして周囲の雑草に取り込まれて堆肥となってしまう。


 だが、例え折れたとしても、そこに適切に接ぎ木をしてやれば息を吹き返すかもしれない。


 今度は折れない、もっと頑丈で靭やかな木を接ぎ木してやれば、元の若木よりも大きく強く育つかもしれない……。


 そして、他のどんな木や草よりも美しい、満開の花を咲かすかもしれないのだ。


(――今、分かった)


 


 ノアちゃんという若木に環境を与え、肥料をやり、水を撒き、育てること――それが、多分プロデューサーという者の仕事なんだろう。


 今更ながらにそんな事に気が付くなんて、俺もまだまだ未熟ってことか。


 …………。


 ……進んで行こう。


 ノアちゃんだけじゃなくて、俺も前へ進んで行かなくちゃいけない。一歩ずつでも良い。確実に進んで行くんだ。


 それが、ノアちゃんだけじゃなく、多分俺にとっても必要なことだから――。


「ノアちゃん」


 俺はノアちゃんを優しく抱き寄せる。


 多分、泣いている姿をまじまじと見られたくはないだろうから……こうしていれば姿は見えない。


「悔しかったら泣いてもいいんだ。溜め込む必要はない。きっと、その悔しさはノアちゃんを成長させる糧となる」


「ぅう、うぅぅぅうぅぅぅ……!」


「苦しかったら逃げても良いし、許せなかったら立ち向かっても良いんだ。ノアちゃんはノアちゃんらしく成長すれば良い。けど、溜め込むのだけは……折れた姿のままだけは良くない……。それはノアちゃん自身を澱ませて、自分自身を殺してしまう事だから……」


「ぅう、うぅぅぅ、うぅぅぅ……!」


「真っ直ぐに進んで行こう……。俺もノアちゃんも、此処から真っ直ぐに……」


「ししょー……! 話が難しくて良く分からないですぅぅぅ……! うぅぅぅぅうううぅぅ……!」


「ふふ、そうだな……。とりあえず、泣け。泣いてスッキリしろ。お前も大人になったら、俺の言葉の意味が分かるようになる時が来るだろ……。多分な……」


 ノアちゃんの薄い背中を撫でてあやしてやりながら、俺はノアちゃんの気持ちが落ち着くのをゆっくりと待つのであった――。

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