第21話 狂騒
突如の轟音と衝撃に客席の観客たちが浮足立つ中、俺は試合場のノアちゃんが逃げるようにして去っていく姿をはっきりと捉えていた。
だが、その姿もやがて光の粒子になって消えていく――。
時を同じくして、試合場の上空に緊急事態を伝える赤文字が踊り、闘技場全体に警報が鳴り響き始める。
闘技場の緊急事態モードの発動だが、その様子が観客に混乱を与えたのか、小規模ながら恐慌を起こしている観客たちもいるようだ。
その辺は、アイドルギルドの職員たちが落ち着くように――と宥めて回っているので、その内にも騒ぎは収まることだろう。
そもそも、この闘技場は勇者君に請われて作ったものではあるが、緊急時には住民の避難場所として利用出来るように設計されている。生半可な力じゃ壊れないし、壊せないように俺が設計した。
言わば、核シェルターのようなものだ。
だからまぁ、この闘技場の中にいる限り心配は要らないのだが、それでも外部からの力で震動を感じるというのは、ちょっと尋常ではない。
何が起きているんだろうか?
――と、たまたま上空に視線をやったタイミングで、闘技場全体を覆う結界が発動していることを確認する。
(闘技場を害する攻撃に自動で発動する結界が展開されている……?)
闘技場が何かしらの攻撃を受けているという事なのだが……まさか、魔族の軍勢でも攻めてきたか?
いやいやいや。
最後に攻めてきたのは何百年も前だぞ? 今更、俺にボコられるためだけに攻めて来るか? 普通?
と思っていた俺の視線の先――……上空をスーッと横切る黒い影がある。
何かが空を飛んでいる。
その何かは、めっちゃドラゴンの形をしている。
というか、ドラゴンだ。あれ。
(しまったぁぁぁ! ノアちゃんの訓練に集中していたから、ドラゴンが出た案件を一ヶ月近くも放置していたぁぁぁ!)
これ、アレか?
俺が一ヶ月も北の森を留守にしていたから、ドラゴンが調子に乗って北の森を制覇して、ティムロードの町にまで攻め込んできた流れか?
やべ……。どうしよう……。
…………。
まぁ、何はともあれ、とりあえず調子こいてそうなドラゴンをシメてこよう。これ以上被害が広がるのを防ぐのが先決だ。
俺は席を立ち、闘技場の外へ出るために闘技場内の通路を歩いていく。途中、アイドルギルドの職員に止められそうになったが、実力行使でするりと抜けたら、それ以上は止められなくなった。
アイドルギルドの職員も元アイドルが多いから、実力差にすぐに気が付いたのだろう。止めようとしても止められない者より、恐慌を起こしている一般人を助けた方が有益だと気付いたに違いない。
そんな感じで悠々と出口に向かおうとしていた俺を止める声がある。
「あぁ、良かった! 剣神様!」
心底安堵したといった声を漏らしたのはアイリス女史だ。おぉっと、ここで出会ったが先程ぶり――契約書を渡してしまおうか!
……と思ったが、何か様子が変だな?
傍らにはシャノンちゃんも居るし。アイリス女史は彼女をスカウトする途中だったのだろうか? 妙な組み合わせだ。
そんな俺の視線に気付いたのか、アイリス女史が頼んでもいないのに状況説明を始める。
「彼女とはちょっとアイドル事務所のことでお話をさせて頂いていたところなんです。……いえ、それよりも大変なんです!」
「大変というのは分かったが、一体何が大変なんだ?」
「ノアさんが闘技場から走って出て行ってしまったんですよ!」
「はぁ?」
いや、この緊急事態時に何やってるの、ノアちゃん! 外はドラゴンが飛び回っていて危ないでしょ!
俺が混乱する中、アイリス女史は神妙な顔付きで続ける。
「多分、先程の試合で負けたのがショックで――」
「負けてない」
「――え?」
あれ? なに食い気味で答えてるの俺?
これは……あれだ!
そう! 事実を事実として伝えないから、ちょっとした嘘に苛立っただけだ! きっとそうに違いない!
そんな俺の言葉にアイリス女史は最初はポカンとした表情を見せるものの、次の瞬間には優しい微笑を浮かべてみせる。
「そうですね。あの試合を見ていたほとんどの人がマリカさんが勝ったと思っていても、プロデューサーさんだけはノアさんが勝っていた可能性を信じてあげなければいけませんよね……」
可能性とかそういうのではないのだが……。
そもそも、試合の決着がつく前にマリカちゃんは轟音と衝撃に驚いて、剣を引いてしまっていた。つまり、あの時点では決着はついていなかったのだ。
だから、俺は負けていないと言っているのだが……アイリス女史は「分かっていますよ。ウフフ」的な笑みを浮かべて踵を返してしまう。
「では、ノアさんの捜索に関してはお任せ致しますね。私はこの混乱に乗じて様々な方に声を掛けないといけませんので」
「新米アイドル事務所はアピールからして大変だな。まぁ、こちらは言われなくても探すが……」
全くノアちゃんも手間の掛かる子だな。一体誰に似たんだか。
というか、そもそも何故逃げる?
彼女の中では自分が負けを認めなければ、負けた事にならないのではなかったのか?
それとも、今回の戦いで心が折れてしまったのか?
その真実を確かめる為にも、一刻も早くノアちゃんを探し出さないといけない。それに、今この町の上空をドラゴンが旋回しているのだ。グズグズしてもいられないだろう。
ドラゴン退治に、ノアちゃん探し……やることが雪だるま式に積み上がっていく気がする。不幸の連鎖か……。
「あ」
俺が一歩を歩み出そうとしたところで、アイリス女史に契約書を渡し忘れていた事に気がつく。アイリス女史の姿は……もう無い。
「…………」
そして、心配そうに闘技場の外を覗き込むシャノンちゃんの姿がある。
確か、彼女は重度のアイドルヲタクだったよな。だったら、アイリス女史を見間違える事もないか。
「すまんが、シャノン嬢。この羊皮紙をアイリス女史まで渡してくれないか?」
クルクルと丸めた羊皮紙を渡すと、シャノンちゃんはおもむろにその羊皮紙を広げて、中身を読み始める。
いや、この子、何してんの……?
だが、やるべき事は分かったのか、羊皮紙をもう一度丸めると小さくコクリと頷いてみせていた。
何だろう? 丸め方がしっかりしていなかったから、もう一度丸め直したとかかな? そういう細かいところが気になる人っているよね。
「すまないが頼む」
俺は言葉少なにそう頼むとゆっくりと闘技場の外へと向けて歩き出すのであった。
★
闘技場の外は火の海であった。
むしろ、良く闘技場だけは壊れなかったなと思えるほどの破壊っぷりである。
闘技場周辺に建っていた建物の多くが崩壊し、瓦礫の山へと変貌している。
そんな瓦礫の山の近くでは、逃げ遅れて瓦礫の山に埋もれた者がいるのか、一生懸命瓦礫除去作業を行っている人々の姿があった。
ドラゴンの姿があるのに、そんな事をやっている暇があるのかと言いたいところだが、火の回りが早い事もあるのだろう。このまま見過ごしてしまったら数十分の後には焼死体になってしまうのだから仕方がない。
だが、一般人数人が集って短時間で何とか出来るような瓦礫の量ではない。
俺が眉を顰めた瞬間――。
「超〜鋼〜筋〜!」
――と、何やら瓦礫の中に飛び込む巨体が見えた。
そして、その瓦礫の中を泳いで掘り進んでいくではないか!
俺が絶句する中、その場にいた人々が次々と歓声をあげる。
「流石はA級アイドルの【超硬筋】ノノノさんだ! 瓦礫の海で泳いでやがる!」
「ノノノさんにしてみれば、こんな瓦礫、水も同然ってことか!」
「お願いします! 娘を! 娘を助けて下さい!」
娘を思う母親の悲痛な叫びが心に痛いのだが……それ以前にA級アイドルのインパクトが強烈過ぎて素直に心配になれないのは何故だろう。
ムンといい、このノノノといい、アイドルというのは吃驚人間コンテストの別称か何かなのか?
そう思っていたら、突如として人が集まっていた部分の瓦礫が宙に浮き上がる。これは物理魔法の【
本来は個人単体に掛ける魔法だが、即座に効果対象を範囲にして発動するとは……なかなかやる。
視線を巡らせると、小さなシルクハットを被り、金髪で片目を覆った黒ローブの少女が片手を瓦礫に翳しているのが見えた。彼女がこの魔法の使い手か。
「瓦礫に潜るなんて非効率的だよ。こうする方が早い」
「おや、【複腕】の! 居たのか!」
瓦礫の中から少女を抱えて出てきたのは、筋肉ムキムキの巨体の女性だ。イメージで言えば巨岩といった第一印象。闘技場で見たローラも筋肉が発達していたが、彼女は上下左右奥行きにも更にスケールアップして太い感じだ。まるで、タイヤを積み重ねたような体型と言えば良いか? というか、コイツ本当に人間か?
「おぉ、A級アイドル【複腕】のマーヴェル様まで!」
「はいはい。そういうの良いから。一般人は闘技場に逃げなよ。危ないよ?」
「おー! マーヴェル様に声掛けて貰ったぞ! やったー!」
「いや、本当に逃げてよね……? 何せあの調子だし」
マーヴェル嬢の指差す先を見てみれば、町の外壁が盛大に崩れているではないか。
ドラゴンにやられたのか?
もっと頑丈な壁にしろとは言っていたんだが、補修する前に壊れてしまったのか。
というか、外壁の向こうに何やら多くの影があるような? あれは、魔物の集団か……? まさか、ドラゴンが軍勢を作ったとでも? それとも、ドラゴンが外壁を壊したのを好機と見て、北の森から出てきたか?
魔物にとってみれば、人間を殺すとそれなりに力が強まるらしく、騒ぎに乗じて動き出したとしてもおかしくはない。まさに、弱り目に祟り目といったところか。ドラゴンだけじゃなくて、魔物の集団まで現れるとは……。
やはり、不幸というものは連鎖するものらしい。
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伏線回収その3
壊れやすそうな外壁 ⇒ やっぱり壊れる。
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