第20話 アイドル資格試験7
ノアちゃんの試合が終わった後も順調に試験は進んでいく。
まぁ、この辺は毎年行われる行事なだけあって運営も慣れているのか滞りがない。突然のトラブルでも起きない限りは、例年と同じように順調に進んでいくのだろう。
俺はアイリス女史にダメ出しをされた事もあって少しだけ真面目に試合を見る事にしていた。
するとまぁ、原石とも言うべき才能が至る所に転がっているではないか。
「スッゲーな、今の奴……。ローラだっけか? 片手で軽々とモーニングスターを振り回すなんてどんな膂力してるんだ? というか、実戦でモーニングスターを使う奴なんてガ○ダム以外で初めて見たぞ……」
俺が思わず絶句してしまうゴリマッチョ姿のアイドルもいれば……。
「今のは双子か? 示し合わせたようにダブルノックアウトするなんて、実力が拮抗していたのか? それともわざとか?」
左右対称な双子の珍しい引き分けシーンなどもあったりして……。
「泥試合だったが、最後はデコ子の粘り勝ちだったな。ナイスファイト」
特筆すべき部分もない、殴り殴られの泥試合を繰り広げたデコ子の試合に思わずホッコリしたりして……意外と試合を楽しんでしまっていた。
うーん。普段は他人の試合なんか興味のないタイプなんだがなぁ。
まぁ、これはこれでショーとして割り切って見ているからなのか、なかなか楽しめた。本気の視線で見ていたら、そうはならなかっただろうけどな!
「さて、そろそろ各アイドル事務所垂涎の的であるマリカちゃんの出番かな?」
俺は試合場の上空に表示された文字を見て、思わず絶句する。
「……嘘だろ、おい」
俺がそう言ってしまったのは、出来ればもっと違う場面で見たかった文字がそこに踊っていたからだ。
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マリカ・キサラギ
筋力3、敏捷7、体格4、魔力2、武装3
VS
ノア
筋力4、敏捷3、体格3、魔力5、武装5
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いやいやいや、ここであたるか?
ノアちゃんの運が悪いのか、それとも俺の運が悪いのか。それとも、そのどっちもか。
観客の小さな歓声が響く中で、試合場の東西の入場口から二人の人影が歩み出てくる。
一人は旅芸人の格好をした本試験ナンバーワンの注目株。
そして、もう一人はゴスロリの衣装を着た長大な剣を持つダークエルフといった変わり種。
恐らくはマリカちゃんの人気故だろう――闘技場内で静かな熱気が渦巻くのが分かった。アイドル関係者や新しもの好きなファンたちがマリカちゃんに熱視線を向ける中、ノアちゃんに注目している者たちは驚く程少ない。
恐らくは観衆はノアちゃんを当て馬程度にしか思っていないのだろう。
だが、俺はノアちゃんの努力を知っている。ここまで頑張ってきた根性を知っている。ノアちゃんがただの当て馬で終わるような人間でない事を知っていた。
(頑張れ、ノアちゃん……!)
どちらも一歩も退かないという意志の現れなのか、二人は視線を外す事なく試合場の上に立って睨み合う。
礼儀正しいノアちゃんにしては珍しい――と思ったが、その不自然な態度で気が付いた。
もしかして、ノアちゃんがホテルでやられた相手というのは、彼女なのか……?
確かにマリカちゃんであれば、鍛えていないノアちゃんを半殺しにする事も可能だろう。真剣に努力をしてきた事を馬鹿にされて激昂するのも分からないでもない。
だがそれでも、素人相手に暴力を振るって良いという理由にはならないだろう。
それだけ彼女の精神は幼いということだろうか。いや、逆に言えばそれだけ純粋であるとも言えるか。
幼馴染みちゃんもツンデレお嬢様キャラを拗らせていたが、根は純粋だったからな……その血を継いでいると考えたら納得できる……のかもしれない。
何にせよ、ノアちゃんの試合とマリカちゃんの試合の両方を見ていたからこそ言える。
ノアちゃんの勝ち目は果てしなく薄いだろう、と――。
それは、敏捷のパラメータに圧倒的な差があるというだけの話ではない。
マリカちゃんは幼馴染みちゃんの剣を正統に継ぐ一族の末裔である。言わば、俺の剣をアレンジしながら伝えている一族の一人に他ならないのだ。
力に任せて我武者羅に突き進んでくるような猪突猛進タイプであったのならば、ノアちゃん相手に番狂わせが起こる奇跡もあっただろうが、マリカちゃんはそういうタイプではない。
特に戦闘スタイルが後の先を取るタイプなだけに、立ち上がりから慎重に仕掛け、ひとつのミスなくノアちゃんを封殺し、電光石火で試合を終える事だろう。
そこに逆転の要素などあろうはずもない。
そう――、本来ならそうなる。
(触ったか。流石だ。ノアちゃん)
俺は試合場の上部に現れたカウントが『3』となった時点で、ノアちゃんが左手の薬指にはめた指輪にそっと触れたのを確認していた。
俺がノアちゃんのために用意した試験突破の道具は二つ。
一つは、ノアちゃんが持つにはあまりに長大な剣――軽く、硬く、特殊な金属で作られた大剣である。
そして、もう一つは四角い小さな木箱であった。
その木箱の中には、緑色の輝石がはめ込まれた銀の指輪があった。ノアちゃんの指には多少サイズが合わなかったが、自動サイズ調節機能が付いていたので、装備するには何の問題もない指輪である。
ちなみに指輪を受け取ったノアちゃんは、「婚約指輪です!」とか調子の良い事を言ってはしゃいでいたので、チョップで叩いて黙らせておいた。というか、あの逆セクハラ攻撃は何とかならんものか。回数重ねる度に酷くなっている気がする……。
まぁ、言って聞かないなら、叩いて直せばいいな!(古い考え)
勿論、与えた指輪はただの指輪ではない。
宝石に触れてキーワードを口にする事で、着用者の魔力を吸い取り、即座に身体能力を上昇させるという特殊な魔道具だ。
昔は簡単に力を増幅出来るっていうんで、それなりに流行っていた物なのだが、際限なく魔力を吸い取るって事で戦闘中に魔力枯渇に陥って失神する冒険者が続出したせいで、製造中止に追い込まれた代物である。
今では
そもそも、俺の魔力だったら、この指輪をはめても魔力枯渇になることがないし。実質ノーリスクだから、『こりゃうめぇ!』と買い込んだのが真相だ。
そして、今回はノアちゃんのパワーアップアイテムとして彼女に渡している。
生来から魔力が強いという特徴を持つダークエルフの特性を何とか活かせないかと考えて渡した装備だったが、此処で使う場面が来ようとは思ってもみなかったな……。
尚、あの指輪は使い捨てである。一度使うと使用者本人が魔力枯渇になるか、一定時間経過で宝石が崩れ去るまで効果が切れない。だからこそ、俺は大量の在庫を回収したわけだ。消費アイテムってとりあえずマックスまで持ってないと不満なのは、俺だけではあるまい。
……お、始まるか。
試合場上空のカウントが『0』になり、ノアちゃんがいきなり仕掛ける。
マリカちゃんはその攻撃にカウンターを合わせようとしたんだろうが、上手く合わせられずに大きく距離を取る。
恐らく、想定していた速度よりも早かったんだろうな。今のノアちゃんは指輪の力で、いつもの1.5倍の力が出ているように見える。前の試合のノアちゃんの動きを見ていて、そのタイミングで考えていたのなら戸惑うのも無理はないだろう。
とはいえ、その戸惑いも一瞬だ。
一瞬で修整は済んだとでもいうのか、マリカちゃんの表情に自信のようなものが浮かぶ。この辺のセンスはノアちゃんには無いものだな。ノアちゃんは直感を信じるようなタイプではなく、行動に根拠を求めるタイプだからな。森暮らしのくせに野生の直感とか普通に否定するタイプだし、そういう意味で言えばマリカちゃんの思い切りは非常に良い。
だが、ノアちゃんは空振りした事も苦にせず、ナンバーシステムに移行していく。
マリカちゃんは今度こそとばかりに、一撃を返そうとするのだが、その表情に僅かばかりの戸惑いが浮かぶのが見て取れる。
恐らくは剣速が安定していない事に戸惑っているのだろう。特にナンバーシステムの中で唐竹と逆風だけが早く、他の軌道は不慣れなのか安定しない。その剣速の差異に戸惑っているようだ。カウンターを狙っているようだが、どの攻撃に合わせるべきか戸惑っているようだ。そもそも、ノアちゃんの攻撃が本当に不慣れなのかも怪しんでいるように見える。特に、ノアちゃんの第二戦を見ていれば、遅さで誘っておいての迅速な一撃もあるので……これは作戦かと勘繰る事もあるだろう。
そういう意味で言えば、ノアちゃんはマリカちゃんに、色々と意識させる事に成功しているのかもしれない。
とはいえ、ノアちゃんに余裕はない。
指輪の力も万能じゃないからだ。
時間経過と共にノアちゃんの中の保有魔力がどんどんと減っていくのが分かる。それと共に
それはノアちゃん自身も分かっているらしく表情がどこか苦しげだ。
(決め手がない、か……)
ノアちゃんの攻撃は確かに厄介だろう。
現にマリカちゃんでさえ飛び込むのに躊躇している。
だが、ノアちゃんの攻撃も届かない。
マリカちゃんは様子を窺うように、思い切って攻撃を仕掛けてこないのだ。
指輪の効力を見切ったわけではないだろうが、恐らくは戦いの中で冷静に状況を見極めるタイプなのだ。もしくは、今もノアちゃんの空振りを誘い、剣速を測っているのか。
試合場の上でノアちゃんが何かを叫ぶ。
試合場と客席の間には、防音の結界が張っている為にその内容までは俺には届かない――だが、その瞬間にマリカちゃんの顔色が変わった気がした。
ノアちゃんが何らかの挑発をして、マリカちゃんがそれに乗ったということだろうか?
マリカちゃんが一気に間合いを詰める。
近距離での激しい剣の打ち合い。
マリカちゃんはノアちゃんと一合を交えて剣を受け流そうとしたのだろうが、表情が歪むのが見えた。
ノアちゃんのパラメータは筋力値4。それが、1.5倍になれば、6にまで上がる。パラメータ6といえば、十年に一人の逸材レベル(と、アイリス女史が言ってた)なのだから、如何にマリカちゃんでも捌くのに苦労するのだろう。
それでも、マリカちゃんはノアちゃんの剣撃の嵐の中を分け入るようにして進んでいく。一手処理を誤れば致命傷にもなりかねない状況に真っ向から挑む――他人事ながら良くやるものだと感心しきりである。
それとも、それだけの実力差があるのだとノアちゃんに見せつけたいのか?
そんなマリカちゃんの動きに呼応するようにして、ノアちゃんの剣の振りが早く、鋭くなっていく。もっと早く、もっとコンパクトに――、教えてもいないのに自分から最高の効率を目指すかのように、どんどんと回転率を上げていくのだ。
環境が人を育てるというが、良い師、良い友だけでなく、持つべきは良き
ノアちゃんの持つ激しい対抗心が燃え上がり、未だかつてない程に彼女の集中力を高めていく。
延々にも思えるほどの激しい攻防であったが、均衡を保てたのは二分ほどの間であった。
時間の経過と共にノアちゃんの振るう剣速が目に見えて遅くなっていく。
だが、その遅くなった剣の振りをマリカちゃんは狙わない。剣速が不安定な攻撃にカウンターを合わせづらいのだろう。だから、狙うのは剣速が一定している攻撃だ。
(唐竹が来るタイミングを測っているな)
ノアちゃんの中で剣速が安定しているのは、唐竹と逆風の二つである。
そして、より隙が多いのは唐竹の方だとマリカちゃんは見切ったのだろう。
更に悪い事にノアちゃんの攻撃はナンバーシステムの弊害でパターンが見切られると、次に来る攻撃が簡単に見破られてしまう。
恐らく、マリカちゃんは戦っている内に、この攻撃はさっき受けたぞ? と違和感に気付いてしまったのではないだろうか。そうして得た違和感が確信に変わった。後はパターンを観察し、唐竹が来るパターンを探っているのではないだろうか。全てのパターンを覚える必要はない。次に唐竹が来ると確信出来るパターンだけを見極めれば良い――。
そして、マリカちゃんの動きが変わった。
鋭い踏み込みで、まるで最初からそこには攻撃が来ないと言わんばかりにノアちゃんの側面に回り込む。
そして、それを見ていたはずのノアちゃんは、そんなマリカちゃんを横目に見ながらも誰もいない場所へ向けて唐竹を放ってしまう。
(これは……俺の失策だ)
時間が無かったからといって、型稽古ばかりをやって実戦での経験を積み上げてこなかった俺の失策――。
もっと実戦の経験を積んでいれば、あそこで誰もいない場所に唐竹を放つ事などしなかったことだろう。
マリカちゃんの剣が、ノアちゃんの脇腹を抉ろうと迫る。
ノアちゃんが恐怖に表情を強張らせ、マリカちゃんが勝利の笑みを浮かべる中――……ドォン、という大きな衝撃音と共に闘技場全体が激しく揺れるのであった。
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伏線回収その2
ダークエルフは生まれつき魔力が高い+謎の木箱のプレゼント=奥の手
♪~(´ε` )皆は気付いたかな?
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