第19話 アイドル資格試験6

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 ※前回の別視点です

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 アイリス女史と暇潰しがてらに話していたら、ようやくノアちゃんの出番がやってきたようだ。


 うん、遠目からだが体調としては問題なさそうだな。


 そして、開始の合図と同時にドタドタと走って近付いていくノアちゃん。


 うーん。あれだけ重い物を運ばせていれば、勝手に摺り足ぐらいは覚えるだろうと思っていたが、俺のアテは外れたらしい。


 もっと背負う重量を上げないと駄目か?


 でも、それやると体の成長が阻害されそうだし、難しいところだなぁ。


 まぁ、歩法はなっていなかったが、ノアちゃんの走りは意外と早いのは朗報か。最近だと風呂と勉強の時間以外はずっと重しを付けているような状態なので、体が軽くて仕方が無いのだろう。


 というか、寝た後も鎖で巻いて拘束してるからな。そうしないとノアちゃんの睡拳に叩き起こされて、俺が安眠出来ないし。


 そんなノアちゃんの動きに、相手のエリンシア嬢が反応する。出掛かりに合わせた腰の入っていない牽制の一撃――とはいえ、手にはジャンビーヤが握られているから、当たればノアちゃんの突進する力も加わって相当なダメージを受けるに違いない。


 だが、その一撃をノアちゃんはヘッドスリップで躱す。


「躱した!」


 アイリス女史は興奮気味にそう語るが、俺から言わせてもらえば、エリンシア嬢の狙いが悪いといったところだ。


 だてにパカパカ頭ばかり狙ってお仕置きしていないし、特訓君一号だって何度もノアちゃんの顔面に直撃しているわけではない。それだけやられれば、顔面への防御も上手くなるってもんだわ。狙うなら、躱し難い胴体部分が良かったんじゃないかとは思うが、まぁ後の祭りだわな。


 だが、エリンシア嬢の狙いはその一撃ではなかったらしい。肩を入れ、腰を入れ、腕を伸ばした先でジャンビーヤを逆手に持ち替えるなり、エリンシア嬢は一気に引く。


 なるほど。突けば槍、引けば鎌といったところか。


「上手い! あの肌の色といい、戦い方の特徴といい、彼女は南出身なのでしょう!」


 アイリス女史が興奮気味に語る。


 確かに南には天才相伝の剣神がいるせいで、一芸に秀でた武芸者が集っている。ああいうトリッキーなのは、その最たるものだろう。


 けどまぁ、ソードピアで生き残れる程ではないから、北のアイドル世界にまで移住してきたってところか?


 初手で躱し難い胴体を狙わずに、簡単に頭を狙ったところに甘さが見え隠れする。あの程度ではまだまだ大道芸の域を抜けない。


「え!? また躱した!?」


 アイリス女史は戻ってきたジャンビーヤでノアちゃんの首が刈られると思ったようだが、ノアちゃんはその予想を裏切って後ろを見ることもなく攻撃を躱す。


 よし、いいぞ。


 特訓君一号での修行の成果が出ているじゃないか。


 見た感じ、気配を感じて躱したようではなかったが、あの動作がスムーズに出るのは訓練の賜物だ。悪くない動きである。


 そして、今度はノアちゃんの反撃だ。


 丁寧に、だが鋭く剣を振るう――んだが、どうも重さが足りない。


 腕の力だけで振ってるから、早いけど軽いといったところかな。見る者が見れば簡単に捌ける一撃である。


 ノアちゃんにはあらかじめ全力で振り抜くなと言ってあるから、それに忠実に従ったというところだろう。全力で振り抜くとその後の返しが遅くなるから、ノアちゃんにとっても重要な部分ポイントである。だからといって、気の抜いた一撃にはするなとも言ってある。


 気の抜いた一撃など、相手にとっては脅威でも何でもない隙だらけの動作でしかないし、相手に反撃の糸口を作らせる原因になるからな。だから、相手に脅威を覚えさせて回避行動を取らせると同時に次の攻撃への布石にしなさい、とは伝えた。


 どうやらノアちゃんは気の抜いた一撃を掛け声と表情の演技で誤魔化したようだ。剣の振り方で演技が出来ないなら、そりゃ他の部分で補うしかないわな。


 そして、どうやらそんなノアちゃんの演技は成功したようだ。


 エリンシア嬢が回避行動に移る。


 剣神よりも役者を目指した方が食えそうなところが何か悔しいな……。


 まだそこまで武術にどっぷりという感じがノアちゃんからしないのだから仕方ない。けど、いきなり「どちらが強いか死合おう!」とか言い出しても困るから、今は演技派でも良しとしよう。


 おっと? エリンシア嬢、半身を引きながらも足を大きく後方に蹴り上げて――頭の後ろを通しての蹴り⁉ いや、その足にジャンビーヤを空中でパスしている⁉ これはサソリ蹴りとかいう足技のアレンジか? 南はどんだけアクロバティックな技が好きなんだよ!


「何てトリッキーな……」


 トリッキーだが、威力自体は大したことがない技だ。


 あんな無理な体勢の蹴りで相手の意識を刈り取ることは難しい。なので、一種の目晦ましに近い技なのだが、その足の指で素早く刃物を掴めるのだとしたら話は別だ。それは一瞬で相手の虚を突く殺し技に早変わりする。


 ……けど、悪いがノアちゃんのその無防備な体勢は呼び水なんだ。


 エリンシア嬢の刃がノアちゃんの身に届くよりも先に徹底的に鍛えたノアちゃんの逆風が鋭い唸りを纏ってエリンシア嬢の腱を断つ。


「切り返しが早い! 最初からこれが狙いだったの⁉」


 逆風は元々相手に致命を与える一撃ではない。


 頭や正中線の急所などではなく、体より前に出ている腕を狙って斬り付ける不意の一撃なのだ。斬られれば相手は武器を握るのも難しくなり、瞬く間に戦闘続行が不可能になる。見た目は地味だが、使いようによっては有効になるという――そういう技なのだ。


 腱を断ち切られたエリンシア嬢は慌てて自分の脚を戻すが、既にこの時点でノアちゃんの体に刻まれたナンバーシステムが動き出している。無意識の内に繋がれた連撃はエリンシア嬢の反撃を許さずに彼女を断ち切り、彼女の姿を光の粒子へと変えて霧散させていた。


 やがて、試合場の上空に試合終了の文字が表示されたところで、隣のアイリス女史が大きく息を吐き出す。最後の紙一重な攻防に息をするのも忘れていたようだ。表情にようやくひと心地ついたと書いてある。


「最初の一撃が拙いかと思ったら、最後の連撃は急に鋭くなったり……評価が難しい子ね」


「だが、光るものもあるだろう?」


 その光るものは一か月前には無かったものだ。


 それを一ヶ月で身に付けたのは、他ならぬノアちゃんの努力である。


 経験値システムの世界では努力出来るかどうかは大きな才能だ。


 最初から天賦とも言える技能スキルを備えている奴もいるが、それに胡坐をかいて鍛えようとしなければ、結局凡夫と変わらない。努力できるかどうか、飽きずに頑張れるかどうか、しつこく執着できるかどうかは性格による部分も大きいだろうが、一種の才能だと思う。


 そして、ノアちゃんはその才能には恵まれていた。


 俺の理不尽な訓練に文句も言わずについてきてくれたのがその証左だろう。


「そうですね。面白い素材……だとは思います」


 アイリス女史に言わせるとノアちゃんはまだ素材扱いか。


 まぁ、彼女自身が完成度が高いアイドルの一人だったからな。今のノアちゃんを見ても欠点だらけに映るのだろう。その欠点をどこまで消していけるのかが、俺の仕事となってくるのだろうな。


「すみませんが、私はこの辺で失礼致しますね」


「あぁ、じゃあな。……と、何だコレは?」


 戸惑う俺に手渡されたのは一枚の紙だ。これは……契約書か?


「当事務所は深刻な人手不足でして、一試合見たばかりでも所長自らが有望そうな候補生を引き抜きに行かねばならないのです。剣神様も気が向いたらウチに来て下さいね」


 どうやら、本当にプロデューサーとしてスカウトされているらしい。渡された契約書には事務所とプロデューサー間の契約についてのアレコレが記載されていた。俺は騙されない為にもその契約書を穴が開く程に読み込む……が特に問題はなさそうであった。


「アイリス女史」


 俺はサラサラと署名サインすると、それを彼女に渡そうと思ったのだが、彼女の姿はその時には既に無かった。どうやら、既にアイドル候補生たちに話を通しに行ったようだ。試験の最中に会うことが出来るのかどうかは分からないが、順番取りのようなものもあるのかもしれない。


「まぁ、次に会った時にでも渡せば良いか……」


 俺は契約書を魔法鞄に突っ込むと、続いての試合をのんびりと観戦し始める。しかし、こう見ているだけというのも暇だな。


「あー、エールとか片手にツマミでも食いながら観戦できると良いんだがなぁ。売り子とかいないのか……」


 ポツリと俺が呟いた言葉を前のおっちゃんたちが耳聡く聞いていたとは、その時の俺は気付きもしなかったのであった――。


 ★ 


【side マリカ】


 アイドル候補生たちが集められている控室に戻ってきて、私は怖いぐらいに真剣に試合場の様子が映し出されているガラス板を見つめます。


 そこに映っていたのは、ノアと呼ばれるダークエルフの少女。


 私は、その女の戦いぶりをつぶさに観察致します。


「よう、凄ぇ腕だったんだな、心友」


 そこに気軽に声を掛けてきたのは……ノーラさんだったかしら?


「御機嫌よう、ゴリ……ノーラさん」


「ゴリノーラって誰だよ⁉ 私はローラだ! ローラ!」


 ラは当たっていたのですから、よろしくないかしら? まぁ、彼女とは御飯を奢ってもらうだけの仲ですし、そこまで頑張って名前を覚える必要もありませんわね。


 そして、私が許可していないのにも関わらず、勝手に私の横に居座るローラさん。何故だか他の方々は私を避けるようにして空間スペースを開けてくれるのですが、この方はズカズカと近くに来ますわね。


 友達とかがいないから、距離感が分からない方なのかしら?


 まぁ、ローラさんに構っている暇はありませんわ。


 私は再度ガラス板に映る映像に意識を向けます。


「何だよ。圧倒的な力で勝った勝者の態度には見えないな。余裕がないように見えるぜ?」


「そう……。他人がどう思おうと関係ありませんわ」


 私の顔色を窺うようにして覗き込んでくるローラさんに多少煩わしさを感じながらも私の視線がガラス板から動くことはありませんわ。


 ふむ。構え自体は不慣れなものではないですわね。……ということは、やはりお金で有能な指導者を雇ったんですの? ですが、たった一ヶ月でそれなりに戦える段階にまで鍛えられるものなのでしょうか? 私でしたらまだ体力作りの段階から抜け出していないでしょうに。


「…………。なぁ、心友よ」


「なんですか? 今、忙しいのですから話し掛けないで下さいな」


「アイツに何かあるのか?」


 私は思わずローラさんの顔を見てしまいますわ。


 この人、ゴリラのような体格をしている割に意外と鋭いですわね。


 ――いえ、鋭くないですわ! それを認めてしまいますと、私があのノアさんとやらを意識していることになるではありませんか!


「やたら、アイツの試合を集中して見てるけど……」


「眼中ありませんわ!」


「いや、めっちゃ意識してるじゃん……」


「眼中ないったらないんですわよ!」


「いや、うん、心友がそれで良いならそれで良いんだけどさ……」


 全く、このゴリ子さんは何を仰っているのかしら!


 私がアイツを観察しているのは、アイツと戦う可能性もあるから、その戦い方を研究しているだけであって! ……あぁっ! ゴリ子さんが話し掛けるから、気付かない内に試合が終わってしまっていますわ⁉


「くっ、良く観察できませんでしたわ……!」


「やっぱり滅茶苦茶意識してるじゃん」


「眼中ありませんわよ!」


 その後、ローラさんに散々からかわれながらも、私は誤魔化すように他の方の試合も見続けましたわ。やがて、試合を見ながらローラさんと他のアイドル候補生の実力について議論を交わしていたのですけど……ローラさんも結構な実力者な印象を受けましたわ。


 私は別に他の方の進路になど興味はありませんけど……。


 私は当然として、彼女も受かると良いですわね。

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