第18話 アイドル資格試験5

 【side ノア】


 ノアがそいつの姿を見たのは、試合のないアイドル候補生たちが沢山集まっている控室でのことでした。


 その控室には大きな壁に巨大なガラスの板みたいな物が掛けられていて、闘技場の様子がそのガラスに映るのです。


 そこにはアイドル候補生たちの戦う姿が映っているのですが……これって見ていても良いものなんですかね? 戦うかもしれない相手の情報が丸見えなんですけど?


 身振り手振りでシャノンちゃんに確認すると、しっかりと見ていないと駄目みたいです。……怒られてしまいました。


 どうやら、アイドルになったら相手のアイドルから研究や対策をされるのは日常茶飯事のようですね。


 だから、このガラスに映った映像から相手のアイドルを研究するのも重要……ということらしいです。


 言葉で説明してもらっていないので、正しい解釈なのかは怪しいですが……。


 シャノンちゃんが映像を真剣に見始めたので、ノアも頑張って映像を見るです!


 …………。


 それにしても、ししょーから貰った剣は格別に良い物ですね。昨日は嬉し過ぎて剣を抱いたまま眠ってしまいました。起きた時には何故か鎖で簀巻きにされて床に転がされていたのが謎ですが……。


 …………。


 うーん、良く分からないです。


 これ、何を見れば良いのです? 相手がどう動くかとかです? そんなのノアが見ても何も分からないのです!


 ノアが出来るのは正しい剣の持ち方と、正しい剣の振り方だけです!


 …………。


 ちょっと盛りました!


 出来るのは、唐竹と逆風だけです!


 ししょーに言わせれば、それもまだまだ練度が足りないらしいですけど……。


 練度って何です? ってししょーに尋ねたら、練度が足りていたらシャノンちゃんみたいにカッコイイ必殺技に昇華する事もあるらしいです。そういう昇華した技をスキルって言うんだってししょーは言ってました。


 むふふ、ノアが三段突きみたいなカッコイイ必殺技を持つ日も遠くないってことですね!


 そういうわけで、まだまだ未熟なノアでは闘技場での戦いを見ても何も得るものがないのです!


 あえて言うなら、アイドルたちのファッションですかね?


 ノアは現在ゴスロリ(?)姿ですけど、皆もっと華やかだったり、無骨だったり、なかなか見ているだけで楽しいです!


 ノアももっとカラフルな奴が良かったです!


 ちなみにシャノンちゃんは細かい金属を繋ぎ合わせた水色系統のパステルカラーのスケイルメイルを着ているです。それが胸部だけを覆って、下は白地に金鷲の刺繍が入ったロングスカートのパーティードレスみたいな服を着ているです。


 はっきり言って、物凄く綺麗で可愛いです!


 ノアもこの格好だったらきっとししょーをノウサツ出来るに違いないですよ!


 そんな風にノアはひっそりとファッションチェックを行っていたんですが――そんな時です。アイツがガラス板に映ったのは……!


 あの顔は忘れもしないです。


 ホテルでノアをボコボコにしてくれた、憎いあん畜生です……!


 アイツの姿を見たノアは頭にかっと血が昇って思わず控室を飛び出してしまいます。


 そんな事しても意味ないって事は分かってます。


 今はアイドル資格試験の真っ最中。


 そんな中で問題を起こせば、ノアは間違いなく失格になってしまい、闘技場から摘まみ出されてしまうことでしょう。


 そうしたら、今まで頑張って教えてくれたししょーに顔向け出来ないです……。


 けど……、けど……!


 頭では分かっていても、心がどうにもならないことはあるのです!


 ノアは試合場ステージに続く道を走るのです。


 走っている間に何やら試合場の方で大きな歓声が聞こえてくるのです。恐らくは、アイツが勝ったんじゃないかと思います。


 というか、あの小憎らしい奴がそう簡単に負けるわけがないのです!


 そんなノアの予想を裏付けるかのように、試合場に続く道から涼しい顔をしたアイツが歩いてきます。


 アイツはノアに気付いて一瞬歩みを止めましたが、澄まし顔のまま通り過ぎようとします。


 そうですか……。


 ノアなんて意識してないってことですか!


 だったら、無理矢理にでも意識させてやるです!


 こっちはお前の顔を思い出す度に腸が煮えくり返る思いなんです!


 地獄のような特訓に耐えてきたのも全てはお前に勝つ為です!


 それなのに、そっちだけが涼しい顔だなんて……、そんなの……、そんなの……、


 ――悔しいじゃないですか!


「お前は……ノアが絶対に倒します!」

 

 アイツの足が一瞬だけ止まります。


 だけど、止まったのは一瞬だけで……。


「眼中ありませんわ――」


 アイツはそれだけを言い残して去って行きます……。


 ギギギ……!


 思わずノアの口から異音が漏れます。それは悔しさに歯軋りをしている音だと今更になって気付いたです。ノアはゆっくりと呼吸を落ち着けます。


 分かっています。


 恐らく、今のノアじゃ逆立ちしたって敵いっこない相手だって事は……。


 この一ヶ月、歯を食い縛って訓練をしてきたノアですが、アイツはもっと長い時間を歯を食い縛って自分を磨いてきたんです。


 ノアが一ヶ月程度頑張ったところで追いつける程ヌルイ人生は歩んできていないと分かります。


 でも……、それでも心の中がモヤモヤして……。


 駆け出さずにはいられなかったのです……!


「あ……、ノアさんですか?」


 ノアが暗い通路の中で立ち尽くしていると、そう声を掛けてくる人がいるのです。


 シャノンちゃんが手を引いて連れてきてくれたのは、アイドルギルドの職員の人です。


 その職員の人は、ノアがこんな所で何をしているのかちょっと不思議そうな顔をしていたのですが、ノアを探していた理由を思い出したのか、改めて笑顔を作るとノアに告げるです。


「そろそろノアさんの出番ですので準備をお願いします」


 ノアはその言葉を聞いて顔付きを改めるです。


 アイツに言われた言葉はムカつくですが、それはそれ、これはこれです。


 パシィンと一発、両頬を張るです。


 ししょーがノアがミスする度に回復する剣で叩いてきたせいで、自分自身に一撃を入れないと気合いが入らなくなってしまったです!


 これは全面的にししょーが悪いです!


「分かりましたです! ありがとうございますです! 頑張りますです!」


「はい、頑張って下さいね!」


 笑顔の職員さんと、無表情のシャノンちゃんに手を振られながら、ノアは闘技場の方へと歩いていくです。


 まずは一戦ずつ全力を尽くすです!


 お姉ちゃんも、『白金貨の儲けも、一銅貨の投資から!』と言ってたですし……とにかくひとつひとつ頑張るですよ!


 ★


====================

 ノア

 筋力4、敏捷3、体格3、魔力5、武装5


 VS


 エリンシア

 筋力3、敏捷3、体格5、魔力3、武装2

====================


「へぇ〜、今度の相手はオチビちゃんかぁ〜。これはやりやすいカモ〜?」


 ノアの次戦の相手は桃髪褐色肌の美人のお姉さんって感じの人だったです。


 スケスケの薄手の衣装の下に下着姿で、なんか踊り子って感じです!


 それに、すらっとした体型に手脚が長くて、可愛いというよりかは綺麗という感じで……というか、長過ぎじゃないですか手脚?


「エヘヘ〜、ゴメンねぇ? 一方的に遠い間合いから戦わせてもらうヨン〜!」


 お姉さんの武器は……確か、試験勉強の時に、ししょーに教えてもらったのです……えぇっと、確か……。


 あぁ、ジャンビーヤです!


 湾曲した刀身のダガーのことです! 何で刀身が曲がってるんですか? とししょーに聞いたら、「知らん!」と返ってきた奴です!


 お姉さんは長い手脚を使って、ノアじゃ絶対に届かない距離から攻撃を仕掛けてくる気満々です。


 でも、そんな事はししょーが想定済です。


 ノアはししょーから頂いた剣を構えます。


 白銀に煌めく刀身には曇りひとつなく、持ち手部分には大樹の意匠が凝らされた美しい剣です。


 そして、その剣は何よりもノアの弱点である手脚リーチの短さを補って余りある程に長大なのです!


 だから、お姉さんに一方的に攻撃されることは無いと思いますよ?


 あと、この剣の凄いところは……。


「へぇ! その武器で自分の手脚の短さを補う気なんだ! でも、そんなに大きくて長い武器だと重そ〜だね〜? ウフフ、オチビちゃんに扱えるノン?」


 ノアは剣先を相手に向けてビタリと止めるです。


 フェイントで剣先を揺らしても良いですが、それだと揺らす方に気を取られて、ノアだとどうしても反応が遅れるらしいです!


 だから、余計なことはせずに真っ向勝負をしろとししょーからは助言アドバイスをもらっているです!


 ノアはししょーを信じるのみです!


 だって、ししょーはノアの為に毎日遅くまで試験問題を作ってくれたり、訓練メニューを考えてくれたりしていました!


 ノアのことをあんなに考えてくれた、ししょーが言うのです。


 その言葉を信じなくて、何を信じるというのですか!


「武器は身の丈にあったものを持たないとネ? そんな剣じゃ振るのも難しいんジャナイ?」


 お姉さんの言葉を聞き流しながらも、ノアの体がグラつくことはありません。


 やはり、ししょーは凄いです……!


 ここにきて、ししょーが今までの訓練で何をやりたかったのか、ようやく分かってきた気がします。


 毎日のように石の重しを付けて走らされたのは、剣を持っての移動を苦にしないため――、


 剣の入った重い樽や重くて熱い鉄鍋を持たされたのは、剣を握って離さないための握力の確保――、


 重いアダマンタイト棒での素振りや、縄で籾殻の入った袋を目の前に吊るしていたのは、体の重心が前にくる状態に慣れさせるため――、


 そして、ししょーが特注で頼んでくれた剣は、アダマンタイトの棒と比べると……


 それこそ、持っていない、握ってなんかいないように錯覚するぐらいには軽すぎるんですよ!


 この剣に比べれば、今までの訓練はずっと体に鎖を巻き付けてやってきたようなものです! この状態なら、ノアは多分羽根のように軽く動けます!


 この状態で剣が振れるということにノアはドキドキが止まりません!


 一体、ノアはどうなってしまうんでしょうか⁉


「おっと、そろそろ時間だね〜。負けても泣かないでよネ~?」


 ――試合場上部のカウントが3になります。


 体を頑張って苛めてきた理由は分かったのです。


 ――試合場上部のカウントが2になります。


 では、数字で振り方を習ってきたことナンバーシステムや、不規則に動く籾殻の袋を避けたり、ししょーの攻撃を避けたりしてきたことは?


 ――試合場上部のカウントが1になります。


 あぁ、全ての特訓に意味を求めるのはいけないことなんでしょうか?


 でも、ししょーのことだから、全てに意味があるんじゃないかとノアは思ってしまいます。


 そして、それを試せる、発見できる場にいる喜びにノアはワクワクが止まらないのです!


 試合場上部のカウントが0になった瞬間、ノアは剣を腰だめに構えて一気に駆け出すですよ!


「え!? 早っ!?」


 驚くお姉さんですが、反射的に手が伸びています。


 ししょーにいきなり叩かれ慣れていたノアはその腕を上体を屈めて、何とか躱すです!


 ししょーの剣より全然遅いから躱せたですけど、あの手ってジャンビーヤ握っていたですよね⁉


 躱してなかったら、ノアの顔にブッスリでしたよ⁉


 お姉さん、ノアを殺す気満々です!


 おっと。


 籾殻入りの袋を躱す時の癖で、つい頭が下がってしまうです。


 迫って来た籾殻入りの袋は躱した後も、後ろからノアの後頭部目掛けて一直線に進んでくるので頭を下げないと直撃するのです。


 そして、この場でもついその癖が出てしまったのですが……。


 そんなノアの頭上を寒気を感じさせる勢いで通り過ぎる気配があります。


「これを躱すかぁ! ヤル~!」


 何があったのか、良く分かりません!


 多分、頭の上を通ったのはお姉さんの攻撃だったのでしょう。


 けど、ノアはししょーのおかげで、何とかお姉さんの攻撃を躱せたみたいです!


 だったら、ここからはノアの反撃です。


 ノアは腰だめに構えていた大剣を大きく振りかぶると、袈裟斬りに振り下ろします。


「たりゃあああァァァ!」


 大きな声を出しながら剣を振るうノアは、ししょーの言葉を思い出します。


(――袈裟斬りを全力で振り過ぎるな)


 勢いをつけ過ぎず、かといって緩め過ぎず、腕の力だけで放ったノアの一撃がお姉さんに向かいますが、お姉さんは振り下ろされた大剣の一撃を半身になっただけで躱してしまいます。


 でも、これで良いんです!


 大剣を振り切ったノアの体勢は剣が下がり、ノアの頭が相手の目の前に無防備に晒されています。


 相手はそこを狙わずにはいられないんだと、ししょーは言ってました!


 ノアは振り下ろしたままだった剣を、腰の力と腕の力を使って素早く上に返します。これが、ししょーが言っていた本命です! 食らうが良いです!


逆風!)


「ふギャッ!?」


 手応え有りです!


 って、何故かお姉さんの脚を斬ってるです!?


 何ですか、この状況!? 蹴り!? 蹴りでノアの頭を狙ったですか!?


 ――いや、関係ないです!


 ノアの体はノアの意思とは関係なく勝手に動きます!


 逆風から左薙ぎ2→5→、そして――。


唐竹!)


 お姉さんはノアの攻撃を避けようと必死に身を捻っていましたが、初手で脚を斬られたせいで上手く逃げられなかったみたいですね……。


「嘘デショ……。南の剣神候補とも呼ばれたことがあるウチの家系ガ――」


 最後の唐竹を躱すことが出来ずに、どこか納得いかない表情のままに左右に断ち斬られて、お姉さんは光の粒子となって消えていきます。


 ぶるり……。


 ししょーから貰った剣の斬れ味が凄過ぎて身震いするです……。


 あ、しまったです。


 ししょーからは終わった後も簡単に残心は解くなと口を酸っぱくして言われていたです。


 ししょーが今のノアを見てたらお説教ものです。


 たまたまトイレとか行っていて見てないでくれると助かるですけど……。


 …………。


 ししょーのお腹よ痛くなれ!


 ふぅ、思わずダークエルフ特有のおまじないを使ってしまったです! まぁ、ししょーには効かないでしょうけど……。


 それにしても、これで本当に終わったのですか?


 勝ったのですか? ノアが……?


 全然実感が湧かないですけど、勝ったんですよね……?


 …………。


 何だか全てはししょーの手の平の上という気がしてならないです!


 でも、アイツに追い付く為にノアが少しでも強くなれたというのなら――、


『試合終了。勝者は控室に戻って下さい』


 ノアの耳に淡々とした声でアナウンスが告げられ、ノアは深々と頭を下げるです。


「押忍! ありがとうございましたです!」


 ――ノアはこれからもししょーに付いていくだけです!

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