第15話 アイドル資格試験2

 【side ノア】


「そこまで! 机にペンをおいて下さい」


 二の鐘の音とほぼ同時に、試験官がそんなことを言うです。


 ノアは慌てながら、ペンを机に置いて、手を膝の上です。


 師匠の言っていた『もう持ってないアピール』は万全です。


 でも、他のアイドル候補生の中には、なかなかペンを置かないで、試験官に注意を受けている人もいるです。


「あーぁ、あんな所で減点食らってるよ……」


 隣の人が、そんなことを呟くのを聞いて、そんなこともあるのかとちょっと驚いたです。


 試験以外の部分でも、そういうのがあるのですね。


 しかし、筆記試験は危なかったです……。


 問題自体はそこまで難しくなかったのですが、羽ペンで文字を書くということがなかったので慣れるまでに結構時間が掛かってしまったです。


 でも、全部の回答は埋められましたですし、そこそこ良い感じなのではとほくそ笑むです。


 ノアがホクホク顔で微笑んでいると、試験官の人が午前の筆記試験はこれで終わりだと説明してくれたです。


 次は午後の実技試験ですが、その前にお昼が振る舞われるらしいです。


 何でも食堂に行けば、好きなものが食べられるとか?


 普段はアイドルしか使えない闘技場内の食堂で、アイドル限定のメニューだとか、ここでしか食べれないものだとかを、自由に頼めるらしいですよ?


 何だか、シャノンちゃんが喜びそうな感じです!


 そんなことを考えながら、人の流れに乗って控え室を出て、食堂に向かおうとしていたら、見覚えのある背中を見つけてしまったのです。


 スキップしている蒼髪のセミロングの女の子……。


 見つけた以上、声を掛けないのも変ですから、ノアは早歩きで追い付いて声を掛けるです。


「シャノンちゃんです?」


 シャノンちゃんは振り向いて目を丸くすると、ビシッと親指を立てて見せたです。


 その通り! ということらしいです。


 そういえば、この娘、会話するのに問題があったです。会話……成り立つといいなぁ……です。


 とりあえず、なるべく【はい】【いいえ】で答えられる質問をするですよ。


「シャノンちゃんは、筆記試験どうだったです?」


 えーと? 少し考えてから頷いたから、そこそこ出来たってことですかね?


「そうなんですか~。ノアもちょっと自信有りなんですよ~」


 シャノンちゃんが拍手しているです。


 これはわかるです! おめでとうです!


 おー、何か会話出来てるです!


 これも、ししょーとの特訓のおかげなんですかね?


「えーと? 素早い? 行く? もぐもぐ? あー、食堂に早く行こうってことです?」


 物凄い勢いでシャノンちゃんが首を縦に振ってるです。


 お腹空いてるんですかね? それとも、アイドルも利用する食堂だから、急いで見に行きたいのかもしれないです。


「シャノンちゃんは何頼むか、もう決まっているです?」


 すると、両腕を大きく広げるシャノンちゃん。


 あぁ、沢山食べたいんですね。


 でも、そんなに食べたら、実技のテストに影響しちゃうかもしれないです。


「だったら、ノアと頼んだものを半分こにします? 二つのメニューが楽しめてお得ですよ?」


 言ったら、ギューっと抱き締められたです。


 本当に、アイドル好きなんですねぇ。


 もしくは、食いしん坊なだけかもしれないですけど。


「ちょっと! そんな所で暴れて、危ないでしょう!」


 どうやら、シャノンちゃんの動作が迷惑を掛けてしまったみたいです。


 ノアは謝ろうとして振り返って、強烈な光に目を細めるです。


「ま、眩しいです!」


「誰のオデコが眩しいですってぇ!」


 オデコとは言ってないです!


 でも、光が反射して眩しいのは事実です!


「で、デーコ様のカリスマ性が光って見えるだけっす!」


「んだ! んだ!」


 あ、お供の二人もいるですね。


「くっ、それなら仕方ないですわね!」


 仕方ないですか?


 というか、光の向こうにいたのは、こないだ訓練施設で見かけたデーコとか呼ばれていた、おでこの広い人だったのです。


 この人、常に眩しいのですけど、立ち位置変えてくれないですかね?


「えーっと、デーコちゃん、こんにちはです」


「あら? 私、名乗ったかしら? いえ、それよりもっ! そこのダークエルフ! 今日はあの方はいないのですか!」


「? どの方です?」


「ほら! あの! 私の命を救ってくれた、あの素敵な方よ!」


 ししょーのことです?


「ししょーは女の子じゃないから、試験は受けないですよ?」


「そ、それもそうですわね。しっかりなさい、私……」


 ちょっとガッカリするデコの人。


 なんか、デコの人の動きが挙動不審です!


 そんなことよりも、さっさとお昼が食べたいです!  


「えーっと、そうね。あの方には、デーコ・ロイネが感謝していたと伝えてくれるかしら? 出来れば、直接会ってお礼が言いたいとも……」


「デコ広いねって、凄い名前です!」


「デーコ・ロイネよ! ロイネ! デコ広いねではなくってよ!」


 というか、名字持ちということは、この人、貴族だったのです!


 道理でシャノンちゃんのことも良く知っているわけです!


「おー、デーコ様、攻めるっすねー! 恋する乙女は強いっすねー!」


「んだ! んだ!」


「お黙り!」


 何か騒がしいですけど、ノアはそろそろお腹が空いたです。


 ……そうです!


 デコの人たちも誘ってお昼にすれば、色んなランチを交換しあえて、色んな味が楽しめるんじゃないですかね?


 だったら、早速交渉するです!


「かくかくしかじかです!」


「まるまるうまうまなのね」


 理解してくれたデーコちゃんはにっこり微笑むと、次の瞬間には魔除けのお面のような表情(凄く怖い)になったです。


「やるわけないでしょ!」


 何て事です! あえなく撃沈したのです!

 

「仮にも貴族出身の者が、食事を庶民と分け合うだなんて、はしたないにも程があります! そんなことが出来る貴族がいるのでしたら、見てみたいものね!」


 ノアは思わずシャノンちゃんを見るです。


 シャノンちゃんは、ノアの視線を受けて、更に後ろを振り返るです。


 違うです! そうじゃないです!


「あー、そういうわけで、すみませんがウチらは一緒には食べられないみたいっす。お誘いは嬉しいっすけど、また今度の機会にでも……。デーコ様、行きましょうっす」


 空気が悪くなることを感じて、「っす」の人がデーコちゃんを連れて行こうとするです。


 意外とこの人苦労人かもしれないです。


 だけど、デーコちゃんは足を止めて、ノアを値踏みするようにじろりと見るです。


 何か、嫌な視線です。


「午後の実技、二人が戦う可能性もあるんだから、あまり仲良くし過ぎるのはどうかと思うわ。……では、ご機嫌よう」


 去っていこうとするデーコちゃんの言葉に、ノアは思わず首を傾けて呟いてしまいました。


「仲良くなったら、むしろ相手に良いところを見せたくて、全力でぶつかると思うのですよ」


 その言葉に、デーコちゃんの足が思わず止まるです。


 そして、めっちゃ睨んでくるです! 


 ノア、そんなに酷いこと言ったですか!?


「…………」


「デーコ様? どうしたっす?」


「んだ?」


「……気が変わりました。彼女たちと一緒に食事をしましょう。仲良くなっていなかったから、手を抜いていたと言われたら癪ですから」


 えーっと……。


 デーコちゃんは何か面倒臭い性格みたいです。


 そして、シャノンちゃんは隠しもせずにガッツポーズです。


 あのー、この人たち御飯分けてくれたりはしないと思うですよ? シャノンちゃん?


   ★


 side ???


 アイドル資格試験の午前の筆記試験を終えた私は、普段はアイドルたちの控え室となっている石造りの部屋をゆっくりと出ます。


 手応えは悪くなかったのですけど、答えられない問題もいくつかありましたわね……。


 それでも、ボーダーラインは越えている……と思いましょう。


(まぁ、いいですわ。気分を切り替えていきましょう)


 試験終わりに試験官から説明があったように、これから私たちはタダでお昼御飯が食べられるようですわ。


 正直、これからの生活のことを考えると、お金が節約出来るのは有難いですわね。自分の体を鍛えることや武器防具の調達には何かとお金が掛かりますし……。


 そういう意味合いでも無駄遣いはなるべく抑えたいところでしたから、タダ飯というのは渡りに舟ですわ。


 ラッキーというか、未来のトップアイドルに対しては当然の対応かしら?


(それにしても雰囲気がありますわね……)


 基本的に総石造りの通路はひんやりとした空気が漂い、アイドルたちの緊張感を高める役割を果たしているようですわ。けど、今日に限っては試験終わりの熱気の方が強いみたいですわね。


 これから、此処が職場になるかと考えると、それだけでワクワクが止まらないですわ!


(試験の配点は筆記試験が四十点で、実技試験が六十点の、計百点満点で計算するって話でしたわね。実技試験が例年通りなら、試験内容はアイドル候補生同士の時間制限有りの試合が、三試合行われるはず。つまり一試合につき配点が二十点となり、八十点以上を目指すならば負けることは許されない戦いが続くと……)


 アイドル資格試験のボーダーラインは合計八十点以上だと言われていますわ。


 ですから、筆記試験で例え満点の四十点を叩き出したとしても、実技試験で二勝以上(計四十点)する必要があるんですの。


 また逆も然り――。


 実技試験で三戦全勝したとしても、筆記試験で半分は問題が解けなければ落ちるんですの……。


 それは、アイドルというものが、ただ戦闘能力に優れていれば良いというものではないことを示す必要があるということですわ。


(でも、それでこそ目指すかいがあるというもの)


 私は自然と口角が上がるのを止められません。


 決して雑魚ではない好敵手たちを相手に、自分が今まで磨いた剣がどこまで通じるのか……そして父が残した剣は最強へと至れるのか。


 それを考えるだけでも、ワクワクが止まらなくなりますの!


 勿論、午後の実技試験においては、三戦全勝を狙うつもりでいきますわ。


 というか、筆記試験がそこまで自信がない以上、私が受かるにはそれしか手がないのよね……。


 けど、緊張してはいませんわ。


 何故なら、私は自分が強いことを良く理解していますもの。


 だから、驕らないし、慢心しないし、ただ自然体で全てを受け止めるのみですわ。


 それは、いつだってそうで、私の感情に乱れが走ることなんて滅多にありませんの。滅多に……、滅多にないんですのよ……、えぇ。滅多に……。滅多に……なんで……。


(何で食堂にあのダークエルフがいるのよォォォォォォッ!?)


 銀髪に褐色肌、そして低い背丈。


 ダークエルフなんて、この町では滅多に見ませんから、まず間違いありませんわ! 私がこの間半殺しにした相手が何でここに!?


 彼女は食堂の奥まった席で、何やら複数人で食事を取っているようですわね……。


 私は彼女に気付かれないように気配を消し、気もそぞろに注文を行います。


 それにしても、何故彼女が此処にいるんですの?


 あの時、自分の実力不足は思い知ったはず……。


 なのに、何故、諦め悪く足掻こうというのかしら?


 それとも、私に対する嫌がらせ?


 いえ、アイドル資格試験を受験するには、それなりにお金が掛かりますわ。嫌がらせ目的にはちょっとやり過ぎでしょう。


 でしたら、何故……?


 もしかして、彼女は本気でアイドルを目指そうとして、ここにいる……?


 それこそお笑いですわ。たった一ヶ月で何が出来るというのかしら?


「はい、激辛地獄麻婆酸辣麺! お待ち!」


「ありが……え?」


 気もそぞろだったこともあるのでしょうが、何やらとんでもないものを注文してしまったようですわ!? それもこれも全部貴女のせいですわよ!? ダークエルフ!?


 私は色々吐き出したい思いを堪えながら、真っ赤で毒々しい色合いをしたスープが入った器を両手に持って移動します。


 うっ、刺激臭が凄いですわ!? これ、本当に食べ物なんですの!? 何か酸っぱい臭いもしますけど、食べ物なんですわよね!? 腐ってないんですの!?


 …………。


 食べ物である以上完食するのが、私の信念ですわ……。


 食べられないで貧困に喘いでいる人間なんて掃いて捨てる程いるんですから好き嫌いなんて言ってる場合じゃありませんわ……。


 広い食堂空間には、いくつものテーブル席が用意されているため、私はダークエルフとは一番離れた席に座りますの。


 彼女に気付かれたくないというのもありますし、そこしか席が空いていなかったというのもありますわ。


 けど、幸か不幸か、この席はダークエルフの様子が良く見えますわね。


 ――チカッ。


 以前に見たよりも、一回り体格が大きくなっているかしら?


 縦に伸びているのなら分かりますけど、肉付きも少し良くなったように感じますわね。


 エルフは森の中で生活しているせいで肉を食べる機会があまりないと聞いていましたけど、生活環境が変わった事で体型が変わったのかしら?


 ――チカッ。


 いえ、それだけではありませんわ……。


 あれは、全身にうっすらと筋肉の鎧を纏っていますわね。ウチの団長のような中年太りのぶよぶよの身体とは別物。きちんと引き締まっているのが所作から見えますわ。


 たった一ヶ月でまるで別人……。


 ――チカッ。


 そういえば、彼女は宿のフロントで商人らしき男たちと話していたかしら?


 もしかしたら、そのツテを使ってどこか有名どころのアイドル事務所に所属したのかもしれませんわね……。


 そして、急ピッチで身体を作り上げたという事かしら?


 くっ、私だって、まだ事務所に所属していないのに……! やるじゃありませんの!


 ――チカッ。


 というか、さっきから何なんですか、あのデコは! チカチカチカチカ光って鬱陶しい! 私に対する妨害工作ですの!? まったくもう!?


「なぁ」


 ひっそりと私が憤慨していると隣に座っていた大柄な女(まるでゴリラみたいですわ)が、無遠慮に私に話しかけてきましたわ。


「なんですの? こちらは忙しいのですけど?」


 あまりに馴れ馴れしい態度に、私の対応も険のあるものになります。


 アイドルは人気商売ですから、本当はこういう対応はいけませんのよ? でも、失礼な相手には失礼で返すのが私の流儀ですの。


 けど、そんな私の対応にもゴリ子さんは気にした様子なく、平然と告げてきましたわ。


「麺伸びるぞ?」


「…………」


「な、なんだよ?」


 余計なお節介に思わずゴリ子さんを射殺すような目で見てしまいましたけど、私は悪くないですわ。


 それぐらい、この物体Xは現実を直視したくなくなるような代物だったんですから……。


 まず、この鼻を刺すような刺激臭が酷いんですの……。


 というか、私の周りの人も迷惑そうな視線を向けてくるぐらい酷いんですのよ?


 私もこれをさっさと片付けて、午後の実技試験に向けて調整したいのですわ!


 でも、臭いが絶対毒物だって言っているんですのよ!? 目で見るだけでも沁みますし! 痛いんですの!


 それでも、私は食べますわ……! いえ、食べなければいけないのですわ……! それが私の矜持ですもの……!


 箸を取りますわ。


 昔から箸を使ってきたから、そこに不安はありませんわ。……不安はないんですわ。なのに麺を挟む箸が震えますわ……。どうしてでしょう。何故か視界が滲んで良く見えませんわ……。


「食べないのか?」


「…………」


 すっごく無神経にゴリ子さんが聞いてきますわ!


 何なんですの、この無神経ゴリラは!


 そこで、私は気付いてしまったんですの。


 ゴリ子さんの視線が私の麺料理に真っ直ぐに向けられていることに……。


「食べますかしら……?」


「え! いいのか!」


「えぇ、私はそんなにお腹空いてませんから……」


 いえ、ペコペコですけども!


 でも、お腹ペコペコとお腹ピーゴロのどちらで実技試験を受けたいかと問われたら、間違いなく前者でしょう! 私はそうですわ!


「本当に本当にいいのか!」


「えぇ、どうぞ」


 器ごと、ゴリ子さんに差し出しますの。

 むしろ、器ごと空の彼方に放り捨てたいぐらいですわ。食べ物は粗末にしたくないから絶対にしませんけど。


「おぉ! お前こそ、まさに心友しんゆう! 心の友と書いての心友だ!」


 ゴリ子さんが肩を組んできますわ。


 ゴリラパワーで思いっ切り引き寄せられますの! ちょ、近い! 刺激臭が近いから! 離れなさいな! このゴリラ!


「でも、心友のものを全部食べてしまうというのも考えものだな。よし、ここは半分こに……」


「いえ、私は大丈夫ですわ! ですから、是非全部食べて下さいな、心友!」


「おおおお! 心友から心友と呼ばれるなんて初めてだ! 私は今、猛烈に感動している! ズズズー! ズズッ! 刺激的な味だな! コレは!」


 早まりましたか……?


 そして、感動しながら、凄い勢いで食べていますわね……。


 大丈夫でしょうか? 鼻と口から同時に麺を噴き出して、いきなり死んだりとかしませんですわよね?


 まぁ、もう半分くらい食べちゃってますし、大丈夫そうですわよね?


 …………。食べきっちゃいましたわね。


 食べ物だったんですわね、あれ。


 ようやく理解出来た気がしますわ。


「いやぁ、ご馳走さん! 心友よ、有り難うな! この礼に今度は私が御飯を奢ろうじゃあないか!」


「! 本当ですのっ!」


「あ、あぁ、勿論だとも……」


 あまりに食い付き過ぎて若干引かれてしまいましたわ。


 でも、貧乏アイドルに贅沢は敵なのですわ!

 一食分でも浮くということは、それだけ少しでも強くなれるということ! トップアイドルを目指すなら、こういうところからコツコツとやっていくべきなのですわ!


「そういえば、名乗っていなかったか。私の名前はローラ。君は?」


 うーん。


 あんまり馴れ合うつもりもないから名乗る気もなかったのですけど、まぁ、奢ってくれるというのならば名乗っておいてもよいでしょう。


「私の名前はマリカ・キサラギ。……を伝える血筋の者ですわ」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る