第14話 アイドル資格試験1

「おりゃー! 三段突きー!」


 ウチのノアちゃんが、シャノン嬢との一件以来悪影響を受けているんだが……。


 どうも、ノアちゃんがシャノン嬢の三段突きを見て感化されちゃったようで、ナンバーシステムの合間に無許可で三段突きを放つようになってしまった。


 でも、突きって普通に放つだけじゃ、死に技なわけで……。


 勢い良く踏み出して、腰の捻りを中心に全力で剣を突き出す――まぁ、当たれば強いよ? 防ぎ難くもあるし。


 ただ、捌かれた場合に、次の手が無い。


 いや、まぁ、あるにはあるのだが、ノアちゃんの技術では難しいというか。


 とにかく、突きは出したら、一度、剣を引く動作が必要となってくる。まぁ、薙ぎに移行出来なくもないが、体勢上どうしても剣が軽くなるし、小手先の技のイメージが強い。


 その点、唐竹は外しても逆風とか薙ぎや斬り上げがあるし、胴にも同じように逆方向の斬撃があるんだが、突きにはそれがない。


 故に、死に技と呼ばれる。


 沖田総司の三段突きも、実際はどういう技だったのか、良くわかっていない謎の技なんだよな。技だけが有名無実化しているというか。


 一説には、一瞬で三度突いたとか、突きに行くまでに三段階の工程を経ることで確実に突きを当てていたとか。


 はっきりどういう技か、やり方を記載した資料は無かったりする。


 というか、死に技でどうやって三度も瞬時に突くんだか。意味分からんわ。


 というわけで、プチファンタジーな技だったし、ファンタジーの世界で再現しようと思って完成したのが、リヒター卿に伝授した俺式三段突きというわけだ。


 原理は簡単。


 突きから突きへと技を繋ぐ練習を何度も何度もするだけ。それを何千回も繰り返すと疾風突きというスキルが手に入るので、それの熟練度を上げていくと、連係というスキルも覚える。それも上げていくと技と技が繋ぎやすくなってくる。


 結論としては、スキルで無理矢理繋いで三段突きが出来るようになるというわけですな。ビバファンタジーです。いや、ここはスキルシステムに乾杯しておけば良いのか? 分からん。


 とにかく、三段突きを習得するには、ずっと突きの練習ばっかりしていないといけないので変な筋肉の付き方になるし、スキルが突きだけに特化するのも、戦術が浅くなるからどうかとは思うんだよな。


 まぁ、ノアちゃんが楽しんで練習できているなら、それにこした事はないか。


 というわけで、本日もここ、ティムロードの外壁の外でノアちゃんと特訓中だ。


 ちなみに、試験までの期間は残すところ一週間を切っており、他の受験生も最後の追い込みで、町全体が落ち着かない雰囲気になりつつある。


 そんな雰囲気の中、我らのノアちゃんも慌てているのかというと……。


 かなり落ち着いていたりする。


 どうも、この辺、人間とエルフの考え方の違いがあるようで……。


『落ちる時は落ちるし、受かる時は受かるです!』


 ……と達観した意見を持っているようだ。


 なんというか、エルフの死生感の片鱗を見たと言うか、自然と共にあるべきみたいな雰囲気を感じたね。うん。


 そんなわけで、ノアちゃんは今日も元気に、素振りを兼ねたナンバーシステムを続けております。


 だが、それだけで合格出来るほどアイドル資格試験は甘くないだろう。


 というわけで、一応奥の手を用意した俺です。


 流石、出来る師匠は違うなぁ!


 えぇ、俺の事ですよ!


「はい、ノアちゃん、注目~」


 そう言って、俺が取り出したのはノアちゃんが持つにはあまりに長大な剣と、四角い小さな木箱。


 これがノアちゃんを勝利に導いてくれる鍵になる予定だ。


 まぁ、恐らくだがね。


   ★


 そして、時が経って試験当日――。


「ししょー! 早く早く! 遅れるです!」


 ゴシックドレス風の衣装に身を包んだノアちゃんに手を引かれ、俺は今、ティムロードで一番大きな建物である闘技場へと向かっている。


 時間的にはまだまだ余裕なのだが、周りの雰囲気がいている感じなので、ノアちゃんもそれにあてられているのだろう。


 それもそのはずで、周りを歩く人々もノアちゃんと同じく、アイドル資格試験を受験するライバルばかりなのだ。もう皆が既に意識バチバチなのである。


 そして、それと共にノアちゃんだけで無く、周りの少女たちもゴスロリとは言わないが、目立つ格好であることに気付く。


 着飾ったり、ちょっとお色気を感じるような格好だったり、逆に奇抜さを狙った衣装だったり……。


 まぁ、アイドルというのは見世物の剣闘なので、既に格好の段階からアピール合戦が始まっているのだろう。こういうところからファンが付いたり、付かなかったりするのだ。


 特にアイドル資格試験は、実技試験に関しては一般公開を行う。目の肥えたファンなどはデビュー前のアイドルさえもチェックしにくるらしい。


 そんな感じなので、俺も今回は観客席に紛れて様子を窺おうとして、いつもの着流し姿ではない。


 ビシッとしたスーツにネクタイを締め、見るからにビジネスマン然とした格好である。


 ファンタジー世界にスーツがあるのかよと思われることだろうが、この辺は勇者君のこだわりらしく、『プロデューサーさんと言えば、スーツですよね! スーツ!』ということで、何故かティムロードのプロデューサー業の人間は、大体がスーツ姿なのだそうだ。


 そんなスーツ姿に、顔を隠す仮面を付けている怪しい男が俺なわけだが、まぁ、プロデューサーも名前を売ってなんぼのところがあるらしく、仮面程度ではそんなに目立たないようだ。他にも片眼鏡を付けていたり、スキンヘッドにしていたり、アイドルを食う勢いで特徴的なプロデューサーが数多くいる。そういうのも有りなのだろう。それと同類と思われるのはちょっと複雑だが……。


「ししょー! 早く! 早く!」


「いや、ちょっと待て。久し振りのスーツ姿で動き難いんだよ。そんなに急がなくても間に合うって」


 歩くこと十分。


 俺の予想通り、闘技場には試験開始の少し前に辿り着く。


 そこでは、ノアちゃんの他にも、アイドル資格試験を受けるであろう他のアイドル候補たちがたむろしていた。


 中でも目立つのは、スーツ姿の男性と、整然と並んで真剣な表情を向ける少女たちだ。そんな光景が此処彼処で見られる。


 何やってるんだ? 会場入りしないのかね?


 疑問に思って、ちょろっと耳を澄ませてみると――。


「お前たちは、アイドルになる為に今まで長く苦しい訓練を続けてきた!」


 スーツ姿の男の言葉に少女たちの何人もが頷く。


 なるほど、激励か。


「合格の道は狭き門であろう! だが、それでも臆さず突き進んで行こうとするお前たちを俺は誇りに思う!」


「「「はい! プロデューサー!」」」


「プレッシャーに勝て! 自分に負けるな! そして、合格を自分の力でもぎ取ってこい! さぁ、行け!」


「はい! 行ってきます!」


「絶対合格するから! 見ててよね! プロデューサー!」


「わ、私も! やれるだけやります! 頑張りますね、プロデューサー!」


 とまぁ、こんな感じのやり取りが、試験会場入り口の前で延々と繰り広げられていたりする。


「ししょー?」


 この流れだと、俺もノアちゃんを送り出すのに気の利いた台詞のひとつも言わないといけなそうなのだが、そもそもそんなアドリブの効く柔軟な人間なら北の森に籠ってン百年も修行三昧なんてしてないわけで……。


 何か贈る言葉を言い掛けて、口を閉ざし、俺は困ったように頭を掻く。


「あのな、ノアちゃん……」


「大丈夫です! ノアはししょーを信じてますから! ししょーもノアを信じて待っていて欲しいです! 絶対合格するんだって信じて欲しいです!」


 飛び切りの笑顔でそう言って、ノアちゃんは踵を返す。


「じゃあ、行ってくるです!」


 そのまま走っていくノアちゃんの背を見送りながら、俺はオロオロと片手を前方に突き出していた。


 いや、駄目だろ、俺。


 弟子に気を使わせて、その上で一言も声を掛けないで送り出すなんて駄目師匠過ぎる! 出来る師匠の所業じゃない!


 だけど、何て声を掛けたら良い?


 絶対合格できるから?


 いや、俺の予想ではノアちゃんが合格出来る可能性は五十パーセントくらいだ。絶対なんて言葉は口には出せない。


 頑張れとでも言うか?


 いや、ノアちゃんはいつだって頑張ってきている。今更言われたら、逆に今までの頑張りを否定されるような気持ちにならないか?


 では、信じていると返すか?


 信じることがノアちゃんの力になるのならそれでも良いが、所詮は試験というのは自分との戦いだ。他人の介在する余地など、些細なものだろう。


 だから、俺は――。


「ノアちゃん!」


「ししょー?」


 ノアちゃんが振り返る。俺が大声を出したことに驚いたのかもしれない。


「一ヶ月前を思い出せ」


 俺は……俺はただ淡々と事実だけを伝える事にした。


「君は強くなった」


 そう、一ヶ月前には竜に襲われて命からがらで逃げ出していた彼女。


 人拐いにさらわれそうにもなってもいたか。


 喧嘩に負けて死にかけたりもしていたし。


 荷物の入った樽もろくに運べず、ヘバってもいたりしたな。


 でも、今なら多分、半分くらいなら過去の惨状を覆せるはずだ。


 彼女は……ノアちゃんは確かに強くなった。


「だから、自信を持って望め! 変わった自分を楽しんでこい!」


 俺の言葉に、一瞬きょとんとした顔を見せたノアちゃんであったが、すぐに満面の笑顔を見せると――。


「押忍!」


 気合いを入れて、試験会場へと消えていくのであった。


   ★


 ノアちゃんの後ろ姿を見送った俺は、会場の入り口脇へと移動し、これからどうすべきかを考える。


 アイドル資格試験の日程だと、この後の午前中は筆記試験を行い、午後からが一般公開されている実技試験となるらしい。


 尚、入場料は無料で今から入れるようだ。


 応援の為の場所取りとかあるのだろうか?


 妙に早い時間から開いているのが気になるな。


 と、俺が疑問に思っていたら、近くのプロデューサーたちの会話が聞こえてきた。良く見てみたら結構この場に残っているプロデューサーが多い。


「今期は、割と掘り出し物を勧誘できるかもしれないな。リヒター伯爵の愛娘シャノン様には桜花プロが全力で行くだろうし、他に余力を割いている余裕は無いだろう」


「そうだな。我々、中間のアイドル事務所は田舎から出てきて、まだ無所属の有望株を引き入れないと、先細りするだけだからな……」


「言っても、向こうにも希望があるからな。なかなか上手くはいかないが、そこは自分の事務所をどうアピールするかだよな」


「お前のところはいいよな。A級アイドルが三人もいるんだろ? A級アイドルを三人も生み出した事務所って言えば、結構無条件で入ってくれるんじゃないか?」


「いやいや、最近のアイドル候補生は意外としっかりしているからな。そんな簡単にはいかないと思うぞ。色々、アイドル事務所の情報を集めている子も多いし……。どちらかというと、もう少しで受かりそうな子の方が勧誘しやすいだろうなぁ」


「だが、半年鍛える間のコストを事務所が持つのはな……。それでも、アイドルデビューしてB級アイドルになってくれれば、簡単にプールできるんだがなぁ」


「C級でもトントンぐらいだろ? そこは、俺たちプロデューサーの目利きの見せ所だろ。輝ける逸材を迎えたいものだぜ」


「そうだな。……それじゃ、俺は行くわ」


「席取りしないのか?」


「今回は打ち上げ会場の予約担当なんだ。というわけで、また別の時にでも一杯やろうぜ」


「おう、お前さんの分も有望株に唾付けといてやるよ」


「やめれ!」


 なるほど。


 他のプロデューサーは、自分が所属するアイドル事務所を盛り立てる為に、有望な新人をスカウトしたりしているのか。


 まぁ、俺はフリーだし、そもそもプロデューサーもどきだから、関係の無い話ではあるのだが、色々と世間は大変なのだなと感じてしまう。


 だが、まぁ、あれだな。


 お疲れ様会は有りかもしれないな……。


 いや、ノアちゃんが目指すのは、二代目北の剣神だ。こんな小さなこと如きで大きく騒ぐものではない!


 そう、俺はノアちゃんを厳しく育てるのだ!


 というわけで、食後のデザートをちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、豪華にするように行き付けの食事処に言ってくるか。


 気付くかな? 気付かないだろうなぁ。


 まぁ、折角ここまで頑張ったのに、何も無いというのもちょっと可哀想だしな。


 甘いかなー、俺……?

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