第16話 アイドル資格試験3

 店の方にメニューの変更を告げてきた俺は、その足で闘技場ステージへと戻ってきていた。


「ふむ。出遅れたとはいえ、結構埋まっているな」


 すり鉢状の闘技場に設えられた観客席には、今からアイドルになろうとする少女たちを見ようと、この町の者たちやアイドル候補生の関係者、そして掘り出し物を探しにきたアイドル事務所の関係者でいっぱいになっているようだ。


 とりあえず、観客席の上段部分にあまり人がいない空間を見つけたので、そこに座り込む。一応、正体は隠している身なのであまり人とは関わらないように気を付けないといけないだろう。


「お、ここ、結構空いてるじゃねーの?」


「すまんね、にーちゃん! 騒がしくてよ!」


「え? あぁ……。いや、気にしないでくれ」


 後から来た中年太りのおっさん五人組が、俺の前の席にぞろぞろと座り込む。


 何か、いきなり人口密度が上がったが、まぁ問題ないだろう。


「しかし、本当に今日出るのかね!」


「間違いないだろ! この時期に一生懸命頑張って特訓していたんなら、今日のアイドル資格試験に出ないってのはないだろ!」


 おっさん方が熱く語ってらっしゃる。


 注目の新人でも出るのかね?


「しかし、最初に見た時は目を疑ったね!」


「あぁ、俺も俺も! 十歳くらいの娘が石の詰まった袋を背負って走らされてるんだもんな! 最初はどこの奴隷が懲罰受けてるんだよって思ったもんよ!」


「俺もだよ! 危なっかしいから、思わず声掛けちまったぐらいだぜ! そしたら、にこやかな笑顔で『大丈夫です!』ってさ……。あんな良い笑顔見せられたら、俺も何か頑張んねーといけねーなと思うじゃんよ!」


「テメーの店はいつも手を抜いてるからな! 頑張るくらいで丁度良いんだよ!」


「抜いてねーよ! 失礼なこと言うな!」


 今の台詞で思い出した。


 こいつら、この間、買い食いした時の屋台の店主たちだ。


 妙にノアちゃんと仲が良かったから覚えている。


 ということは、応援しにきたのはノアちゃんか?


 石の袋とか背負わせていたし、多分そうなんだろう。


「おい、お前ら、応援に集中しろや! っていうか、あれだ! あの子の師匠とやらを探すのも忘れるなよ!」


 ん? どういうことだ。


「あぁ、そうだな! あんないたいけな子に石の入った袋を背負わせるなんて、信じられねー! 文句の一言も言ってやらなきゃ気がすまねぇよ!」


「そうだな! アホな言い訳言うようなら、とっちめてやろうぜ!」


「あぁ! この間、買い食いに来てくれた時はノアちゃんが隣に居たから強く言えなかったが、ガツンと言ってやろうぜ! あの目立つ着流し野郎! とっちめてやる!」


 今日、スーツで良かった……!


 というか、あのね? どうしても、効率を考えると厳しい修行になるわけで……。お手柔らかにしてもらえると、有難いなぁ? なんて……。


「ここ空いてるかしら?」


 と、俺が悶々としていると、突如として声を掛けられる。


「あぁ、問題ない。特に席を占拠しているわけでもないからな――」


 ちらりと見てから、俺は一瞬だが固まってしまった。


 何でこんなところに、コイツがいる……。


「あら? 私の顔に何か付いてるかしら? ……北の剣神様?」


 最後だけそう小声で語るのは、【千剣】のアイリス女史だ。


 何で彼女がココに? というか、何で俺だとバレてるんだよ……。


 俺の顔が思わず渋面になるのも仕方ないことだとは思う。


 まぁ、仮面で見えんだろうが。


「……何故、俺が剣神だと?」


「そんな仮面で顔を隠していれば、事情があるものだと言っているようなものでしょう? それに、後ろ姿がムンさんと戦っていた時の北の剣神様とそっくりですから」


 更に彼女は一拍をおいてから付け足す。


「私が『北の剣神様』と呟いた時に、ちょっとだけ筋肉が硬直しましたよね? 本人でないとそうはならないと思いますが、どうでしょう?」


「…………。大きく外れてはいないとだけ言っておこうか」


「それ、当たっていると言っているようなものですよ?」


 クスリと笑い掛けながら、アイリス女史が俺の隣に腰掛ける。


 空いてる席はまだあるのだが……。


 もっと離れて座れないものかね?


 決して正体を看破されたからって拗ねているわけじゃないぞ。うん。


「それで? 君も有望な新人を求めて、この資格試験オーディションを見に来たのか」


 確か、彼女は後進の育成の為にアイドル事務所を開くというような事を言っていたか。


 その為に、所属するアイドルを探しにきたのだろうと思って声を掛けたのだが、彼女は軽く首を横に振る。


「それもあるのですけど、どちらかというと、育ててくれる方を探していますね」


 それは、つまりプロデューサーか?


 今更感が強くないか……?


「アイドル事務所の常識については疎いが、事務所を開こうという人間が今更プロデューサーを用意しようというのはどうなんだ? 事務所を開く前に、ツテを使ってでも用意して、準備が整ったから事務所を興そうというのが普通じゃないのか?」


 転職する前に次の仕事を決めてから離職するか、離職してから転職を考えるかといった場合に、アイリス女史は絶対前者のタイプだと思う。そんな彼女がこんな片手落ちみたいな真似をするだろうか。


 俺は疑問に思ったので聞いてみたのだが。


「そうですね。端的に言うならば、北の剣神様のせいですかね」


 えー、俺ー?


「元々、ウチの事務所で働いて頂くプロデューサーとは話が付いていました。ですが、つい先日その話が御破算になりまして」


「穏やかじゃないな。何でまた?」


「北の剣神様がムンさんと戦った結果です」


「え?」


「北の剣神様は、あの戦いでムンさんをボコボコにしましたよね?」


「したな。ボコボコに」


 ジャイ○ンとの○太の喧嘩ぐらいにはボコボコにしてたな。


「ですが、ムンさんは馬鹿……じゃない。諦めの悪い方なので、次に戦う時は、どうしても北の剣神様に一撃を浴びせたいと考えたわけです」


「馬鹿……いや、アホの考えそうなことだな」


「それ、言い直しても貶してます」


「そうか」


「それで取った行動が、アイドルの中で一番の理論派に弟子入りして、武術を教えて貰うこと、でした。相変わらずの無軌道暴走……コホン……バイタリティー溢れる行動だったわけですが、その実行方法がちょっと問題でして」


「弟子入りの何が問題なんだ?」


「彼女、弟子入りする為に現在の環境を放り捨てたようなんですよね。要するに、所属する大手事務所プロダクションを辞めて、武術の理論を教えてくれる人間がいる弱小のアイドル事務所に転がり込んだわけです。こちらの都合を全く考えずに」


 うん、アイリス女史の目が死んでる。


 絶対、その弱小アイドル事務所って、アイリス女史のアイドル事務所だろ。


「つまり、アイリス女史の事務所にムン女史が転がり込んで来たってことか。現役のS級アイドルなのに。それ、ムン女史の元の事務所が黙ってないだろ」


「普通はそうなんですけどね。それがどうも、ムンさんを連れ戻す派と出ていけ派で半々らしいんですよね。最終的に本人の意志を優先する形で放流となったようです」


「ムン女史って本当にS級なんだよな……?」


 S級ってアイドル業界的に一種のステータスとして扱われているから、所属事務所の格を上げる為にも必要な人材だと思っていたんだが……そんな存在を放出するかね?


「まぁ、見ての通り手の掛かる人物なので……。同じ事務所でも煙たがられていたようです。S級ということで、試合懸賞金ファイトマネーだとか、グッズや宣伝の儲けはかなり入っていたようですが、それを差し引いても要らないと判断されたようですね」


「金の成る木を手放してでも追い出したいって相当だな」


 問題ばかり起こすトラブルメーカーかよ。


「それだけならいつも通り、ムンさんの駄目伝説が追加されるだけで済むのですが、抜け出してきたのが桜花プロというのが問題でして」

 

 デコ娘も所属していた業界最大手とかいうアイドル事務所だよな。


 うん。最大手相手に筋も通さずに縁切りって、しろうとでもヤバイってのは良く分かる。


「そこに睨まれると業界では生きていけないと言われる程、発言力のあるアイドル事務所なんです。そして、今回の騒動を客観的に見ると、『弱小アイドル事務所が大手事務所の大物アイドルを無理矢理引き抜いた』ように見えるんですよね。実際はムンさんが勝手に暴走しただけなんですけど……」


 S級が大きな理由もなく事務所を移籍するとそんな風に見られるのか。


 まぁ、見られるか……。


「事務所同士では既に話はついているんですが、どうしても尾鰭が付いた噂が払拭出来ないようで……最近では、アイリスプロダクションに所属しているアイドルやプロデューサーはもれなく全員が桜花プロダクションの制裁を受けて、業界に居られなくなるという噂がまことしやかに流れているようです」


 馬鹿馬鹿しいと頭を振りながら、アイリス女史は自嘲気味に笑う。


 まぁ、そんな噂が流れるくらいには、桜花プロダクションの影響力があるってことなんだろうな。


「その噂を恐れて、プロデューサーが所属してくれる話もお流れになってしまいました。こちらとしては踏んだり蹴ったりですよ」


「事情は説明したんだよな?」


「勿論です。ですが、この業界で桜花プロに睨まれたら終わりだと、締め出されたら明日からどうやって家族を養っていったら良いのだと言われまして……。デマだとは分かってもらえても、『もしかして』の可能性を考えてしまうと、どうしてもということで止められませんでした」


 最後は本人の意志による部分もあるからな。説得だけではどうにもならんか。


 雇用条件の見直しをちらつかせる手もあるが、まだ始まってもいないアイドル事務所でそんなことをしても効果は薄いだろうしな。


「というわけで、現在、アイリスプロダクションでは、プロデューサーを募集中なのですが……。どうでしょうか? 北の剣神様?」


「まさか……俺をスカウトする気か?」


「はい」


 いや、凄ぇよ。


 どこから出てくるの、そのクソ度胸?


 俺なら、絶対気後れしてそんな話持ち出せないわ。


 北の剣神よ、俺? 最強の一角ですよ? 言う? 普通? プロデューサーとして所属しませんかとか言う?


「というか、今更ですが、剣神様は何時からプロデューサーになられたのですか? そもそも、本当にプロデューサーなんですか? 格好はそのように見えますが」


 何か半信半疑だったっぽい。


 とりあえず、言ってみただけなのかね。


「まぁ、プロデューサーになったのはつい一ヶ月前だ。一人の少女に請われてな」


「では、一人の女性に請われれば、事務所の所属も引き受けてくれる可能性もあるということですね」


 ほう。揚げ足を取るじゃないか。


 だが、実際どうなんだろうか。


 俺の最終目標としては、ノアちゃんを一人前の剣神として育て、俺自身は引退することだ。そして、悠々自適な生活を送る。まぁ、今もそれなりに悠々自適だが、北の森の近くに住んでいないといけないという制約があるからな。どこかに旅行にも行きたいし、地方の名物料理とかも食べてみたいといったような野望もある。


 その過程として、ノアちゃんを超有名S級アイドルに育てるのと同時に、俺の領地である北の森の中に『辺境ノアーランド(仮)』を建設。そこでの収入を元手に華麗な隠居生活が送れればと思っている。運営とかは代官に任せて、収入だけ得られれば万々歳。内政チート? そういうのは勇者君がやったから、俺はやらなくても良いでしょ。とにかく抑止力だとか貴族の義務だとかから解放されて自由にやりたいのよ。そう、そういう御年頃なんです! 何歳かは忘れたけど!


 そんな大雑把なロードマップ自体は出来ているのだが、細かいことに関しては、ほとんど考えていないのが現状。


 例えば、ノアちゃんをS級アイドルにする道程はどうしたら良いのだとか、その為の訓練カリキュラムはどうしたら良いのだとか、アイドルとしての日程、行事の把握は詳しく知らないし、給与や経費の計算方法もそこまで慣れてはいない。


 正直、俺は俺の為にノアちゃんを一人前の剣神に鍛え上げることが出来れば満足なのであって、事務方の仕事まで請け負って完全にプロデューサーを目指すのは本意ではない。


 その辺の雑事をアイドル事務所の方で引き受けて貰うことは出来ないのだろうか?


 それが可能なら、所属することも前向きに考えるのだが。


 というわけで、戦闘訓練だけを担当するプロデューサーになれないかとアイリス女史に聞いてみたのだが……。


「そういった例はあまり聞きませんが、それで剣神様が我がプロダクションに所属してくれるというのであれば考えます」


 何とも前向きな回答を貰った。


「というか、分業で役割分担とかしていないのか、アイドル事務所は?」


「経理や予定管理、担当アイドルの成績含めて、プロデューサーの能力として評価されますから、その一部分だけを担当したいというのは特殊になるかと思います」


 なるほど。プロデューサーは会社員というよりは、個人事業主なのか。


 勇者君がアイドルを作り出した時に、プロデューサーのシステムをアイドル業界に組み込んで考えなかった弊害だろうな、これは。


「だが、その形態を前向きに考えてくれるのなら、所属するのも吝かではない。なに、事務方に強い職員を一人雇うだけだ。悪い話ではないたろう?」


「それでしたら、ひとつ提案が」


「何だ」


「その場合、剣神様には複数人のアイドルを担当して欲しいのですが、それは可能ですか?」


「流石に数十人も見ろというのは無理だが……少しくらいならアドバイスも可能だぞ」


 ちなみに、その場合でもノアちゃんは特別枠です。


 丁寧に、だが、一切の妥協なく二代目剣神として育て上げてみせましょう。


 ――剣神の名に懸けて!(リスペクト)


「そういうことでしたら、前向きに考えさせて頂きます」


「まぁ、条件さえ整えてくれれば、こちらも前向きに考えるさ。……おっと、始まるようだ」


 俺の言葉を皮切りにして、東西の出入口よりアイドル候補生が一人ずつ出てくる。


 特にアイドル入場のアナウンスはないようだ。


 まだ、アイドルの卵なので、あまりコストの掛かることはしないのだろう。それはそれで寂しいものだが、俺が作った闘技場の機能自体は死んでいない。


 闘技場上部に、顔写真と名前とステータスが映し出される。


====================

 ノア

 筋力4、敏捷3、体格3、魔力5、武装5


 VS


 マリアベル

 筋力3、敏捷3、体格4、魔力5、武装3

====================


 ――って、いきなり初戦かよ!


「お、ノアちゃんじゃないか!」


「いきなりとはツイてるな! オープニングゲームだから注目されるぞ!」


 前方にいる屋台のおっちゃんズは大喜びのようだ。


 ん? ちょっと待て。


 何かノアちゃんの様子がおかしくないか?


「あれ? ノアちゃん、寝てねーか?」


「そういや、頭をこっくりこっくりやってるよーな?」


 しまったー! 昼飯の後に必ず昼寝をするようにしてたから、癖になっているのか! 丁度、時間的にもそんな時間だし、やらかしたー!


「どうしました、剣神様?」


「い、いや、何でもない……」


 アカンわー。鍛えることに主眼を置いていたから、こんなアホみたいなミス想定していなかったわー。リハーサルの必要性をひしひしと感じるわー。


 うーむ、後でノアちゃんに謝っておこう。


「しかし、一戦目からなかなか面白い試合になりそうですね」


「そうか?」


「マリアベルさんは、確か、前回の資格試験オーディションにも来ていた方です。実技試験で中規模魔術を使おうとして、相手に即座に近付かれて悉く詠唱を潰されていた方ですね。今回は前回の反省を活かして、どうやら体の方も鍛えてきたみたいですよ」


「いや、お前さん妙に詳しいけど、毎回資格試験オーディションの試合を見てるのか?」


「将来のライバルになるかもしれない相手ですから、研究するのは普通でしょう。むしろ、見に来ないアイドルがいることの方が私には不思議ですね」


 アイリス女史、意識高い系女子でした!


 そりゃ、現役S級アイドルも苦戦するって話だよなぁ。


「それにしても面白いのは対戦相手のダークエルフ」


 面白いかなぁ? どこにでも居るようなダークエルフですよ?


 ちょっと目は死んでるけど。


「ダークエルフといえば、元素系の魔術に高い適正を持つ者がほとんどでステータスの魔力値も5と高水準。なのに、何故か得物には杖や弓でなくてを持っている……」


 そうなんだよなぁ。毎日死ぬ気で鍛えては無理矢理治してを繰り返して頑張ったんだが、筋力値は4にしかならなかった。


 なのに、魔力は持って生まれた才能だけで5というね。


 この辺が亜人種が人間よりも生物学的に優れている部分でもあるというか、エルフ、ドワーフ、獣人ズルイと言わざるを得ない部分でもある。


「何故、彼女は大剣なのかしら? アイドルとして目立つため? でも、まずは資格試験を突破することが先決でしょうに……」


 それは、最終的に二代目北の剣神を背負わせようとしているからです。


 まずは剣を鍛えてから徐々に魔法を仕込もうかな、と……。


 いきなり魔法を鍛えて、魔法無双し始めちゃったらそんなの剣神じゃなくて大魔法使いですし!


 まぁ、そんなアイリス女史の疑問に答える事なく、試合は無音のままに始まる。多分、開始の合図は闘技場の中だけに響いているのだろう。


 マリアベルちゃんが半円の中央付近に陣取り、ノアちゃんは大剣を杖代わりに半円中央でグースカ寝ている。


 マリアベルちゃん側は寝ているノアちゃんに速攻で不意打ちを仕掛けようという位置取りなんだろうけど……果たしてそう上手くいくだろうか?


「マリアベルさんはダークエルフ種には魔術の効果が薄いと判断して一気に接近戦を仕掛けるつもりであの位置を選びましたね。作戦としては悪くないです。……ノアさんは何故か寝ているようですし、長尺の杖の一撃が急所に入れば一瞬で試合が終わる可能性も……」


「――それはない」


「何故です?」


 驚いたようにアイリス女史がこちらを見てくるが、俺は確信を持ってそれは無いと断言出来た。


 何故なら、ノアちゃんはからだ。


「見てれば分かる」


「はぁ」


 アイリス女史の生返事を皮切りにマリアベルちゃんが走る。


 始まったか。


 速度を殺す事なく杖を振り上げる姿は、そういう特訓を積んできたのだろうなと思わせる程には淀みがない。距離感もタイミングもほぼ完璧。後は打ち下ろすだけ――という間際になってノアちゃんが動く。


「まさか! 眠っている姿は偽装フェイク!?」


「いや、違う。しっかり眠っているさ」


 そう、眠っている。


 そして、眠りながらもノアちゃんは動く。


 するりと杖の一撃を躱しながら、凭れ掛かるようにして横手からマリアベルちゃんに抱き付く。それを必死に引き剥がそうとするマリアベルちゃんだが、筋力で負けているためかなかなか引き剥がせない。


「動いてますけど……?」


 もの凄い不審な者を見る目でアイリス女史に見られる。


 まぁ、ノアちゃんのことを知らなきゃ仕方がない。


「ノアちゃんは割と寝相が悪い。しかも、結構抱き付き癖がある」


 俺が寝ている時でも油断しない人間でなかったなら、いとも容易く組み伏せられていたことだろう。


 それだけノアちゃんの寝相は悪いのだ!


 それこそ、ある種の才能レベルに悪過ぎるのである!


 俺が影で睡拳って呼んでるぐらいの寝相の悪さなんだからね!


「え、剣神様って十代の女の子ノアちゃんと同衾しているんですか……? キショ……」


 キショとか言うな! 仕方ないだろ! ベッドひとつの部屋しか空いてなかったんだから!


 あとノアちゃんの寝相は同衾とかそういうの関係なくヤバイ代物なんだからな! 下手すると寝ている間に絞め落とされるレベルのヤバさなんだぞ!


 その辺の転生系俺ツエーなにかやっちゃいました主人公共がヒロインとヨロシクニャンニャンベッドで同衾してるのと一緒にしないで頂きたいッ!


 こっちは命懸けだ!


「ですが、そうなるとあのノアさんは剣神様の弟子? あ、引き剥がされた……」


 マリアベルちゃんがノアちゃんを引き剥がして距離を取ろうとするが、ノアちゃんは寝惚けているのか半笑いを浮かべながら後生大事に持っていた大剣を構えて……三段突き(見様見真似)を放つ。


 いや、何でそこで一生懸命練習したナンバーシステムじゃなくて、お遊びの技が出るんですかねぇ!


 だが、マリアベルちゃんはノアちゃんを引き剥がせたことで油断していたのか、それとも大剣の射程を見誤っていたのか、ノアちゃんの中途半端な一撃を躱す事が出来ずに思い切りその身で受ける。


 鋭い切っ先は一息でマリアベルちゃんの体に三つの穴を穿ち、結果としてマリアベルちゃんはそのダメージに耐えられずに光の粒子となって闘技場の上から消えてしまった。


「勝ち……ましたけど……。随分とその……微妙な……」


 あまり強く無さそうと言いたいんだろう?


 分かるよ、その気持ち。


 でも、ノアちゃんは訓練を始めてまだ一ヶ月しか経っていない駆け出しなんだ。そんな子がこの大舞台でマグレだろうが何だろうが、勝ち星を挙げた事に価値があると思うんだよな、俺は。


「勝てば官軍」


「はい?」


「プロなら必要なのは実力よりも実績だ。例え、過程が微妙でも結果を出したという事に関しては、俺は一定以上の評価を与えたいと思うがね」


「ですが、アイドルは興行としての色が強いのもまた事実。ただ結果を出すことだけに拘っていては、それはアイドルの本分を半分も果たしていないのではないでしょうか?」


「まぁ、アイドルとしてはエンターテインメント性も大事だとは思うがね」


 俺が育てたいのは次代の剣神なんで、そこら辺の考え方はアイリス女史とはちょっと違う。


 求めるのは、見世物ショーとしての強さじゃなくて、魔族を寄せ付けないだけの抑止力としての強さなんだよな。


 だから、ノアちゃんにはなるべく結果に拘って欲しいとも思っている。


「――面白い、楽しい、に強さがおまけで付くようじゃ駄目だ。誰よりも強くあろうとした結果、その凌ぎ合いがドラマチックであり、人を夢中にさせるような存在……それが本当のアイドルなんじゃないか……と俺は思うが、アイドル像なんか人それぞれだからな。結論は出せんかもしれんな」


 勇者君とも酒の席で口論になった事があるくらいだしな。


 俺は結果や実績を重視する考えだったけど、勇者君は過程を重視する派だったし。


 何でも、頑張っているアイドルはキラキラと輝いているからそれが美しいし、尊いんだとか……。


 でも、いくら輝いていても売れなきゃ意味なくね? って俺は言ったんだよなー。


 実力を証明するには実績が必要なんだから、他人の信用を勝ち取る為にも、結局は結果が必要なんだって言ったら、『それだけでは測れないものもあるでしょう⁉ 剣神様には浪漫が無さ過ぎる!』と勇者君と言い争いになったんだっけか。


 俺も『浪漫で国が護れるか!』って言い返したりして……。


 若かったなー、あの頃は。


 いや、今も若いけどな。


「安心しました」


 ん? 何かアイリス女史を安心させるような事を言っただろうか?


「剣神様にもアイドルに対する明確なビジョンがあることが分かりましたので。これは、益々我がアイドル事務所プロダクションに引き入れたくなりましたよ」


 …………。


 ふっ、まさかな……。


 俺がアイリス女史の中でプロデューサーとしての実績を積み上げてしまうとは思わなかったぜ。


 というか、本気でアイリス女史が苦手かもしれん。


 誰かー、ヘルプ・ミー……。




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伏線回収その1


眠っているとはいえ、北の剣神の顔面に蹴りを入れる寝相の悪さの才能がある。

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