失恋回路はどこですか?

うつりと

第1話  ロボ、現る。  寝手場架莉

 最初に言っとく。

 俺はほんっとに、普通の高校生。単なる公立の高校一年生。

 だからなんか期待したりしないでくれ。

 魔法とか超能力とか一切ないから。

 転生もしないし。

 自分で言うのもなんだけど、なんにも取り柄がないしなんにも趣味もない。

 言う必要もないけど彼女もいない。友達も微妙。

 よくいるその他大勢のモブキャラでしかない。

 真っ先にやられる映画やゲームの死体役くらいの存在。

 ……なんだけど、最近ちょっと変わったことが起きた。

 ただそれを話したいだけなんだけど、いい?

 転校生のポンコツロボットが病み姫様に恋をしたんだよ。


「あー、神宮寺公徳(じんぐうじきみのり)君です。席はそこの九里(くのり)の後ろな」

 担任が朝イチで転校生を紹介する。

 九里というのは俺だ。キュウリと読むやつは地獄に落ちるかもしれないので呼ばないように。くのりですから。

 一学期の期末テスト初日に転校してきたそいつは、銀色で四角い頭をしていた。

 えーと、ロボットですよね。

 アンドロイドとか、人造人間とか、バイオノイドとかカッコいい雰囲気じゃない。

 どう表現しても昭和のロボット的な感じ。

 なのにクラスの誰もそこに疑問を持っている様子はない。

 俺がおかしいのだろうか。

 制服を着たロボットは俺の前の席にギシっと音を立てて座った。

 結構重そう。

 後頭部も四角くて銀色だ。

 しかも首らしき部分にフタと何かのボタンが小さく二つ付いている。

 後ろの席の陽大(はると)に「こいつロボットだよな?」と小声で訊く。

「俺は今、大和朝廷の暗記で忙しいんだよ」

 いや、聴けよ。

 机に鏡立てて女子みたいに髪をいじってるだけのくせに。

 周りを見渡しても、もうすぐテストが始まるので全員教科書やノートを見るのに必死だ。

 なんでだよ。

 ロボットが転校してきたんだから、もうちょっと気にしろよ。


「謎の」


 振り向きざま、ロボットが俺に話しかける。

「転校生にょろ」

 こいつ、喋れるのか。まあ、いまどき機械が喋るのは特に不思議はない。

 でもなんでにょろ?

 そういうプログラム?

 なんかダサいよ?

 そして「謎の」とか、フレーズが古い。

 そしてそれをカッコつけて俺にいま言う必要ある?

 こいつのせいでどうでもいい疑問がいっぱいのまま試験が始まった。

 しかしロボット君は、1分で終わらせていた。

 そりゃロボットなら高一のテストくらい朝飯前だろう。

 朝飯食うのか知らんけど。

 3教科のテストが終わり、午前11時半には帰る時刻になった。

「あの……、神宮寺……君だっけ」

 話しかけた俺を見たロボットは、目のLEDを青くチカッと光らせて返事した。

「よろしくにょろ」

「あのさ、訊きにくいだけど」

「株? それとも仮想通貨? いまどきの高校生は——」

「神宮寺君って、ロボットだよね」

 目がオレンジ色に激しく点滅する。怒らせたのだろうか。

「そうにょろよ」

 あ、そこは地雷じゃないんだ。

 ちょっとほっとしたけど、ロボットに気を使うのが疲れるんだけど。

「神宮寺君、全教科1分で終わらせてたよね。すごいね」

 人間であれ誰であれ、転校生には優しくする主義である。なぜなら俺自身がもともと転校生だったから。

 制服ロボットの頭の昭和風アンテナ的なものがギュルギュル回転する。

「あれはインターネット接続なしで、僕の内蔵ハードディスクの中だけで答えたにょろ」

 いまさりげなく自慢された?

 なんかモヤモヤするんだけど。

 テストでスマホを使うと違反だから、こいつなりの配慮なのか。

「ハードディスクなの? SSDでもクラウドでもなく?」

 目の光が消える。

 よくないことを訊いてしまったらしい。

「転校初日にそんな核心を突く質問をする君は、相当テストが出来たにょろね」

 こいつ、嫌味まで言えるのか。

「君はなんていう名前にょろ」

「俺は九里湊(くのりみなと)。湊でいいよ」

「湊君だけが話しかけてくれたにょろ。日記アプリに記録しておくにょろ」

 目のLEDが再び灯る。

 アプリ?

 もしかして首のフタを開けると空っぽで、スマホが入ってるだけとか?

 こいつ、かなりポンコツなのでは。

「なんで神宮寺君は、にょろって言うの」

「湊君は畳みかけるような責めが好きにょろね」

 あ、そこはやっぱり訊いちゃダメなのか。

 めんどくさいな。

 気がつくと神宮寺は俺との話を中断して、別の方角を向いている。

「なに見てんの」

 ストレートに尋ねると目の点滅が早くなった。

 なんとなくだけど、ドキッとしているように見える。

「なんでもないにょろ。誤解だにょろ。僕はなにも見てないにょろ」

 誤解って、まだなんにも言ってないのに。

 やっぱりなんだか慌ててる。

 いきなり神宮寺は立ち上がって慌てて帰ってしまった。

 ロボットも慌てることがあるんだな。


 そして三日間の期末テストが終わった。

 最終日に後ろの席の陽大ともう一人クラスの圭吾と、神宮寺を誘って四人で帰りにマックに寄った。

「神宮寺君は全教科100点だろうなあ」

「勉強は得意にょろ」

 勉強できないロボットがいたら、がっかりだよ。

 というか、それは最大の取り柄では。

 というか、それ以外に取り柄があるのか。

「湊君はなにが得意にょろ」

「俺? 俺は得意なものなんてないよ」

「俺も」

「俺も」

 陽大と圭吾も同意する。

 フフン、とロボが鼻で笑った……ように見えた。

「高校生にもなってお寒いにょろ」

 そりゃお前はハードディスク内臓なんだろから、たくさん記憶できるだろうよ。

 それにしても口が悪いな。

 見ていたら神宮寺はコーラを買っただけで飲んでいない。

「コーラは飲まないの」

「僕はコーラは飲まないにょろ。これはお通しにょろよ」

 お通し? チャージってことかな。

「あ、いいことを言ってくれたにょろ」

 そう言って神宮寺は鞄からケーブルを取り出し、テーブル下のコンセントと自分につないだ。

「充電が危なかったにょろ」

 ああ、バッテリーか。なるほど。電力で動いているのね。

 むしろ核融合とか言われなくてよかったわ。

「こまめな充電が必要にょろ」

「そうなの」

「継ぎ足し充電も要注意にょろ」

 いつの時代のバッテリーかな。

「神宮寺さあ、架乃のこと見てただろ」

 陽大が突然割って入る。

 ロボットのことなんにも興味なさそうにしてたのに、チェックしてたのか。

「見てないにょろ」

「嘘つけ。ぜってー見てた」

 神宮寺の目がまた激しく点滅する。

 止まった、と思ったらまたチカチカ点滅しだす。

 迷っているのか、照れているのか。

「……見てたにょろ」

 神宮寺は白状した。割とあっけなく。

しかしよりによって架乃か。

「お前、架乃が気に入ったの?」

 陽大が嬉しそうに深大寺に訊く。

 神宮寺はうつむきながら考えている。

「そう……にょろ」

 無駄にタメるのはなんなの。

「やめた方がいいよ、架乃は」

「なんでにょろ」

「あいつはダメだって。確かにかわいいけど」

「かわいいにょろ。初めて女の子を好きになったにょろ」

 さらっと言ってるけど、ロボットって女の子を好きになったりするのか。

てか、ロボットが顔から入ることになんか納得できないんだけど。

「あいつはさあ、病んでるんだよ」

 陽大が残念そうに伝えると、神宮寺の頭のアンテナのようなものがくるりと回転した。

「いま検索したにょろ。ヤンデレという奴にょろか」

 検索さすがに早いな。

 あれ? やっぱりこいつネットに繋がってるんじゃん。

 てことはテストも密かにネットで検索してたんじゃないのか。

「あいつはヤンデレとかじゃなくて、ただひたすら病んでんの。病み姫様」

「むしろ好物にょろ」

 こいつ、ろくでなしだ。

 どうかしてる。

 深大寺が陽大をじっと見つめて、なにか考えている。

 そしてなにか閃いた。

「陽大君、架乃さんにフられたにょろか」

「お前、するどいな」

「予測変換にょろ」

 それはちょっと意味違うんじゃね?

 陽大が複雑な顔で神宮寺を見る。

 俺も圭吾も、陽大が架乃にフられたことは知っていた。

 それはそれはひどい振られ方をしていたので。

「あいつは俺が一緒に帰ろうとしただけでな」

 陽大が青い顔をして過去を思い出す。

「四つん這いで牛車になるなら、私を乗せても構わないけど、と言ったんだよ」

「ご褒美にょろね」

 ちゃんと聞いているのか。

「で、四つん這いになったんだけど」

 なったのかよ。

「結局乗ってくれなくて」

 そんなに乗って欲しいか。

「次の日、みんなからスタミナ特盛よし牛って呼ばれたんだぞ」

「告白するにょろ」

 いまの話を本当に聞いていたのか転校生よ。

「いや、絶対止めとけって」

「陽大君と僕は違うにょろ。僕は僕の魅力でアピールにょろ」

「魅力ってなに?」

 圭吾の問いに神宮寺の目がまた暗くなった。

 自分から言ったのにどうしてそこで暗くなる。

 暗い。

 どうした。

「充電が終わったにょろ……」

 充電が終わったら普通LED点くだろ。なんで消えるんだよ。

 しかし実際こいつはロボで転校生だが、やっぱりどうしても謎だ。

 なぜロボットが学校に通うのか。

 そもそもこいつは本当に高校一年生なのか?

 そしてなぜ担任はそこになにも説明がないのか。

 みんななんで疑問に思わないんだ。

 ……なんだけど、俺はポンコツロボット神宮寺と仲良くなった。


   ◆ ◆ ◆


「湊君、架乃さんを屋上に呼び出してほしいにょろ」

 週明け、神宮寺は本当に架乃いのりに告白しようとしていた。

「え、俺が?」

「湊君、断れない性格にょろね」

 まだいいよって言ってないけど。

 屋上で告白とか、どこでそんな青春的様式美を覚えたのだろう。

 かし声をかけるのは気が進まない。

 架乃いのりは本当に見た目だけはアイドル並みにかわいい。

 それは誰もが認めている。

 だけど本当に性格が四次元トーラス並みにねじ曲がっている。

 それが好きな陽大みたいなド変態もいるにはいるけど、普通の神経のやつは必ず毒にやられて闇堕ちする運命だ。

 病み姫の称号は、本人の毒というより、関わった人間が闇に堕ちるから付いたのだ。

 それでも俺はご指摘の通り断れない性格なので、休み時間に仕方なく架乃に声をかける。

 うう、嫌だ嫌だ嫌だ。

「あの、架乃さん」

 病み姫様は自分の席でお経の本を読んでいる。

 やはり思った通り呼びかけても返事しない。

「ねえ」

「読経中なんで、話しかけないでくれる」

 そうですよね。

 どうせそんな反応だろうと予想していたので、それほどのダメージはない。

 しかし約束してしまったので引き下がれないのだよ。

「神宮寺が架乃さんに用事があるらしいんだけど」

「収穫期を過ぎたキュウリに用はない」

 キュウリって言うな。気にしてんだぞ。

てか、収穫期を過ぎたってどういう意味だよ。

「俺じゃなくて神宮寺」

「誰?」

「ロボットの転校生」

「用事ならここで済ませば」

 だからロボットの部分に反応しろよ。

「どうしても屋上がいいって」

 架乃が本から頭を上げ、神宮寺を見る。

 神宮寺は目をチカッと青くいつもより強めに光らせた。

 カッコいいつもりなんだろうか。

「なんの用事」

「俺は知らない。ただ呼んでこいって言われただけ」

「ロボットの下僕なのね。生きている価値ないんじゃない」

 なんだ、こいつ。

 やっぱり話したくなかった。

 殺意にも似た感情が押し寄せる。

 それなのにヘラヘラ笑ってしまう自分が悲しい。

「友達なんだよ」

「人間に相手にされないのね」

 確かにそうです。

 でも、ここは我慢。

「じゃ、放課後に屋上、伝えたからな」

 それだけ言って、俺は自分の席に戻った。

 そして神宮寺に呼び出したことを報告した。

「ミッションフェーズ1完了にょろ。さすが湊君にょろ」

 ロボット様に褒められる下僕人間。

 やっぱり俺がどうかしているのかも。

 だんだん架乃が正しい気がしてきた。


「ミッションフェーズ2突入にょろ」

 ついに放課後になり、神宮寺が立ち上がる。

 俺と圭吾と陽大の三人でその後を追う。

 神宮寺が屋上の扉の鍵を壊すのに三秒とかからなかった。

 お前の魅力はこれじゃないのか。

 神宮寺は屋上の一番端に立ち、右手をフェンスにかけて架乃を待っている。

 イケてるポーズのつもりなんだろうな。

 うん、昭和ならカッコよかったかもね。

 俺たちは離れた給水塔の脇に隠れて見ていた。

 しばらくすると、架乃が約束通りの時刻に上がってきた。

 神宮寺から俺のスマホに音声付きの動画を中継してくる。

 これは盗撮って言うんじゃないかな。

「なに」

 冷たい架乃さん。

「聴いて欲しいことがあるにょろ」

 病み姫様は無言で聞いている。

 聞いているだけでも奇跡である。

 どうでもいいけど、見ているだけの俺がドキドキするのがなんか悔しい。

「僕と付き合ってほしいにょろ」

 言った。

 躊躇なく。

 先週転校してきたばかりのやつが。

 しかし架乃は顔色一つ変えていない。

 ロボットが女子高生に告白という歴史的な瞬間なんだぞ。

 もう少し驚いたらどうだろう。

「あたしは相手が宇宙人だろうが、ロボットだろうが構わない」

 そうなの?

 じゃあ、牛車扱いされた陽大の立場は。


「でも神宮寺君は頭が四角くてカッコ悪いからイヤ」


 そうですよね!

 僕もそう思っていました!

 スッキリしました!

 ロボット様の短い恋はあっけなく終わりを告げた。

 ポンコツが病み姫様に告白してうまくいくわけない。

 俺たちは神宮寺の様子を見に駆け寄った。

 神宮寺はうなだれている……ように見える。

「神宮寺、大丈夫か」

「フられたにょろ。大丈夫じゃないにょろ」

 ポンコツの目がまた消えた。

 バッテリー切れかな?

 それを半笑いで見つめる架乃いのり。

 鬼だ。

「辛いにょろ。これが失恋にょろか」

 目が赤と青にチカチカ点滅し始めた。

 充血した目と涙の表現のつもりかも。

「僕はカッコ悪いにょろ?」

「いや、それは、見る人によるんじゃない」

 圭吾が苦しいフォローをする。

 どうしてここまでロボットに気を使わなきゃいけないのだろう。

 まあ、友人だから仕方ない。

「悲しいにょろ、悲しいにょろ」

 神宮寺はそう繰り返し、フェンスをよじ登る。

「おい、よせ」

 陽大が止めに入る。

 しかしさすが機械なのでそういう動作は機敏だ。

 するするとフェンスを上ると、ポンコツが振り向いて架乃を見る。

 架乃は1ミリも動じない。


「失恋回路が作動したにょろ」

 

 なにそれ。

 失恋したら作動する回路?

 失恋しようとする回路?

 失恋を回避する回路?

 なんだかわからないが、それだけ言って神宮寺は飛び降りた。

 フェンスの向こう側に。

「神宮寺ぃ!!!」

 陽大と圭吾が叫ぶ。

 失恋した同級生が校舎の屋上から飛び降りてしまった。

 ロボットだとしても俺たちは友達だ。

 それでも無表情な架乃。

 あんまりだ。

「お前、なんで平気な顔してんだ!」

 陽大が架乃に怒鳴る。

 告白した相手が屋上から飛び降りたのに平然としているなんて。

 泣いている俺たちを見ても、病み姫様は、ただ黙って見ているだけ。

 きっとあいつは粉々に壊れただろう。

 さすがの俺も泣けてきた。

 なんだけど——

 ゆっくり架乃がフェンスの向こうを指差す。

 俺たちは振り返ってそちらを見る。


 落ちたはずの神宮寺が。


 腰のあたりから小さなジェットが出て、宙に浮かんでいる。

 シュバババと青い火炎を拭きながら。

「じ、神宮寺、落ちなかったのか!」

「飛べるの忘れてたにょろ」

 俺たちは泣きながら神宮寺を迎えた。

 よかった。

 先週からだけど、友達だもんな。

 ところで失恋回路って、なんなの。

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