第34話 日曜日後半 ②

 

 夕奈はこの界隈に詳しく、そして私も駅の表口側なら大樹とのデートで良く利用するので慣れている。

 まだまだ西日が強くて気温も湿度も高い17:30。 もわぁ~とした駅周辺の界隈、日曜日のこの時間は まだまだ賑わっていた。 


 初めての英語教室がなんとか無事に終わって、私と夕奈は緊張の糸が切れたのか、あれこれとたわいのない話をしながら駅近くにあるファミレス(デートでもわりと利用をするお店)で晩ごはんを食べて、19:00からの英会話教室に備えることにした。


 聞けば夕奈は学生時代の友人の誘いで 3vs3の合コンのような、早く言えばお見合い形式のランチ会に参加をしていたから遅れてしまったとのこと。 

 これからビジネス英会話講座を受講するんです、と好印象だけは残して途中退席してきたらしい。 それでその気合の入った格好なのも納得。 

 夕奈は、いわゆるバリキャリのデキる女性を思い切り演じてきたよ!と、はしゃいでいたけれど、そのわりには男性陣に手ごたえのある人はいなかったみたいで笑いながらもボヤいていた。

 私が思うには、夕奈は理想が高すぎる気がするんだけど。


「ま、でも、明日から新しい仕事、頑張らないとねー 」 


 婚活パーティは「不作」だったけれど、いつもの夕奈にしては珍しくポジティブなトーン。 彼女からすれば、これまで淀んでいた自分の才能を開花させるチャンスだと捉えているのだろう。


「うん そだね 」 私もつられて頷いた。


「というか…… 今日の彩、どこの局のアナウンサー? 」 夕奈が不意に口にしたから、


「え!! 」 私はびっくりというか、恥ずかしいというか、なので思わず大きな声を出した。


「朝の番組の女子アナさんみたいじゃん 」 ファミレスの席に座るなり夕奈が言うから


「あ、それって大ちゃんにも言われたし 」 と返すと


「あれ? 今日 会ってたんだ? 」 少し驚いた表情の夕奈。


 そこから私は、イルカショーを見たことや特急でここに来たことを、多少盛り気味に夕奈に話した。 ただ私にとって一番嬉しかったこと、結婚に向けて これからの流れを具体的に彼と話をして、ゴールが定まったことは言わなかった、というか なんとなく言えなかった、言うとせっかくの今日の感動が夕奈によって上書きをされてしまう気がするから。 それに婚活にも頑張っている彼女にあまり刺激を与えたくないという気持ちもあった、もちろん親友だから話したいけれど、やっぱり しばらくの間は私の胸の中に留めておくことにした。


 二人でそれぞれ選んだミックスピザをシェアし合いながら、どうしても話の内容は、今後のこと、明日からの仕事の話になってしまう。 

 それでも、大樹と結婚に向けてのスケジュールがイメージできた中で、これからの1年は仕事を頑張ることに決めた私は、夕奈がびっくりするくらいに、明日からの仕事の意気込みを語ったりして、とにかくポジティブに話をしていた。


 そして本日、ふた講座目の英会話教室は、さきほどのビジネス英語講座とは違って、教室に入った時に雰囲気の緩さを感じた。

 だからなのか、初めての受講だけど 夕奈と一緒だったということもあって、良い意味で初参加の緊張感も薄れていた。 

 この教室自体が英語に親しむ というのがコンセプトで、私たちを含めて総勢15人の内訳も、高校生の男の子や定年退職をされたという男性が奥さんと一緒に出席されていたり、海外旅行好きの女子大生や幼稚園の園長先生、海外で活躍したいという 今はまだアマチュアバンドのギタリストさんなど、年齢も経歴も立場も動機も職種も様々だった。 

 みなさんに共通するのは英語を楽しみたい、英語に親しみたい、そんな感覚で通って来られているので、むしろ仕事で必要という私たちのほうが異色に見えてしまう。

 女子アナと冷やかされた私の「キチンとした」外見や、夕奈のようなカチッとしたスーツ姿ではなく、みなさん、とてもカジュアルな外見なのも印象的だったし、さっきまでの講座と180度違うのがむしろ微笑ましかった。


 4-5人ごとにひとつのグループになって、そのグループの中で雑談を英語で交わしたり、先生から与えられたテーマについて英語で話し合いをする、といったシンプルな内容だった。

 英語の苦手な私でも、とてもフレンドリーで緩いグループワークを楽しむことができて、あっという間の1時間半が過ぎた。


「もしかして、放送局のアナウンサーさんですか?」


 途中、同じグループの高校生の男の子から、真面目な顔をして尋ねられた。 えっ! 本日3人目だ。 

 大樹や夕奈はもちろん冷やかしだとしても、初対面の人に間違われるなんて! もちろん全力で否定はしたものの、さすがにオイオイとは思わなくて、むしろ心地良ささえ感じてしまった私は、やっぱり単純?


 20時30分に英会話は終了。 途中の休憩時間にLINEで大樹と待ち合わせ時間は駅前に21時と指定をしていた。


「じゃぁ、明日からがんばろうねー」


 今日2つの英語講座の振り返りでアレコレと盛り上がりながら、一緒に駅まで歩いた夕奈とはここで別れた。


 大樹が時間通りに来るのは間違いがない、待ち合わせの時間まではあと約20分。微妙な長さだ。


 夜とはいえ、真夏7月の夜はまだまだ気温も高く、お昼に焼けたアスファルトからも熱気が感じられて、逃げようのない暑さに包まれているような感覚になる。

 今日の私は、午後から2つの講座で苦手な英語学習をしたことや、午前中は暑い中でのデート、しかもこれからの二人の将来についての重要な話をしたこともあったりと、とにかくいろいろあって、一気に疲れが出てきたのか、体がとても重く感じていた。 しかもこのドロリとした暑さが更に追い打ちをかけてくる。 

 だから私は避暑を兼ねてとりあえず駅ビルの中に入って当てもなくウロウロしたり、ベンチに腰掛けてスマホをいじったりしながら時間を潰すことにした。

 

 これからまた彼が迎えに来てくれて、家まで送り届けてくれる、また話ができる、また会える! そう思うと、頭と体は疲れていても気持ちだけは華やいでくる。

 

 その流れで、車の中では…… と 思いを巡らせてみた。 

 英語の苦手な私でも2つの講座を無事に乗り切ったことや、明日からの仕事を頑張ること、堅い話だけじゃなく、格好が女子アナに間違われたこと、そうそう 夕奈が婚活的な食事会だったことをきっかけにして、一番大事な私たちの結婚を匂わせるような話題なんかも挟んで大樹と話をしよう。 そうすれば、すぐに家に着くだろうから、そうなると一刻も早くお風呂に入って汗を流そう、私なりのプランを描く。


(とにかく 早く会いたいなー)


 さすが大樹! 駅ビルを出て 待ち合わせ場所の駅前ロータリーに着いた時には、すでに車のハザードランプを点けて待っていてくれた。

 大樹は私に気がつくと、助手席の窓を下して、声を掛けてくれた。


「おっ!おつかれ! 」 


「ごめーん! ありがとー 助かるー 」 


 笑顔で そう言いながら いつもの助手席に座ると、エアコンで冷えた車内が心地良くて、疲れた体に清涼感を届けてくれる。 

 それと 些細なことだけど、今 ほんの 一言の会話で、大樹は目を合わせてくれなかったし、気のせいか、ややぶっきらぼうな口調のように感じた。 気のせい? 


(なんだか 悪いなー) 


 もちろん私には、そういう気持ちもあるけれど、迎えに来てくれた嬉しさと、ほんのひとときでも会えた喜びの気持ちのほうが勝っていた。

 

 それはそれとして、とにかく私は事前に頭の中に用意をしていた話題、英語教室の話を始めた。 恋人とのデートを半日も割いて選んだ時間だけに、その内容を詳しく彼に伝えることで共感を得たかった。


「こんなんだったよー」 「こんなこともあったよ」と、夕奈の婚活エピソードなんかも含めながら、熱を入れて話し込む私。


「いろいろあったし、疲れたー  明日から仕事なのに…… 」


「ハハ、そっか 」


 そんな私に対して、大樹は もちろん聴いてくれているのはわかるけれど、どうも反応が薄いというか、空返事で応えているのが丸わかり。 


 饒舌な私だけど、だんだんとモヤっとしたもどかしい気持ちに変わりつつあった。 それでも唯一、真のリアクションだったのはストッキングが伝線したというエピソード。 別に言わなくても良かったのだけど、なんとなく大樹のフェチ心を擽る意味で、わざわざ用意だけはしていた話題だった。 案の定、そこには食いつきがあった。 もちろんわたし的には面白いわけがない。


 そんな感じで、やり取りというか、私的には駆け引き?みたいなことをしているうちに、気がつけば車は いつもデート終盤に利用しているラブホのある通りに左折をした。


(え? なに? 聞いてない)


 いきなりのことで私は、まったく気が乗らなくて、というか気持ちの準備すらできていない、しかも本当に疲れているし、今日は 今日だけは帰宅してゆっくりお風呂に入って早く休みたいのが本音。


 淡々として とぼけたようなポーカーフェイスの大樹に対して、なんだか無性に腹が立ってきた。


「あっ いい? 入ろっか 」


「えっ? 」


「ちょっとだけだし 」


 エンジンをOFFにして、先に彼が降りるから、私も付いていくしかなくて、早足で自動ドアをくぐる彼の背中を追った。 結局、肝心な時に言いたいことが言えない、損な性格がここで出てしまった。


 部屋に入るなり、拒むことができない私は どこか焦っているような彼に唇を貪るようなキスをされ、女子アナみたいだと冷やかされた洋服も、そして下着も、さっさと毟り取られるように脱がされ、私の気持ちがアガらないままに、一体感を味わう間もなく 彼は私の上で背中を波打たせ、小さくうめき果てて、セックスと呼ばれる行為は終わった。 

 もちろん私はその行為の最中は女優になって、生理的に 事務的に反応する体に合わせて、喘ぎ、身を捩り、彼のために、彼の満足のために冷静に対応をした。


 力が抜けたように隣に横たわる大樹は、すでに寝息を立て始めている。 そんな彼の寝顔を見ながら、冷静であり続けた私。 こんなので大丈夫かな?って思うけれど、セックスが全てではないのだから。


(ま、いっかー)


 私にとっては大事な彼だから、と自分で納得しながら、彼を起こさないよう静かにベッドを抜け出して身支度を急いだ。


 ホテルを出て、私の家まで送ってくれる道中での、彼の饒舌さは 言うまでもなくホテルに入るまでのトーンとは全く違っていたし、スッキリとした表情がそれを物語っていた。


 そんな中で彼が笑顔で言ったひとこと、


「これでスッキリしたよー 軽くなったし 」


 結局、セックスをしたかっただけ? 体が目的だっただけ? 


 1時間にも満たない大樹の一方的な行為に不満を持ったけれど、そもそもデートを中断した私にも負い目があるので、そこは大人の対応をしておかないと、それに今日は特に彼の機嫌を損ねてはいけない日だから。


「なにそれー!」 

 だから私はとりあえず作り笑顔で返すしかなかった。


 それにしても、これから先も、こんな気持ちになることがあるんだろうなー、えらく冷静な自分の思考に苦笑しながら、いつもの別れ際のキスをして私は車から降り、大樹に手を振り、自宅の玄関に着いた途端に、本当に一気に疲れが押し寄せて鉛のような体が一層重くなっていた。


 お風呂に入って体を解しながら、頭の中を巡ったのは、今日のデートのことでも、大樹のことでも、英語のことでもなくて、いよいよ始まる明日からの新しい仕事のこと。 ううん、そんなこと思っていると、目が冴えてしまう……


 私は大樹におやすみのLINEをしたあとで、そのままスマホから、オルゴールの音色を検索して、耳元に置いた。


 とにかく疲れた おやすみなさい☆ Zzz......



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