第32話 日曜日前半

 まるで時計の秒針まで睨みながら、そして どこか陰に隠れて私の姿を確認しながら? と思わせるくらい、それくらい正確に 早着も遅延もなく 大樹は待ち合わせ時間ピッタリに現れる、いつも。 

 このことは彼氏としても社会人としても信頼ができる一面だとは思う。

 いつだったか、私はそれを真面目に大樹に聞いたことがあって、彼曰く「そりゃ ちゃんと逆算しながら行動してるし」と、そんなのは当たり前だろ と言わんばかりのドヤ顔で返されたことがある。 ごもっとも。 

 性格的には大雑把だし、明朗で あっけらかん としたところもあるのだけれど、「抑えるとこは 抑えてるし」 とも言っていた、もちろん それもドヤ顔で。


 二人の結婚の時期も、ちゃんと逆算して ピッタリと予定通りに 事が進めば良いのだけれど、彼の考えている時期というか着地って 一体いつなんだろう? ううん、それどころか結婚というイベントすら彼の中ではどこに位置付けられているの? 

 私としては、今回の仕事のことで1年間という期間を定められたことから、具体的な時間というワードを、彼との会話の中にも出せるし、彼の意識を向けられるようになった気がする。 

 私はその1年というワードを上手く誘い水にして、彼が考えている 私との結婚って、いつを想定しているのかを聞き出せる良い機会になるような気がしてきた。 今日くらい思い切って聞いてみようかな?


「おはよー」 「おぅ おつかれ!」 「今日も暑いねー」 「熱すぎ!マジ溶けるで!」


 車が発進してしばらくの車内は、大樹から 昨日の草野球の盛り盛りエピソードから始まって、会ったばかりの二人の空間が和んでくる。


 水族館に向かう途中、県道沿いのガソリンスタンドに寄ってセルフで給油。 そのあと私たちは併設するコンビニでお茶とかおやつとかを買い込んだ。 嬉しそうに? ポイントカードやクーポン券を使いこなしている大樹が こういうシーンでは活き活きして見える。 


 それにしても外は暑くて、車の中のエアコンが本当に心地良く感じてしまう。


「あっ、あのね…… 」


 車が走り出すと、今度は私から「もう一度」「何度目かの」今回の仕事の話題を切り出した。 努めて明るく、そして言葉の節々に 忘れずに1年というワードも それとなく折り込んで。


 私の期待する 彼からのベストアンサーは、仕事も頑張りながら、結婚の準備も具体的に進めていく、というシナリオ。 そうじゃなくても、1年は仕事を頑張り、たとえば次の1年、つまり再来年のゴールインを目指して、結婚準備を頑張ろうという時間軸の設定と約束だ。


 大樹とは、具体的で明確なプランを共有したかったし、冗談を抜きにして、彼の回答をスマホで音声録音したい、私は それくらいまでの気持ちになっていた。


 ひとしきり 私は力説。

 

 大樹は何も言わずに、「マジ? 大変っぽいなー」 とか 「責任重大やなー」 と真摯に茶化すこともなく、ただ私の話すことに頷いて 同調しながら聞いてくれた。 

 だから私はその流れのまま、話の大筋を 少しずつ仕事のことから、将来 つまり結婚についてどうする? みたいな内容にシフトしていった。 私なりの姑息な作戦だ。


 大樹は、「うんうん」 と頷きながら私の話を聞いている。 なんとなくだけどいつもの彼の様子と違う? そんな感じがした。


 そして……


「あー 結婚なぁー オレもどうしようかって 考えてて 」 と。


(え?)


 この反応、いきなりの満額回答が期待できそうな彼の言葉にびっくりしながらも、舞い上がる自分の気持ちをなんとか抑えながら、次のステップに導くワードを出していかないと! だって ここは大切なところだから。 一気に鼓動が早くなり、早口になるかもしれないので、私は彼に気づかれないように あらためて姿勢を正して ひと呼吸した。


「そうよなー もう決めとこうか 」 

 大樹が自分に言い聞かせるような?  そんなトーンで私に振ってきて、そのまま二人の会話が続いた。


 結局、1年は私も仕事、彼も今が仕事の頑張りどころ、そこは通じ合った。 で? ゴールはいつに?

 

 炎天下の中、日曜日で混み合っている 海岸沿いの県道を 一定速でダラダラ走る車の中は、とても大事な二人の将来に向けての話し合いの場に急変した。


「もう付き合って2年かぁー 」

 彼が前を向いてハンドルを操りながら、感慨深そうに口にする。


「んーー オレ的には…… 」 と 彼のプランを話し始めた。


 大樹が語ってくれたのは、お互いにこれから1年は仕事に集中して、終われば パッと切り替えて準備を急ぐ、でもそんな切り替えは難しいので、1年は仕事に集中する と言っても、結婚に向けて少しずつ準備はしていこう、という 私にとっては願ってもない内容だった。  


 そして、なによりも一番大切なゴールは…… と、まず大樹からの提案。


「せっかくだから、ジューンブライド!  どう? 良くない? 6月とか 」 

 

「6月?(それだと 約2年後? うーん)…… それよりも 春先は? 3月とか 」 

 

 私もここで一気に加速する、ここはプッシュして良いところだ、しないと絶対に後悔する、言うだけならタダだ。 だから少し早口になっていたかもしれない、ううん、かまわない。


「んー 準備あるし……  ま、でも できるんだったら 早くしよっか 」


「え? 」


「たとえば、どっちかの 誕生日とか? 」


 思わぬ彼の答え。 しかも、早くしよう って、もちろんこの 彼の提案には私も乗らないわけにはいかない。


「大ちゃんの2月でも、私の1月でも どっちでもいいかもねー! 」 私も畳みかける。

 押しつけるのではない、彼の口から言わせたい、言ってほしい。 だから あくまでも私は導くだけだ。


 そして ついに! ずっと ずっと 聞きたかった、 ずっと ずっと ずっと 心待ちにしていた 彼の言葉が聞けた! 


「おぉ!いいじゃん 二人で、そこ目指して準備して…… 早く 結婚しよっか 」 


 うわぁ~! 本当はものすごく嬉しい、ここで飛び跳ねて叫びたいくらい、だけど緊張しているのか、なぜか顔が引きつってしまって、声もうまく出せない感じで、ドキドキ と鼓動だけが 喉の奥から、頭に耳に伝わってきている。


(私、何か言わないと……  早く…… ここ すごく大事なんだから!)


「うん そだね 」  


 やっと声が出せた。 


 その途端 前を走る車や信号が霞んでしまって、思わず私は自分の視界の左側に流れていく海の景色に目を移した。 それと同時に鼻を啜ってしまった。


「寒かった? あ、けっこう冷えるなー 」

 大樹はエアコンのダイヤルを回して風を弱めてくれた。


 なんとか強がって、感動の涙のことはバレないように振舞ったけれど、まだ素直じゃない私は、次はわざと咳き込んで、ハンカチで口押さえるフリをしながら目元を拭った。


「マジ、大丈夫?」  何も気づいていない鈍感な大樹で良かった。


「うん 平気」 


 それにしても! あー! 私、今の彼の言葉、スマホで音声録音しておけば良かったのに~! さっきはそんな余裕はなかったけれど、今になってそんな後悔も 余裕で微笑ましく思えてきた。


 大樹はその後も、真面目に語り続けた。

 

 実は最近になって 彼自身も、これまで漠然と考えていた結婚のことを急に考え始めていたらしい。 と いうのが、会社の同期と学生時代の友人が立て続けに結婚した、もしくは する事態になって、自分だけが一人取り残されてしまうことになるという恐怖と焦りが、急に生じてきたとのこと。(所々かなり盛った表現が入っている気もしたが)

 

 彼的には仕事もそして会社での役割も、わりと順調に忙しくなってきていて、いっそのこと早く身を固めたほうが得策のような気がしたのと、最近接点の多くなった新婚の先輩社員から、結婚生活の良さをほぼ毎日吹き込まれていたこともあったりして、むしろ大樹のほうから私にこれから先のことを相談したかったらしい。


 だけど、彼はこういう話を切り出すのは、なんか恥ずかしかったし、照れくさくて、いつ、どのように切り出せばよいのか タイミングを窺っていたというのが言い分。 だから今日、私がこの話を出してくれてちょうど良かったと、彼もまた安心していたし、表情や話し方からも彼の言葉に偽りのないことは伝わった。


「よかったー」 「助かったー」 その後も彼は何度も口にしていたところから、やはり本当の気持ちに違いない。


「まだ1年以上あるよなー 急に すんません 別れてください とか言うなよ? 」


「それ こっちのセリフ! そっちだって かわいいコに目がないし! というか、すんません とか言わないし 」


「え、バレた? でもかわいいコよりセクシーなほうが好みですが、なにか? 」


「もぉ~~!! 」


 うん! これでもう大丈夫! 

 シリアスでセンシティブで どこか重い雰囲気から、いつもの二人の調子に戻った。 


 さてさて、二人の着地点を確認してベクトル合わせもできた以上、あとは新しい仕事だ、彼も頑張っていることだし、私も頑張らないとね! 

 もちろん二人一緒の時は、彼の彼女として、2年も付き合っているカップルとして、まだまだ楽しもう! そしてゴール目指して一緒に準備をしていこう~! 私はそっとガーネットのネックレスに手を当てた。


 今までモヤモヤと燻っていた気持ちも、今はスッキリと晴れたし、これで 今日のデートが満喫できる、そして午後からの英語も頑張れる! 

 これまで、本当に悩んでいただけに なおさらだ。


 昨年オープンした「マリンビレッジ」は、家族連れやカップル、団体ツアー客などで連日賑わっていて、特に日曜日の今日は、駐車場も第三駐車場という離れた場所にやっとスペースを見つけることができたくらい。


 日本でもトップクラスの規模を誇る広大な敷地の中には、シロクマやペンギンやアザラシが見られる人気のエリアや海に面していることから 海中回廊 というパイプ型の展望トンネルのスケールの大きさが目玉だ。 

 そのほかにも屋内水槽や、今日の私たちのお目当ての迫力あるパフォーマンスが話題のイルカショーは要予約となるくらいに人気を博している。 

 また水族館や水中生物の鑑賞だけでなく、臨海公園として園内の人工池周りの散策や釣り堀、ゴーカートの本格的なコースやアスレチック、観覧車や絶叫滑り台のあるアトラクション、波乗りプールなど、まる一日、老若男女が十分に満喫できる。

 園内は広くゆったりしているおかげで程良い感じの賑わいで、常に海から吹いてくる風も気持ちが良くて今日が30℃超えている真夏日であること忘れさせてくれた。


「なんか今日って、女子アナみたいな感じじゃん 」 


 そう言って、大樹は日傘をそっと私の手から取って彼が持ち 私に被せてくれた。

 私の方を向かずにそう言ってくれたということは、もしかして照れている? それはそれで嬉しいのだけど、さすがに表現がちょっとおおげさなんだけど。


「はぁ? 」


 このデートの後で英語の講座があるということもあって、しかも初めての参加ということもあって、いつものカジュアルなデートコーデではなく、「きちんと感」に寄せてみた。

 たしかに、こんな格好をしたのは超久しぶりだったかも。

 

 セミロングの髪はゆるっとした感じにまとめて大粒パールが並んだヘアクリップで留めた。 洋服はスモーキーピンクのフレンチスリーブトップスに、白ベースの花柄の膝下丈フレアスカートを合わせてキレイめ系のコーデということで。 もちろん定番のガーネットのネックレスも。 靴はスエード調素材で足首をストラップでホールドしているグレーのぺったんこパンプス、歩きやすくて、時々通勤でも使用している、本当はヒールのあるパンプスにしたかったけれど、動き回るデートなので、こちらにして正解だった。 ふと、月曜日からの仕事をイメージすると、この靴で通勤はできなくなることが、頭を中をよぎった。


「お天気お姉さんみたい というか お天気オバサン? いや、やっぱりお姉さん 」


 白のポロシャツに濃紺のハーフパンツとスニーカー、100%カジュアルルックの大樹は、私との外見のバランスの悪さを気にしているのか、わざとおおげさにそんなふうに煽っているのかもしれない。


「なにそれ! もぉ~!」


「いやー、なんかマジで、いんじゃない? 」 


 それでも、大樹のあっさりとした脚色のない言葉は素直に嬉しかった。 そして なによりも、さっきの車の中で結婚に向けての彼の真意を聞くことができた私は、ジワリとくる幸せな気持ちを噛みしめながら、思いきりこのデートを楽しむことができている。


「そのスカートを気にする姿が、けっこう萌える! 」  


「はぁ? それヤバくない? 」


「一瞬、白いレースみたいなのも見えたし、めちゃ ラッキー! 」


 おそらくペチコートのことだろう。


 時折、乾いた強い風が吹いて スカートを抑える私に、いつもながらの訳の分からない変なことを言って ニヤついている大樹も、きっと私と同じように デートを楽しんでいるはず。 そうだと良いのだけれど。


 園内のレストランで昼食後、大樹はブラック、私はカフェオレをそれぞれアイスで飲みながら、私は一抹の不安である これからの移動時間のことをもう一度彼に確認した。


 14:00というのは無理でも、最低でも14:20?30くらいまでには、教室のある最寄りの駅に着いておきたいことと、最初の日だから余裕を持っておきたいと、あらためて彼に念押しすると、


「20分なら 超余裕~」、と一言だけ。


(本当に大丈夫?)

 半信半疑の気持ちを持ってしまうけれど、大樹の時間に対しての正確さはわかっているので、とりあえず彼の言葉を信じて、今日のデートのメイン、大迫力のイルカショーを心から楽しむことにした。


「うわぁ~ すごいね~」 「マジ すごっ」 「かわいいねー」 「あはは……」


 4頭のイルカが繰り出す様々なパフォーマンスは、愛くるしくもあり驚くくらいのダイナミックなものもあり、またスタッフさんとの演出も楽しくて、大樹も私も観客全員が大満足のショータイム、あっという間の20分だった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る