第28話 プロジェクト②
母が作ってくれたお弁当を急いで食べ終えて、私は3Fの誰もいないミーティングルームに駆け込んだ。 そして、意を決して というわけではないけれど、でも 大事な話なんだと、頭のモードをセットして、大樹に電話をした。
私からの連絡手段のほとんどはLINEだけに、電話に出た大樹はびっくりしていたけれど、声の感じから機嫌は良さそうだ。 うっかり その空気に釣られてはいけないと、今朝からの出来事を 私はできるだけゆっくりと落ち着くことを意識しながら、スマホをテーブルに置き スピーカー/マイクにして話を始めた。
「相談があるんだけど 」 と切り出し、
朝一番で会社のエライ人から、来週から仕事の内容が変わること、つまり異動を打診されたこと。
それはとても大きな仕事で、もしもその話を受けると、少なくとも1年間は休出や残業、そして出張の可能性もあること。
更に、ひと呼吸おいて…… そうなると結婚のことも、付き合った期間からタイミング的にはちょうど良い時期だと思うけれど、今回の新しい仕事によって、進展が遅くなってしまうかもしれないこと。 もちろん彼が そこに、そこだけにでも、しっかりと反応をしてくれることに期待を込めて。
私にしては、今までなかなかハッキリと言えなかった このテの話だったけれど、今こうしてスマホを通じて、プロジェクトの相談という理由を通じて、ほぼ思い通りに、彼に伝えることができたのではないかと思う。 冷静に話したつもりだけど、もしかしたら私、声が震えてた? やっぱり気持ちが入るのは仕方がないよね。
そして最後に、この話は受けたほうが良いのか、そうじゃないほうが良いのか、という相談で電話をしたのだと。
彼にしては珍しく、話をする途中で何も返すこともなく、彼定番のチャチャを入れることもなく、私からの一方的な話(相談)を止まらずに全部聞いてくれた。 彼にとっても、大事なことだと受け止めてくれているのかな?
「そっかー マジかー そっかー …… 」
もちろん表情はわからないけれど、もしかしたら私の気持ちを察してくれているのかな? だって、いつもの彼のトーンよりも重く感じたから。 特に結婚のことを気にしてくれているのなら、私の思惑通りなんだけどなー。
その場合の私の選択は、当然 当然! 佐倉さんには、先ほど説明を受けたプロジェクト入りはお断りをする、それ一択しかない。
覚悟はできている、だって もともと難しい仕事には関わりたくないし、私なんかがその仕事に付いていけるわけもないのだから。 とにかく自分の口で断って丁重に頭を下げないといけないだろう。
「彩も、そういう歳ってことか そっかぁー いろいろあるなー 俺もだけど 」
たった一言、の彼の言葉だったけれど、こういうシリアスな会話が最近二人の間で交わされていなかったことからも、たまにはこういうのも必要だと、今 ふと思った。 しかも年齢のことまで彼が言い出すとか、これって この先の この話の展開にかなりの期待が持てるはず。 持てるよね?
少なくとも、二人の将来についての大事な相談であることは理解してくれているはずだから。
「だって、もう付き合い始めて1年半くらい? 経ったし、ね 」
私たちにとっては新鮮なやりとりだ。 私はこの流れを断ちたくないから、静かにソフトな口調で返す。
「そっか まっ 1年? えっ 1年半? そっかぁー 」 どこか感慨深そうな彼のトーン。
「うん それくらいかなー 」
私も彼に合わせて重く返事をする。 この空気って、もしかしたら彼の頭の中で、私たちの思い出のシーンが映し出されているのかな? 単純な私は、とても都合の良いイメージをしてしまう。
「え? 仕事って、1年って言ってなかった? 」
「え? 」
「いや、さっき言ってた 新しい仕事 1年くらいだったら、頑張れば? 」
素っ気ない彼のトーン。
「え? 」
「ま、1年くらい、大したことないし、相談とか、ぜんぜん乗るし 良いアドバイスできるよ? 旅先での過ごし方とかって ま、まず、旨いもんを探すことやな~ あはは 」
「え? いや、そうじゃなくて…… 」
待って? そうじゃないよ。
それに、1年なんて大したことないって、大したことないの?
「わりぃ 今から会議…… じゃなくて、その準備 下っパは大変じゃ~ ま、またLINEするし、わざわざサンキュー とにかくがんばって! 無理だけは すんなよ! 」
忙しく一方的に彼が捲し立てて電話が終わった。 大樹らしいと言えば、それまでなんだけど、だけど事情が事情、おおげさかもしれないけど、二人の将来に関わることなのに……。
私は虚ろな目で画面の消えたスマホを見つめながら、一気に静かになった控室で俯いた。 私の話の持って行き方とか、話し方とか、かけひきとか、上手くないのかな? きっと、そう。
そう思い込んで、とりあえず自分を納得させたものの、彼の反応に大きな期待をしていた分、ものすごく残念で 脱力してしまった。
今の彼との会話から、正直、もぅ、どうでもよくなった。
ふぅ~~ と大きく息を吐き出す。
切り替えないと…… 切り替わらないよ…… でも、切り替えないと。
これから先、大樹と話ができなくなるわけではない、いつだって連絡もできるし、会うことだってなんとかなるだろう。 まだ始まってもいないプロジェクトを私だけが過剰に捉えすぎていただけかも。
大樹の反応も、至って普通だったわけだし、夕奈も、積極的には見えたけれど、普通に考えると、こんな話を断ることなんてできないだろう。 結局、私がネガティブすぎただけ、欲張って期待をしすぎただけ。
それに……
「1年なんて、あっという間 」
自分に言い聞かせるように小さく独り言を呟いて、ハンカチでそっと目元を拭い、午後の準備へと急ぐ。
これでもう私の気持ちは決まった。
ふたたび会議室に向かうエレベーターの中。
「あ、彩…… 仕事のこと…… 話、できた? 」 夕奈が、どこか遠慮がちな声で聞いてきた。
夕奈に気を遣ってもらうのは、親友だけにありがたいのだけれど、そんな親友に心配をさせてしまったことは、すごく悪い気もした。
「うん 話、したよ ガンバレーって言われた。 だけど 何をどう頑張って良いのか、わからないよね 」
ここは淡々と事実に従って、返事をした。
「ホント、何をするのか、怖いよねー それにしても、良かった~ 」
そう言って笑みを浮かべる夕奈の表情はいつもの彼女。
「え? 」
何が良かったのかを彼女に聞いてみると、新しい仕事は一人だと不安なこと、でも、そんなことよりも、置いてけぼりは辛いから、と。
仕事のことはわかるとしても、置いてけぼりって…… やっぱり夕奈も、私の婚活の動向が、相当 気になっていたらしい。
特に同期で親友だからこそ、そう感じてしまうのだろうか。 私も立場が逆だったら、夕奈に対して同じ感情を持っていたに違いない。
(残念ながら、まぁとりあえず1年は? このままの状態なんだよねー)
私は心の中で苦笑しながら、夕奈の後について、1605室に入った。
私と夕奈が誰もいない会議室に入って席に着くと同時に、佐倉さんが入ってきた。 相変わらず颯爽と、そしてデキる女性オーラを纏って。 隙は見当たらない。
それでも微かに綻んでいるかのような口元と、どこか柔らかさを感じる涼しげな目元に、私は これまでの完璧な硬派だった彼女の印象が解れていった。
そういえば、以前から抱えていた変な感情も、現実としてこれから一緒に仕事をしていかなければいけない状況になった今、割り切りの気持ちからか、いつのまにか沈静化していた。 ただ、それでもクールビューティー的でキリっとした カチッとした佐倉さんの雰囲気というか、空気感だけはやっぱり苦手。 夕奈らファンの方々は、そこが良いと評価をしているみたいだけど。
並んで座る私たちの正面に佐倉さんが座り、モニターのスイッチがONになった。
「じゃぁ、始めましょう お願いしまーす 」
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