True Love ?
第25話 はじまり
翌日 金曜日は、早朝から強い雨。
少々の雨なら駅までは歩いていくのだけれど、さすがにこの雨だと徒歩で15分はさすがに辛い。 だから、こんな日は父に駅まで送ってもらうしかなく、それもあって朝からバタバタと忙しかった。
フリルのスタンドカラーでシンプルな白の長袖ブラウス、濃いベージュのテーパードパンツに紺のサマージャケットを羽織った私は、父の車に乗り込み 深~く 一息つくと、ようやく 慌ただしさの中から脱出できた気持ちになった。
スマホからLINEを確認すると、大樹からは昨日のお礼、夕奈からは、今日 ヨロシク とそれぞれがスタンプで。
あと、雨雲レーダーによれば、雨はお昼には止むみたいだ。 ただ、今この時間は雨のピークということもあるのか、駅前の交差点に差し掛かる手前のところで信号待ちの渋滞に はまってしまった。
だけど車のラジオから昨日のプロ野球の試合結果が聴こえてくると、自然と父との会話が弾んで渋滞のストレスが軽減。 その流れのままで、車を降りても、満員の快速電車に乗っても、雨の中、傘を差しながら会社までの道のりを歩いても、ローファーの足取りは軽かった。
私、単純すぎる?
そんな感じで出勤した私だけど、3Fのフロアに上がり 更衣室に入って制服に着替え、ローヒールの事務用パンプスに足を入れるころから、やっぱり 昨夜の夕奈のLINEメッセージが気になり始めた。
「明日 ショールームのことで朝一番に緊急会議!」 って、何? 緊急?
週末金曜日の慌ただしい朝の時間だから、事務所に入っても夕奈とは遠目に会釈くらいは交わせたけれど、話ができるタイミングが取れないままに、朝礼後 夕奈と私はすぐに係長の西岡さんに呼ばれて、3人で一緒に16Fの会議室(1605室)へと向かうことになった。
私たちの会社の本社ビルは17F建てで、最上階は大会議室とか社長室や役員の部屋、その下 16Fは大・中・小会議室とフリースペースで構成されたフロアになっている。 リモート会議が多くなった現在では、会議室の集約化と空きスペースの有効利用が課題だと言われていて、そのあたりのことは私たちの所属している総務部が、そして西岡さんの係こそ この業務の主担当になっている。
あらためて3人が小声で おはよう(ございます) と挨拶を交わしながら、エレベーターを待つ。 私は気持ち的にはやっぱり不安が先立っている。
「西岡さん、上に行って何があるんですか? 」
いつも明るい夕奈にしては、怪訝そうな重いトーンで口火を切る、夕奈も昨日の帰り際に西岡さんから、今日の朝イチから、私と緊急会議に出席するように言われただけで、他は何も言われていないらしい。
アラフォーの西岡さんは総務部の中でも中堅の係長さんで、係自体は違うけれど、チーム外の私たちへの人当たりも良く 清潔感もあり、親しみやすい人だ。 何よりも仕事面で部長や課長からの信頼が厚いのは私たちにもわかる。
「いや~ 僕も、課長から1605室に山口さんと松本さんと一緒に行って、とだけしか…… 1605でやるとかも、さっき部長からの内線で知ったくらいだし…… あ、でも、ショールームのことで緊急会議? みたいなこと言ってたけど? 」
西岡さんが呼ばれているということは、単に予てから言われている会議室の集約のことなのかな? 私なりに呼ばれた理由を考える。
でも、それだったらショールーム受付担当の私たちには関係のない話。 今回はショールームのことって言われているし…… それにしても西岡さんですら、何もわからない、って? しかも緊急? もしかしたらショールームで何か粗相でもあったのかな? いや、それだったら16Fに行く必要ある? エレベーターの中で私なりに頭を巡らせるけれど、適当な答えも会話のネタも見つからない。
「16Fって…… ショールームは1Fなのに、16Fまで、わざわざ上がるんですねー 」 なんとか私も 会話に入ろうと頑張った。 だけど 当たり障りがなさすぎる一言だった。
そしてエレベーターは途中の階に停まることなく16Fに到着。
ここは会議室専用のフロアなので、用件のある人だけ、そして会議室予約をした人に限られる特別な場所。 但し、通常の業務の打ち合わせとか商談で使われるというよりも、主に社内では本部長クラス以上、もしくは 社外のお取引先様でも 特に上得意様や行政機関や役所のお偉いさんあたりとの会議とか会談、あと入社試験の最終面接や労使交渉などの大きな業務で、このフロアの会議室が使われている。
そんなところだから、今も私たち以外は誰もいなくて静かだし、柔らかい暖色の照明に照らされる通路と少し厚みを感じる濃いブラウンのカーペットが音を吸収しているようで ますます特別な場所だということを意識させる。
私的には、受付の制服(と言っても事務服)を着て このフロアに来ているのが、なんだか恥ずかしかった のもあるし、かなり浮いている気がしてて、だから なんとなく背中を丸くして通路を歩いてしまっていた。 おそらく夕奈も同じことを感じているのでは? と思う。 そんな 新しいモノ好き 冒険好きの夕奈は はしゃぐことなく無表情で西岡さんの後ろに付いて歩を進めていた。
3人とも無言のまま、1605会議室に入ると、目に飛び込んだのは大きな窓から見渡せる 雨に曇った街。 オフィスビルやデパート、ホテルやマンション、通りの街路樹や交通渋滞している大通りなど。
エレベーターに乗って16階に降りてから、この部屋に入るまで 何とも言えない息苦しささえ感じていたので、会議室の窓から外の景色が広がって見えているだけで、ふわぁ~っと 気持ちが開放的になって、私は、というか私たちは思わず声が出てしまった。
「うわぁー」 「すごいねー」「けっこう高いなー」 誰かれなく 小声で呟きながら、大きなガラス窓に近づいた。
西岡さんや夕奈は固い表情のままで窓の外を見ていたけれど、何を思っていたのかな?
私は 正直…… 駅ってどこだろう? あ、こっち側は反対だ くらいのことしか浮かばなくて、でも普段は目にすることのない景色がとても新鮮だったし、正直 私的には少しだけ気持ちが和んだ気がした。
そんなことを思いながら、とりあえず3人は席に座った。
1605はmax10人程度の小会議室で、ようやく夕奈との距離も近くなったこともあって、今の状況はさておき、薄っぺらい ごくごく普通の会話が始まる。
それでもどこか重い空気が立ち込めているのだから、この際 もう どんな話題でも良い。
「昨日、勝ったじゃん 良かったねー 」 と夕奈が不意に持ち掛けてきた。
「うん すごかったよー! 」 と私も おおげさに明るく返す。 推しの若手選手が活躍したことも補足して。
「えっ 昨日、行ったんだー 良かったじゃん 」 と、なんとなく私たち2人の会話に入りたそうな西岡係長も無理に張り切っているのがわかる。
それでも、野球の話は3人の中で2-3往復くらいの お慰め程度に交わされると、ふたたび沈黙が訪れた。 そうなると重い空気に包まれた暗い雰囲気に戻ってしまう。 でも、さすがは西岡さん、そんな空気を振り払うかのように、次は今日の天候のこと、雨の話題を持ち出してきた。
「朝7時頃って、めっちゃ降ってなかった? 東南線、また遅れたでしょ 」
「ですよねー! ホント、雨、すごかった…… 」
西岡さんの問いに夕奈が返し始めようとしたタイミングで (コンコン) とドアがノックされる軽く乾いた音が、私たちの和みの席にも響いた。
私には その音が、何か「はじまり」を告げたような、とても重くて とても意味深な音、というか 何かのメッセージのように聞こえてしまった。
私たち3名に一気に緊張が走る。
ドアが勢いよく開けられて、少し涼しげな室外の風も一緒に 颯爽と会議室に2名が入って来られた。
「おはよーう! おつかれさん! 」
予想もしない2名。
まず先に入ってきて、声を発したのは、なんと!田中副社長…… え? 副社長?? そして もうひとりは女性だった。
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