第24話 スタジアム


 私たちが図書館を出ると、まだまだ気温は高いまま。 夕方になると風も止み、地表からの熱も加わって、モワァ~とした不快な暑さを感じてしまう。 涼しかった場所から出ると尚更だ。


「しかし、ヤバいくらい暑いなー 」 

 大樹の口から出たのは愚痴のようなトーン。


「うん 暑いー 」 

 でも私的には気持ちを切り替えるには、これくらいの暑さのほうが良いのかな、そう思いながら、若干ゆっくり目に歩を進める。


「あ、何、読んでた? 」

 バス停に向かいながら、彼からベタな問い掛けが来た。


「ひ・み・つ 」

 私はわざと大げさにおどけた。 だっておどけるしかなかったから。


「俺も、ひ・み・つ 」 

 何も知らない大樹は大げさに合わせてくれた。


「もぉ! マネするなー! 」 

 頬を膨らまして右手に拳を握って、彼を軽く叩くふりをする。


「エロ本、読んでたんじゃないの? 」


「ばーか そんなわけないじゃん …… あっ そこのコンビニに寄りたいー 」


「おぅ、わかった 俺も カネおろすし  あと、飲み物 買わないと 彩は? 」 


「うん、私もテキトーに買うから 」


 キンキンに涼しいコンビニに入ると、すぐにATMに向かった大樹に私はさりげなく距離を取る。 そして手早くショーツを買って、お手洗いに入って、これで完璧にいつもの自分に戻ることができた。 

 もちろんペットボトルのお茶も忘れずに買った。


「ねぇ、今日はどうなるかな~? 先に点を取れば ピッチャー良いから 逃げ切れるよねー 」


「そやねー でも打てるか? まず、そっからだろーな  ってか、彩、えらいノッテきたなー! 」


「そう? 」


「やっぱ、コンビニがメチャ涼しかったし、生き返った? さっきよりもシャキシャキ歩いてるし 」


 大樹は笑う。 

 だけど 彼が言うとおり生き返ったし、でもその理由は絶対に言えないだけに…… とりあえず そうかなー? と、彼に顔を向けずに、とぼけるしかなかった。


「お! バス 来たぁ ちょうど良かったじゃん ラッキー! 」


 タイミング良く乗ることのできたバスの中でも、饒舌に野球の話をする私だった。 まるで何かを振り払おうと無意識のうちに、そんな感じになっていたのかもしれない。 なので、大樹に もう一度、テンションの高さを指摘された。


 そんなことを繰り返しながら彼とじゃれあいスタジアムへと向かう酷暑の中、「生まれ変わった」私からさっきの出来事は少しずつフェードアウトして、スタジアムで贔屓チームの応援に熱くなるころには、完全にデリートされていた。


 試合は、贔屓チームが逆転で勝利! 

 願ってもないスリリングでドラマチックな展開だった!! 


 しかも、いつか二人で観に行った(約1年前)2軍の試合で活躍をした 推しの若手選手がホームランを打って、それが逆転の口火となっただけに、大樹は異常に盛り上がって、ビールの売り子さんを呼ぶ回数が増えていた。


「あぁ~ いい日だ~! マジ、サイコ~ 彩のお父さんに感謝、感謝、感謝 」


「うんうん わかったわかった  あっ! そっちじゃない こっちー 」


 ベロンベロンとはいかないものの、ものすごく機嫌が良くてテンションの高くなっている彼の手を引き 混雑するスタジアムから、やっとのことで脱出。 あとは人波に合わせ、スタジアム横のバス停から最寄り駅行きのシャトルバスに乗る。 興奮が冷めないままに 試合の感想はもちろん、バックネット裏最前列で観戦した迫力なんかも会話に挟んだりと、あれこれ笑顔で語り合ううちに、あっという間に駅に到着した。


「どうする? 行く? 」 


「え? 大丈夫? 」


「んー ちょい 頭痛が痛いかも 」


 寒いギャグを混ぜながら、大樹が いつものところ に誘ってきたけれど、明らかに飲み過ぎて辛そうな感じだった。 私は、明日も仕事があることや、帰宅してスポーツニュースを見たいとか、適当な口実を並べて断ると、彼は意外にあっさりと了解。 彼自身も実は辛いという自覚があったのだろう。


「じゃぁ、また アヤパパさんにヨロシク~! 」


「あはは…… わかったー 気をつけてねー 」


 そんな感じで最後まで応援スタイルそのままに上機嫌の彼が乗った各駅停車の電車を、微笑ましく見送ると、私はすぐにホーム反対側に待機している快速電車に乗った。

 発車時間は10分後ということもあり 私は座ることができたので、自宅の最寄り駅に着く時間を母にLINEすると すぐに 父が車で迎えに来るという返信があった。


 そのうちに電車の中も残業終わりの人や私たちのように野球観戦帰りの人、塾帰りの小学生たちも、様々な人たちで混みあってきた。 

 そんな目の前のシーンを何気に見ている私もやっぱりホロ酔い気味で、大樹のことは笑えない。

(みんな大変なんだなー)(頑張ってるんだなー)って、突飛で いい加減なことを思ったりしながら、目を閉じたり開けたり ウトウトしているうちに電車は到着、すでに駅前のロータリーに停まっていた父の車に乗り込んだ。


「あ、岸本くんがね 何度も お父さんに感謝、感謝って、言ってたー 」


「そっか、よかった 勝ったし 」


「うん あと、こんな前の席で観るのかー って、けっこうびっくりしてたし 」


「まぁ、よかったじゃん 一番前の席、座って 」


「うん 」


 以前からも、なんとなく やっぱり私の彼氏の話題だから、なかなか母や妹に話すようなトーンでは、父に伝えられない少し重い雰囲気があった。 今日もこんな感じで彼の話題は淡々と最低限に留めて、あとは試合内容の話や選手の話に終始しているうちに、我が家に着いた。


 サッパリとした風呂上がりにスマホを見ると、大樹と夕奈からもLINEが入っていた。 


 大樹は、無事に帰宅した、ありがとう、おやすみ~ と立て続けに入っていたので、私もすぐにスタンプ返信をしたけれど、既読にならないということは、上機嫌のまま早くも眠りについたのであろう。 

 夕奈からは、珍しく? 仕事の内容で、明日 ショールームのことで朝一番に緊急会議! とのメッセージと やれやれ とため息をつくスタンプが。  私は、ありがとう、了解、おやすみなさい のスタンプを返しながら、わざわざ そんなことを夕奈が連絡してくることに、軽い胸騒ぎがし始めた。


 胸騒ぎ…… 

 ううん、胸騒ぎだけで止まらない。 

 夕奈からのショールームというメッセージを見た途端、なぜか あの佐倉さんの顔が頭の中に浮かび、同時に今日帰り際に擦れ違った時の彼女の香り、その香りに包まれ いや、纏わりつかれたまま犯してしまった、図書館での恥ずかしい失態が蘇ってくる。


 振り返れば、佐倉さんが入社された時から、ふと彼女を思うと、なぜか自分の感情が変に昂ってしまう、だから意識しないようにする、でも 意識しないようにと思い込むから、余計に意識をしてしまう、その繰り返し。 

 もちろん、私自身は彼女が嫌いなわけではなく、そんな嫌悪感どころか、むしろ上品で美人でスタイルも良く、仕事もできて、という憧れのような感情のほうが強い。 それは夕奈をはじめ女子社員のほとんどが抱いている感情と同じだと思う。 

しかも佐倉さんとは、所属部門が違うし、そもそも会話もロクに交わしたこともない、仕事上の接点さえもショールームを通じてだけのこと。

 

 だけど、それなのに今みたいに胸騒ぎを掻き立てるような、私の中の彼女の存在って、それって何?


 モヤモヤした気持ちのまま、テレビのリモコンを手に取り、スイッチをONにすると、ちょうどスポーツニュースが賑やかに始まった。 

 そして私たちが観戦した試合のダイジェストは、私の抱いている変な感情を一掃してくれた。 


 やっぱり疲れているのかな? 私……





 **********



 これから先、こんな私にも、波乱万丈のドラマが始まってしまう。




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