第21話 セックスとチケット


 梅雨時は、特に土日になれば本格的に雨が降って、私たちのデートも湿りがち。


 山や海へのアウトドア、ドライブの行先も限られてしまう。 そうなるとボウリングやカラオケ、ショッピングなどの街ブラは、私たちと同じような行き場を失ったカップルや子供連れなどが重なり、どこの施設系のレジャーも混雑していた。

 それが私には微妙にストレスを感じさせ、大樹にとっては私のストレスがむしろ好都合だったのか、良い理由ができたとばかりに、とりあえず行こうと誘われたラブホテルで過ごす時間が増えていた。


 ラブホテルで愛し合う行為をすること自体、私は嫌ではないし、恋人同士である以上、自然の流れだとも理解している。 

 ただ本当に本心では どう思っているのか? と聞かれれば、ここのところの大樹は、やっぱり「する」ことだけがメイン、自分の性欲を満たしたいだけ、それが満たされれば、あとは惰性で私とのひとときを過ごす、そんなふうに感じてしまい、私的には残念な気持ちになる。

 そんなときでも、今は梅雨だから行くところがなかったから とか、そもそも男の人のセックスに対する考え方はそんなもの とか、私自身が納得する理由を探しながら、ハッスルした後に熟睡している彼の寝顔を隣から眺めていた。


 思えば彼と交際が始まった当初は、将来へ続くパートナーとの愛の行為に陶酔してきた感もあった。 これからセックスをして愛を交わすという恥じらいと照れと期待を持ちながら、ラブホテルに入って、だから一緒に迎えるフィニッシュも彼との固い繋がりを確認できる ひととき だと思い込んでいた。

 でも、未だに将来が見えてこないままズルズルと付き合っている状態だけが長くなると、これまでの愛の繋がりが確認できるセックスから、今は デート終盤の、彼が主催のルーティンになっていて、彼の性欲を満たすだけのセックスをしているのだと思えてくるようになった。 だけど、私自身の性欲に対しての不満はなくて、なぜなら私は私で、性的な快感を求めたい時には、ネット小説からR-18のシーンを使って、イメージを描きながら独りで 自分の指だけで、とりあえずは満たされていたのだから。


 いつしかそんな感覚に変わってしまった私は、ベッドの上で彼と交わる時は、生理的に反応する身体は仕方がないとしても、頭の中は至って冷静で、だから喘ぎ声も吐息も、そして表情や悶える姿でさえも、私なりの迫真の演技で彼を満たすことに専念した。 まるで女優さん、そんなふうに思えば悪い気はしない。 

 それに、こんなことを言ってはいけないのだけど、行為自体はわりとあっさりとしていて、彼自身の体も思考も ON/OFF がはっきりしていたので 時間的にもそんなにだらだらしたものではなく苦痛は感じなかった。

 但し、私と「する」ことで性欲を満たしたい彼が、そんな私に気づいてしまうと、ううん彼が一方的に思い込んでしまうだけでも、最悪の場合、二人の関係性までに影響するかもしれない。 今更、こんなことで、旦那さま候補を離してはいけないと思っている。

 幸いにも、いつもラブホから帰る車の中での彼の顔や声の張りから、満足した時間だったことを感じ取ることができていた。

 

 大樹とのセックスはそんな感じで、行為自体は 正直 若干の物足りなさを感じることもある。 

 ただ そのことは、恋人として お付き合いをしていく中では限定的なこと、もちろんそれが全てではない。


 彼の大雑把な性格はご愛嬌として、基本 真面目で優しくておおらかで明るいキャラクターと、一方で、倹約・節約思考といった 小難しいところや、気がつかなさすぎる面はあるけれど、総じて 私のことは とても大事に思ってくれている。 そこに間違いはなくて、だから当然、大樹以外の恋人の選択肢はあるわけがない。

 それに、もしかしたら彼だって、私に対して何かしらの不満や物足りなさを感じているかもしれないのだから。

 相思相愛で100点満点の完璧なカップルだとは思っていないし、今更 それを目指すつもりもない。 私的には、むしろどこか欠点があるほうが 、居心地も良くて 長続きできる気がする。


 突風やゲリラ豪雨があった今年は、例年にくらべて、早めに梅雨が明けて、いよいよ暑い夏が来た。


 そんな7月の20日過ぎ、月曜日のこと……


「はい、これ~  2枚あるから行ってくれば? 」


 会社から帰宅してすぐに、母から手渡されたのは、大樹と私が熱狂的に応援している地元プロ野球チームの試合観戦、今週木曜日分のチケットだった。 

 父が会社の取引先からのルートで入手したものらしい。


「え!ありがとう でも私がもらっちゃっても? お父さんと二人で行ってくれば? 」


 たまには、父と二人で行けばいいのに、と思ったけれど、今シーズンはプレミアム化しているチケットだけに、真っ先に大樹の喜ぶ顔が頭の中に浮かんでしまう。


 母に勧めるような言葉を口にしながらも、気持ちは正直で……

 だって大樹にLINEで連絡をするために、すでに片手にはスマホが握られているのだから。


「あ、大丈夫。 私、暑いのは無理。 お父さんだって涼しい部屋でビール飲みながら、テレビで応援する方がいいはずだし、お二人で どーぞ  」

 母は笑顔で私にチケットを押し付けてきた。


(やった!  よしっ これでリベンジもできる!)


 というのも、先々週の土曜日、大樹と花火大会に行くことになっていたのだけれど、前夜から私が体調を崩してしまって(片頭痛が酷くて)ドタキャンになってしまったから。

 初めて彼と一緒に行く花火大会のために奮発してエレガントな浴衣一式を用意までしていたのに! 

 シックな紺地に華やかな色合いのユリ柄の浴衣、そして薄いピンク色の帯やレトロな桐下駄、今年は出番がなさそうで、私はとても残念な思いをしていた。


 さすがに野球観戦にその浴衣を着ては行けないけれど、何にせよ、大樹が喜ぶことは間違いない。

 すぐに、大樹にLINEメッセージを送信した。


 大樹は、もちろん大喜び。 動物キャラが万歳しているスタンプを微笑ましく見ていると電話がかかってきた。

 よほど嬉しかったみたい。


「この木曜日だろ? 残業になるとヤバいし有休取るし、絶対に行く! マジ すごい! ゴールドチケット よく手に入ったな~ 」


「お父さんが会社で……  よくわかんないけど じゃぁ私も有休にしようかなー? 」


「おぅ 休んだほうが良いって! 半休とかもあるんだろ?  絶対、行く価値あるし!! 」


「そんなに? 」 


 私は大樹の熱のこもった話し方がなんだか可笑しくなって、笑いを堪える。


「うん! すごい! パパさんに大感謝! 感謝してまーす!  」


 その試合は、今の流れから言っても1位と2位の直接対決になること、そしてなによりもバックネット裏の最前列、もしかしてテレビに映るかもしれない席だということも教えてくれた。


「雨が降らないようにテルテル坊主、作るしかない! 」 


「たしかに! 」 私もつられて、つい本気で口から出てしまった。


「とにかく、行くしかない! 」 大樹は熱かった。


 翌日、私はその日の午後半休の申請をメールで送信して、課長に承認してもらうことができた。


 それにしても、ここ最近、母のやんわりとした圧を感じてしまう。

 あえて、大樹に繋がる話題や、今回のようなイベントを、さりげなく私に振ってきているような気がする。 

 この前も、映画のチケットを2枚、その前はファミレスのペアお食事券とか。 妹の静香ではなく、まず私から、そして必ず 「大樹君と」 というワード付きで。

 母の気持ちがわかるだけに、なかなか具体的な報告ができないことを、申し訳なく思うのと同時に、自分自身にも焦りが蓄積していくのを感じてしまう。


 そして、野球観戦の日。


 午前中の仕事を終えて、夕奈からの冷やかし攻撃を笑顔で振り切ると、私は早足に女子更衣室に駆け込み 帰り支度を急いだ。

 平日のお昼、みんなは午後からも仕事をする中を抜け出して、デートに行くというのは、なんとなく後ろめたい。 それでも私服に着替えて身支度を済ませると、サッパリと気持ちも切り替わり、開き直れた勢いのまま女子更衣室を出た。


 と、思わぬ人と鉢合わせをしてしまった。


「(あっ)…… 」

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