第20話 2 対 1
夕奈から問い掛けがあって、ほんの僅かだけど間が空いたような気がしたのは、大樹からの返事に私の期待が入っているからだろうか?
「あー どうだったかな? あの時はバタバタしてて、あんま覚えてないなぁ 」
大樹は私たちの会話に関わりたくないようなトーンで答えを返す。
(え? 待って? 覚えてるでしょ? あんなにときめいたフェアだったのにー!)
もちろん今、夕奈もいるし照れくさいのはあるかもしれない、だけど ほんの少しでも私の気持ちも察してほしい。 せめてそんなに 気のない声で返さないでほしい。
「ねぇ、お二人さんは、いつ? 」
まだまだ夕奈が笑顔で畳みかけてくる。 うん! これはナイス質問!
夕奈、もしかしたら、やるせない私の今の気持ちを読み取ってくれているの? と私は都合良く思ってみたものの、ううん、単に興味本位、というか 残ったもの同士 の情報収集かも?
それでも、夕奈のストレートな質問に、私は大樹の表情を横目で窺っていた。
少し考え込むような様子の大樹。 だから私は誘い水のような言葉で煽ってみる。
「いつ? いつって…… 明日かもしれないよ? なんてねー 」
私は冗談っぽくオチャラケ気味に夕奈に返したけれど、大樹の表情は変わらない。
それどころか、大樹から出た言葉は衝撃的だった。
「いつになるかなー? あっ、というか今日の新郎さん、友達のダンナって、何歳くらいの人? 」 大樹は私に聞かずに夕奈に聞く。
(いつになるかな?? はぁ? 何? はっきり いつ頃には、とか言ってよー!)
あっさりすぎる彼の返事に、私は一気に虚脱感・脱力感で全身が包まれてしまう。
それに新郎側のゲストが既婚の方ばかりだったという、さっきの私たちの会話から、薄々答えがわかっていて聞く質問だとしたら、大樹は本当に結婚自体をまだ先のことにしか考えていない? 本気で考えてない? なんとなくだけど、そんな気もしてきた。
だから彼からの質問、夕奈には正直に答えてほしくない。
でも、そんなわがままな期待はあっさりと却下された。
「んー 38歳って言ってたかな、たしか 彩、そうだったよね? 」 夕奈は悪気なく正直に答えて、私にも振ってきた。
「あ そうだったっけ? 」 それでも無駄な抵抗をする私。
「そんなもんだろ 今はそれくらいが普通? 」 独り言のようにポツリと大樹。
(え?普通って じゃぁ私たちは? 私は? まだ早い? そう思っているの?)
そう思うとすごく悲しくなって、私は大樹にすぐ問いたかった。 でも大樹がここで何を言い出すのかが怖かったし、それに夕奈もいる前で私の焦りを見せたくない変なプライドのような気持ちもあったから。
聞きたくても聞けない 言いたいことが言えない、これっていつもの私。
それでも一瞬の曇った表情から私の気持ちを察したのか、さすがは夕奈、すぐに話題を切り替えて振ってきた。
「明日から仕事だねー 憂鬱ー あっ 彩 まさか明日、受付から? ゲツイチ? 」
「うん! 」
私も切り替えられた話題に頭を追いつかせて、おおげさに後席の夕奈にVサインをして作り笑顔でうなずいた。
ゲツイチとは月曜日朝から受付を担当することで、その時間帯は来客が少なくて、ゆっくりできることもあって、私たち受付担当のローテーション/シフトの格好の穴場になっている。
「えー いいなー 彩、楽勝じゃん 」 夕奈はわざと妬むようなトーン。
「そうよー ラッキーでしょ! 」 私も無理にテンションを上げて返す。
「あ、ショールームね、ナギサプロデュースでサマーバージョンになるらしいよ? 」 夕奈が話を拡げてきた。 さすがは、佐倉渚さんファンで 自称 ナギサウォッチャーだ、情報が早い。
「サマーバージョン? って、もう夏? ナギサさんかぁー そっか季節も先取りなんだねー 」
視点が定まらない目で車窓の外を見る私の脳裏にはボヤっと佐倉さんの顔が浮かんだ。
「うん、だから明日から大道具のモリさんが大活躍だね! 」 夕奈が笑う。
きっと今、夕奈の頭の中は、夏仕様のディスプレイに変更するために、佐倉さんの指示の下でショールームの中を右往左往と走り回るモリさん(森山さん)の姿を浮かべているに違いない。
「え? モリさん? 」 私たちの話題に今度は大樹の方から割り込んでくる。
夕奈は待っていましたとばかりに、森山さんのキャラクターとその活躍?ぶりを、後ろの席から身を乗り出すようにして、盛りに盛って話をし始めた。
大樹は、さっきの結婚の話よりも食いつきがよくて、面白おかしく森山さんのキャラを伝える夕奈とまるで掛け合いの漫才でもしているような、そんな感じだから、車の中もBGMが必要ないくらいに賑やかになってきた。
森山さんの話題で大いに盛りあがる結婚にネガティブな大樹と、さっきまでの卑屈さが一気に陽気で明るく変わった夕奈、ふたりの会話の中に、正直 私は入りたくない気分。
それでも仕方なく私も笑いながら、振られた話には合わせていたけれど、車内は完全に 2対1の構図になった。
そんな私の頭の中は、森山さんよりも さっき浮かんだナギサプロデュースと呼ばれる企画や演出を仕切っている 佐倉 渚さんの姿がだんだんと色濃くなって頭の中を支配し始めていた。
佐倉さん…… 知的でスタイルがよくて小顔で、いつもスーツを颯爽と着こなしている。
そんな外見から、クール・ビューティという言葉は彼女のためにある、と言っていたのは、今、ここで盛り上がっている夕奈だ。 私はすれ違う時に挨拶をする程度だけど、もう少し距離を縮めても良いのかなって思う気持ちと、私なんかは相手にされないからと私のほうから敬遠する気持ち、そしてなんとなくだけど、逆に近づいてはいけないような、いろいろな気持ちが混ざっている。
でも今、こうして渚さんのことをイメージしているほうが、落ち着けるし、気持ちも華やいでくるし、温かくなる。
やがて車は夕奈の家の近くに着いた。 結局、森山さんの話題は尽きることはなかった。
「ありがとうございましたー! あっ じゃぁね 彩 また明日― 」
車に乗り込んだ時は本当に不機嫌だった夕奈もすっかり回復したみたいで、薄いピンクのフェミニンなパーティドレスの裾をフワリとひるがえして、軽やかにヒールの音を奏でながら、自宅のあるマンションへと消えていった。
「夕奈ちゃん、あいかわらず元気やねー 」
「うん でも今日はショックだったみたい すごく期待してたのにねっ! 」
夕奈はパーティで出会いを期待していたけれど叶わなかった、それ以上に私も大樹の前向きな答えを期待していたのに相変わらずの結果だったこともあり、彼への口調が強めになってしまった。
「あー まぁ 焦っても仕方がないよなー こればっかりは 」
(はぁ?仕方がない? なにそれ……)
それって、まるで私に向けられた言葉のようで、ますます気分が悪いまま、私は口を開く。
「焦るよー 」
「そっか まぁとにかく、おつかれさーん で? どうする? 行く? 」
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、大樹はこの話を適当に濁して、次の「いつもの場所」へと軽々しく誘ってくる。
その軽さが今の私のモヤモヤとした やりきれない気持ちに拍車をかける。
「っていうか、オレ、今日草野球でマジで腰痛い きのう したし いっかー …… どう? 」
「今日は疲れてるし 」 私はあっさりと断った。
「まっすぐ帰るとするかー って、まっすぐ走るとぶつかるよなー あははっ! 」
こんな時に全然笑えないジョークとか……
そのあとはJ-POPをBGMに鼻ずさみながら、今日の草野球のエピソードをはじめ 適当な話題を振ってくる大樹。
彼なりに私の疲れを和らげようとしているのであろう、だけど次々に繰り出されてくる 妙にテンションの高いトーンは、逆に 大樹って、こんなにも気がつかない人だった? と、私の気持ちを冷めさせていく。
(大樹は本当に 私のこと どう思っている?)
(結婚のこと 将来のこと どんなふうに考えている?)
心の奥で問い掛けをしながらも、彼との会話に適当に応じていると、ほどなくして車は自宅近くに到着、別れ際のキスも気持ちが入らないままに事務的に済ませて帰宅した。
簡単に母や妹にパーティの話をしながらも、お風呂に浸かっても、ベッドに横になっても、不完全燃焼な気持ちは拭いきれなかった。
だけど結局は、私は大樹を信じてついていくしかない。 今日のようなことはあるけれど、ベースは、やっぱり私は大樹のことが好き……
すると、もうひとりの私が囁いてくる。 好きなの? 本当に? 実は好きなんだと思いたいだけでは? リスクを負いたくないだけでは?
もぉー やだやだ こんなふうに悩めるのも、とりあえず私には交際している恋人がいるから。 それだけ私は恵まれているのだからと、すぐにポジティブに切り替えた。
うん!とにかく寝よう! ふっと、軽く息を吐いて目を瞑る。
そんなふうに考えると、閉じた瞼の裏側に恋人のいない夕奈の顔がふと浮かんできて、でもその顔にまるで上書きがされるかのようにボヤっとある人が浮かんできた。
そういえば佐倉さんって…… 佐倉さんもまだ独身だったよね? たしか。
(って どうして佐倉さん?)
なんだか、そこに思考が向いていること自体が可笑しくも不思議。
もう一度、どうして? と思うころには、私はもう瞼が開かなかった。
今日は、本当におつかれさまでした☆
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