第19話 同期の結婚


 春になると、お花見やドライブには良い季節とばかりに、私たちのデートプランも活発になった。


 エピソードというわけではないけれど…… 


 こんなことがあった。

 少し離れたところにある全国級のお花見の名所に行こう って計画をした時に、せっかくだからと大樹は私の母まで呼んでくれた(父は長期出張中@マレーシア)。


 結論から言うと、前日からの雨が予定していた当日はもっと激しくなったので、残念ながらお花見は中止、その日は大樹と私でショッピングモールでデートをして過ごしたのだった。


 んー 正直、お花見のことは、私的には嬉しさ半分 あとの半分は ネガティブだった、というのも、母が暴走するかもしれないこと、このことに尽きるから。

 もちろん彼に提案された直後は嬉しかったし、母に話すと その瞬間から目の色が変わってしまった。 何を着れば? いつ美容院に? 日に日に舞い上がっていく母。 私はその都度 母に「もしかして勘違いしていない?」 と注意喚起をしていた。

 

 母親として私の結婚に繋げるために、あれこれと一生懸命にサポートをしようとするのは理解できるし、本当にありがたいのだけど、やりすぎは大樹に余計な「圧」をかけることにもなるから。 そこをわかってほしかった。

 それでも、日々アガッていく母のテンション。 比例して私の不安もアガッていた。

 だから前日に中止を伝えると、さすがに母はガッカリしていたけれど、「近いうちに藤の花でも見に行きましょう」との大樹の社交辞令的なメッセージを伝えると、とても喜んで、私にこう言った。

 

 「私も頑張るから、彩ちゃんも、ね 」 これって、遠回しに圧に ほかならない。


 5月の連休には去年と同じようにアウトドアで大樹の会社の人たちとデイキャンプをしたり、スポーツ観戦好きの二人のメニューには、野球やサッカーのほかに、新たにプロバスケットが加わり、スタジアムへも足を運んだ。 大樹が用意してくれていたチケットも、最近は私がネットから購入するくらいに、私も というか、私のほうが積極的に楽しんでいる。


 その間も、特に波風が立つわけでもなく、私たちは仲の良い「平凡」な恋人同士のままだった。


 5月も下旬となって一段と緑が目に眩しい爽やかな良い季節。 


 その日の午後は勤め先の同期で他の部門に所属している小谷泰子(こだに やすこ)の結婚披露パーティだった。 私は30代になって初めてのブライダルイベントに同期の夕奈、泰子の職場の後輩 前田さんと出席した。


 夕奈はデコルテから袖までがレースの薄いピンクのドレスで大人可愛さを存分にアピール。 私は七分袖 総レースのグレーのAラインのワンピースでお淑やかに決めたつもり。 セミロングの髪は夜会巻きにして、パールラインのコームでエレガントに。 アイボリーのパンプス 5cm を合わせた。

 それぞれが華やかなコーデで泰子を祝福した。

 主役の泰子は、サテン生地の流れ落ちるようなデザインが印象的なAラインの気品に溢れたスモーキーピンクのドレス。

 とても綺麗で、そしてとても似合っていて、終始笑顔を絶やさない彼女のことが、正直なところ 本当に羨ましかった。


 新郎新婦が北海道と九州の出身とあって、お互いに地元の知人・友達を呼ぶのは遠慮をしたらしく、参加者も新郎新婦合わせて全員で8名と規模も小さかったけれど、逆にとてもアットホームな雰囲気のパーティだった。

 ただ男性側の出席者は新郎と同じ会社の人だったけれど、既婚者の方ばかりで、これには夕奈も少々、いや かなりのご不満だったみたい。


 お料理は抜群に美味しくて、新郎新婦それぞれのエピソードトークや簡単なクイズもあったりして、こじんまりと ささやかな感じの中でも、しっかりと盛り上がりの演出もあった。

 泰子とも十分に話すことができて良かった。 そこは人数が少ないメリット。


(こんなアットホームな感じなのもいいかも)(大樹にも話してみよう)


 そんなふうに私を駆り立てるには十分すぎるほど楽しめた内容だった。


 素敵なパーティも午後9時前には終了。


 この会場に来るときは、夕奈と待ち合わせた場所まで、駅からタクシーを利用したけれど、帰りは大樹の車で、夕奈と私をそれぞれの家まで送ってもらうことになっている。


 そういえば大樹は、今日は勤め先の仲間といっしょに草野球で朝からハッスルするんだ、と 昨夜 デートの後、いつものホテルのベッドの上でも息巻いていた。


(大丈夫かな? 疲れ過ぎて忘れていないよね?)


 前々からお迎えの約束をしていたものの、今日に限ってLINEで連絡をする暇もなく、パーティの時にも席を外すタイミングがなかった。 というか、このあとで このあとで、と今になってしまったという、よくある話。 

 ただ それ以前に、私的には、彼に迎えに来てもらうのをあらためてダメ押しすることが、なんだか催促しているような気がしていたのもあって、積極的に連絡する気持ちになれなかったというのもある。 

 最悪、タクシーでもいいかなー、そんなことも考えたり。

 とにかく、そんなこともあって若干の不安もよぎっていたけれど……


 さすがは大樹!

 相変わらず時間通りに、パーティ会場として貸し切っていたカフェの前に、ハザードランプを点滅した大樹の車が横付けされていた。


「ありがとー ごめん」 「すみません、お願いしまーす」 「いえいえ お疲れっす」 


 私はいつもの座り慣れた助手席に、そして夕奈は後ろへと乗り込む。


 そんな帰りの車の中、走り始めると 早速、夕奈と私とで今日の振り返りが始まる。


「泰子、すごく綺麗だったよねー ドレスも可愛かったし 」 私が切り出すと、


「ピンクのドレスはね、うん 良かった でもね、私に言わせると泰子のメイクが…… 」


 さすがメイクの達人。

 後ろの席から少し身を乗り出すようにしている夕奈なりの評価は辛口。 ほかにもルージュやチークの色から、アイシャドーやアクセサリー、ヘアスタイルなどなど、細部にわたって指摘が入っていく。 


 その後も泰子の外見は、ことごとく私達二人というか、主に夕奈によって審査されていた。 もちろん綺麗、可愛い、素敵 が前提だけど、心のどこかに羨ましさからくるジェラシーも含まれているのは、女子の世界ではよくある話。

 それに夕奈は、今夜のパーティで王子様と出会うことを期待していただけに、それが叶わなかったこともあったのか、いつになく饒舌だったし恨み節も混ざって毒づいていたのかも。


「これで、同期でシングルって、彩と私だけ? 」 夕奈がわざとらしいような明るいトーンで笑いながら聞いてきた。


「マジ? えっ ホント! そうなっちゃったよねー 」 私も明るく答えるしかない。


 あっ、でもこの話の流れは、もしかしたら大樹への結婚アピールチャンスになるかも? 私なりに、したたかな作戦が、にょきにょきと顔を出し始めた。


「泰子、アプリからでしょ? 婚活の 」 夕奈が続ける。  


「うん、言ってたねー お似合いの人が見つかってるよね? 」


 今のところ大樹は、運転手さんとして安全運転に徹してくれている。 会話に入る気配すらない。 

 ?? というか、チラチラと私の脚を見ていないか? 私のベージュ色の光沢のあるストッキングを穿いた脚を!(笑)


「でも、彩は大丈夫でしょー? もうウェディングドレスも着たんだし、準備OKだし、スタンバイできてるし 」


「あー そんなこともあったよねー 」 


 ブライダルフェアに大樹と出席した日からは 早いもので半年は経った、でもまだ1年も経っていない。

 もちろん私はしっかりと覚えているけど、大樹に聞こえるように とぼけて返事をした。 大樹も覚えてるでしょ?


 この先 大樹もこの会話に入ってほしいという思いを込めながら。 ううん、むしろ大樹からこの話を盛り上げてほしい、そんなしたたかな思いもあったから。


「あったよね って、私のほうが覚えているのって、どうなのー! 」 夕奈が笑う。


「あはは サンキュー 」 私も満更でもない笑顔。


「でも純白のドレス着た彩って、綺麗だったよねー 」 


「えー! そう? ありがとー けど、何も出ないよーん 」 

 私は一気に恥ずかしくなって照れモードの声に変わる。


「え? 出ないのかー!  でも、ホント 綺麗だったし 私、写真しか見ていないけど…… あっ、実際はどうでした? 」


 夕奈は後ろの席から乗り出したまま、艶やかなグロスに彩られた口を開いて、今度は大樹に向けて問い掛けが始まる。


(ナイス! 夕奈~!)

 

 うまく大樹をリードして、この話題に混ぜようとしてくれるなんて!! 


 私の思い通りの流れになってほしいと切に願った。

 あのゴージャスに波打つロングトレーン、トップは上品で優渚な刺繍が素敵だったビスチェタイプのAラインの純白ドレス姿の私を、大樹に思い出してもらいながら、結婚についての彼の考えが聞けるかもしれない……  


 私は、ハニカミ笑顔の裏でひそかに このあとの展開に期待をしていた。



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