第18話 バレンタインデー

 

 バレンタインデー、大樹とは2回目。


 そういえば、去年は大樹を仕事帰りに家に呼んで、母や妹と一緒に手作りしたチョコを食べてもらって、とても好評だったことを思い出す。

 だけど今年は、私も仕事でバタバタとしていたことや、休日に風邪をこじらせていたこともあって、チョコレートを作るとか買うとか、そこまで気持ちが回らないし体も追いつかない。

 それでも2月14日に間に合うようにちょっとだけ背伸びをした高級チョコレートを購入することができた。

 彼の口に合わせて少しビターな味付けのものを選びたくて、どんなのが良いのか、日々の繁忙の中でも その狭間の時間でアレコレと悩みながら、なんとか前日ギリギリに洋菓子の専門店でゲット。


 バレンタインデー当日は、仕事帰りに彼と会って、いつものファミレスで夕食をともにした後、駐車場に停めた車に乗り込んですぐに大樹に手渡した。


「おっ! サンキュー! これも手作り? 」

 

 去年の印象が強かったのか、お店で買ったのがわかっていても、わざとそう言ってボケる大樹。


「ちがうよー! 今年のは高級ブランドのお店で店員さんがイチオシしたやつだし……  味、どうかなー? 」 


 早速、濃いブラウンの包装紙を剥がし、パカッとケースを開けて一口サイズのチョコを取り出すと、車の中はチョコレートの甘い香りが漂い始める。


「さすが! 高給取り! 」 「そんなことないし! 」 

 お互いが照れ臭いのか、どうでも良い会話が交わされる。


「そっか、うん 美味い! うんうん 彩もこれ食べたら? 」


 そう言って、ひとつ摘まんで、私の口に入れてくれる。 


 うん、たしかにビターテイストの大人的な苦みと程よい甘さが、しっかりと濃い味となって口の中に広がる。 チョコレートとしては申し分のない美味しさだと思う。


「うまいこと言うなぁー 」 「上手いだけに美味い 」 「これって当たりよねー 」


 そんな寒い食レポを言い合いながらモグモグして、結局は二人で一気に全部食べてしまった。


「ありがとう マジで美味かった~ 」 


 無理して口に頬張る大樹がなんとなく微笑ましかったけれど……  もしかして? 実は、いつものところに急ぎたかっただけ? 食べ終えるとすぐに車をスタートさせるあたり、やっぱり間違いない。


 バレンタインデーということもあって、しかも金曜日の夜だからなのか、ラブホテル界隈はいつもよりも、すれ違う車の数が多い気がした。


「今日って多いなー みんな頑張ってるんだなー! 」 大樹が嬉しそうに笑う。


「うんー 」  そんな大樹とは違ってなぜかトーンは低めの私。

 なぜ? そんなトーンになったのかは、わからないけれど。 でも、ここで彼に合わせてノリの良い返事をするのが躊躇われた。


 同年代の他のカップルはどうなのかはわからないけれど、会えば「する」のは、この歳にもなれば自然なのかもしれない。 

 ただ、二人が意気投合して、というか愛し合っているから愛の証として「する」のではなくて、なんとなくだけど、付き合っているから「する」、いや 「する」ために付き合っている、「した」から私たちは愛し合っている、特に最近はこんなふうに思えてしまう。 

 こんな卑屈な考えになるのも、将来に向けての明確なカタチが見えてこないから、未だにモヤモヤしたままだから。


 結婚へ向かう私たちのスピードは鈍化、いや停滞しているけれど、ラブホへ向かう彼の車のスピードは今日もスムーズで加速すらしていた。


 結婚のこと、将来のこと、私たちのこと……

 話したいのに、言いたいのに、聞いてみたいのに、口にすることができない。 こんな私の「持ち味」が彼を増長させ、私はいつも彼のペースに飲み込まれてしまう。 彼に私のことを少しでも理解してほしいと思うのは、単なる私のわがままなのかな? 悪いのはやっぱり私の方なのかな?


 降車して駐車場からの重い足取りは彼に悟られないようにいつものホテルの自動ドアを潜る。 


 部屋に入るとすぐに大樹が手提げカバンから何かを取り出した。


「これ 遅くなったんだけど クリスマスと誕生日と出張土産 全部ミックスで! あ、あと、チョコのお礼も兼ねて 」


 おおげさにハニカミの表情を浮かべて、照れくさい感じの大樹から手渡されたのは、A4サイズよりも一回り小さなあまり厚みのない茶色の英語の文字が散らばっていた包装紙に包まれたモノ。


「え? あー うん 」 

 私は突然のサプライズプレゼントに正直、戸惑ってしまう。 でもプレゼントだと言われて渡されると嫌な気はしない。 かといって、直感的に? なんていうか、湧き上がる嬉しさというのもないし、むしろ警戒心が先に立った。 だって、こんなところで渡されるとか。


「開けて? 」 


 大樹に促されて、包装紙を解くと、出てきたのは 「黒い網タイツ」だった。  いかにも大樹らしい出張先のお土産。

   

「あー ありがとう 」 


 急いで作った笑顔で私は言ってみたものの、なんとなく気持ちが乗ってこない。 

 黒の網タイツは、両サイドの縦に薔薇の花柄が入ったデザインで、エレガントさもあるにはあるけれど、外国製らしい どこか大胆で派手で奇抜で淫靡な雰囲気を漂わせている。


「んー なんか これ…… 」 モノ自体の見た目だけではなく、大樹自身がお店でこれを手に取り選んだと思うと、私は正直 引き気味になった。


 けれど、大樹はそんな私の様子に気がつくことはない。 ううん、気がついていないフリをしているだけなのかも。 それどころか 「わかってるだろ?」 と言わんばかりの、次の催促のオーラを出してくるから、私は仕方なく包装を解いて、中から網タイツを取り出して穿くしかなくて。


 さっそくベッドの上では喜んでハッスルしていた大樹だったけれど、そういうファッションアイテムを通じて、単なる性的な卑猥な欲求の対象にされているような気がして、正直、私はとても気分が悪かった。

   

(でも、大樹も喜んでいるんだし ) 


 私は気持ちを切り替えるしかなくて、久しぶりに彼と肌を合わせることだけに集中した。 ありがちな、気分が乗らない時のセックスだった。


 幸いにも? 網タイツのサイズが大きくて、ダブついて使えそうにないことを、私はわざとおおげさに笑いながら伝えると、大樹もバツが悪そうに、そしてオチャラケ気味に笑って、彼なりにわかってくれたので、このアイテムは今日これっきりということになった。


 そのことにあっさりと同意した大樹って……  ただ私に淫靡な網タイツを穿かせてセックスがしたかっただけ? 自分の欲求を満たす性的な対象にしか私のことを見ていないのかな? なんだかそんなふうに思えてきて、ただでさえ重い気持ちに悲しい気持ちが重なった。


(そんなことないよね?) 


 長く付き合っていれば、こんな日もある、こんな時期もある。 私はこれからも大樹を信じていたし、信じるしか選択肢がないのだから。


 それから2週間後の大樹の誕生日には、私から「本格焼酎」をプレゼントして好評を得たし、逆にホワイトデーにはマシュマロをプレゼントされた。


 2月・3月と寒い時期、実は大樹も私もウインタースポーツは苦手。  

 基本的に寒いのが嫌いというのもあるけれど、それ以上に、スキー場施設などの異常なほどの暖気と防寒着の着膨れ感覚がどうも合わなくて、それはふたりとも共通していた。 だから冬は街に出たり、映画やボウリング、2月末から始まったプロサッカーリーグの観戦とかで、毎週のデートを楽しんでいた。

 

 もちろん、季節を問わず、その後で 「する」 ことだけは、決して忘れることはなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る