予兆

第15話 秋から冬にかけての私たち①

 

 秋になった。


 その後も私たち(岸本大樹さんと 私 松本彩花)は、特に波風が立つわけでもなく、普通に仲の良い、ある意味 平凡な恋愛関係にあった。 

 実は 表向きだけがそうなのかもしれないけど、本当に 致命的なリスクやトラブルもなくて、ちょっとした言い合いはあっても喧嘩まで至ることはなかった。 

 刺激がなさすぎるのでは? と 夕奈は冗談で言うけれど、なによりも私としては結婚をしたくて 彼と恋愛をしているのだから、欲張りなことは言えない。 

 だって、一番怖いのは せっかくゲットできた この恋愛が壊れてなくなること、つまり結婚できなくなることだから。


 私たちは毎週のようにドライブやデートで楽しく秋を満喫していた。


 大樹から告白された日からちょうど1年が経った11月には、1周年記念だからと、大樹の提案で1泊2日の温泉旅行をした。

 彼とは3回目になる「お泊り」は近場でベタな温泉地への旅行だけれど、お天気にも恵まれた中で、鄙びた街を散策したり、紅葉で見事に彩られた山の景色を眺めたりと、大樹と二人だけで過ごす いつもと違った空間が何よりも心地良かった。 

 もちろんこの旅行のアリバイ工作にも一役買ってくれた夕奈へのお土産はしっかりと奮発した。


 付き合って1年も経てば、彼の仕草とかで考えていることがなんとなくわかるようになった。 そこに彼の性格も合わせて、時折 私的には、えっ?と思うような不満を抱いたり、見て見ないふりをしないといけないようなストレスを抱えるような場面もある。

 彼はコスパやディスカウントの思考が強すぎるのか、たとえば家電を購入する際の店員さんに対する過度な値引きの要求や、スーパーでのタイムセール待ち、たくさんのポイントカードの収集など、もちろん悪いことではないのだけれど、私と価値観とかモノの見方が微妙に異なっていると思う場面があることにも気づいた。

 それでも私は将来に向けて、本音を言えば、世間体や周りの目、年齢的なこともあるから結婚したい、しなければいけない、だからいわゆる「セコイ」彼でも逃したくはない。 それに、そもそも 人の思考はそれぞれ違うものだ。 

 心のどこかにそんな気持ちがあるから、多少のことは黙って目を瞑っている。 ううん、おおらかで面白くて優しい、彼のそんな素敵な一面とかストロングポイントを心の中に満たすことで、私自身 納得するようにしている。


 それにしても……

 未だ将来に向けての具体的な話がなかなか進んで行かない。 

 あのブライダルフェアでの経験が全く活かされていないのだ。 あの感動は? あの ときめきは? 

 こんな感じだから、私はスマホの画像ファイルにたくさん保管されているウェディングドレスを着た笑顔の自分の姿を見ると、切なくなってくる。

 一方、彼の中では、ブライダルフェアは もう遠い過去のことで、すでに完結しているみたいで余韻は全く残ってなさそうだ。 

 というか、珍しく話題が上がったとしても 「そうよなー」 「うんうん」 「わかる わかる」 って、いつもながらに大樹は、フワッとして どこか他人事というか、気持ちが入っていない。


 結婚って、そんなに簡単なことではないよね?

 お役所に婚姻届を提出して、公的に認められるカップルになるわけだし、それなりに準備も必要。 やっぱり結婚式だってしたい。 お金のことや親や家のこと……

 

 正直、私は焦っている。


 ねぇ! 本当にわかってる?


 彼は、否定的とか消極的なことは言わない、けれど積極的でもない感じというか。 二人の仲は悪くない、むしろ周りから羨ましがられる仲だけに、じれったいなー!


 やがて秋から冬へ。 いよいよ12月。

  

 日を追うごとに街の装いはクリスマス仕様へと変わっていく。

 毎日利用している駅に行き交う人々も、12月=師走 という言葉がピッタリと当てはまるくらいに慌ただしくなっている。


 駅前から伸びる片側3車線の表通りは、通称「上場筋」と呼ばれ、有名企業の支店や営業所が軒を並べるオフィス街で、その一角に私や夕奈が勤めている会社の本社ビルがある。 

 本社ビルの1Fは会社の 受付兼ショールーム になっていて、私や夕奈ら総務部の女子メンバーが交代で受付に入っている。

 そんな私たちの「職場」でもあるショールームのディスプレイは、クリスマスの到来に合わせ一段と華やかさが増して、受付担当の私たちの気持ちを和ませてくれていた。

 

 1F壁面が全面ガラス越しに覗ける、賑やかでセンスの良い、色とりどりの華やかな飾り付け。 これらはタウン誌やローカルニュースでインスタスポットとして取り上げられたこともあって、この界隈の話題の一つにもなっていた。

 また 上場筋全体の活性化に大いに貢献した として、社内報でも大絶賛をされただけではなく、周辺の企業やこのあたりの企業で構成する組合や団体からも連日のように問い合わせがあるという。

 実際に 私たち総務部も、問い合わせの窓口として忙しくなったり、ショールームに立ち寄られる来客数も確実に増えていることを実感した。

 これまでの 地味で暗くて埃っぽい単なる商品の陳列場、というより置き場になっていた1Fは、今年の初めに転職してきた営業企画部の課長代理 佐倉渚さんが立案して主導したリニューアルの企画によって、この秋あたりから話題性のあるショールームとして変貌を遂げたのだ。 


「さすが! ナギサプロデュース よねー! 」 


 夕奈は 最近この言葉を何度となく口にする、どこか嬉しそうに。


 夕奈自身がインスタでメイク動画やファッションに関する情報を自分なりの視点でアップしていることもあって、その筋の目付きで 彼女なりに憧れの佐倉さんによる ショールーム演出をチェックしているのだろう。 それと合わせて 最近では、単なるファン目線で佐倉さんを見ているらしい。

 どれだけ凄いのかって、先週の話だけど、全国版の月刊ビジネス誌にも、彼女だけの特集ページが掲載されていたくらいで、さっそく夕奈が発売翌日に会社に持参してきたことがあった。


「ホントは、私がここの載るはずなんだけどなー 」 


 その日の昼食時間、夕奈が本気とも冗談とも取れるようなトーンで佐倉さんのページを開いて私に見せてくれた。

 といっても、私の中で佐倉さんの印象は薄くて、今の今まで まっすぐと彼女の顔を見たのは、そのページで対談が記事になっている顔写真が初めてのような気がする。 大体は、すれ違う時に、サッと見たり、誰かと話している横顔だったり と,

そんな感じだ。

 クールビューティ? 佐倉さんの第一印象は変わらない。 ただ掲載の写真であるのにジロジロと見るのが、なぜか躊躇われた。

 写真でありながら感じる彼女の眼が…… 怖い? いや そうじゃない、危険? そう そっちに近いかも。 私を射抜くというか目で刺すというか、そんな視線を感じたから。

 まぁ、平凡な私なんかとは違う別世界の人、遠い存在であることは確かだ。


 一方で、夕奈の目指している女性像は、いわゆるデキル女性。 佐倉さんは、まさにデキル女性として目標にもなっているらしい。 夕奈は佐倉さんのファッションセンスや知的な一面を例に挙げて、どこが どう すごい のかを「私だけに」熱く語ってくれた。


 私的には夕奈の熱い話し方のほうが気になってしまって、つい可笑しくて、私が堪え切れずに噴き出すと、夕奈は更に盛りに盛って おおげさに話をするから、最後は二人で笑い転げていた。


 それくらい思いのある夕奈が発した「さすが!」という言葉、お世辞ではなく本心から出たのだろう。


「うん ホントすごい! 今までと雰囲気も全然違うし 」 


 そう返す私、夕奈には合わせているけれど、正直 彼女ほどの感動はない。

 だけど自分の職場が華やかになるのは、やっぱり嬉しい。 単純な私は、毎日出勤する足取りも自然と軽くなった気がする。

 このテの話題に無頓着な大樹でさえも、このショールームの装飾を 「すごい!」と言ってくれたし、そんなところで働いている私自身は少なからず誇らしい気持ちになる。


 というか……


 そんなショールームの話なんかよりも、私の場合は大樹と今年のクリスマスをどう過ごそうかな? イヴは どこで? みたいなテーマのほうが頭の中を支配していた。 

 そういえば去年はイルミネーションを観に行ったよねー! 圧巻な光景は、とてもロマンチックだったし20代最後のクリスマスを十分に楽しんだことを思い出した。

 じゃぁ30代最初のクリスマスは? 賑やかに? ロマンチックに? お淑やかに? さて、どんなのがいいかな? そんな軽々しいことに本気で悩んでしまっている私。

 ホント、贅沢な悩みだ、というか、完全に頭の中がお花畑状態になっているのが自分でもわかる。 年甲斐もなく?  ううん、だってクリスマスだから、それくらいは良いよ!


 ただ世の中はそんなに甘くはない。上がったものには当然その先に下りがあるのは世の常だ。

 大樹、2度目の海外出張がそこに立ちはだかったのだから。 今回も前回と同じく出張先はアメリカのヒューストン。

 来週の12月20日から 年を跨いで 約1か月から もしかしたら1か月半くらい? クリスマスとお正月とそして私の誕生日、もしかしたらバレンタインデーまでもが、ガッツリとその出張期間に含まれてしまっている。


 そんな大樹は本当に仕事が忙しいみたい。 彼が言うには、現地の子会社がトラブル続きの上に ライバル会社の攻勢でかなりの苦戦を強いられている とのこと。 並行して日に日に彼が所属するチームの役割が大きくなっているらしい。 

 だからなのか 私との話の中でも仕事の愚痴が多くなった気がする。 救いなのは、そんな愚痴の中にも、自分は頼られているという前向きな気持ちがあること。 仕事に対しては、一見 おチャラけているようで、実は真摯に取り組んでいる彼が、私としては意味誇らしかった。

 彼は、私に対しては気を遣っていたのか、笑えない いつものジョークも増えていけど、それも私に対する優しさの表現のひとつだと思って、私も普段より少しおおげさなリアクションをして彼に応えていた。


 そんなこともあって、私もクリスマスやお正月に向けて盛り上がっていた気分が あっさりと掻き消されて、とてもショックな気持ちもあったけれど、大樹が直面している 急でボリュームのある忙しさの前では、ただおとなしく後押しをするしかなかった。


 それでも 二人で少し早いクリスマスを、ということで、彼と駅前の いつものコスパ重視の居酒屋で いつもよりリッチな飲み放題付きのコース料理を食べた後、ご利用ポイントが貯まる いつもの駅裏のラブホで愛を交わした。

 私は、いちおうクリスマスを意識して、洋服も いつものカジュアル路線から少しエレガントさを意識したコーデにした。 ブラウンのニットはバルーンスリーブでVネックの胸元にガーネットのネックレスを、クリーム色のタイトスカートは膝下丈で、靴はゴールドビットが上品にデザインされたブラウンのローファー(ヒール2.5cm)を合わせた。 

 だけど、仕事帰りに いつもの定番ルートだと せっかくの私なりのオシャレが くすぶってしまって残念だった。

 

 それでも、唯一の救いは 終業後の更衣室で夕奈に褒められたこと、


「彩―、今日の感じ イイ! デート? すごく似合ってるし! メイクも…… 」 


「あはは ありがとー!  そうそう、今からー 」


「うん! ちょっと早いけど、クリスマス 楽しんでくださいな! 」


 夕奈には、大樹が出張に行くことを話していた。 

 もちろん私は、ショックだとか、残念だとかは、口に出してはいない。 だけど親友の夕奈は 私の気持ちをすべてお見通しだったのだろう。  おおげさだけど 心地の良い褒め言葉で、私を送り出してくれた。

 それだけで、もう 私は十分満足だ。 そぅ思わないと!


 ひとしきりの行為を終えた いつものホテルのベッドの上で、オーソドックスなデザインだけど、レースが華やかで高級感のある 薄いモカ色のスリップ姿(ブラ・ショーツ合わせたセットをボーナスで購入)で横たわる私に向けて、大樹は その日何度目かの このフレーズを口にしていた。


「あっちのクリスマスとかニューイヤーとか めっちゃ楽しみじゃ! 」


(はぁ? そこ? もぉ!) 

 今年も恋人と一緒にクリスマスやお正月を過ごしたい私の気持ちなんて全然わかってない!


 出発の日が近づくにつれて 電話から聞こえる彼の声のトーンで、出張準備の慌ただしさと、現地での仕事の大変さが伝わってきた。

 だけど、そんな中でも彼は、相変わらず出張先での楽しみを口にする。 実は強がっているのかもしれない、私に弱いところを見せたくないのかもしれない、と思ったりもした……


「この時期は、バスケかアイスホッケーやな! 絶対行くし! 」


 んー やっぱりそうでもなさそうだった。 


「アメリカの4大スポーツが、なんとか かんとか…… 」 


 でもポジティブなのはとても良いことだし、良い意味で彼の公私のオンオフが はっきりしているということ。

 そんな彼のテンションには少々イラつきながらも、とりあえず 「うんうん」 「そうなんだー」 「うらやましい!」 と 時には 作り笑顔で話を合わせている私も私 だけど。。。


 とにかく無事に帰ってきてね!





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