第13話 ふたたび 渋滞、そして……
車は まだ動かない。 (事故渋滞は なかなか解消されない)
お互いに口数が途絶えてきたこの退屈な空間。
だけど 私の中で、ひと月前の あの燦然と輝いたイベントが蘇った今、「例の話題」を切り出すには、むしろ都合の良い期待の持てる空間なのかも?。
「例の話題」とは、もちろん二人の結婚 についての話題。
私たちは、しっかりとじっくりと そして本音で この話題について話をしたことがない。 話をするチャンスがあっても、タイミングが合わないこともあった。
今、あのイベントが蘇り、気持ちが昂っている私。 この勢いのまま二人に与えられた この静かな時間を有効利用するしかないよね!
退屈だ なんて、思っていられない。
それでもストレートにその話題をぶつけるのは大人気ない気がする、だからそれとなくその話題に繋げていこう。 私なりの姑息な作戦が頭を巡る。
そして ひらめいたのが、まさに今 回想していた ひと月前のあの日のこと、
「前回、車で帰るときは、わりとスムーズだったのにね? 」
ヤバい、私、若干 声が掠れていた? でも気づかれていない。
「え? 前回? あ、出張前? あれ? いつ? えっ? マジ 忘れてるわ 」
「あ、ひと月前かな えっと…… グランドぉ ベイ? ベイ? ベイ~ んー 」
私は わざと忘れたふりをして、大樹に答えを言わせることで、話をしたい話題に繋げるきっかけを作り、そのまま彼を巻き込もうとしている。
「あー グランドベイスター? あの時の帰りは、ぜんぜん混んでなかったよ 」
大樹は渋滞疲れもあるのか、不機嫌そうに返してきた。 これは想定内。
「でしょー 帰り道、全然 混んでなかったよね? 同じ日曜日だったけど…… 」
私も彼に合わせて、少々お疲れ気味のトーンで。
「おー でも、あの時は もうちょっと早い時間だったような 」
「そっか うん、夕方には フェアは終わったよね? 」
私は、大樹の頭の中で その日のことを思い出してほしくて、わざと とぼけたフリをしたのだけど、
「ま、ここも事故がなかったら、こんなに混まんけどね。 昨日の帰りも空港からのシャトルバス、事故渋滞にハマったし、オレ 渋滞2日 連チャンだし。 っていうか、昨日の事故って…… 」
彼は昨日の事故渋滞のインパクトが強かったみたいで、そこからは彼なりの昨日の事故についての見解や車の安全性能? みたいなことまでを 私に説明してくれた。
私はひと月前の感動シーンの回想を期待していたけれど、彼は今 直面している現実しか見ていない、おそらく彼の中に描かれているのは、昨日の事故と今日の事故の状況がシンクロされた景色くらいかも。 たしかに 車はガッツリと止まってしまっているから。
それにしても、私の言葉から 何か少しだけでも気がついて、ブライダルフェアに触れる言葉があっても良いのでは??
私のドレス姿や模擬披露宴とは言わない、彼が飛びついたお料理の試食や 式場のスタッフさん、ううん チャペルとか建物のことだって良いのだけどな……
やっぱり、ここは思い切ってストレートに 例の話題をぶつけてみようかな?
でも、そうなると私のほうが緊張するし、「今、それ言う?」みたいに思われる気もしないではない。
私は冷静に考えて やっぱり あくまでも遠回しに話題に持っていけるように、もう一度、きっかけになる言葉とかタイミングを考えていると、不意に大樹がナビ画面からラジオを選択して選局を始めた。
「さすがに静かすぎるし、退屈やし こんなときは歌よりトークやろ? 」
大樹は、カーナビ画面から あえてラジオを画面選択して トーク番組を探していた。 辿り着いた番組も、ちょうどリスナーからのリクエスト曲と、そこからのCMに差し掛かったタイミングだったので、そもそも何の番組なのかはわからない。
そんなことよりも私の頭の中は、ひたすら「例の話題」を切り出すためのきっかけを考えていた。
と、車内に 番組のスポンサーの大手ブライダル情報企業の名前と、CMは結婚を煽る情報誌のナレーションが響いてきた。
番組タイトルは 『Go Goウェディング』。 どうやら最近の結婚事情を語り合う番組らしい。
(え? これ もしかしてチャンス?)
一気に番組の内容を拾うように私の耳にもスイッチが入る。
最近 売れ筋の男芸人と、名前は知らない女性アナウンサーが軽妙なトークをしている。
「最近ではLGBTの人も、結婚式を挙げているんですねー 」 と 男芸人。
「そうなんです 先月、私も Lの方の結婚式を取材しましたが、本当に素敵な式でしたよ! お二人ともドレス姿で、ものすごく華やかでしたよ 」 と 女性アナ。
「へぇー LGBTの人の結婚式かぁー 」 思わず私は呟いた。
「ん?結婚? IWGP? なに? プロレス? いいねー! 」
「違うよー あのね エル…… 」
説明しようとした私を、格闘技好きの彼のトークが遮って、更に調子良く 上に被さってきてしまった。
「IWGPって、今のチャンピオンは…… 」
それから数分は、一方的に 彼の好きなプロレスの話を聞かされることになり、プロレスには全く興味のない私は、疲労感とともに腹立たしささえ覚え始めていた。
いつのまにかラジオ番組は終了して、ローカルなニュースを伝えている。 そして車も、やっとノロノロと動き始めた。
「あのね…… 」 一瞬、大樹の話が途切れたところで私が口を開く。
「私が言ったのは LGBTだけど? 」 前を向いたままの私は、少々きつめの口調になっていたのかもしれない。
「LG? え? あ、そうだったんだ! そっか マジか うんうん 」 大樹はバツの悪いトーンで、おおげさに頭を掻く。
(やれやれ……) そんな天然キャラも彼の魅力ではあるけれど。
「LGBTか あ~ でも IWGPと似てるし 完全に間違ってたわ 」 おどけ顔の大樹がチャラける。
「はぁ? 似てる? 」 思わず吹き出しそうになる私。
「似てるし! LGBTのチャンピオンって誰? 」 開き直った大樹がふざける。
「もぉ! 違うし! 」 私もつられて笑いながら、怒ったフリで。
「あはは! あっ でも 最近、そのワード あっちこっちで聞くよね? 」
続けて今度は大樹なりのLGBTについての知識や考え方を話し始めた。
「レズ ゲイ バイ トランス の略 やった? 性的少数の人 あと多様性とか、人権とか? 」 大樹は また得意気になって語り始める。
私も時折 「うん」 とか「だよねー」 なんて言葉を挟みながら、私なりの思いや知識とは ズレていない彼の話を聞いていた。
そこで彼は、性的マイノリティに対しての偏見はないと言って、会社でも人権の教育を受けたこと、今回の海外の出張先では ジェンダーフリーの考え方が日本よりも進んでいたことなども語った。
「へぇー そうなんだ 」 思わぬ奥の深い彼の話に 本当にビックリして、私も思わず声が出るくらい。
彼がそこまでLGBTのことを知っているとは意外だった。 それって どこかインテリジェンスで、人として頼もしささえも感じさせるくらいの知識レベルだった。 さすが大樹!
だけど……
そんなふうに思わせたのも束の間、彼なりの見解には まだ続きがあって、
「やっぱ Lというか、レズの女同士とか、絶対 良いよー 見映えも綺麗だし 」
何かを思い出すかのような声のトーンで大樹が話を続けるから、
「うん、素敵だと思う。 さっきのラジオでも言ってたし 」
「ラジオ? 」
「うん、だって純白のドレス姿のお嫁さんが二人って絶対に華やかだし、綺麗だし、まぶしいよねー 」
「うん、嫁同士! でもまぶしいか? 」 少々おおげさになった表現の私に大樹が笑いながら返すから、
「まぶしいよー! って、ちょっと盛りすぎかも? 」 私も なんだか可笑しくて、つい あはは! と笑って返す。
「まぶしいか? ま、でも いいよなー 」 しみじみとした大樹のトーン。
周囲の好奇な目や偏見や、そのほかにも いろいろな葛藤や世間的な荒波などを乗り越えての彼女たちゴールイン。 それは とても勇敢だし感動的だと思う。
そんな意味も含めた私の思いと同じように、大樹もレズビアン同士、女性同士、同性の結婚式は いろいろな思いの詰まった華やかで綺麗なイメージを話してくれているんだなー って。
「でもー 大樹のタキシードも カッコよかったよ! ホントまぶしかったし! 」
私は、同じ感動を共有できた喜びで、大樹を褒める言葉も自然と口にできた。
そして思わぬ形で、「結婚式」「純白のドレス」という絶対的なキーワードが交わされた流れで、いよいよ温めていた例の話題 に繋げようと思っていると、
「俺のは どうでもイイってー。 っていうか、俺が言いたいのは、お嫁さんとかドレスじゃなくて、レズの、 ほら なんていうか…… 」
「え? なに? 」 何だろう? 前向きに大樹の話を聞こう。
「あー だから レズの…… 女同士の絡みのことだし…… 」
「ん? 絡み?? 」 なにそれ? 私は 正直、彼が何を言っているのか、さっぱりわからない。
「え? だからー エロ エロ エッチのこと 」
私の戸惑いには全く意を介さず、やんちゃな笑顔になった大樹は、次は 彼の「猥談」を繰り広げ始めた。
さっき綺麗だと言っていたのは、画面上の見映えのことで、饒舌にレズビアンAVのシーンの見どころから始まり、女性同士の交わる体位や専用のグッズのことまで。 どこで そんな知識を? と 驚くほど詳細に語る彼。
「へぇー そうなんだ 」 とか 「うんうん 」 とか……
仕方なく私もリアクションはするけれど、正直 まったく興味はない。
それに 彼は男の人、良く言えば 健康的な男子だから、ある程度は仕方がないと、半分は呆れ 半分は諦めていた、というのもある。
「さっきの知ってる人もレズだったりするかもな、仲も良さそうだったし…… そう思わん? 」 大樹がなんとなく 嬉しそうな口調で、私に問いかける。
「さっきの? 」 え? 誰? すぐには思い出せない。
「二人とも綺麗やったし スタイル良かったし もしレズだとしたら、すごくない? 」
大樹が言っているのが、数時間前にすれ違った同じ会社の女性のことだとわかって、言葉を失うほど驚いてしまった。
そんな目で見ていたんだ……
大樹がアダルトビデオで見ただけの知識で、女性同士の恋愛ではなくて、セックスだけに興味を持って 好奇な目を向けていた、ということに気づいた私は、だんだんと彼の話に鬱陶しさと嫌悪を感じていった。
偏見は ないって言ってたのに! だって 恋をした相手が、たまたま女性だったというだけのことでしょ? そういうの 本気で愛し合っている人たち、まして結婚式まで漕ぎ着けた人に、ものすごく失礼な気がする。
彼に向って そう言いたいけれど、口にできないし声にも出せない。
100歩譲って、男性の思考と女性の思考は根本的に違うのだと思っても、言いようのない怒りのようなものが、フツフツと こみ上げてくる。
「大みそかに見たレズのAVとか、マジ すごかったし 」
「え? そんなの忘れたけど 」
彼の卑猥な話を ますます助長するような気がしたから、当然 私は素っ気なく返答した。
「一緒に見たじゃん あれ ヤバかったやろー 」
「んー ごめん 覚えてないし 」
本当は忘れてはいない。 私にとっても 怖くなるくらいに衝撃的だったレズシーンだったのだから。 本当は忘れ去りたいのだけど、なぜか今でも時々 思い出すことがあって、そのたびに私を戸惑わせているのだから。
幸いにも、こんなくだらないやりとりをしている間に、車は渋滞から抜け出して順調に走り出し、エンジンの音や道路を駆ける時のノイズが まだ続く大樹のゲスな話を上手くかき消してくれている。
それでも信号待ちで静かになった時、はっきり聞こえた一言に、私は本気で怒るのが馬鹿らしくなるくらいに呆れてしまった。
「彩もレズしてみたら? 女しかできんことだし、 オレ的には めちゃ萌える! 」
「はぁ? 」
「女同士 ネッチョリとエロいしー で、途中で俺も入るし いいっすか? 」
大樹は何とも言えない 照れたような 恥ずかしそうな そして嬉しそうな表情を浮かべていて、それがものすごく腹立たしくて 私の怒りに油を注いだ。
「そんなの ぜんぜん興味ない! 絶対 嫌! 変なこと言わないで! もぉ! 」
ずっと温めて、すごく悩んで、ちゃんと この時間に、彼にしたかった将来への話題が、彼の軽薄で卑猥な会話で 思わぬ方向に流されてしまった怒りと腹立たしさもあった。
結局は男の人だから仕方がないのかもしれない。 でも、どうして私の気持ちを ほんの少しだけでも察してくれないのだろう。 更に今日は、茶化され 泥まで塗られたような気さえする。
それはそれとして、本当に言いたいことが言えない、伝えたいことが伝えられない 自分自身にも、とても腹が立ってしまう。
いつも そう、いつも だ、そして いつも逃げられる、逃がしてしまう。
助手席の私は悔しくて、今日のデートに合わせて買ったトラッドなキャメルカラーのヒール3cmのストラップパンプスを履いた左足で、グッとフロアのマットを踏みつけた。
その瞬間、今日ずっと燻っていた踵の靴擦れによる痛みが、さらに酷くなってしまった。
冷静に考えれば ここまで感情的になるほどのことでもないのかもしれない。 実は些細なことかもしれない。
それでも やっぱり私は、不幸な悲劇のヒロインになっている気がして、とても悲しくて情けなくて……
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