第10話 渋滞、そして 回想シーン① 追い風
あとは 家に帰るだけ。 さぁ、明日 月曜日からまた仕事……
車内で二人が交わす話題も、ついつい愚痴から始まる仕事の話へと変わってしまうことに日曜日の夜の憂鬱さを感じてしまう。
それでもまだ、久しぶりに彼に会えて、楽しいひとときを過ごせた私にとっては、そんな会話でも交わせるだけ良し としないとね。
「明日って、雨 降らんよね? 」
「うん 雨は降らない予報には なってるよ 」
だって彼が海外にいる時は、こんなに近くで声が聞けなかったし、彼の温度も 匂いも 何も感じることはできなかったのだから。
だけど やっぱり会話は下降気味のトーンになりながら、まったりと帰路についていると思っていた矢先、車が減速し始めた。
「オイオイ どした? どうしちゃったんだい? 」 独り言っぽい大樹。
「混んできたね 」 シートに深く座っているリラックス体勢の私。
程なくして、前を走っている車のハザードランプが点滅して、予定どおり順調に終わるはずだった休日デートの最後の最後に水を差すことに。
「マジかー! 渋滞? しかも事故渋滞じゃん! 」
『事故渋滞中』
路側帯に立つ掲示板の赤々とした眩しいくらいの電光文字が、まるで私たちをあざ笑っているかのようだった。
「このあたりで抜け道って あったっけ? 」 大樹は諦めていない。
ところどころで高架になっている自動車専用道だから、横に外れる道も少ない。
「んー あるにはあるけど、そこまでは随分と先じゃない? 」
トロトロと前の車についていくしかない夜の道。 いつしか会話まで単発で途切れがちになって、車内はJ-POPだけが元気良く存在を示していた。
「あ~あ 」
こんな状態では、アップテンポのBGMは耳障りになる。 大樹は ふぅーっと 一息吐いてBGMを止めた。
沈黙と静寂が車内空間を支配する。
「仕方がないよぉ 」
そう言っていた私だけど、ノロノロと動くどころか、とうとうガッツリ止まってしまった状態に、ドッと疲労を感じ始める。
そして車の動きとともに二人の会話も完全にフェードアウトして、やがて止まってしまった。
実際には、止まってからまだ3分くらいだけど、10分? ううん、それ以上経った気もする。
(でも待てよ? そっか!)
こんな時だからこそ、ゆっくりと大樹と向き合えるタイミングなのかも?
私はそんなふうに少しポジティブに気持ちを切り替えて、ずっとこれまで温めてきた「例の話題」を思い切って振ってみることを考え始めた。
「例の話題」とは、この先の二人の将来へのステップ、つまり 結婚 についてのこと。
二人が出会った食事会からは もう1年が経っている。
そして私たちは30代。 結婚を意識して実行するタイミングに来ていると思うけれど、結婚を前提とした明確な言葉を交わしたことはない。
何かの拍子に 「いつか一緒に」 とか 「もしも一緒になったとしたら」 みたいな、その場のノリで出たような はっきりしない口約束程度に留まっている状態だ。
実は、ちゃんとした結婚に向けた プロポーズ の言葉も未だにもらえていない。
このままズルズルと時間だけが過ぎてしまったら? 最近の私には、そんな不安と焦りが よぎりはじめていた。
手作りチョコを渡したバレンタインデーの日と、その後も 大樹は私の両親に交際の挨拶には来てくれた。
そのあとで、私が大樹と結婚したい と思っていることを それとなく母に伝えると母は喜び安堵してしまった。 父はともかく母は、近いうちに私が大樹と結婚するものと思っている。 ちゃんと彼にプロポーズをされてから言うべきだったと後悔したけれど、今更 後へは引けない。
唯一の心のよりどころは、大樹のご両親が 彼の恋人としての私に、とても好意的なこと。
初めて大樹の実家に伺った時は、彼のお母さんからは 「松本さん」 と呼ばれた。 それからすぐに「彩花ちゃん」になり、「彩ちゃん」と親しげに呼んでもらえるようになるのに、さほど時間はかからなかった。
だけどそれは、息子の未来のお嫁さん と思ってくれてのことだろうか? 大樹が彼のご両親に私のことをどんなふうに話しているのかは わからない。
もちろん今の時代、私は 結婚が絶対的なことだとは思っていない。 むしろ結婚に対しての考え方や捉え方も多様化してきているわけだし、大樹には大樹の思いもあるだろう。
私は付き合い始めたころから、結婚や結婚式、結婚後の生活については積極的に歩んでいきたいことを大樹に話していたし、態度でも示してきたつもり。
だから彼は、私の結婚観とか結婚願望があるというのは わかっているはず。 そのうえで こうして1年も交際が続いているのだ。
彼は頭の良い人だから、ある時は私に合わせて前向きなことを匂わせたり、ある時は話をすり替えたり、緩急をつけて私に応じている。
特に最近は、おおげさな見方かもしれないけれど、 結婚というワードを彼が避けている、というよりも上手く逃げている、遠ざけているようにさえ感じられるようになっていた。
私は彼の結婚についての思いが知りたい。 本音で、本当の、正直な思いを。
そんな矢先、あれは付き合い始めて 約9か月が経過した8月最後の日曜日。
今も思い出す、あの日のこと……
********** 回 想 **********
大樹と付き合い始めてちょうど9か月が経過した8月最後の日曜日だった。
その日、私たちは厳しい残暑の中、贔屓にしているプロ野球チームの2軍の試合観戦のためにドライブを兼ねて郊外の球場まで出向き、その帰り途中にいつものショッピングモールに寄っていた。
夕方とはいえ まだまだぜんぜん酷暑、夕食までのちょっとした時間潰しだと 来慣れているこの場所で涼みながら、のんびりと過ごすのが良い。
2軍の試合ではあったけれど、推しの若手選手が活躍してのドラマチックな逆転勝ち。 猛暑の中、遠くまで応援に行って本当に良かった!!
そんな熱も冷めないままに、モール1Fのいつものカフェに入って、大樹はアイスコーヒーをブラックのまま、私はアイスカフェオレを飲みながら試合の余韻に浸ったり、次の試合の予定を調べたりと 楽しみながら、のんびりと時間を過ごした。
先日、夕奈にデートで2軍の試合を観に行くことを言うと、驚かれたというか、呆れられた。 いや、会社の女性の中にも、ここまで熱い野球ファンは いないだろう。
「どんだけ好きなんだかー! 推し過ぎ~! 日焼けに注意ねー! 」
たしかに夕奈は行かないだろう。 彼女がレプリカのユニホーム姿を着ている姿がイメージできない。
私も大樹と付き合い始めて、何度かスタジアムに応援に行くまでは、野球は好きだったけれど、さすがに今ほどの熱量ではなかった。
今は、夕奈だけではなく、両親 特に父もびっくりするくらいだ。
そんなエピソードをまぜながら、大樹との話は弾んだ。
カフェで ひと息ついてから、モール内をあてもなくウロウロして、ちょうどエスカレーターの手前に差し掛かった時、
「あっ ありゃー? 」
大樹が紺色のハーフパンツの後ろポケットからバイブしているスマホを取り出して画面を見る。
「うわ 係長だし マジ? 休みなのに! わりぃ ちょっと待ってて 」
「うん 大丈夫 ココにいるし 」
私の返事を聞くまでもなく、不機嫌そうにスマホを耳に当てて 大樹はサッサと非常階段に通じる無人の通路に向かった。
彼は大変そうだけど、私は彼のこういう姿を どこか頼もしく感じてしまう。
私は大樹が外れたので何気にクルリと後ろを振り返ると 私の視線の先にはブライダル情報センターがあった。
(結婚式かー 私たちも そろそろ本気で考えないとねー)
いつもの思考が、ふと頭をよぎった。
と同時に私の視線は 遠目に、店内に飾られている 純白のゴージャスなAラインのウェディングドレスを着たマネキンを捉えてしまっていた。
綺麗! というよりも 正直 羨ましい!
素敵なドレスを着たマネキンは幸せそうな表情をしているように見えてしまう。
(あーぁ 私って マネキンにさえ 羨ましさを感じてるし)
そう自虐してしまった私は、なんだか自分が可笑しくて、そんなノリのまま興味半分、冷やかし半分の気持ちがありながらも まるで吸い寄せられるように情報センターの中に入ってマネキンに近づいてしまった。
「ふぅーん ドレス? 」 不意に背後から、戻ってきた大樹の声。
「あ、大丈夫だった? 」 私は振り向いて いちおう聞いてみる。
「おっ! 係長で、ぜんぜんOK~ 休みの日なのに電話する? 」
ブツクサ言いながら大樹も情報センターの中に入ってきた。
「それならよかったー あ、ごめん ドレスがね、すっごく綺麗だったから 」
咄嗟に、結婚よりも素敵なドレスに関心があるふうに装ってしまった私は本当に素直じゃない。
「ドレス、白いドレスって、全部 一緒に見えるし。 赤とか紫のほうが良くね? 」
「えー! 絶対に純白! ドレスは純白! それにいろいろデザインも違うし! 」
「純白? 白だろ? ま、白もいいか。 でも 重そうやな 軽いドレスってないの? 」
「うん 重いのが良いんだしー そこ わかってほしいのに! 」
「わからんよ! じゃぁ 俺も着てみようかな? こんな 純白のドレス 」
「えええ! こらこら やめてよー! 」 さすがに小声になった私は笑顔。
大樹の言葉が何気に面白くて、それに彼がドレスの話をするとか、超が付くほど珍しい。
あっ! でもよく考えると、今のこの ちょっとしたコミカルなシーンって、もしかして二人の結婚、二人の将来を考える大きなチャンスなのかも?
だって、なかなかこういうところに二人で来ることもないし、こんな会話も滅多にしないし。
唯一、こんなに華やかでフォーマルな店内にはマッチしない ラフすぎる二人の外見だったけれど、この際 そんなのはどうでもよくなった。
店内にディスプレイされた チャペルや披露宴会場の写真、ドレスやタキシードの写真、新婚旅行のパンフレットあたりを見流しながら、それとなく私は大樹を奥へ奥へとリードしていく。
数件のイベント告知もされていて、その中には、隣町の有名なホテル、グランド ベイスター ホテルに併設された結婚式場で開催される「ブライダルフェア」のポスターが貼ってあった。
いつのまにか店員さんも背後に立っていたけれど違和感もなく、適度な距離をとって私たちの間に入ってくることもなかった。
ひときわ目を引くゴージャスでサイズも大きなポスターだった。
「へぇー こういうのもあるん? 何 これ? 」
どこか興味がありそうな仕草と彼のトーンだけど、絶対に興味がないのはわかっている。
「あー 何かな? イベントっぽいよね、というか フェア? なんだろ? 」
とりあえず 何でも良いから、私は適当に返しただけ、のつもり。
つもりだった はず なのに……
「こちらはブライダルフェアですね 」
ごく自然に柔らかい口調で 店員さんが私たちをサポートをしてくれた。
気まぐれ? ノリ? 流れ? よくわからないけれど、あれよあれよと、気がつけば私たちは、接客ブースに導かれ 重厚で座り心地の良い椅子に座らされていた。
そして同い年くらいのスーツ姿で落ち着きのある女性店員さんから、柔らかい笑顔を向けられながら、あのポスターに書いてあったブライダルフェアの説明を受けることに。
目の前にそれぞれがオーダーしたアイスコーヒーとアイスカフェオレが置かれてしまった。
もちろんサービスだけど、意味のあるドリンクサービスに違いない。 しかも大樹なんて、すぐに ストローを咥えちゃったし。
これで私たちは椅子から立ち上がることはできなくなった。
でも、さすがに こんな状態にまでなると、私にとっては 思いもよらぬ 絶好の機会が訪れてきたような気がしてきた。 こうなったら私は、考えを改めて むしろ前のめりになって 店員さんの話を聞いていた。
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