第9話 いつもの二人②
(えっ!)
視線の先には、私たちの方に向かって、仲睦まじく話をしながら並んで歩いてくる二人の女性の姿。
雑踏の中でもその二人は、明らかに他の人とは違うオーラを纏っている。 少なくとも私にはそんなふうに感じられた。
なんて綺麗な人達? それに なんだかすごく知的な雰囲気もある。
あれ? でも左側の女性は どこかで見たことがある、どこだっけ?
日曜日でも仕事だったらしい、隙のないダーク系のパンツスーツ。
上品な着こなしで街灯の下を歩くその姿は、どこか優雅で姿勢が良くて 颯爽としている。 そして何より その美貌には見覚えがあった。
間違いない、同じ会社に勤めている「あの人」だと確信した。 隣を歩く女性は その人 よりも少しだけ背が低くてロングヘアーの上品なアンサンブル姿。
二人はお似合い、まるで恋人同士 カップルのような? 一瞬、私の目にそんなふうに映った。 だって そんなふうに見えて 違和感もないくらいだから。
えっ? 手を繋いでる? ううん、そんなわけはない。 だけど 寄り添い歩く二人の手は繋がっていないにしても、触れているか いないかくらいの 近すぎるくらいの距離感が印象的だ。
(カップル? ううん 女性同士だし、カップルなわけないし、友達でしょ?)
そしてすれ違う瞬間に あの人 と目が合いそうになり、とっさに私は視線を外す。でも あの人 は目の端で、私の方を見ていたような気がした。
「あっ! 」
聞こえるか聞こえないかの、小さな声が思わず漏れてしまった。大樹は そんな私の声を聞き逃さない。
「誰? 知ってる人? 」
すれ違った彼女たちを振り返りながら、大樹が私に聞く。
「うん、左の人は同じ会社の人だったと思う、部は違うしフロアも別だけど。 もう一人は知らない人 」
何だろう? この、見てはいけないものを見てしまった感は。
勤務先の企業は それなりに大きくて私の通う本社ビルだけでも300人くらいの人がいる。
その中の ほとんど話もしたこともない他部門の人に、休みの日に街ですれ違っただけのこと、ただそれだけのこと……
それだけのことなのに妙に胸がザワついてしまって、何か悪いことをしたわけではないのに気持ちが落ち着かなくなっている。
どうしてだろ? 自分でも、よくわからない。
「ふぅーん 休みの日に仕事? っていうか、めちゃ美人だったし、友達同士? 」
美人って! しっかり見ているあたり大樹もやっぱり男子なのだと苦笑しつつも、
「うん、たぶん仕事だったんだと思う。 営業関係の人は日曜日でも仕事だし。 もう一人は見覚えがないし友達かもね? 姉妹には見えなかったよね 」
「大変やな~ でも なんか お似合いだったなー 」
大樹は軽い感じでテキトーな口調で言った。
女性同士なのに お似合い っていうのも、変かもしれないけれど、でも確かに そんな雰囲気だった。
でも、そんなことよりも、とにかく早くこの話題から遠ざかりたい気持ちと、なぜだか二人のことに触れてはいけない気持ちが、私の心の中で騒ぎ立てている。
咄嗟に他の話題探しに頭の中を巡らせて、我が家にいる柴犬のマイクの顔が浮かんできた。
「あっ! ねぇ 今って何時だっけ? 」
大樹が腕時計に目を移すまでもなく、私が話を続ける。
「今日ね、ショッピングモールの中のペットショップが 5周年記念セールの最終日で、マイクの大好きなごはんを買ってあげたいんだけど…… 今日まで特別価格だから 」
大樹と久しぶりのデートだからと、今日は最初からあきらめていたけれど、咄嗟の思いつきが、時間的にもなんとか滑り込めそうな幸運を呼んでくれた。
「そっか、いいよ、行こう! 急ごう! まだ行ける 」
時計を見ながら、大樹が歩くスピードを上げる。 私も足早に付いて歩き、二人急いで大通り裏筋のコインパーキングへと向かった。
「よーし 到着! 先に乗ってて 」
車に着いて、すぐに彼は精算を済ませた。
車のナンバープレートは 「・107」 これは私の誕生日 1月7日に合わせてくれたもの。 付き合い始めたころに購入した中古の軽自動車は、大樹が言うには小回りが利いて扱いやすいし、濃いグレーの限定色は特別外装仕様らしい。
大樹はこの車を気に入っていて、とても大切にしている。 天気の良い日には、洗車に付き合わされることもある。 そんなこともあって、私もこの車には愛着があった。
「よし! さぁ、行こう! 」
軽快なエンジン音と共に、アップテンポのJ-POPが流れ始めた。
少しきついくらいのライムの芳香剤の香りに包まれ、座り慣れたフィット感のある助手席シートに体を預けて、お互いの共通の友達のことや、天気や最新の映画のこととか、他愛もない会話を交わしていると、さっきのザワついた変な気持ちも、いつのまにか消え去っていた。
会話が途切れたところで、BGMに合わせてアップテンポの曲を口ずさんでいると、
「まだ歌う? 」 ハンドルを握る大樹が笑うから、
「うん、イマイチ不満! だから また来週! 」 と私も返す。
サビのところで、うまくメロディに合わせられなかった曲があって、それが大樹からリクエストされた この曲だっただけに悔しかったから。
そんなことで悔しがっている私は幸せ者なのかな? 高架下に流れ去る夜景を眺めながら口元が緩んだ。
「よし! じゃぁ、来週もタダで歌合戦なー! 」
大樹もノッテきた!というより、彼はポイントによる料金無料のことが 嬉しかったのかも。
「あ、そういえば、後ろに土産あるから お母さんに渡して っていうか まあ、家族みなさんでどうぞ かな? 」
「え? うちに? ありがとう! 」
後部シートにある紙袋から出てきたのはチョコクッキーの箱と もう一つ。
「ありがとう みんな喜ぶよ。 あ、この小さいのは? 」
「あー それ? それは彩の 」 大樹はちょっとだけ照れくさそうなトーンで。
「私に? ありがとう!! 何だろう 」
「家に帰ってからでいいし 」
「ええ! 今、見たい。 いいでしょ? 」
「いいけど たいしたもんじゃないよ 出張だったんだし 」
紙包みをあけて出てきたのは、レザー細工の手のひらに入るくらいの小さなコインケース。
「ヒューストンってテキサスだから、そういうのが名産品らしい。 免税店にブランドの化粧品とかもあったけど、わからないし、ま、それにした 」
「ブランド品は日本でも買えるし。 こういう、なんていうかな、ぬくもりのある工芸品の方が良いよー 」
「ぬくもり? 大袈裟! でも、ま、 気に入ってくれて良かった 」
ホントに照れくさいのか、こっちをむいてくれない。 それでも お土産は嬉しいし、なによりも彼の気持ちが嬉しかった。
普段は一般道を利用する彼が、今日は時間を考慮して、高速を走ってくれた。 高速を降りて、やがて前方にはショッピングモールの看板が見えた。
あと少しで目的地、でもこんな時に限って、なぜか赤信号に捕まるのは、よくある話。
ここからは、大樹も私も時計と睨めっこになる。
「よかったー! 間に合った! まだ大丈夫、いける 」
ガラガラの駐車場に閉店を告げるアナウンスが流れる中、できるだけ近い場所にクルマを停めて、大樹がダッシュでショップに駆け込み、お目当ての商品をゲットしてくれた。
「あったよ! セーフ! 」
ドヤ顔に混じって笑顔を浮かべた大樹は、息を弾ませながら、レジ付近で待つ私に商品を手渡してくれた。
「すごいー! さすがぁー 元野球部! ありがとう~ 」
「高3の時の県大会で2盗塁したことあるし 」
盗塁のことは 私的にはどっちでもよかったのだけど、いちおう「すごいねー 盗塁かぁ うんうん」と驚きながら返しておいた。 それよりも野球部で甲子園を目指していた大樹の坊主頭が頭の中に浮かんで それはそれで笑ってしまう。
「え? なんか変? おもしろいものある? 」
「ううん ちがうちがう なんでもないー 」
閉店間際に マイクの大好物のペットフードが買えたことで、今日一日のデートがとても充実した形で終わった。
パーキングエリアまでは、大樹が両手にペットフードを持ってくれた。
私は大樹用に缶コーヒーのブラック、自分用にカフェオレを自販機で買って、ゆっくりと歩調を合わせながら並んで歩く。
「今日って星がよく見えるなー! マジすご 」
「ホント すごく綺麗 」
何年後かに旦那さんとしての大樹と、こんな感じで日曜日の夜を過ごせたらって。星空を見上げて、近い将来の夢に思いを馳せる。
そうだ、マイクに教えてあげなきゃね、このご飯は盗塁王の大樹がゲットしてくれたんだよって。
動物が苦手な大樹は 私の家に来るたびにマイクと微妙な距離がある。 だけどマイクのために今日は頑張ってくれた。
ありがとう! 大樹!
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