第7話 その後の私たち

 

 ガーネットのネックレスは、デートの時だけではなく日々の私にも彩りを添えてくれた。


 誕生日の翌日、会社のロッカールームで着替えていると、めざとく夕奈がネックレスを見つけて、すぐに冷やかされてしまった。 もちろんそんなことになるのは、承知の上でつけていったのだけれど。


 母や妹の静香にも、大樹の恋人としての存在をアピールすることができた。


「大樹さんって センスがいいよねー 彩ちゃんに、すごく似合っているし 」

 母は満面の笑顔で喜んでくれた。


「どんな感じの人? 早く会わせてよー  ね、いつ、紹介してくれる? 」

 母の浮かれ具合は、大樹をすっかり結婚相手としてのインプットしている。


「そうよ、早く紹介してー もしかしたらお兄さん? でしょ? 」

 母に便乗するように、静香も煽ってくる。


「えー! 早すぎるし、二人ともー 」

 私は苦笑しながらも、わざわざネックレスを外して二人に見せているし。 結局のところ、一番浮かれていたのは、私かもしれない。


 2月には大樹が車を買い換えた。

 中古の軽自動車だけど、二人でドライブするには充分なサイズ。


「一応、まぁ、デート用だし 」

 そう言って照れくさそうに見せてくれた時に、私はもっと舞い上がってしまった。


 プレートナンバーは 「・107」


「え? それって、もしかして私の誕生日? 」 

 いちおう聞いてみた。


「うん 」  

 大樹の照れくささもマックスだったらしく、そう短く答えただけ。


「えー! それ 恥ずかしすぎるよー 」  

 私は、そう言いながらも嬉しさのあまり ギュッと大樹の腕に抱きついた。


 理路整然と物事を考える理数系男子の大樹が、私の想像以上に愛情表現を示してくれることが、私の恋心をさらに燃え立たせた。


 私の心の中は、大樹でいっぱい。

 まるで10代の頃のように、大樹の一挙一動にときめいていたし、この年齢でこんなに夢中になれる恋愛に出会えるとは思ってもみなかった。


 バレンタインデーには、私の家に初めて遊びに来てくれた。

 その前の週に、母と静香に 彼が家に来ることを告げると、


「ケーキを手作りしない? 」と、母が提案。


「あ、だったら私も手伝うし! 」 静香もノリノリ。


 ネットで、色々なチョコレートケーキを検索して選んで3人で試行錯誤しながらも、かなりの大作?を完成させることができた。


 当日は私も午後から半休を取って準備をしていたけれど、母と静香は ずっとソワソワしていて、そして定時に仕事を終えた大樹が手土産を片手に我が家に登場すると二人とも大歓迎してくれた。


 父は出張で不在だったこともあって、母と静香もハイテンションで、矢継ぎ早の質問攻めに、大樹はタジタジになっていて、思わず私がフォローを入れたほど。 出身や好きな食べ物、得意なこと、長所や短所まで、面接じゃあるまいし。


 手作りのチョコレートケーキを見せると、大樹はびっくりして、次には笑顔で


「マジで すごいー! ありがとう! 」 と言ってくれたし、味の方も大成功!


 我が家をあとにした彼の後ろ姿を玄関で見送りながら母は私に、


「本当、良い人じゃない! 大樹君だったら、お母さん大賛成 」

 と、私に向いて言った。


「そお? よかった ありがとう。 でもお父さんはどうかなぁ~? 」


「お父さんは…… んー 誰を連れてきても、まずはNGかもね~ 」 

 母はコロコロと笑ってたし。


 大樹の誕生日は2月27日。

 先の私の誕生日から約50日間は私が1歳年上の状態なので、大樹からは、しつこいくらいに「姉さん」とか「先輩」と呼ばれてイジられていた。


 そんな大樹へのプレゼントはいろいろ迷ったけれど、結局は定番の とあるブランドのお財布と彼が事あるごとに口にしていた「千金の一滴」という幻?のレアな焼酎に落ち着いた。


 ネット通販で購入したその焼酎はとても好評で、それから何日かは、会話のネタにその焼酎が使われたくらい。 

 私にはよくわからないけど、味が深すぎる、と大樹はいつも言っていた。

(だからこの焼酎、翌年の彼の誕生日にもブランド品の名刺入れと一緒に贈ることにもなった)


 春先には初めて大樹の家にも行って、ご両親に紹介された。

 大樹のご両親はとても気さくな方で、私はすぐに打ち解けることができた。

  

 母が持たせてくれた洋菓子も とても好評で、母がセレクトしたものだと、さりげなくセンスもアピールしてみた。 その後も何度か彼の実家を訪問させてもらったのだけど、いつも優しく暖かく私を迎えてくれた。


 大樹の勤め先のレクレーション目的で開催された球技大会やカラオケ大会、プライベートで気の合う同僚との飲み会などにも、積極的に連れて行ってくれて、私を「彼女」として紹介してくれた。


 ゴールデンウィークの連休は大樹の職場チームの人たちと河川敷でBBQをして盛り上がった。 彼女、としてみなさんに紹介されるのは嬉しかったし、みなさんも優しく接してくれた。 なによりもインドア派だった私には開放感のある屋外のイベントが、とても新鮮だった。


 ただひとつだけ気になったのは、大樹と仲良く親しくしている先輩も友達も、私が接した範囲の人たちは、全員が独身だったこと。

 彼女がいる人や、当日に彼女を連れてきていた人も何人かいたのだけれど、結婚についての話題が全く出てこない。 

 だから私のほうから話を振ろうと考えたけど、さすがに場違いな気がして留まったくらい。 交わす会話の中からも、結婚願望というものが全く感じられないグループだった。

 そんな環境だから、大樹自身が結婚に対しての憧れとか焦りとか願望だとかをあまり感じずにいられるのかもしれない。 幸せな結婚生活を送っている先輩や友達もいるはず、その人の家に招待されるとか、そんな交流をするチャンスがあれば良いのに、と思ったけれど、そこまでは 口にすることはできなかった。


 それでも、お付き合いは順調。


 夕奈にお願いしてアリバイ作りに参加してもらい、初めて大樹とふたりで1泊2日の旅行に行ったのは季節の良い初夏の頃。 

 長距離のドライブと温泉も満喫できたし、もちろん夜は深く長く愛し合うことができた。

 結局、母にはバレバレだったことが後になって分かったのだけれど(汗)。


 この頃は、特に野球が大好きな大樹の影響もあって何度かスタジアムに足を運び一緒に試合観戦した。

 もともと私も野球は好きだったし、これまでも女子同士で観戦することもあった。 贔屓チームのユニホームを着て一生懸命に応援する一体感や 逆転とかサヨナラ試合のようなドラマチックな試合展開に夢中になって 感動を共有する素晴らしさは最高だったし、大樹とその瞬間を共有できるのは格別だった。

 その影響もあってか、父が自宅で野球をテレビ観戦していると、隣で私も一緒に観る回数が増えて父が驚いていた。


 大樹とは、ほぼ毎日、電話かLINE、 そして土日どちらかはデート、もちろん連日の時もある。

 彼氏である大樹の存在が、あたりまえの日々を過ごしていた。


 ただちょっとしたことだけど、不満もないわけではなかった。


 お付き合いが長くなり、特別なことではないという感覚になってくると、

「男は外見より中身、強くて優しくて逞しければ良い」 そんな彼の考え方が、彼自身のファッションや、私とのデートプランに露骨に反映されるようになった。


 ワインバーではなくてビアガーデン、老舗書店よりは中古書店。

 専門店より100円ショップ、革靴よりもスニーカー。

 百貨店やブティックより量販店、映画鑑賞よりバッティングセンター と、付き合い始めたころに比べて、かなりカジュアルでリーズナブルな路線に変わっていった。

 愛を交わすホテルのランクにしても、いつのまにか お得なプランやポイントサービスのあるホテル選びが基本になっていた。


 付き合い始めた頃のときめきや緊張感は どこへやら?

 でも、徐々にそうなっていくものなのかも。 付き合いが長くなると本来の自分でいる方が楽に決まっている。つまり彼が本来の自分のスタイルに戻っただけ。

 元々、合理的な考え方をする人だと思っていたけれど、その延長線で倹約、節約の思考があることもわかってきた。


 だから、私も彼のスタイルに合わせることに。

 デートの時もカジュアルで動きやすい服装をセレクトするようにした。

 キチンと感よりもアクティブな路線で。

 フェミニンなブラウスは、綿のパーカーに。

 フレアースカートやタイトスカートは、スキニーやワイドパンツやデニムに。

 パンプスは、スニーカーかペッタンコな靴に。

 そしてお化粧も手間をかけずに簡単に。


 準備も楽だしお財布には優しいけれど、デートの前に 緩くて いまひとつ気合の入らない悩まないコーディネートをしていると、以前のキラキラしていた頃の気分が味わえなくなって、物足りなさと一抹の寂しさを感じていた。

 だけど大樹が そういうスタイルなのだから 彼女である私も合わせないとね!


 一時期はハードな仕事を押しつけられて愚痴をこぼしていた大樹だったが、その後 チームにメンバーの補充があって彼自身も昇級して名刺の肩書も変わったらしい。


「今年の秋くらいには、海外出張に行くかも 」


 彼に聞かされた時は、さすがにビックリ!

 大樹が海外??? どうもイメージが結びつかなかったから。


「英語は? 」


「ま、挨拶くらいなら…… というか、行くのは海外でも行き先は日本人と外人が半々くらいだし、ぜんぜん大丈夫 それに通訳さんもいるし ノー プロブレム 」 

 と 軽い調子で言ってたけれど。


「パスポートは? 海外旅行用のキャリーバッグは? 」


「ま、今すぐじゃないし、正式に決まってからの準備で大丈夫、大丈夫 」


「えー いいのかな~ 」 私のほうが不安になるくらいだった。


「せっかくだしメジャーリーグやアメフト 行きたいよなー 暇あるかな? 」 

 そんなことを大樹は本気で心配していた。


「もぉ! 心配は そこ? 」 

 私はそんな無邪気さも愛おしいと思っていた。


 そして私の方も仕事はとても順調だった。業務にも集中できて 職場の人間関係も問題なし。 特に不満もなくて、毎日が本当に充実していた。


 7月には、所属する総務部でちょっとした組織変更があって、年の功なのか実力なのか、夕奈と私は揃ってチーフ補佐というポジションに昇級して、名刺にも肩書がついた。 

 ショールームを担当するようになって3年。 夕奈とともに少しだけ責任感が加わったやりがいのある役割も与えられた。


 夕奈から聞かされる恋バナやファッションやメイクの話は、日々の生活の中の心地の良いスパイスとして気持ちを和ませてもらっていた。 職場のメンバーとは、アフターでの交流も盛んになっていた。


 社会人になって早8年が過ぎたけれど、こんなに仕事面で充実感を味わったことのないくらいの日常を過ごしていた。

 ううん、仕事面だけではなくて生活全体でも、朝の目覚めも良く、帰宅後の晩ごはんも美味しく食べることができて、大樹と電話やLINEで盛り上がったあとの寝付きも抜群で とても健康的な日々を過ごしていた。


 そういえばショールームをもっと戦略的に活用しようとする営業部門の新しい企画がスタートしたのも、梅雨が明けるか明けないかの、この頃だった。

 今年の初めに広告代理店から転職してきた企画部門の女性(さくらさん?だったかな?)がそのプロジェクトの主担当に抜擢された、との話を伝え聞いていた。


 そんな話を耳にしてからの、わずかな期間でのショールームの劇的な変化とそれを先頭に立って指揮をする彼女の仕事ぶりを目の当たりにして、一番驚いていたのは受付担当である私たち総務部の女子だった。

 ショールームは集客を意識したカジュアルで入りやすい雰囲気へと様変わりさせ、雰囲気もガラリと変えてしまったのだから。

 どこが?と言うと細かい話になるけれど、例えばレイアウトや展示品のバランス、カタログを置く棚の位置、小物類や照明の配置も格段にセンスが良くなったし、また商談ブースの雰囲気も明るく清潔感があり、温もりさえ感じられる空間になっていた。


 受付に入っていると、時々その女性を見かける。

 言葉はほとんど交わすことはなく、すれ違うときに軽く会釈か挨拶をする程度。

 だから、本当はどんな人 なのかはよく知らない。 ただ、薄化粧だけれど、とても綺麗な顔立ちをしていて、スタイルも良くて、歩き方がとてもスマートで、とにかく洗練された女性…… そのルックスで、あの仕事ぶり。 かなりのギャップがあるのも事実だ。


 早くから社内の男性ファンがたくさん付いているという噂はもちろんだけれど、女性社員からの評判も決して悪くないことも、プチ話題の一つになっていた。

 情報通の夕奈も彼女については、もちろんチェック済。

 仕入れてきた話は、しっかりとその日のうちに教えてくれていたのだけれど、私は相槌を打ちながらなんとなく聞き流していた。


「佐倉さん、あんな美人なのに独身らしいよ それって、貯めてるよね(笑) 」


「ふぅーん、そうなんだ 貯めてるかもねー 」とか、


「彼氏は年収1000万以上で、もしかしたらお医者さんとかかな? 」


「そうかもねー 」とか、 


「あの人、高級マンションに一人暮らしらしいよ もしやパパさんがいる? 」


「あはは まさか~ 」 こんな感じ。


 私にとって、彼女、佐倉さんの情報は、正直 あまり記憶の中に残っていない。 それどころか、私自身が勝手に苦手意識というか、私なんかとは違う世界の人だという壁を作ってしまって、一方的に近寄りがたいオーラを感じていた。

 それと…… なぜだかわからないけれど、彼女に近づいてはいけない気もしていたから。


 そんな感じの勤め先での日常の中、とにかく私の仕事もそれなりに忙しかった。


 夏本番になると、大樹と遠出をして野外フェスや海や山にも行ったり、休日は休日なりのスケジュールの忙しさも満喫。

 ひとつ残念だったのは、楽しみにしていた花火大会が台風の接近により中止になったことくらい(来年こそは開催されますように!!)。


 私は大樹と付き合い始めてから、ずっと結婚への期待は持ち続けながら、会うたびに愛し合い、楽しくて充実した時間を過ごすことができていた。


 そんな状態だったので、結婚についての絶対的な確約がなくても「いつかは必ず」「大丈夫」「なんとかなる」という漠然とした希望とか願望的な気持ちのほうが強くなってしまって、この恋愛には大した不安を感じることもなく安心しきっていたのかもしれない。


 だって彼のことを信じていたのだから。

 だって次の日曜日には大樹といっしょにブライダルフェアに出席することになっているのだから。 先週、野球観戦の帰りにダメ元で彼に申し込みを尋ねると、なんとあっさりOK! それくらいの気軽さはそのときにはあったのだけれど、日に日に気持ちが昂ってきて落ち着かない今日この頃。


 あらためて振り返れば、大樹とあの食事会で出会って、早いものでもう1年近くも経つのよねー。




 ***********



 ほんの少しずつ何かが変わってきていること、私自身が変わってしまうこと……

 そのころ私は まだ何も知らなかった 何も気づいていなかった 何も感じていなかった。




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