第6話 ガーネット

 

 1月7日 日曜日は、私の30歳の誕生日。 さぁいよいよ三十路突入だ。


 そして大樹とのデートの約束をしている日。つまりBirthday デート♪


 昨夜は遠足や修学旅行前日のキッズみたいに、どこかソワソワして、なかなか寝付けなかった。 

 いよいよ30代、喜ぶのも なんだかなー、意気込むのも なんだかなー、正直 ヤバいと思う気持ちのほうが強いはず。 だけど それよりも、メモリアルな日に彼とデートができる嬉しい気持ちのほうが上回っていた。 これこそ素直で単純な私、そのものだ。


 いつもデートはカジュアルな装いだけど、今日は私なりに少し大人っぽさを意識したつもりで、フェミニンなファー付きのクリーム色のコートと小洒落たブラウンのドット柄ワンピースに合わせ、ヒールがいつもより高い5cmの花のパールビジューが付いたフェミニンなスエードパンプスを履いた。


 お昼少し前に、いつもの駅前の時計台で彼と待ち合わせ。

 休日のこの時間帯は、相変わらず人が多い。

 周囲は同じように待ち合わせのカップルと思われる二人連れや、明らかに誰かを人待ち顔でスマホを操作している人が目につく。


 大樹は、いつも通りカジュアルな服装で気さくな笑顔で私に手を振って合図してきた。

 たくさんの人がいても、すぐにお互いがわかる、それが嬉しい。


「昼メシ どうする? いつもの店で良い? 」


「うん まかせる 」


 そして私たちは、いつものファミレスを目指して歩き出した。


 LINEで新年早々からの仕事の不満を漏らしていた大樹の口から、さっそくその愚痴が。


「いきなりだし、すぐにできるはずない仕事。でも課長とか係長 全然フォローしてくれんし、あー! 新年早々 めんどくせー! マジ? みたいな 」

 寒さのせいもあるのか、言い方は どこか尖がっている感じ。


「ふぅーん そりゃ大変 」


 ただ そう愚痴っていても、大樹の声のトーンは満更でもなくて、むしろ難しい仕事を任される 俺自慢をしているかのようにも聞こえる。


「彩って、今日歩くの遅くない? 亀みたいだし 」 大樹が怪訝そうな顔をして私を見る。


「亀ってひどい! ちょっとね、靴がいつもより…… 」


「いつもより? 」


「あ、いつも履き慣れたのと違うやつだから 」


 ちらっと大樹が私の足下を見る。


「あっ そっか 無理するからだろ? 」


「もぉ! でもそっちこそ、いつもより歩くの速いし! 」


「そう? 」


 大樹の歩みが、いつもより速く感じるのは本当。


(どうしてかな?)


 駅前ロータリーを過ぎ、休日の賑わいの中を横切りながら歩いていると、


「どうぞー! 」


 私は受け取らないように手を引いたつもりだったけど、一瞬の差で、ポケットティッシュとミニコミ誌を手渡されてしまった。


「うわ、ホント鈍いなー! 」 そんな私を見て、大樹は笑う。


「仕方ないじゃん! サッと渡されたんだし、受け取らないと悪いのかなって 」


「だから、もう少し早く歩けって、さっきから言ってるじゃん 」


  (そういうことか……)


「もぉ! 」 私は彼の手を取り、そのまま手を引いて駆け出すふり。


「またまた!無理するなよー! 」 大樹が笑う。 


 周りからはホントに仲の良いカップルのように見えているのだろう。


 でも少し急いで歩いたこともあって、雑居ビルの2Fにあるいつものファミレスには、お昼少し前に入ることができて待たされず席に座ることもできた。


 チェーン展開をしている普通のファミレスにしては、味に定評のあるスープパスタが人気。

 私たちは迷わずにそれをオーダー、食後には、いつものように、大樹はコーヒー、私はカフェオレを付けた。


 彼の相変わらず笑えないギャグを交えながらの話に、仕方なく微笑みうなずく。

 だって今日は良い雰囲気を壊したくないからね。


 ちょうど会話が途切れたところ、テーブルの上に持ってきたままで投げ出されていたミニコミ誌が視界に入った。 

 私はなんとなくそれを手に取って、パラパラとページを見流し、記事を斜め読みしてみる。

 ほとんどが、エステサロンや居酒屋の広告、そしてクーポン券。


「何か、面白いものが載ってる? 」 


「んー 広告ばかりかなー 」


 でも彼の一言で、あらためて記事に目を正すと、興味を引く広告に目が止まった。

 先月、隣町のターミナル駅に隣接する外資系ホテルの一角に、結婚式場が新設されたという記事だった。


(結婚式場…… そっか…… って、私たちは? 私たちも今年はそういうのを考えないといけなくない?)


 一瞬の間に頭の中をいろいろな思いが駆け巡り、同時に心がざわつき始める。

 大樹の問いかけの返事を忘れたまま、記事を見続ける私に、

 

「おぃ! 何? 何かあった? 」


「あっ F駅の南口側の外資系のホテルあるじゃん わかる? 」


「あー あるね、わかる。 ガーデンなんとか? けっこうデカい? 」


「うん、でね、そこに結婚式場ができたんだってー ほら これ、本格的なチャペルとかもあるみたいだし、すごくない? 」 


「ふぅーん そっか 」


「ね、ほら、ここ、これ…… 」 


 やっぱり大樹にも興味を持ってほしい。

 手にしたミニコミ誌に願いを込めるわけではないけれど、掲載されたページを指差し押さえながら、向かいの席に座る彼に渡した。


「どれどれ? チャペル?? 」 

 受け取った彼も、興味深げな表情をして記事に目を通していた。


「へぇー すごい、というか、でっかいなー なんか厳かな大聖堂って感じ 」


「でしょ、すごいよね 」


「デカ盛りじゃん、ここ 」


「デカ盛り? なにそれ 」 呟いた彼の表現が微笑ましかった。


 大樹は、程なくして運ばれてきたパスタにも目を向けずに、マジマジとミニコミ誌を見続けている。


 (関心あるのかな? 建物じゃなくて、その中で行われる結婚式に?)


「あ、パスタ来たし 食べようよ! おいしそぅー いただきまーす! 」 


 大樹は、なにやらボソボソ言いながら、ミニコミ誌を見ているけれど、私は気にせずに美味しいパスタを口に運ぶ。

 数多くのファミレスの中でも、ここのパスタは評価が高いだけあって美味しい。

 塩加減というか、辛味のバランスが絶妙だし、隠し味なのか柚子っぽい風味も効いている。


 私は無言でその味を堪能していた。 美味しい~。

 それに大樹が少しでも結婚に関心を持ってくれているのを邪魔したくないから。


「へぇー ここって、同性の結婚式もできるんだって 」


 突然のフリに、何のことかわからないまま彼を見る。

 すると、彼のなんとも言えないニヤケた顔が。

 

「同性?? 」


「うん、オンナ同士? レズの結婚式 」

   

「ふぅーん あー 最近、聞くけど、そういうの 」 

 とりあえず私には関係のない話。


「えー でも、その後はどうせエッチするんだろ? 萌えるよなー レズって 」


(なんだ、そっち? もぉ!)


 腹立たしく思いながらも、私の脳裏には元旦に観たアダルトビデオのシーンが浮かんできたから、慌ててその記憶を打ち消す。


(どうしてそっちに行くのかな…… ホント 男の人って!!)


「大樹って、そういう発想だけはたくましいよね! 」 

 私はぶっきらぼうに返す。


「そういうって? 」  


「はぁ? 」 (もぉ! 言わせないでよ!)


 私は、自分の思惑が、違った方向へ流れていることに、少し不快な気持ちに。


「レズ、めちゃ萌えるし  だって、大みそかに観たアレ すごかったよね 」

 大樹が声を潜めるから、


「まったくー! パスタ 来てるからね! 」 


「おぉ! 食べよう食べよう! いただきます! 」 

 そう言って大樹はミニコミ紙を閉じた。


 無言で食べることに集中し始めると、あの時ホテルで観たAVのレズビアンの性愛シーンが私の脳裏に蘇る。

 不意に胸がキュッとなって、ドキドキだけではなくて、何かザワザワと、まるでさざ波が立ち始めたかのような気持ちになってきた。

 それからは、美味しかったはずのパスタの味が、どうでも良いような……


(もぉ! 何?? どうしたのかな私)


「あー うまかった! やっぱり、この店のパスタはうまいなー 」  


「うん、ホントに美味しかったね! 」 私は笑顔を繕い返事をした。


 おなかは満たされた。

 そして自分の中のモヤモヤとした気持ちも、なんとかなだめて、セットで後出しのカフェオレを飲む頃には、しっかりと落ち着かせることができた。


 とにかく気持ちを切り替える。 楽しいデート中だから。


 と、サプライズは唐突に。


「あ、これ、気に入るかな? 」


 大樹がいつも持ち歩いているバッグから、ラッピングされた細長いケースが出てきて、それを私に差し出す。


「はい これ ファミレスとかじゃなくて、もっと雰囲気の良いムードのあるところで渡せばよかったかも 」


 そう言いながら、大樹は照れくさいのか顔をそむけた。

 私の中にあった気持ちが一気に高まり、そのプレゼントへと向かう。


「えー!! ありがとうー!  開けていいよね、開けるね! 」

 そう言って、金色のリボンを解く。


 少し厚くて硬い光沢のあるブルーの包装紙から、それなりのお店で購入されたものだということがわかる。

 アクセサリー??

 身につけられるものだと嬉しい。

 大樹がいつも、自分の側にいるような気持ちになれるから。


 グレーのベルベット調の細長いケースを開けると、細いチェーンの先にさりげなく小さな紅い石が輝いているネックレス。


「誕生石、ガーネット デカいと逆に安っぽく見えそうだし、あえて小さいのにしたんだけど 」


「綺麗…… 」


 つぶやくように、私は感想を口にしながら胸がいっぱいになった。


「アクセサリーって選ぶのが難しいなー 女子は大変だなー あっちこち探したけど、結局、まぁ、イメージというか そんなので選んでみた 」


(あちこち、探してくれたんだ) 素直に嬉しかった。


「もうちょっと大きいほうが良かったかな? と思ったけど、これくらいが 普段使いにも良いって、店員さん言ってたし 」


 立て続けに、饒舌にいろいろとプレゼント探しのエピソードを語り始める大樹は、間違いなくいつもの照れ隠し。


「大きさじゃない 」 って言いたかったけれど、やっぱり嬉しくて言葉が出ない。


 男性が女性のアクセサリーを、悩みに悩んであちこち歩いて探し求めるのは大変なことだって、私にも理解できるから。


「ありがとう! 嬉しい 」 そう返すのが精一杯。


「今、つけてもいい? 」


「おぅ! 」


 私はネックレスをつけて、ファンデーションの小さな鏡に胸元と顔を映した。


 きっと似合っている、ううん、絶対に似合っている。


「気に入った? 」


「もちろん! 綺麗― 」 

 そう言って、そっと小さな宝石に指を当てる。


 大樹は、そんな私を満足そうに見ていた。


 その後は、いつものように、彼に誘われるまま、いつものホテルで身体を重ね、デートを終えて帰宅した。


 いつものデートの流れだけど、今日は大樹にプレゼントされたアクセサリーという素敵なスパイスが加わった。


 あー! 今日はサイコーの誕生日だった。

 この頃の私はそれが全てだったし、それで十分に幸せを感じていた。


 ベッドに入る前に、もう一度 大樹にLINEでメッセージを送信。


 私:今日はありがとうー!


 すぐに大樹から、Vサインのスタンプが返ってきた。


 幸せ物質が脳内に満たされたまま、今日一日を反芻しながら目を閉じてみる。


 ふと、唯一、その日のマイナスシーンが蘇った。


 大樹の好みに合わせて穿いていた、いつもよりもグレードが高くて光沢のあるヌードベージュのストッキングがいつのまにか伝線していたこと。

 ガーネットのネックレスを身に着けた嬉しさの余韻のままファミレスを出た後、すぐに大樹に指摘されたので慌てて見つけたコンビニに駆け込んだ。


(あぁ~ もぅ!!こんな時に!!)

 水を差されたようなほんの些細な出来事だったけれど、幸せな気持ちを邪魔された気がしたのは確か。 

 いまさら気にしても仕方のないことだけどね。


(でも どうして? どこで? いつから? )  


 ここのところ、私的には良いことばかり続いているから、調子に乗りすぎないように!って、どこか何かの警告? 神様のヤキモチ? そんな感じかな?

 ポジティブに考えるけど、それに大したことではないのだけど、なぜか気になってしまった。

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